「今年の新語 2020」の選評

3. コロナで全国区「○○警察」

2位 ○○警察

『三省堂国語辞典』飯間浩明先生

けい さつ[警察][一](名)①〘法〙社会の安全を守り、法令違反(イハン)を取りしまる、公的な機関。「━官・━力」②←警察官。「━が来た」[二](造語)〔―警察〕〔俗〕特定のことを細かく点検して、何かというと批判する人。「マナー━」〔二〇一〇年代に広まった用法〕

 2位には「○○警察」が選ばれました。公的機関の警察とはまったく関係がありません。むしろ、権限もないのに、個人的に警察の真似事をしている人々を指して使うことばです。

 コロナ禍の中で「自粛警察」「マスク警察」など、「○○警察」と呼ばれる人々が現れました。感染防止のルールを守っていないと判断した相手を厳しく批判したり、場合によっては行動に訴えたりします。実際には用心して営業している店に「営業を自粛してください」と貼り紙をするなどというのは、自粛警察の典型です。結果として、嫌がらせや妨害行為になることもあります。

 「○○警察」はコロナ関連語のひとつとも言えます。でも、むしろ、ネット上などで以前から使われていた俗語が、コロナ禍をきっかけに一般化したと捉えたほうがいいでしょう。

 辞書作りに携わる立場としては、「ことば警察」「日本語警察」という存在が思い浮かびます。ネットなどで、他人が言い誤ったり、「誤用」とされることばを使ったりすると、「それは間違いですよ」と逐一指摘する人々のことです。選考委員のひとりは2016年に「日本語警察」に関する文章を書いたことがあります。ただ、その当時、「警察」をこのように使うことはまだ一般的でないと意識していました。

 さかのぼれば、田中克彦さんの1981年の著書『ことばと国家』(岩波新書)にも「言語警察制度」という表現が出てきます。学校の文法の授業では、標準の言い方以外を禁止し、〈言語警察制度を自らのなかに作りあげる作業〉をさせていると指摘します。ルール違反を許さないことを「警察」と呼ぶ例は、昔からあったわけです。

 現在ではこのほか、「マナー警察」「道徳警察」「着物警察」など、さまざまな「警察」が現れています。着物警察というのは、街角で着物の着方が(自分の基準で)間違っている相手を見かけると、呼び止めて説教をするのだそうです。その指摘は正しい場合もあれば、行き過ぎた厳格さを求めている場合もあるでしょう。

 これらの「○○警察」は、ここ10年ほどで使用例が増えたものの、最近までマイナーな印象がありました。それが、「自粛警察」「マスク警察」などによって、辞書に載ってもおかしくないほど知られるようになりました。大賞としても違和感はありませんが、使用場面や頻度の点で「ぴえん」にはかなわず、2位になりました。

 前回の「今年の新語2019」では「電凸」ということばが6位にランクインしました。団体などに電話して、暴力的に非難したり、問い詰めたりする迷惑行為です。自分の側を正しいと信じ込んで、その価値観や基準に合わない相手を激しく非難するところは、今回の「○○警察」にも共通する要素です。

 

 世の中に不寛容な空気が広がっているのでしょうか。そうかもしれませんが、その不寛容な風潮が「○○警察」という言い回しで風刺され、議論の対象になるということは、健全なことではないでしょうか。

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