選評 目次
「コロナ時代」という局面を迎えて
1. 無視できない数の「コロナ関連語」
新型コロナウイルスの感染拡大が深刻な社会問題になった2020年。ことばの面でも、年初から次々に新しい「コロナ関連語」が現れて、とても覚えきれないほどでした。
1月は「濃厚接触」(=患者と長い時間接するなどの接触)、2月は「PCR検査」(=ウイルス遺伝子検査のひとつ)、3月は「オーバーシュート」(=通り越す意味から、爆発的な患者増)などのことばが広まりました(新聞での使用状況などによる)。3月下旬には、「3つの『密』を避ける」という目標(詳しくは後述)が、政府や東京都の記者会見などを通じて周知されるようになりました。
すでに一般化した語に改めて注目が集まった例もあります。「テレワーク」(=インターネットで勤務先と結ぶ働き方)、「置き配」(=指定された場所に置く宅配。「今年の新語2019」で9位)、それに「自粛」などは、外出を極力控える生活様式を反映して、よく使われました。そう言えば、この「生活様式」も、5月に出た政府の指針「新しい生活様式」によって使用が増えたことばです。
時代が大きく変われば、膨大な数の新語が現れることは、歴史を見ればよく分かります。明治維新の後しかり、第二次世界大戦後しかりです。世界が「コロナ時代」という局面に入った現在、無数のコロナ関連語が現れたのは当然のことでした。
では、2020年の「今年の新語」の結果はどうなるでしょうか。コロナ時代を反映して、ベスト10にコロナ関連語が多く入るのでしょうか。もちろん、必然性があれば、それでもかまいません。ただ、「今年の新語」の趣旨は、今後の辞書に採録されてもおかしくないことばを選ぶことです。かりに、コロナ時代が来年あたりに終わったとしても、その後も日常語として長く使われることばを選びたい。そうすると、「濃厚接触」「PCR検査」などの用語については採点が厳しくなります。
もっとも、今回投稿された新語候補の中に、コロナ関連語が多く含まれていたのも事実です。それはとても無視できないほどでした。今回の投稿総数は延べ4,871通。前回の2,017通と比較すると倍以上になりました。特定の語を推す人々が熱心に投稿してくださったケースもあり、コロナ関連語だけでここまで増えたわけではありません。ただ、コロナ関連語があふれる今年の状況が、多くの人々の投稿意欲を促した面はあったでしょう。こうした投稿傾向は、何らかの形で選考結果に反映すべきだと考えました。
そこで、今回は、通常のベスト10とは別に、選外として「コロナ枠」を設けました。日常語として今後も長く使われるかどうかはいったん横に置いて、目下の状況をよく表す語や、意味用法に注目点のある語など、6語を選出しました。これら「コロナ枠」の語については、この選評の末尾で触れることにします。
2. 体系の穴を埋めた「ぴえん」
大賞 ぴえん
今年よく使われ、しかもこの先も使われそうなことばは、コロナ関連語にもそれ以外にもあります。後者の筆頭に挙げたいのが、今回の大賞の「ぴえん」です。SNSでも、友だち同士のメッセージでも、さらには口頭でも、日常的に使われるようになりました。
「ぴえん」は、小さく1回、泣き声を立てる様子を表すオノマトペ(擬音語・擬態語)です。「私の分のケーキ残ってないの、ぴえん」のように、本当に泣いているわけではなく、泣き真似を表す場合によく使います。悲しく訴える表情の絵文字を添えることもあります。
「ぴえん」は、前回2019年にも4通投稿がありましたが、あまり注目されませんでした。今回はそれが70通に増え、投稿数では6位と大躍進する結果になりました。ちなみに、今回の投稿数の1位~5位は、「経年美化」(=年を経て美しさが増すこと。俳優の三浦春馬さんが使ったことで話題に)、「ソーシャルディスタンス」(詳しくは後述)、「コロナ禍」「3密」「コロナ」でした。これらの語と比べると、「ぴえん」は話題の種類に関係なく、いつでもどこでも使えるもので、より日常度が高いことばだと言えます。国語辞典にとって、こうした日常的なことばはぜひ項目に立てたいものです。
コロナ禍などの社会的なきっかけもないのに、なぜ「ぴえん」ということばが広まったのか。それは、「ぴえん」に相当することばが、これまでずっと待望されていたからです。
従来、泣く様子を表現するには、「わーん」「うえーん」「びえーん」など「大泣き」系か、「しくしく」「めそめそ」「くすんくすん」など「すすり泣き」系か、どちらかのオノマトペを使うしかありませんでした。「大泣きするほどでなく、少しだけ声を出す泣き方」を表す一般的なオノマトペはありませんでした。言わば、泣き声の体系の中で、「少しだけ声を出して泣く表現」が穴になっていました。
でも、控えめに声を出して泣く表現を使いたいことは、日常的によくあります。そこに颯爽と登場したのが「ぴえん」でした。「びえーん」とは違って、濁音「び」の代わりに半濁音「ぴ」を使い、長音化もせずに、控えめな泣き声を表現しています。「ぴえん」は、今まで体系の穴になっていた部分を埋めることばとして、多くの人々の支持を得ました。今回の大賞としてふさわしいことばだと、選考委員の意見が一致しました。
もっとも、「ぴえん」はすでに「JC・JK流行語大賞2019」(AMF発表)に選ばれ、2020年上半期にも「ぴえんこえてぱおん」がランクインしています(「ぱおん」は大泣きの表現)。「今年の新語」に選ぶのは遅いと思われるかもしれません。でも、「今年の新語」は辞書に載る候補を選ぶものです。2010年代末に流行語として現れた「ぴえん」が、日常的に使われ、今や辞書の項目の候補になったというのが、選考委員の判断です。
3. コロナで全国区「○○警察」
2位 ○○警察
『三省堂国語辞典』飯間浩明先生
けい さつ[警察][一](名)①〘法〙社会の安全を守り、法令違反(イハン)を取りしまる、公的な機関。「━官・━力」②←警察官。「━が来た」[二](造語)〔―警察〕〔俗〕特定のことを細かく点検して、何かというと批判する人。「マナー━」〔二〇一〇年代に広まった用法〕
2位には「○○警察」が選ばれました。公的機関の警察とはまったく関係がありません。むしろ、権限もないのに、個人的に警察の真似事をしている人々を指して使うことばです。
コロナ禍の中で「自粛警察」「マスク警察」など、「○○警察」と呼ばれる人々が現れました。感染防止のルールを守っていないと判断した相手を厳しく批判したり、場合によっては行動に訴えたりします。実際には用心して営業している店に「営業を自粛してください」と貼り紙をするなどというのは、自粛警察の典型です。結果として、嫌がらせや妨害行為になることもあります。
「○○警察」はコロナ関連語のひとつとも言えます。でも、むしろ、ネット上などで以前から使われていた俗語が、コロナ禍をきっかけに一般化したと捉えたほうがいいでしょう。
辞書作りに携わる立場としては、「ことば警察」「日本語警察」という存在が思い浮かびます。ネットなどで、他人が言い誤ったり、「誤用」とされることばを使ったりすると、「それは間違いですよ」と逐一指摘する人々のことです。選考委員のひとりは2016年に「日本語警察」に関する文章を書いたことがあります。ただ、その当時、「警察」をこのように使うことはまだ一般的でないと意識していました。
さかのぼれば、田中克彦さんの1981年の著書『ことばと国家』(岩波新書)にも「言語警察制度」という表現が出てきます。学校の文法の授業では、標準の言い方以外を禁止し、〈言語警察制度を自らのなかに作りあげる作業〉をさせていると指摘します。ルール違反を許さないことを「警察」と呼ぶ例は、昔からあったわけです。
現在ではこのほか、「マナー警察」「道徳警察」「着物警察」など、さまざまな「警察」が現れています。着物警察というのは、街角で着物の着方が(自分の基準で)間違っている相手を見かけると、呼び止めて説教をするのだそうです。その指摘は正しい場合もあれば、行き過ぎた厳格さを求めている場合もあるでしょう。
これらの「○○警察」は、ここ10年ほどで使用例が増えたものの、最近までマイナーな印象がありました。それが、「自粛警察」「マスク警察」などによって、辞書に載ってもおかしくないほど知られるようになりました。大賞としても違和感はありませんが、使用場面や頻度の点で「ぴえん」にはかなわず、2位になりました。
前回の「今年の新語2019」では「電凸」ということばが6位にランクインしました。団体などに電話して、暴力的に非難したり、問い詰めたりする迷惑行為です。自分の側を正しいと信じ込んで、その価値観や基準に合わない相手を激しく非難するところは、今回の「○○警察」にも共通する要素です。
世の中に不寛容な空気が広がっているのでしょうか。そうかもしれませんが、その不寛容な風潮が「○○警察」という言い回しで風刺され、議論の対象になるということは、健全なことではないでしょうか。
4. 「密」「リモート」にも新用法
3位 密
『三省堂現代新国語辞典』小野正弘先生
みつ【密】〈名・形動〉①ぎっしりとすきまなく つまっていること。「人口が━な地域」《対》疎・粗 ②人と人との間隔かん
かくが、危険に思えるほど狭せま
く閉じられていること。「三━・この会議室は、ちょっと━です」③くわしく、細部に注意すること。「━なプラン」④関係が深く、つながりが強いこと。「連絡れん
らくを━にする」⑤こっそりとするようす。「はかりごとは━(なる)をもって よしとする」[②は、二〇二〇年の新型コロナウイルスの感染拡大の注意をうながすために、①から限定的にうまれた用法。「三密」とは、「密集、密接、密閉」をいう]
4位 リモート
『新明解国語辞典』編集部
リモート20〔remote=場所などが遠く隔たった・辺鄙な〕(遠く)隔たった別の場所で、通信回線を通して、仕事や学習、また、その他の様ざまな活動を行なうこと。「━で勤務する/━で飲み会に参加する/━会議・━ミーティング・━帰省」
3位の「密」、4位の「リモート」も、コロナ禍をきっかけに新しい用法が生まれたことばです。この先、コロナ時代が終わっても、こうした新しい用法は残ると考えて、ランキング上位に選びました。
「密」は、前述のように「3つの『密』(=3密。密閉・密集・密接)を避けましょう」という形で呼びかけられました。このことばを特に広めたのは小池百合子東京都知事でした。4月、集まった記者たちに「密です」と間隔を空けるよう促した発言が流行語になりました。都知事が密な集団を解散させるゲームまで現れました。
従来の辞書にも「密」は載っています。ただ、それは硬い文章語であり、「人口が密な国」「密に連絡を取りあう」のような文脈で使うものでした。ところが、コロナ禍で、「感染防止のため密を避けよう」などと誰もが言うようになり、「密」は口頭語の性格もあわせ持つようになりました。
「密」には「避けるべきもの」という語感も生まれました。これまで、満員電車や混雑した観光地は「すごい人混み」「とても混んでいる」などと表現されました。一方、「この電車(観光地)は密だ」と言うと、「もっと余裕が必要だ」というニュアンスが出ます。「密」の一語によって、混雑解消の議論が進むかもしれません。
「リモート」は、『大辞林 第四版』によれば、もともと〈他の語の上に付いて、「遠隔」の意を表す〉という意味しかありませんでした。ところが、コロナ禍によって様子が変わりました。
密を避けるため、仕事や会合などは、ネットを通じて遠隔で行うことが多くなりました。「テレワーク」(前述)とほぼ同義の「リモートワーク」のほか、「リモート会議」「リモート授業」「リモート飲み会」などが広まり、「リモート」と略されました。「午後からリモートだから」のように名詞として使われています。
意味の重なる「オンライン」もよく使われますが、「リモート」は「リモ映え(リモート映え)するメイク」「リモ飲み」のように略されるなど、より生活に密着した感じがあります。コロナが収束した後も、「リモート」は新しいコミュニケーション手段を表す日常語として使われ続けるのではないでしょうか。
5位 マンスプレイニング
『大辞林』編集部
マンスプレイニング5〖mansplaining〗〔man(男性) + explain(説明する)からの造語〕男性が女性や年少者に対して、見下した態度で説明すること。
5位の「マンスプレイニング」は、特にネット上で知られるようになった概念語です。man(男性)とexplain(説明する)の合成語mansplainの名詞形。男性が相手の女性や年少者を無知だと決めつけて、偉そうに講釈を垂れることです。「自分のほうが物事を分かっている」と根拠もなく威張る男性は少なくありません。無自覚なまま男尊女卑的な言動を行うことに警鐘を鳴らすことばとして、ランキングに入りました。
ちなみに、英語のmansplainも、21世紀になって広まった新語です。日本語では、2020年に新聞記事に初めて現れるなど、使われる機会が多くなりました。有名ユーチューバーも「(このことばを)最近知った」と、6月に新聞に答えています。新しいことばが広まることで、問題のある行為が抑制される効果も期待できます。
5. 競技会でなくても「優勝」できる?
6位 優勝
『三省堂国語辞典』飯間浩明先生
ゆう しょう[優勝](名・自サ)①〔試合・競技で〕第一位で勝つこと。決勝戦で勝つこと。「━杯(ハイ)・━カップ・新記録で━した」②〔俗〕大満足(な体験を)すること。最高なこと。「おでんと酒で━」〔二〇一〇年代に広まった用法〕
6位の「優勝」も、ネットを中心に新しい用法が広まったことばです。競技会などでの優勝のことではありません。たとえば、上等の料理を食べたときなどに、「大満足」という意味で「優勝」と表現するのです。
ネットでの「優勝」の用法には変遷があります。21世紀になって、掲示板では「一番どうでもいいこと書いた奴が優勝」などとお題を出して、大喜利が行われていました。べつに優勝者が決まるわけではありません。
2010年代には、「アヒージョと白ワインで優勝」など、「大満足」の例が多くなりました。そこから派生して、2017年頃には「優勝」を「性的関係を結んで満足すること」の意味で使う人も現れました。その後は、「温泉入って優勝したい」「ポン酢で食べたら優勝でした」など、「大満足」「最高」の意味で使われています。
こうした「優勝」の用法は、俗っぽい感じが強いものの、すでに定着しています。競技会で実際に優勝するのは難しいことですが、贅沢な食事で同じ高揚感を味わえるのなら、悪くないことです。
7位 ごりごり
『新明解国語辞典』編集部
ごりごり[一]1(副)━と ━する (一)堅いものなどを(音を立てて)こする様子。また、その音の形容。「肩が凝って━する/━と石臼で豆をひく/━と腕をかく」(二)堅いものなどさわると手にでっぱりが感じられる様子。[二]0 ━な ━に 考え方などがあることだけにこりかたまっている様子だ。〔俗に「筋金入りの」「タフでエネルギッシュな」などの意で、肯定的に用いられることもある〕「━の現実主義者/━の理系/━のイケてる低音」
7位の「ごりごり」も、やはり用法の変化に着目して選んだことばです。一般には「ごりごりと石臼で豆をひく」のほか、「ごりごりの現実主義者」のように、〈考え方などがあることだけにこりかたまっている様子だ〉(『新明解国語辞典 第八版』)という意味で使われます。批判を含んだ言い方です。ところが、これがさらに変化して、「ごりごりの関西弁」「ごりごりの恋愛ドラマ」のように「徹底した」「根っからの」という意味で使われるようになりました。ここには批判の意味合いはありません。
2020年2月に「ごりごり」を取り上げた新聞記事があります。選考委員のひとりは取材に対し、本来「強、重、暗」のようなニュアンスのあった「ごりごり」が、現在ではポジティブなニュアンスを出すために使われているのが注目点だ、という趣旨のことを答えました。
8位 まである
『三省堂現代新国語辞典』小野正弘先生
まで−ある 〈連語〉①[自分の基準からみて]予想以上のものが存在する。「紅茶どころか、ケーキ━」②[動詞句・形容詞句に接続して]ある予想や基準をこえたことをおこなう。また、そのような状態である。「その絵が好きすぎて、日に五回見に行った━」 《用法》従来は、①のように、名詞に接続する用法だけであった。②は、公的な場面や文章では避けたほうがよい。
8位の「まである」。聞いたことがない人はピンと来ないかもしれません。「まである」は普通、「首まであるセーター」「この部屋にはカラオケセットまである」のように、名詞につけて使います。ところが、10年以上前から、「まである」を動詞句や形容詞句につける用法がじわじわと広がってきました。「このシーンが好きすぎてDVD買ったまである」「楽しみすぎて眠れないまである」など、特にネット上で使われます。
「DVD買ったまである」とは「DVDまで買った」という意味、「楽しみすぎて眠れないまである」とは「楽しみすぎて眠れないほどだ」という意味です。「まで」には普通の範囲を超える意味合いがあり、単に「眠れないほどだ」と言うよりも、「眠れないまである」と言ったほうが、程度が極端な感じをより強く表現できます。
「まである」は、「飲んじゃうまである」「読むしかないまである」など、いろいろなフレーズにつけられるのも便利です。程度の極端さを手軽に表現できるところが好まれて、広く受け入れられたのでしょう。
6. 新しいアウトドア「グランピング」
9位 グランピング
『三省堂国語辞典』飯間浩明先生
グランピング(名)〔glamping←glamorous+camping〕大きなテントなど、高級感のある施設(シセツ)で過ごす、ぜいたくなキャンプ。〔二〇一〇年代後半から流行〕
9位の「グランピング」は、2010年代後半から人気が出た贅沢なキャンプです。現地に豪華なテントなどが用意されていて、手ぶらで行っても楽しめます。語源はglamorous(魅力的な)とcamping(キャンプ)を組み合わせたもので、2つの語の頭とお尻を組み合わせた形。5位の「マンスプレイニング」と同様の造語法です。
過去の「今年の新語」の選考委員会でも、何度かベスト10入りが検討されました。でも、数あるレジャーのうちのひとつをあえて取り上げる理由が乏しいため、これまでランクインすることはありませんでした。
ところが、コロナ禍の中にあって、「ソロキャンプ」(=ひとりで行くキャンプ)など、他人との接触を避けやすい野外活動に関心が集まりました。グランピングもまた、独立したテントに宿泊すれば、感染防止を図りながら楽しむことができるとして、人気が高まっています。コロナ時代以降のアウトドアの楽しみ方を象徴することばとして、ベスト10に入りました。
10位 チバニアン
『大辞林』編集部
チバニアン 2〖Chibanian〗更新世中期の地質時代の名称。約77万4千年前から12万9千年前までの期間。この時代に最後の地磁気逆転現象が起きた。〔「千葉時代」の意。千葉県市原市の養老川沿いの地層が時代の境界と特徴を最も良く観察できることから千葉に由来する名称として提案され、2020年に国際地質科学連合(IUGS)において承認された〕
10位の「チバニアン」は、憂鬱なニュースが多い中で、うれしさを味わわせてくれた新語のひとつです。千葉県市原市で見つかった約77万年前の地層が、2020年1月、地質時代の境界を示す「国際標準模式地」に登録されました。その地層の時代、すなわち更新世(=氷期の繰り返された時代)のうち一時期を「チバニアン」(ラテン語で「千葉時代」)と呼ぶことが正式に決まりました。日本の地名が地質時代の名前になったわけです。
選考委員会では「『今年の新語』としては専門的すぎるのではないか」という意見も出ました。たしかに、小型辞典には載せにくい専門用語とも言えます。でも、日本の県の名前が、約46億年に及ぶ地球の歴史の一時期、それも実に約65万年に及ぶ時期の名前を表すことになったというのは、なんとも壮大な話です。
ある意味では、地球にとって一番大事な日本語は「チバ」であるとも言えます。とすれば、少なくとも、大型辞典である『大辞林』にはぜひ載せるべきことばなので、ランクインすることになりました。
* * *
以上で「今年の新語2020」ベスト10の選評は終わりです。冒頭に述べたように、今回はこのほか、「コロナ枠」を設けています。必ずしも今後辞書に載るとは限らないけれども、コロナ禍に見舞われた2020年を象徴する6つのことばを記録しておきます。
これらのことばを使う必要がない日常が、一日も早く戻ってきますように。
選外(コロナ枠)
ソーシャルディスタンス
社会的距離。ウイルス感染防止のために必要な人と人との距離です。3月頃、海外メディアから「ソーシャルディスタンシング」(=社会的距離を取ること)の形で伝わりました。「社会的」はおかしいと「フィジカルディスタンス」(=身体的距離)という用語も提案されましたが、定着していません。
ステイホーム
ウイルス感染を避けて家にいること。3月、ジョンソン英首相は国民に“You must stay at home.”と呼びかけました(イギリス英語ではstay at homeが普通)。日本では4月に小池東京都知事が「ステイホーム週間」を呼びかけ、「ステイホーム」の標語が広まりました。
クラスター
感染者の集団。また、集団感染の意味でも使います。2月に政府の感染症対策本部が公表した「基本方針」の中で〈クラスター(集団)が次のクラスター(集団)を生み出すことを防止することが極めて重要〉と記され、一般にもよく使われるようになりました。
アマビエ
肥後国の海中に住む妖怪で、疫病の流行を予言して「私の姿の絵をみんなに見せなさい」と警告したといいます。3月上旬、ツイッターで、アマビエの姿が描かれた瓦版(京都大学附属図書館蔵)などが拡散されて話題に。コロナ禍に苦しむ人々にとってマスコット的存在になりました。
ロックダウン
都市封鎖。感染拡大を防ぐため、海外では1月に中国・武漢市が封鎖されたのを皮切りに、ヨーロッパなどの多くの国や地域で封鎖が実施されました。日本では、3月に小池東京都知事が記者会見でロックダウンの可能性に言及し、誰もが知ることばになりました。
手指(しゅし)
ウイルス感染を防ぐために「手指の消毒」が求められるようになりました。「手指」は一般に「てゆび」「しゅし」と読み、「手の指」または「手と指」の意味で使われます。一方、医師は多く「しゅし」と読んで「手全体」のことを指します。「手指の消毒」は「手の消毒」です。