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三省堂名歌名句辞典 新装版について

はじめに

はじめに(新装版・初版)

 2004年9月に『三省堂 名歌名句辞典』を世に送り出してから、早くもおよそ10年の年月が経過した。この間に、東日本大震災をはじめ多くの社会的出来事があり、古今集成立1100年、新古今集成立800年、芭蕉生誕370年等、和歌史・俳句史にかかわる節目の年を迎えたりもした。

 幸いなことに本書は、多くの方々に読む辞典として好評をもって迎えられ、うれしいお便りの数々を読者から頂戴した。「座右の書として、毎日楽しく読んでいます」、「できたら全ページを読破する覚悟」、「毎日、一首または一句ずつ暗記をしています」……。さらには現役の歌人、俳人の方たちから「近接ジャンルなのに案外にへだたりが大きい短歌・俳句を広く見渡せるのがうれしい」「古典から現代まで作品が史的に見られるので便利」といったありがたい反響も聞こえてきた。

 今般、装幀を改め、『三省堂 名歌名句辞典 新装版』として刊行する機会を得た。数箇所の訂正をし、他界された方々の没年を加えたほかは、初版を基にする。なお、執筆者のうち、川平ひとし、小高賢、村上護氏が他界された。いずれも私が親しくさせてもらった方々である。この辞典が次の時代を生きる人たちに読まれてゆくことを、きっと喜んでくれると思う。

 2015年4月

 和歌・短歌はおよそ1300余年の歴史を持ち、俳諧・俳句は600余年の歴史を持つ。その長い歴史の中で生み出された作品は膨大な数におよび、今日ただいまも、現代の歌人・俳人によってたくさんの作品が日々書き継がれている。数え切れないほどたくさんのそれらの中から、歌と句合わせて6186作品を選出した。

 古典から現代までの全体を見渡せるアンソロジーがほしい、近年そういう声を聞くことしばしばである。本格的な情報化時代に入って、アンソロジーの重要性はいっそう高まったように思われる。情報化が進めば進むほど、多様な情報整理が求められるからであろう。私自身も、日ごろ数種のアンソロジーを手元に置いて利用させてもらいながら、さらに別のアンソロジーも欲しいと思いつづけてきた。6000を越える作品をおさめたこの一冊が、情報化時代のアンソロジーとして多くの読者と出会ってくれるとうれしい。

 作品選出にあたっては、名歌・名句として一般に親しまれてきた歌・句をできるだけ広くもれなく収録しつつ、日本詩歌史の本流をたどれるようにしたい、そんな贅沢なイメージの実現を目ざした。さらに日本詩歌史の幅広さも反映したいとの考えに立って、歌謡・狂歌・川柳・戯笑歌・俳諧歌等をも収録した。

 本書の特色は、和歌・短歌と俳諧・俳句を一冊におさめたことである。最近は短歌と俳句の距離が遠くなっている感じだ。研究の世界でも、歌壇・俳壇においても、専門化が進んだせいもあって、視野を狭くとる者が多くなり、他ジャンルへの関心がうすれてきたかに見える。かつて両者の距離は遠くはなかった。

 芭蕉がおどろくほどの広さと深さで短歌を読みこんでいた事実はご存じの通りである。塚本邦雄をはじめとする前衛短歌運動の担い手たちが、いかに多くの俳句から学んでいたかも周知の通りだ。

 互いに影響・反発の関係をたもちうる距離にあるとき、短歌も俳句も、ともに充実したのである。そのあたりの経緯は文学史が教えてくれている。両者を一冊におさめた本書の意図をくんで、積極的に活用していただきたいと思う。

 本書は収録した全作品に「解説」を付し、古典作品には理解の参考になるように「意味」を付した。執筆には115人のそれぞれにふさわしい研究者・歌人・俳人に協力をお願いした。執筆者には、各研究分野・歌壇・俳壇の先端的成果を取り込みつつ平易な記述を心がけるという、無理な要請をこなしていただいた。編者として大いに感謝しているところである。

 すでに解釈・解説がなされている歌や句もむろん多いが、本書ではじめて解釈・解説された作も少なくない。また、従来の解釈・解説に改訂をくわえているケースも本書にはかなりある。それらをふくめて、すぐれた執筆者による「意味」「解説」の充実と斬新さに注目していただければ幸いである。

 もちろん、日本文学の研究者・歌人・俳人はもとよりのこと、学生・生徒諸君、日本の詩歌に興味を持つ広い層の方々に広く利用していただけるよう、心がけたつもりである。

 本書の企画は、和歌・短歌担当の佐佐木幸綱、俳諧・俳句担当の復本一郎が協議を重ねて具体化した。編集段階で、平田英夫(古典和歌)、谷岡亜紀(近現代短歌)両君に加わってもらい、何度もの会議をへて編集案を決定した。執筆者の方々、4年間にわたる共同作業に携わった編集関係者に対し、謝意をあらわしたい。

 2004年7月

佐佐木幸綱