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「三省堂 詳説古語辞典」について

『三省堂 詳説古語辞典』

秋山 虔(あきやま・けん 東京大学名誉教授)

「ぶっくれっと」140号より)


 このたび渡辺実さんとの共編で誕生した『三省堂詳説古語辞典』を手にして、ただならぬ感慨に堪えています。あれこれの頁を繙き時の過ぎるのを忘れました。もともと格別の見識や抱負のあるわけでもなかった私が、このようにみごとな古語辞典の編者になりえたことに、われながら合点のゆかぬ思いでさえあります。

 三省堂の辞典編集部から古語辞典の編者になってほしいという依頼を受けたとき、そんなめんどうなことはまっぴらと辞退したのでしたが、結局承諾することになったのは、もう一人の編者として国語学者渡辺実さんにお願いするという、そのことで私の気持が揺らいだからでした。渡辺さんは数々の著作でずいぶん私を啓発してくださった年来の友人です。氏とあいはかり、学界において、また教育の現場においてすぐれた成果をあげてこられた信頼すべき方々に編集委員に加わっていただき、一同忌憚なく意見を述べ抱負を語り合って一定の確固たる編集体制をつくりあげる、そこにおのずからこれまで刊行されているたくさんの古語辞典とは別趣の、斬新で魅力あふれる辞典を生み出すことができるのではないか、という思いになったのでした。そうした辞典作りという目標もさりながら、その過程において編集委員諸氏や実務を担当される編集部の方々との交渉により、どんなに知見を広め姿勢を鍛えられるか、そのことへの期待が私の気持を引き立てたのでもありました。

 さて今日、日本の古典文学に対する関心が一般市民の間にかつてないくらいに高まっているといえましょう。教養講座や読書会が至る所で熱心に営まれておりますが、それには理由がないわけではないと思われます。この辞典の冒頭の「編者のことば」にも述べておいたことですが、現在は国際化の時代であり、それぞれに固有の感性や思考法・表現法や価値体系をもつ諸外国・諸民族との接触・交流が加速しつつあります。そして一方では、工業技術文明が高度に発達し、多岐化した情報の氾濫する大量消費社会に生かされている私たちは、自己の存在感の稀薄化を余儀なくされているといえましょう。そうした状況に抗う切実な要求として私たちの生かされている現在の由来を問いただし、また私たちをはぐくんできた文化伝統への自覚、古典遺産との出会いの経験が探りつづけられようとしているのではないでしょうか。主体的な自己の存在証明のてだてなのであり、それはけっして後ろ向きの回顧趣味になずむことではありますまい。

 しかしながら古典の世界と対面し、そこから現在・未来を生きるうえでの豊かな教訓を汲み取るためには、その真価を正しく理解し体得することが肝要です。言い換えれば現在の生活に古典をひきすえるのではなく、逆にその世界に自己を転位し、その世界の人となって生きるという姿勢が要求されるのです。そのことが本辞典の編者・編集委員一同の統一的な見解であり姿勢であり、そこに据えられた視座にもとづいて編集作業が進められました。一般読書人諸氏がごく自然に古典の世界の人となられるよう最大限の工夫を凝らしたつもりですが、よりいっそう留意したことは、高等学校の国語科の教室で古文を学習する生徒諸君のどのような関心にも十分に応えられるばかりではなく、諸君が古典のはかり知れぬ魅力に開眼していただけるよう細心の配慮を尽したことであります。

 編者たちにとって終始念頭を去らなかったことは、一般に指摘されていることですが高校生の古文離れ、古文嫌いという傾向であります。誰の人生にとっても少年から青年への時期に、私たちの先人がどんなに豊かなそして貴重な遺産を贈ってくれているかと体得できなかったら、それはたいへんな損失でありませんか。私はこの『三省堂詳説古語辞典』が若い高校生諸君を古典の世界へと導き、その世界と共生する意欲を誘発するであろうことを確信し、また自負しております。