2. 動画文化への移行を表す「タイパ」
大賞 タイパ
今回は「タイパ」(タイムパフォーマンスの略)という名詞が大賞に選ばれました。時代を反映し、しかも議論の的となったことばであり、大賞として申し分ないと選考会の意見が一致しました。
「タイパ」は、何年か前からメディアにも現れていました。たとえば、ビジネス情報誌『ダイヤモンド・チェーンストア』2019年2月15日号は、個人が多忙になり、生産性の向上を求める傾向が強まった結果、「コスパ」よりも「タイパ」重視の時代になったことを指摘しています。
タイパが特に話題になったのは、動画の「倍速視聴」に関してでした。2023年4月に刊行された稲田豊史著『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)は、若い世代で映画やドラマを倍速などで見る人が多いことを論じ、〈倍速視聴・10秒飛ばしする人が追求しているのは、時間コスパだ。これは昨今、若者たちの間で「タイパ」あるいは「タムパ」と呼ばれている〉と記しています。
実際に用いられた例を見ると、「タムパ」よりも「タイパ」の例が圧倒的に多く、しかも「タイパ」は2023年に入ってから用例が大きく増えています。「タイパする」「タイパな」も若干見られます。
メディアでもよく取り上げられるようになりました。『読売新聞』10月25日付夕刊(大阪)では、大学のオンライン授業の動画を学生が倍速で見ることを〈「タイパ」重視〉と記しています。あるいは、11月17日放送のNHK「ニュース7」では、公開された映画を勝手に短い動画にまとめて投稿する違法な「ファスト映画」の被害を報じ、ここでもタイパ重視の風潮を原因に挙げています。
思えば、書籍や新聞、雑誌などから情報を得ることが主流だった時代にも、タイパを上げることは普通に行われていました。「斜め読み」がそれです。活字文化の時代には、読まなければならない文章が非常に多かったため、斜め読みや流し読みをせざるをえませんでした。
ところが、今や、人々は活字よりも映像や音声、とりわけネットの動画から情報を得ることが多くなりました。動画の情報量は、従来とは比べものにならないほど膨大になりました。世の中は活字文化から動画文化へ移行しています。その時代を生きるためには、タイパの向上が不可欠になるのかもしれません。
「タイパ」は「コスパ」(コストパフォーマンスの略)にならって作られました。「タイムパフォーマンス」は、英語では一般的な言い方ではなく、和製英語と考えられます。カタカナで言わなくても、「能率」(決まった時間の中でのはかどり具合)と言えば、ほぼ同じ意味が伝えられます。また、「タイパ向上」は要するに「時短」(時間短縮)のことです。
ただ、そうは言っても、新しい時代状況を表すためには、新しいニュアンスのことばが必要なのも確かです。動画文化の隆盛とともに、「タイパ」ということばも定着していくのではないでしょうか。