過去の選考結果-「今年の新語 2023」の選評

2. 危機を明確に警告する「地球沸騰化」

大賞 地球沸騰化

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2023」大賞「タイパ」

 今回大賞に選ばれたのは「地球沸騰化」でした。このことばは元の発言者が分かっています。

 2023年7月、世界の平均気温が観測史上最も高くなる見込みだという発表がありました。これを受けて、国連のグテーレス事務総長は7月27日に記者会見し、「地球温暖化の時代は終わった。地球沸騰化の時代(the era of global boiling)が始まった」と述べました。

 私たちの生活実感としても、この年の夏は異常な猛暑でした。テレビの気象情報は連日のように「危険な暑さ」について注意を喚起しました。データの上からも、日本の平均気温は気象庁が統計を取り始めてから125年間で最も高くなったことが分かっています。地球の過去10万年で最も暑かった可能性を指摘する報告もあります。

 猛暑だけではありません。日本各地で線状降水帯(積乱雲の帯状の連なり)が発生し、記録的な大雨による大きな被害が続きました。気象庁気象研究所などのチームは、この高温や大雨について地球温暖化の影響を指摘しています。さらに、海外では、大規模洪水のほか、干魃(かんばつ)や森林火災などが人々を脅かしています。

 こうした状況に際し、「このままでは、人間の暮らしやすい環境はなくなってしまうのではないか」と、問題を改めて深刻に捉えた人も多いでしょう。国連事務総長の「地球沸騰化」という表現は、地球が危機的な状況に立ち至ったことを明確に警告するものでした。時代を画する重要なキーワードであり、このことばをおいて大賞はほかにないと判断されました。

 「地球沸騰化」は事務総長個人の一回的な発言です。また、「『地球が沸騰する』という表現は不正確だ」という冷めた見方もあります。しかしながら、今後「地球温暖化」や「気候変動」のテーマについて語られる際には、たとえば〈“地球沸騰化”の世界〉(NHK「クローズアップ現代」2023年11月27・28日)のように、このことばに触れた表現が多くなると予想されます。国語辞典にも必要なことばとなるでしょう。

 現在の新たな段階を最初に「地球沸騰化」と表現した人は、一応グテーレス事務総長と考えられます。ただ、これまで「地球沸騰化」ということばの例は皆無ではありませんでした。たとえば、『東京新聞』2008年3月16日付では、70代男性の投書者が、「温暖化」という快く好ましい語感のことばに代わって、より緊張感のある「地球過熱化」「地球沸騰化」などを提案しています。また、かなり以前、ある雑誌で猛暑を嘆いた書き手が「地球沸騰化」と表現した例を、選考委員のひとりは記憶しています。

 学術的には、今後も「地球温暖化」「気候変動」が使われていくと思われます。それでも、人々の危機意識が本当に深刻であれば、「地球沸騰化」という表現も引用され続けるでしょう。「忘れてたけど、昔、国連事務総長が使っていたね」というように、一時的な危機意識の盛り上がりに終わってしまわないことを祈ります。

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