三省堂 辞書ウェブ編集部による ことばの壺
ことばをめぐる諸問題 言語学・日本語論への招待
言語学の面白さ、ここにあり!
言語研究において問題となる重要なトピックを扱った諸論文と、これからの言語学に資する著者独自の「日本語系統論」を収録。
言語学を志す人、言語を愛好する人にとって真に役立つ参考図書。
特長
さらに詳しい内容をご紹介
あとがき
本書は、これまでのいくつかの拙著と同じように、私がいろいろな形で公表してきた諸論考を一書の形にまとめたものである。時期的には1980年代の半ばから最近までの長短様々な15編の論稿からなる。内容別に「言語と民族」、「言語の類型と歴史」、「言語の構造と認知」、「日本語・日本人のルーツを探る」という4部に分かれているが、形式・内容とも必ずしも首尾一貫しているわけではない。
本書の第I 部に収められた「世界の言語 ─ その現状と未来」は、単行本での刊行は2005年となっているが、実際には1998年11月、山口大学で開催された「21世紀後半の言語」と題する公開シンポジウムのために用意された講演原稿である。また第2章の「ヨーロッパの言語と民族」は、1980年代半ば、歴史学関係の一般書のために執筆されたもので、言及された言語の名称や話者人口など、現時点ではすでに時代遅れとされるものも少なからず含まれている。しかし内容面での首尾一貫性を保つために、あえて修正は加えなかった。現在この種の情報は、ネット上で公開されている Ethnologue:Languages of the World などで簡単にアクセスできるからである。
続く「言語の類型と歴史」と題された第Ⅱ部は、主に日本語学、国語・国文学関係の雑誌に寄稿された比較的短編の解説的論稿6編を収める。専門的というよりもむしろ一般読者向けのエッセイ集として位置づけられるかもしれない。ちなみに、同じようなテーマを扱ったもう少し専門的な論稿は、2006年刊行の旧著『世界言語への視座:歴史言語学と言語類型論』の中にもいくつか収められていることを言い添えておきたい。
「言語の構造と認知」と題する第Ⅲ部に収められた諸論稿の中で、最初の3編もまた一般向けの雑誌に寄稿されたものであるが、能格性の問題を扱った第12章の論稿だけは、学会の機関誌『言語研究』に掲載されたものである。ただし、これも学会主催の公開討論会の全体的な総括のために書かれたもので、特に専門論文として性格づけられるわけではない。
本書の最後を占める第Ⅳ部は、そこで扱われたテーマや収められた3つの論稿の執筆時期など、これまでの諸章とはかなり異なる。この中で、「イネ・コメ」の起源と伝播の問題は、私がこれまで関心を寄せてきた最近時の研究対象に属する。この種のテーマは、これまでわが国ではもっぱら考古学者や民俗学者の研究対象とされ、言語学の側からの本格的なアプローチはほとんど見られなかった。私の当初の計画としては、できればこのテーマだけを単著の形でまとめたいと考えていたのであるが、諸般の事情で実現できなかった。今でも大変残念に思っている。
本書の最終章に当てられた「私の日本語系統論」は、すでに2007年の拙著『世界言語のなかの日本語:日本語系統論の新たな地平』で扱われたテーマのいわば最終修正版的な論稿で、2012年12月に行われた京都大学での講演原稿に基づいている。本稿が2007 年の旧著と異なるのは、その副題にも示されたように、最近の遺伝子系統地理論の研究から得られた知見が新たに付け加えられた点である。この分野の研究は最近10年間余りで急速な展開を見せており、私としては現時点でのその研究成果をできる限り利用したつもりであるが、今後に残された課題も少なくないと思われる。日本語の起源・系統論と遺伝子系統地理論との関わりは、今後益々重要な研究課題となってくるであろうが、そのさらなる進展は後の若い研究者に委ねなければならない。
最後に、本書がこのような形で公刊される運びとなったのは、これまでの諸著と同じく、三省堂出版局のかわらぬご理解、とりわけ柳百合さんの熱心なご支援・ご尽力の賜物である。また本書の校正だけでなく、論文構成や内容面にわたる貴重な助言など、今回もまた山本秀樹(弘前大学)、乾秀行(山口大学)両氏に多大なご協力をいただいた。ここに記して、心から御礼を申し上げる次第である。
2015年12月
松本 克己
著者紹介
松本 克己(まつもと・かつみ)
1929 年長野県生まれ、東京大学文学部言語学科卒
金沢大学、筑波大学、静岡県立大学教授を経て現在、金沢大学、静岡県立大学名誉教授、元日本言語学会会長
専攻は、歴史・比較言語学、言語類型論
主な著書:
『古代日本語母音論:上代特殊仮名遣の再解釈』 ひつじ書房 1995
『世界言語への視座:歴史言語学と言語類型論』 三省堂 2006
『世界言語のなかの日本語:日本語系統論の新たな地平』 三省堂 2007
『世界言語の人称代名詞とその系譜:人類言語史5万年の足跡』 三省堂 2010
『歴史言語学の方法:ギリシア語史とその周辺』 三省堂 2014
目次
第I部 言語と民族 1
第1章 世界の言語 ── その現状と未来 3
1.1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
1.2 世界言語の地域的分布・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
1.3 世界言語の系統的分布・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
1.4 言語の系統とその時間的奥行き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
1.5 言語と話者人口・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
1.6 言語と国家・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
1.7 危機に瀕した言語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
1.8 世界言語権宣言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
第2章 ヨーロッパの言語と民族 45
2.1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
2.2 インド・ヨーロッパ(印欧)語族・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46
2.3 近代ヨーロッパの印欧諸語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48
2.3.1 ロマンス語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48
2.3.2 ゲルマン語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
2.3.3 スラヴ諸語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53
2.3.4 その他の印欧諸語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55
2.3.5 非印欧諸語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57
2.4 ヨーロッパにおける近代諸国語の成立・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
2.4.1 話しことばと書きことば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
2.4.2 近代諸文語の発達・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63
2.4.3 東ヨーロッパの場合・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・67
2.4.4 ヨーロッパの言語ナショナリズム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68
2.4.5 中・東欧とバルカン諸国・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72
2.5 ヨーロッパ諸言語の共通特徴:多様性の中の統一性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・75
2.5.1 国語の分立と国際化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・75
2.5.2 ヨーロッパ諸言語の文法的特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77
2.5.3 古典文語の遺産・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・81
第II部 言語の類型と歴史 85
第3章 言語類型論と歴史言語学 87
3.1 古典的類型論とそこからの脱却・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・87
3.2 日本語音韻史との関わり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・90
3.3 言語類型論と言語普遍性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
第4章 日本語と印欧語 95
4.1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95
4.2 ヨーロッパの印欧語とアジアの印欧語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・96
4.3 標準・平均的ヨーロッパ語(SAE) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・98
4.4 むすび・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100
第5章 語順の話 103
5.1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
5.2 語順の類型論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・104
5.3 世界言語の中の日本語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・106
第6章 語順のデータベース 111
6.1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・111
6.2 パソコンによるデータベースの構築・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・113
6.3 終わりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・119
第7章 言語史にとっての60年 121
7.1 言語史における年代の問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121
7.2 言語変化にとっての60 年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・127
7.3 ことばのゆれ:進行途上の言語変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・128
第8章 歴史言語学入門 133
8.1 ことばの変化相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・133
8.2 音変化とその規則性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・135
8.3 比較方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・137
8.4 言語の収束的発達・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・138
8.5 内的再建・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・139
8.6 補足質問・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・140
8.7 歴史言語学の手近な参考書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・142
第III部 言語の構造と認知 145
第9章 数の文法化とその認知的基盤 147
9.1 数標示の種々相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・147
9.2 数に関する普遍性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・152
第10章 言語研究と「意味」 155
10.1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・155
10.2 構造主義と意味研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・156
10.3 統語論と意味論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・162
第11章 言語現象における中心と周辺 167
11.1 言語の構造と不均衡性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・167
11.2 共時態と通時態・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・170
11.3 言語の多様性と普遍性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・172
11.4 言語と認知・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・174
第12章 能格性に関する若干の普遍特性 177
12.1 能格性の定義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・178
12.2 能格性の顕現・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・179
12.3 能格性と対格性の共存・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・181
12.3.1 名詞の格標示と動詞の一致(人称標示) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・181
12.3.2 能格性と動詞のテンス・アスペクト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・182
12.3.3 格標示と名詞の意味階層・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・183
12.3.4 格標示と動詞の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・184
12.4 形態論と統語論の関わり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・185
12.4.1 能格性と統語法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・186
12.4.2 能格性と“anti-passive” ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・188
12.4.3 能格性と談話構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・189
12.4.4 能格性と語構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・190
12.4.5 能格性/対格性の発生基盤・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・191
12.5 能格性と語順のタイプ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・192
12.5.1 能格型語順とは? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・193
12.5.2 能格性と主語・目的語の語順・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・194
12.5.3 能格性とSVO 型語順・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・196
第IV部 日本語・日本人のルーツを探る 201
第13章 イネ・コメ語源考 203
13.1 インドのイネ・コメ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・203
13.2 東アジアのイネ・コメ:「ジャポニカ」種・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・204
13.3 東南アジアのイネ・コメ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・205
13.3.1 オーストロネシア諸語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・205
13.3.2 タイ・カダイ諸語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・206
13.3.3 オーストロアジア諸語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・206
13.4 漢語のイネ・コメ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・207
13.5 日本語のイネ・コメ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・210
13.6 朝鮮語のイネ・コメ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・212
第14章 イネ・コメの比較言語学 215
14.1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・216
14.2 今から5千年前頃の東アジアの推定された言語分布・・・・・・・・・・・・・・・・217
14.3 オーストロネシア諸語のイネ・コメ語彙とその分布・・・・・・・・・・・・・・・・220
14.4 オーストロアジア諸語のイネ・コメ語彙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・224
14.5 タイ・カダイ諸語のイネ・コメ語彙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・227
14.6 ミャオ・ヤオ諸語のイネ・コメ語彙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・229
14.7 チベット・ビルマ諸語のイネ・コメ語彙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・232
14.8 漢語圏のイネ・コメ語彙とその起源・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・236
14.9 漢語、朝鮮語、日本語の稲作関係語彙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・239
14.9.1 日本語の稲作関係語彙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・241
14.9.2 朝鮮語のイネ・コメ語彙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・242
14.10 むすび・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・243
第15章 私の日本語系統論 247
15.1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・247
15.2 類型地理論から探る言語の遠い親族関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・250
15.3 人称代名詞から導かれた世界言語の系統分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・259
15.4 言語の系統とその遺伝子的背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・266
15.5 東アジア諸集団におけるY染色体遺伝子系統の分布・・・・・・・・・・・・・・・・271
15.6 太平洋沿岸系集団の環日本海域への到来時期・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・281
収録論文初出 287
あとがき 289