いま書店では、小学生向け辞書のコーナーが活況を呈しています。辞書を編集する側としてはとてもうれしいニュース。しかも、一時のブームではなく、徐々に広がっています。
学校だけでなくご家庭でもできる実践だからこそかもしれません。三省堂では、この取り組みを皆さんにも知っていただきたいと、「辞書引き学習法」の提唱者である立命館小学校校長・深谷圭助先生に直接教えていただける体験会を、書店の皆さんと考えました(⇒深谷圭助先生の「辞書引き学習体験会」のご紹介)。
当日は予想以上の大盛況。子どもたちの目が輝いていく、それを見た親御さんの目が光っていく、それを見てわたしたち編集部の目尻が下がっていく……魔法にかかったような時間を過ごし、「これはたくさんの方に知っていただきたい」とあらためて実感いたしました。
ただ辞書を与えるだけでは、子どもたちはどうやってそれを使っていけばいいかわかりません。大人たちが知っておきたいいくつかのコツと心がまえがあるようです。この機会を逃した方、遠方の方にもぜひ知っていただきたいという想いから、深谷先生にインタビューさせていただき、ウェブサイトに掲載することにしました。
メモ:辞書引き学習法とは
小学1年生から自分の辞書を持ち、生活のさまざまな場面で辞書を引くことをすすめる学習法。国語科の時間だけでなく、他教科の授業時間も、給食の時間も、家のリビングでも……。
引いたページには付箋をし、引いた項目をメモする。付箋にはあらかじめ通し番号をふっておき、自分がどのくらい辞書を引いたか実感できるようにする。深谷先生の著書『小学校1年で国語辞典を使えるようにする30の方法』(明治図書)、『7歳から「辞書」を引いて頭をきたえる』(すばる舎)によって、教育関係者や保護者の間に広まった。
辞書は知への扉 さまざまな世界への入り口を自分の手もとに
――深谷圭助先生インタビュー
「辞書引き学習」を始めたきっかけ
――先生の取り組みが幅広く保護者・教育界・出版界の注目を集めています。子どもたちへの指導法はさまざまありますが、この付箋を活用した辞書引き指導を選び、これまで取り組んでいらっしゃった、そのきっかけというのはどんなことだったのでしょうか。
深谷先生 辞書を小学生、しかも小学1年生に使わせようと考えたのは、愛知県の刈谷市立亀城小学校で教えていたときです。
子どもが本当に夢中になって取り組み、かつ確かな力、何か壁にぶつかっても自分で乗り越えていく力をつける教材は何だろうと考えていたときに、国語辞典に出会いました。そして、小学1・2・3年生の教室で取り入れ始めました。始めてみると、小学1年生のほうが辞書をどんどん引くようになる。そのうちに、何でもまず自分で辞書を調べるというふうになって、これは効果がある、と。
――取り組みを始めた当初、どのような状況だったのでしょうか。
深谷先生 はじめは家にある辞書をどれでもいいから持ってくるようにと言ったんです。そうしたら、「とっても大事なものだ」と言っておばあちゃんが持たせてくれたという、40年前のものを持ってくるような子がいたんですね。
古いだけでなく、難しい漢字ばかりで読めない。子どもにとっては使いにくいことこのうえないもので……これでは子どもたちが入り口でつまずいてしまうと思い、保護者の方に辞書を買っていただくように文書を出したんです。子どもが読めるように、総ルビの新しいものを、と。
辞書を自分のものにしていく子どもたち
――そのとき保護者の皆さんの反応はいかがでしたか。
深谷先生 決して皆さんが大賛成というわけではありませんでした。字を書くのもおぼつかないのに、辞書なんてまだまだ早いという声もありました。半信半疑だったのかもしれないのですが、そのうち、子どもたちの変わっていく様子を見て、保護者の方たちも変わっていきました。
――子どもたちの様子はどのように変わっていったのでしょうか。
深谷先生 子どもたちは、知っていることば、目に入ってきたことばをとにかく辞書で引いていくんですね。自分の知っているものが辞書にあるか、徹底的に調べる。大人からしたら、辞書というのは、わからないことばがあるときに使うものだと思いがちなのですが、子どもたちはわかっていることばから調べるんですね。そして自分の実感と合うか合わないか、合わないなら自分の側に問題があるのか、辞書の側に問題があるのか、違う資料ではどうか、今度は友だちの辞書や家から図鑑を持ってきて調べだす。それを苦とも思わないんです。
そうやって調べている様子をまずほめる、そうすると子どもたちはさらに意欲的に調べるようになる。そのうちに何か気になることが出てくるんですね。ある植物のことが気になる。国語辞典で調べてみたけれど、何か物足りない。図鑑で調べてみる、植物園に行ってみる、植物園の係の人に聞いてみる……というふうに、気になったことを追究するようになる。そこでまた、「君は○○の博士だね」というふうにほめると、自分に自信を持つようになる。
この過程で、たとえば植物園の人に問い合わせるときにはどのようなことばづかいをしたらいいか、手紙はどのように書いたらいいかなども教えることができます。辞書を引くこともそうですが、生活と離れたところでことばの学習をするのではなく、必要に応じてことばの学習を体験しながらできる。
辞書引き学習から出発して、体験に結びついたことばの学習ができ、またその追究が、自分で課題を見つけ、それに対して解決する手段を考える力につながっていくんです。
付箋を活用するメリット
――うかがっていますとなるほど、と思うのですが、やはり一般には、辞書を小学1年生から使うのは難しいのではないかと思われていると思うのですが、具体的にどのような指導をなさっているのか、少し教えていただけないでしょうか。
深谷先生 そこが付箋を活用するポイントです。「これだけ調べた」というのを目に見える形にすることで、子どもたちの自信になります。教室では、はじめこちらが用意した付箋を使うようにしますが、その後は子どもたちに任せています。ご家庭で実践する場合、低学年のうちは字の大きさも筆圧も安定しませんので、幅が25mmくらいある付箋を用意すると書きやすくていいでしょう。
――そうすると、子どもたちは付箋の数を競うようになったりしませんか。
深谷先生 ご家庭では、はじめはいっしょに辞書に書かれている内容を確認するといいかもしれません。辞書に親しむうちに、子どもたちは自分から辞書の内容を読むようになります。
教室では、もちろん、付箋の数を競わせるということが目的ではなく、どれくらい引いたかが、どれくらい辞書に親しんだかの目安になり、また子ども自身の達成感につながるので、10・50・100・200・300……1000枚に達成した日を記入するプリントをつくることもあります。100枚を超えるころには、辞書への抵抗がなくなり、500枚を超えると、子どもによっては探したいことばを実にスムーズに引けるようになります。このころになると、子どもたちの関心の対象が「辞書の内容」へと移っていきます。
――だいたいどれくらいの期間でどれくらい引くようになるのですか。
深谷先生 もちろん子どもによって違いますが、半年くらいで2000~3000枚の付箋がつく子もいます。
1冊目の辞書が付箋でいっぱいになったら…
――わたしたち編集部が立命館小を見学したときは、秋の終わりごろでしたが、すでに1年生でも、付箋で辞書がふくれあがっていました。どんどん引くようになると、付箋はどんどん付けられ、辞書がますます厚くなっていくと思うのですが、そうなったとき同じものを買い替えるのか、それとも2冊目に何か別のものを用意するのかということが、気になるところです。
深谷先生 ほかの子の使っている辞書を見てうらやましくなって、2冊目の辞書として友だちと同じ辞書を買ってほしいと保護者の方に言う子もいれば、もっと大人向けの辞書を求める子もいます。専門的なことを調べるようになると、図鑑なども持ち込むようになります。
誕生日などのプレゼントにお子さんのほうから「辞書を欲しい」と言うようになると、お父さんお母さんのほうでもむしろ非常に喜んで辞書を買ってくださる傾向があるようです。
辞書や資料はさまざまなものを
――立命館小学校では、子どもたちがいろいろな国語辞典を使っていました。また、「辞書引き学習体験会」の際、先生は、学校と家庭で別の辞書を使うことを提案なさっていましたが、複数の辞典をすすめる理由はどんなところにあるのでしょうか。
深谷先生 いろいろな辞書に触れることで、同じ「国語辞典」という名前がついていても、ある一つのことばを調べたときにそれぞれ書いてあることが違うということに気づきます。一つのことばでも、いろいろな意味の書き方があると知ることは、「ものの見方や考え方にはさまざまある」ということに気づくきっかけとなります。
ご家庭では、たとえば、お父さんお母さんもご自分の辞書を持ち、お子さんが辞書を引くときに、いっしょになって同じことばを引いて、それぞれの記述が違うことを確かめ合うのもいいと思います。
そのうちに、国語辞書を手がかりとして、自分の知りたいことを見つけるためにはどんなものが必要か、子ども自身が模索を始めます。そうして、友だちの辞書がうらやましくなったり、もっと大きな辞書をと思ったり、図鑑など他の資料に触れるようになったり……と、自らで解決方法を考えるようになります。
――そのように新たな資料に触れたとき、子どもたちはどのように接していきますか。また同じように付箋を立てていくのでしょうか。
深谷先生 そのころになると、子ども自身が工夫するようになり、同じように付箋を付ける子もいれば、引きやすいようにインデックスを付ける子もいます。あえて付箋を立てることを細かく指導しているわけではないので、子どもたちには工夫のしがいがあり、付箋を付けるにしても色を分けてみたり、上に付けたり横に付けたりと、それぞれのオリジナルの辞書ができあがります。この「工夫できる余地」というのも大切なことだと思います。そして、そうやって新しい資料も自分のものとして使いこなすようになります。また、そこから自分の知らない世界があるということを知り、興味を深め、探求していくようになります。
さまざまな知への入り口となる辞書
――その様子を見て、先生はどのように感じられたのでしょうか。
深谷先生 知っていることばをまず探す、国語辞書が入り口となり、知らないものがあるということを知る、自分が何に興味があるかを知るきっかけとなる、と。
――辞書引き学習の最大の意義とはそこにあると。
深谷先生 辞書引き学習というと限られたイメージをもたれている方もいらっしゃるのかもしれませんが、辞書のなかには非常にいろいろな分野の知があります。辞書引きによって、自分が何に興味をもっているか、自分が何をしたいのか、気づく重要なきっかけがそこにあり、そしてそれは、人に与えられたものでなく、自ら切り拓いていく知への窓口だと思うのです。
使い古された表現ではありますが、「自分探しの旅」への、33,000語収録の辞書だったら33,000の扉がある。小学1年生から、自分の好きな自分の扉を自分の力で見つけ、自由に出入りすることができる。一冊の辞書を持つことで、さまざまな世界への入り口を自分の手もとに持つことができると思います。
五十音順という、ある意味で整理された情報を自分の生活や体験につなげることができる。ことばの学習はそうあるべきだと思うんですね。
自らの道を切り拓いていく子どもたちに
――だからこそ、自分の辞書を持つということが大切であるということですね。先生の教育を受けて、子どもたちは自分で自分の道を切り拓いていっているのではないかと思いますが、愛知県でこの学習法を始めたころのお子さんたちは、成長してどのように育っていらっしゃるのでしょうか。
深谷先生 小学1年生のときに担任した子どもたちを、中学3年になったときに再び担任するという機会があったんですね。クラスの係で、ある子は社会科係になって、自分たちで取材して新聞にまとめるという活動をしていたんです。
その新聞をつくる際にですね、そのとき社会科は公民をやっているのですけど、時事問題と引きつけて、自分で取材したり、新聞に出てくるキーワードを辞事典で調べたり、実際にマスコミや中央省庁に電話をして尋ねたり、そういう自分たちの手で調べ、取材し、要点をまとめて、わかりやすい情報の発信のしかたをするということを、一年間続けていたんですね。小学1年で辞書引きをしているから、調べることは全く苦にならない。中3にもなって受験以外の係活動に熱心になっていたので、おうちの方はもしかしたら心配していたのかもしれませんが(笑)、学習そのものが生活になっているその様子は、辞書引きがあってこそなのだと思いました。
自ら知識を求め、その知識が連鎖していく。彼・彼女らにとっては、たとえばテストでいい点をとるとか、難易度が高い高校に入るとかといったこととは別の価値観で、学習そのものが、学習という意識がなく実現されている、むしろ自分たちにとって大切にしたいことなのだと確信しました。
――辞書引き学習の経験があるかないかで、なにか、差のようなものは感じましたか。
深谷先生 差というわけではありませんが、辞書引き学習を通して、自分の持っている知識や概念を吟味・咀嚼することで、情報に対しての接し方が変わってくるように思います。普通に生活をしていると自覚する機会があまりないことですが、知っていることばこそ引いてみる、そしてそれがしっくりこない、という経験を通じて、自分の知っている情報に問題があるのか、資料の側に問題があるのか、考えるきっかけとなる。世の中に流布されている情報というのが、実は、とくに意図的でなくても操作されている情報であるということに気づきます。情報に対する判断の誤りを振り返るきっかけともなり、情報の取捨選択ができるようになる。これはまさに情報リテラシーであり、クリティカルシンキングにつながると思うんですね。
子どものころは、まず、紙の辞書を
――情報の取捨選択というと、現在では、調べる媒体は辞書でも紙、インターネット、電子辞書があり、また辞書に似た役割として使われているものもあります。教育の観点から、このようなものをどうとらえていらっしゃいますか。
深谷先生 子どものころは、まず、紙の辞書を引くことに意味があると思います。小さいときに紙の辞書を用いて、ページをめくって調べるということをきちんとおこなう。紙の辞書を引くと、その過程でいろいろなことばに触れることができる。やはりそのプロセスが大事だと思うんです。たくさんのことばと出会うことができる。また五十音の順を意識することも重要です。そうして、ことばの感覚を磨いていくことができる。
“使い込んだ電子辞書”というものはあまり聞きませんが、紙の辞書は使い込むことができる。電子メディア、たとえばフロッピーディスクのデータが1000年後に使えるかは確信もてませんよね。何千年もの間、紙はずっと残ってきたすぐれたメディアであり、そこには安心感があり、豊かさがある。もう少し紙の辞書を引くことを大切にしたほうがいいと思います。
また、インターネット上にはいろんな人が書き込み、さまざまな立場の人が参加して辞書のようなものをつくっているものもありますが、そういうものを通じてまた、ことばの意味や定義は人によってずいぶん違うということを知ることもできます。こういうものがあると、紙の辞書としては、どういうスタンスでつくっているか、というところが問われてくると思います。
辞書づくりというのは非常に重要なことで、いろいろな辞書があることもやはり大切ですよね。日本にはたくさんの辞書が出版されていて、子ども向けの辞書も豊富にあります。そのことは誇るべきことであって、もっともっと使うようにさせたいと思います。
大人にとっても辞書は良きパートナー
――ありがとうございます。それでは、最後に保護者の方や一般の方にメッセージをいただきたいと思います。まず保護者の方へお願いします。
深谷先生 大人が辞書をどのようにとらえているか、というのはすごく大きな問題だと思いますね。わからないことばを調べるというのは辞書の機能の一つであると思って、もっと豊かに使ってほしいと思います。
たとえば、「まだ五十音もわからないのに辞書を与えるなんて」とは言わないで、むしろ辞書をつかって五十音の感覚を身につけたらどうか、というふうに、辞書を使ういろいろなアプローチがあっていいと思うんですね。子どもが何かできるようになってから、というのではなくて、そういうことを許容できるような大人のスタンスが必要だと思います。
ぜひ、大人がやわらかくなってください。
――一般の方へお願いします。
深谷先生 いろいろ習い事をしたり資格をとったりということをなさる方はいると思うのですが、もっとも安くて、半永久的にあなたの先生であるのが辞書です。辞書は時と場所を選びません。いまさら聞けないけれどよくわからないことばのようなものも気軽に聞くことができる、子どもよりも、むしろ学校を出た人にとって、生涯の先生として、また気兼ねなく相談できる良きパートナーとして最適だと思います。手軽にこれだけ多くの辞書に触れることができ、安く手に入れられるこの国に生まれたことを感謝するというか、そういう国でなくてはと思います。
――貴重なお話をありがとうございました。では、最後になりますが、先生にとって理想の辞書とはどのような辞書でしょうか。
深谷先生 すべての辞書の基本は、辞書の王様は、国語辞典だと思うんですね。調べたことがすべてそこに書いてあるというのもつまらない。書かれていることにある一定の制限があり、ちょうどよい物足りなさがそこにあります。
辞書から何か次の知につながるきっかけを得られる、まわりみちをたくさんして戻ってくる辞書が理想ですね。