「今年の新語 2021」の選評

2. 音楽から一般化した「チルい」

大賞 チルい

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2021」大賞「チルい」

 今回、私たちが大賞に選んだことばは「チルい」でした。「何ですか、それは」と言う人も多いかもしれません。投稿数は「チルい」「チル」を合わせて4通でした。いわば下位のことばをすくい取った形です。それでも、「チルい」は今年の大賞にふさわしいと考えます。

 「チルい」は「リラックスした様子だ」「落ち着いて気分がよい」などの意味で使われます。「ゆったりとしたチルい曲」「チルいギター」のように音楽で使う例が目立ちますが、「最高にチルい時間」「チルい雰囲気」など、一般にも使われます。青森などの方言「あずましい」(気持ちがいい・安心である)の意味とも通じます。

 2010年代後半、徐々に広まってきたことばです。もともとは音楽分野で使う「チルアウト(chill-out)」から来ています。2019年刊行の『大辞林 第四版』(デジタル版)では、「チルアウト」は〈クラブなどで激しく踊った後などに高ぶった気持ちを落ち着かせること。また、その際に聞く楽曲〉と説明しています。音楽のチルアウトに関しては、1990年代半ばから新聞に記事があります。

 「今年の新語」の投稿としては、2016年に初めて「チルする」(落ち着く)や「チルってる」(落ち着いている)が寄せられ、2017年に「チルアウト」、2020年に「チルい」が寄せられました。いずれも「チルアウト」およびそれを略した「チル」の派生形です。

 「チルい」が特徴的なのは、「外来語+い」の形の形容詞だという点です。「今年の新語2016」の2位に入った「エモい」の解説でも述べましたが、このような形容詞は「ナウい」「エロい」「グロい」など少数です。「キュートな」「スリムな」「ポップな」「リアルな」など「外来語+な」(形容動詞)は多くありますが、「外来語+い」(形容詞)が成立するには高いハードルがあります。そのハードルを越えた「チルい」は、特に若い世代にとって、日常的で基本的な感覚を表すことばになったと考えられます。

 2021年、ある清涼飲料水の広告コピーに〈チルする?〉が登場しました。「このドリンクを飲んで、ゆったり落ち着こう」ということでしょう。また、動画投稿アプリのTikTokでは、進路指導を受ける生徒の口調で〈あーし〔=私〕の夢っすかー? 超チルなラッパー〉とつぶやく動画が人気になり、これをまねた動画も多く生まれました。こちらは「超気楽に生きてる、イカしたラッパー」というほどの意味でしょうか。いずれも、見る人々が「チル」の意味を理解できる素地があってこそ成立する表現です。

 「チル」「チルする」「チルってる」「チルい」「チルな」は、安楽を求めたい気持ちから使われることばであり、ストレスフルな今の状況をよく反映していると考えました。「チル」を代表形とするのが妥当かもしれませんが、語形の珍しさに着目し、「チルい」の形で大賞に決定しました。

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