広告の中のタイプライター(14):Blickensderfer Electric

2017年 8月 31日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Typewriter and Phonographic World』1902年1月号

『Typewriter and Phonographic World』1902年1月号
(写真はクリックで拡大)

「Blickensderfer Electric」は、ブリッケンスデアファー(George Canfield Blickensderfer)が、1901年に発売した電動タイプライターです。これ以前にブリッケンスデアファーは、「Blickensderfer No.5」「Blickensderfer No.7」といった、タイプ・ホイール式の機械式タイプライターを製造していました。このアイデアをさらに推し進めるにあたって、ブリッケンスデアファーは、電動タイプライターに挑戦したのです。

「Blickensderfer Electric」の最大の特徴は、全ての動作が電動であるという点です。文字キーは全て電気スイッチであり、「叩く」というよりは、「クリックする」という感触です。印字をおこなうタイプ・ホイール(活字を埋め込んだ金属製円筒)も電動で、タイプ・ホイールの表面には、84個(28個×3列)の活字が埋め込まれています。このタイプ・ホイールが、プラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれるのです。

文字キーの配列は、ブリッケンスデアファー独特のもので、上段のキーがzxkgbvqjと、中段のキーが.pwfulcmy,と、下段のキーがdhiatensorと並んでいます。左端の「CAP」キーを押すと、タイプ・ホイールが持ち上がって、上段のキーはZXKGBVQJに、中段のキーは.PWFULCMY&に、下段のキーはDHIATENSORになります。「FIG」キーを押すと、さらにタイプ・ホイールが持ち上がって、上段のキーは-^_()@#:に、中段のキーは./’”!;?%¢$に、下段のキーは1234567890になります。また、キーボードの右端には「L」とだけ書かれたキーがあって、押すと、キャリッジ・リターンと改行がおこなわれました。もちろん、完全に電動です。「L」キーのすぐ下には「R」キーがあって、これはバックスペースを意味していました。

ただし、1901年当時、コンセントプラグは一般化しておらず、「Blickensderfer Electric」も電灯用ソケットからの給電でした。部屋の照明等の白熱電球を外して、代わりに「Blickensderfer Electric」の電源ケーブルを繋ぐのです。電球を外すと、当然、部屋が暗くなるので、明るい昼間ならまだしも、朝夕や雨の日には手元を照らすオイルランプが必要になる、という本末転倒な事態が起こりました。まだ、商用電源というものが十分に普及していない時代であり、その意味で「Blickensderfer Electric」は、時代の先を行き過ぎていたのでしょう。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


『日本国語大辞典』をよむ―第15回 外来語今昔

2017年 8月 27日 日曜日 筆者: 今野 真二

第15回 外来語今昔

 『日本国語大辞典』をよんでいるとさまざまな外国語、外来語が見出しとなっていることに気づく。

アボストロン〔名〕(語源未詳)江戸時代に用いられた吸い出し膏薬の一つ。アボス。

 『日本国語大辞典』第1巻の冒頭に置かれている「凡例」「見出しについて」には、「和語・漢語はひらがなで示し、外来語はかたかなで示す」とあるので、この「アボストロン」は外来語とみなされていることがわかる。しかし「語源未詳」とあるので、どんな外国語に基づく語であるかはわかっていないということだ。

 「吸い出し膏薬」がすでにわかりにくい語かもしれないので、『日本国語大辞典』を調べてみると、「腫物(はれもの)・でき物の膿(うみ)を吸い出すためにはる膏薬。吸膏薬。すいだし」とある。

 「アボストロン」の使用例には「浄瑠璃・御所桜堀川夜討〔1737〕」と「譬喩尽〔1786〕」があげられているので、江戸時代には確実に使われていた語であることがわかる。『譬喩尽(たとえづくし)』は松葉軒東井(川瀬源之進久寛)がことわざや慣用句の類を集めていろは分けに編集したもので、8巻8冊の書である。18世紀後半の言語文化の格好の資料としてよく使われている。この『譬喩尽』に「阿慕寸登呂牟(原本振仮名:あぼすとろむ) 蛮語也」とあるので、異国の言語という認識はあったことがわかる。この「アボストロン」の省略語形と思われる「アボス」も『日本国語大辞典』には見出しとなっている。その使用例として「語彙〔1871~84〕」があげられている。『語彙』巻3には「あぼす [俗] 吸出膏薬(原本振仮名:スヒダシカウヤク)の/名なり」とある。そしてこの『語彙』の記事が(おそらくは)『言海』に受け継がれる。『言海』には「アボス(名)〔蘭語ナルベシ〕吸出シノ膏薬ノ名」とあって、大槻文彦はオランダ語由来の語という「見当」だったことがわかる。『言海』は「アボストロン」は見出しとしていない。改めて調べてみるまでもないように思うが、例えば、「新語に強い」ことを謳っている『三省堂国語辞典』第7版は「アボストロン」も「アボス」も見出しにしていない。

 『日本国語大辞典』の「アボス」から「アボストロン」までの間には、「アポステリオリ」「アポストロ」「アポストロフ」「アポストロフィー」という4つの見出しがある。いずれも片仮名で書かれているので、外来語ということになる。「アポストロ」は「キリシタン用語。キリストが布教のために特に選抜した一二人の直弟子。使徒」と説明されており、これも16世紀末から17世紀初めにかけて使われた外来語ということになる。さて、『三省堂国語辞典』第7版は、というと、同じ範囲に外来語としては「アポストロフィー」しか見出しになっていない。意外に思ったのは、「アポステリオリ」が見出しとなっていないことだ。『日本国語大辞典』は「アポステリオリ」の語義を「(1)スコラ哲学で、認識の順序が結果から原因へ、帰結から原理へさかのぼるさま。帰納的。↔ア-プリオリ」「(2)カントの認識論で、経験から得られたものをさす。後天的。↔ア-プリオリ」と説明している。「ア-プリオリ」は「先天的」だ。『三省堂国語辞典』第7版は「アプリオリ」には「社会常識語」の符号を付け見出しにし、「対義語」として「アポステリオリ」を示すが、「アポステリオリ」を見出しにしない。一貫性という点でどうなのだろうか。

アリモニー〔名〕({アメリカ}alimony)俗に、離婚・別居手当てをいう。手切れ金。

アリモニーハンター〔名〕({アメリカ}alimony hunter)手切れ金を目的に、裕福な男性と結婚しては離婚し、次から次へと男を漁る女性。

 なんか、そんなような事件が日本でもあったような気がしますが、「アリモニー」の使用例には「モダン辞典〔1930〕」が、「アリモニーハンター」の使用例には「改訂増補や、此は便利だ〔1918〕」があげられている。ちょっとわかりにくいかもしれないが、『や、此は便利だ』というタイトルの本があって、その改訂増補版だということだ。

 あげられている使用例からすれば、1918年から1930年頃には使われていた、もしくはそういう語があるということが認識されていたと思われるが、筆者はこの語を耳にしたことがおそらくない。もしもこれらの語が1960年頃にはすでに使われなくなっていたとしたら、50年ほどの「命」だったことになる。こういう「短命」の外来語があることは推測できる。

 『日本国語大辞典』は1972年から1976年にかけてその初版20巻が刊行された。筆者が大学生の頃に使っていたのは、この初版だ。1979年には、縮刷版10巻が刊行された。筆者はこの縮刷版を購入して使っていた。それぞれを「初版」「縮刷版」と呼ぶことにする。

 初版と、今よんでいる第2版とでは、当然のことながらさまざまな違いがある。初版が完結した1976年から、第2版が完結した2002年までの間は27年間もある。日本の社会もずいぶん変化した。当然日々使われる日本語も大きく変化している。外来語の使用には、そうした変化がはっきりと現れる。

 初版に「インターネット」という見出しがないのは「当然だ」と思うだろう。

インターネット〔名〕({英}internet)複数のコンピュータネットワークを公衆回線または専用回線を利用して相互に接続するためのネットワーク。また、それらすべての集合体。当初はアメリカで軍事目的に構築されたが、次第に大学や研究機関でも利用されるようになった。一九九〇年代に入ると地球規模で急激に普及し、一般企業や個人レベルでの情報の受発信に広く使われる国際的なネットワークに発展している。

 この見出しでは語義というよりも、解説にちかい。ちょっと熱を帯びているように感じるのは筆者の気のせいかもしれない。さて、『日本国語大辞典』第2版には見出し「インターン」がある。これをよんで、次は「インターンシップ」かな、と思ったら、「インターンシップ」は見出しになっていなかった。

 江戸時代に使われていた外来語、明治期に使われていた外来語、大正末期から昭和初期にかけての短い時期に使われていた外来語、初版では見出しになっていない外来語、第2版も見出しにしていない外来語など、外来語の変遷も、『日本国語大辞典』をよむと実感することができる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


続 10分でわかるカタカナ語 第23回 パラサイト

2017年 8月 26日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「パラサイト」の意味と使い方

どういう意味?

 「他者に依存する人」という意味です。

もう少し詳しく教えて

 パラサイト(parasite)はもともと英語で「寄生生物」を意味する言葉です。異種の生物に何らかの方法で取り付いて、一方的に栄養を得る生物のことを指します。例えば人間などの哺乳類に寄生して、吸血などによって栄養を奪っていくシラミも parasite の一種です。

 いっぽうカタカナ語のパラサイトは「(生計などを)他者に依存する人」という意味で使われます。特に「成年に達してもなお親と同居し、金銭面も含めて生活を親に依存し続ける独身者」を指すことが多いようです。このような独身者を「パラサイトシングル」(和製英語:parasite single)と呼びます(詳細は後述)。

どんな時に登場する言葉?

 社会学・報道・論評などの分野で登場するほか、一般社会でもよく見かける言葉になりました。

どんな経緯でこの語を使うように?

 寄生生物を意味する外来語および専門用語としての古い用例もありますが、「他者に依存する人」の意味で、一般的に使われるようになったのは近年になってからのことです。

 まず1995年、SF ホラー小説『パラサイト・イヴ』(瀬名秀明著/角川書店)が話題になりました。これは「ミトコンドリア遺伝子の反乱」を描いた作品。生物の細胞内に存在するミトコンドリア遺伝子を「寄生者」と捉えた世界観を描きました。この作品がきっかけとなり、一般社会で「パラサイト」の認知度が高まったのです。なお同小説は1997年に映画化されています。

 その1997年に、社会学者の山田昌弘が「パラサイトシングル」と名付けた新概念を提唱しました(参考:日本経済新聞1997年2月8日夕刊「増殖するパラサイト・シングル」)。これは、学校を卒業しても親と同居し、生活基盤を親に依存している未婚者を意味する概念でした。ちなみにパラサイトシングルの命名について、山田は後の著書でこう述べています。「当時『パラサイト・イヴ』という恐怖映画がロードショーにかかっていたので、あやかったものである」(参考:『パラサイト・シングルの時代』山田昌弘著/筑摩書房/1999年)。

 この新概念が世間で話題になって以降、「パラサイト」は一般に使われるようになりました。

パラサイトの使い方を実例で教えて!

「パラサイトシングル」

 「学卒後もなお、親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者」のことをパラサイトシングルと呼びます(「 」内の定義は造語者・山田昌弘の著書『パラサイト・シングルの時代』による)。家事を親に任せ、収入の大半を小遣いにあてることが可能な人たちです。「未婚率上昇・少子化の一因になっているのでは?」「親の経済力が低下したあとの生活はどうなるのか?」などと指摘されている存在でもあります。

 なお、ニート(NEET:学校に行かず、職業に就かず、職業訓練も受けていない若者)も親の経済的支援のもとで生活していると考えられますが、ニートとパラサイトシングルは別の概念です。すべてのニートは無職ですが、パラサイトシングルは就業の有無を問いません。

「パラサイトする」

 生活基盤を何かに依存することを「パラサイトする」と表現できます。例えば「実家にパラサイトする」「社会にパラサイトする」などの表現が可能です。

言い換えたい場合は?

 「他者に依存している人」などの表現を試してみてください。文脈によっては「食客(しょっかく・しょっきゃく)」「居候(いそうろう)」などの言葉が使える場面もあります。いずれも「他人の家に居ついて食事の世話を受けること。またその人」を意味します。パラサイトシングルについては「学校を卒業しても親と同居して生活基盤を親に頼っている未婚者」などの文章表現を試してみてください。

 動詞化した「パラサイトする」は「寄生する」「依存する」などの表現で言い換え可能です。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

太鼓持ち parasite の語源はギリシア語の parásītos で「他人の食卓で食べる人」を意味します(参考:『ランダムハウス英和辞典』小学館)。これは日本の「太鼓持ち」のような人物のこと。食宴の場で冗談などを言って場を盛り上げ、その見返りとして食事をご馳走(ちそう)してもらう人を指していました。つまり英語の parasite はもともと人物を指していた概念で、寄生生物を指すようになったのは後だったのです。

世界のパラサイトシングル パラサイトシングルと似た状況が世界各地で生まれています。例えば米国では「トウィックスター」(twixter)が話題に。大人と子どもの狭間の人を意味します(between の古い形 betwixt が語源)。またイタリアでは「マモーニ」(mammoni)が話題に。こちらはママっ子を意味します。

 さらに韓国では「カンガルー族」が話題に。カンガルーのように子どもが親に依存する様子を表します。そして中国では「啃老族」(こうろうぞく)が話題になりました。啃とは「かじる」を意味する漢字で、「子どもが親の脛(すね)をかじる様子」を指しています。以上のいずれの概念とも「社会人になっても親と同居しつづける未婚者」を表す点で共通します。

石のパラサイト 地球に落ちてくる隕石(いんせき)の中に「パラサイト」と呼ばれる希少隕石があります。ニッケル鉄とケイ酸塩鉱物からなる隕石で、磨くと非常に美しく輝く特徴があります。このパラサイトは英語で pallasite と綴り、本稿の parasite とは別物。ドイツの博物学者 Peter S. Pallas にちなんだ命名です(参考:『ランダムハウス英和辞典』小学館)。

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◆この連載の目次は⇒「続 10分でわかるカタカナ語」目次へ

◆以前の連載は⇒「10分でわかるカタカナ語」へ

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『見やすいカタカナ新語辞典 第2版』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら


人名用漢字の新字旧字:「侠」と「俠」

2017年 8月 24日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第139回 「侠」と「俠」

新字の「侠」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「俠」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。「俠」は出生届に書いてOKですが、「侠」はダメ。どうして、こんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の人部には、旧字の「俠」が収録されていましたが、新字の「侠」は収録されていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「俠」だけが含まれていて、新字の「侠」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表で、国語審議会は、旧字の「俠」を削除してしまいました。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「侠」も「俠」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「侠」も「俠」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

半世紀後の平成12年12月8日、国語審議会は表外漢字字体表を答申しました。表外漢字字体表は、常用漢字(および当時の人名用漢字)以外の漢字に対して、印刷に用いる字体のよりどころを示したもので、1022字の印刷標準字体が収録されていました。この中に、旧字の「俠」が含まれていました。印刷物には、新字の「侠」ではなく、旧字の「俠」を用いるべきだ、と、国語審議会は文部大臣に答申したのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「侠」は、全国50法務局のうち12の管区で出生届を拒否されていて、JIS第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が0回でした。旧字の「俠」は、全国50法務局のうち2つの管区で出生届を拒否されていて、JIS第3水準漢字で、出現頻度数調査の結果が159回でした。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50~199回 1~49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8~10 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6~7 JIS第1~3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0~5 JIS第1・3水準 - -

追加候補選定基準を厳密に適用すれば、新字の「侠」も、旧字の「俠」も、人名用漢字の追加候補とはならないはずです。しかし、人名用漢字部会は、新字の「侠」の出現頻度を無視し、「侠」を含む578字を人名用漢字の追加案として発表しました(平成16年6月11日)。ところが、人名用漢字部会は7月23日の会議で、この方針をさらに変更します。議事録を見てみましょう。

任侠の「侠」ですが,候補の例示字体が表外漢字字体表には掲げられてはおりません。ただし,異体字の手書きで書いておりますが,「俠」の方がJIS第3水準の漢字ですが,表外漢字字体表の印刷標準字体でございます。印刷標準字体の方は出現順位が3145位でございます。他方,今回パブコメに掲げた「侠」の字体は順位がついておりません。ということであれば,字体選択のよりどころを示した表外漢字字体表の趣旨を尊重するということからすれば,印刷標準字体の手書きの方を採用するのがいいのではないかと考えております。

人名用漢字部会は、新字の「侠」を追加候補から外し、代わりに、旧字の「俠」を追加候補に加えました。平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申し、9月27日の戸籍法施行規則改正で、これら488字は全て人名用漢字に追加されました。この結果、旧字の「俠」は人名用漢字になり、子供の名づけに使えるようになったのです。しかし、新字の「侠」は、人名用漢字になれませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「俠」に加えて、新字の「侠」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「俠」はOKですが、新字の「侠」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


日本語・教育・語彙 第13回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(8):そもそも美しさとは何か

2017年 8月 18日 金曜日 筆者: 松下達彦

第13回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(8):
そもそも美しさとは何か

 多忙に加えて専門外のところに踏み込んでしまったことで、長らく原稿執筆できなかったが、これからはさぼらずに書き続けたい。

 第11回第12回では「ことばの美しさ」について音と意味の面から考えてみた。音は意味につながり、意味は人間につながっている。美しいものに触れたいという人間の願望も底に流れている。では、ことばの問題を離れて、そもそも美しさ、美とは何だろうか。私は美学や芸術の専門家ではないが、この世の中で「美しい」と言われているものの共通点に思いを巡らせてみたい。

 まずはネット検索で「美しい」と呼ばれているものを片っ端から調べて、心に引っかかったものを挙げてみよう。

 

 美しいといわれて思い浮かべる芸術には、「モナリザ」や「ミロのヴィーナス」などが挙げられる。整った顔立ちや魅惑的な微笑、また黄金比などが美しさの要因と一般には言われる。そうした造形的・芸術的な美以外にはどのようなものがあるだろうか。

 「私が醜いものを最高に美しいと感じる理由」(jMatsuzaki http://jmatsuzaki.com/archives/15414)では美しいものを「意義深いもの」「飾らず、原始的で、純粋なもの」と定義づけている。「泣きじゃくる人間や怒り狂う人間の顔は、すましたモデルの顔より綺麗ではないかもしれませんが、純粋であることによって美しいのです」とある。ここでいう純粋さというのは、利害や打算を超えてある一つの方向性や価値を象徴するものということではないか。これは私の考える美の定義に近い。純粋な方向性というものを定義に含めないとさまざまな美しさを一つの定義で語ることは難しいと感じるからである。

 「醜い」とされるものを美しいと捉える意見はほかにもある。例えば「美しさを支える醜いアート」(ぐのっち https://matome.naver.jp/odai/2135541309174212901)、「世界に認められた「醜い」からこそ「美しい」モデル」(Asuka Yoshida http://beinspiredglobal.com/ugly-is-new-beautiful)、「こんなに醜いのに「もっとも美しい賞」を勝ちとったヤギ」(らばQ, zeronpa http://labaq.com/archives/51040806.html)である。なぜ「醜い」ものを書こう(見せよう/見よう)とするのだろうか。芸術を真実の表現と理解だと考えれば、真実が美しさにつながるのだ、と考えることができる。醜いことが美であるというのは形容矛盾だが、美をある種の方向性を持つものと考えれば、半端でないことが真実を焦点化して伝えるのだと言えよう。

 音楽の世界にはいわゆる不調和音の連続で構成される前衛的な音楽がある。シェーンベルクが完成させたといわれる十二音技法の曲などは現代の前衛音楽にも多大な影響を与えたと言われるが、いわゆる心地よい音楽ではないだろう。なぜシェーンベルクが無調性の音楽を志すようになったのか、ここで語る用意はないが、既存の権威的な美しさからの解放、あるいは挑戦であったことは間違いない。これも真実の表現の一つだといえるかもしれない。

 ところで、上述の醜くて美しいヤギの話はサウジアラビアで行われたコンテストの話で、紹介者の書いた文章の冒頭に「美しさの基準なんてものは文化や時代によって変わるもの」とある。当然だが、何を美しいと考えるかは時代や場所により大きく変化する。平安時代にふくよかな頬と切れ長の目が美しいとされていたことは有名である。そこには、見る側は一方的に美しさを消費しているだけではなく、美しさの社会的な概念を構成する主体でもあるという考え方がある。例えば山田良治氏は景観形成の公共性を論じる中で「(美は)対象を反映する人間の主観に属する」という立場に立つと述べている(山田2009, p.279)。さらに狩猟の対象としての動物を描いた洞窟壁画を例に「労働対象に対する関心の生成が美意識形成の萌芽である」(山田2009, p.280)と述べ、都市景観などの人工的景観について労働との関連を論じている。「社会的美意識」について「道徳やイデオロギー,科学的認識など他の意識諸形態の影響を受け,それらとの相互作用の中で存在」し、「多層的に形成される社会的意識の構成要素として,社会的意識一般との相互関係の中で多様に変化・発展」し、「労働生活・消費生活の多様化・高度化とともに」「人間の美意識と美しさへの感動もまたその形態及び内容の両面で同様に進化していく」としている(山田2009, p.281)。

 「ジョブズは、醜い技術の世界を、美しくした」(“R.I.P. Steve Jobs. You touched an ugly world of technology and made it beautiful.”)とはニューヨーク・タイムズに引用された言葉であるらしい(茂木健一郎 http://blogos.com/article/20787/)。言うまでもなくAppleの創業者であるスティーブ・ジョブズの美学について述べた言葉である。ここで茂木氏は、ジョブズがユーザーの「エクスペリエンス」の質を重視したことをたたえている。そしてそれに賛同するユーザーがいたからこそ、そこに一つの新しい美の形が生まれたのだといえる。美は商品化され消費の対象にもなるが、機能を一義的な目的に制作される製品であっても美は重要な要素になる。

 これらに共通するのは、人々からの働きかけによって美が作られ、そして形を変えてゆく、ということであろう。人々の体験を高めることによって美しさを得ようとする、その試みはいつの時代でも行われていることなのだろう。

 

 ここで論じてきたことをまとめると、おおむね以下の2点に集約できる。

 第一に、個性や真実が、ある一つの方向性や価値をもつものとして純粋に表現されたものが美しさの一つの要件ではないか、ということである。

 第二に、美しさの社会的な基準は時代や文化によって変わりうるものであるということである。人々が持っている美しさの基準によって、その産物として作品や環境・景観が作られるが、出来上がった産物自体がまた人々に働きかけ、新たな美しさの基準を生み出していく。人々と作品・景観の間の相互作用が美しさに影響するということである。

 この2点を、前回までの言葉の美しさに議論に引き付けて考えると、言葉の美しさにも様々なタイプのものがありえるのであり、しかもそれは言葉と、それを使う人々が相互に影響しあって変化していくものだ、ということになるであろう。言葉の美しさとは、例えば朗誦される名作などの中だけに閉じ込められて存在するようなものではなく、使い手の創造性、受け手の想像力によって次々と生み出されていくものであるし、日常の中にもハッとさせられるような真実があり、それを含む言葉に気づかされることでもある。

 

参考文献

山田良治(2009)「美意識の発展と景観形成の公共性」(『和歌山大学観光学部創設記念論集』2009, pp.279-292)

 

※上記URLの最終確認日:2017年8月7日

 

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【筆者プロフィール】

松下達彦(まつした・たつひこ)
『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』東京大学グローバルコミュニケーション研究センター准教授。PhD
研究分野は応用言語学・日本語教育・グローバル教育。
第二言語としての日本語の語彙学習・語彙教育、語彙習得への母語の影響、言語教育プログラムの諸問題の研究とその応用、日本の国際化と多言語・多文化化にともなう諸問題について関心を持つ。
共著に『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』(凡人社 2007)『日本語学習・生活ハンドブック』(文化庁 2009)、共訳に『学習者オートノミー―日本語教育と外国語教育の未来のために』(ひつじ書房 2011)などがある。
URL:http://www17408ui.sakura.ne.jp/tatsum/
上記サイトでは、文章の語彙や漢字の頻度レベルを分析する「日本語テキスト語彙分析器 J-LEX」や、語彙や漢字の学習・教育に役立つ「日本語を読むための語彙データベース」「現代日本語文字データベース」「日本語学術共通語彙リスト」「日本語文芸語彙リスト」などを公開している。

【編集部から】

第二言語としての日本語を学習・教育する方たちを支える松下達彦先生から、日本語教育全般のことや、語彙学習のこと、学習を支えるツール……などなど、様々にお書きいただきます。
公開は不定期の金曜日を予定しております。


『日本国語大辞典』をよむ―第14回 レストランお江戸のメニュー

2017年 8月 13日 日曜日 筆者: 今野 真二

第14回 レストランお江戸のメニュー

 『日本国語大辞典』をよんでいくと、さまざまな食べ物や料理が見出しとなっており、こんな料理がかつてはあったのか、と驚く。使用例が載せられていないために、いつ頃の時代の料理か確認できないものもあるが、だいたいは江戸時代にあった料理であると思われるので、「レストランお江戸のメニュー」という題にした。

アチャラづけ【阿茶羅漬】〔名〕《アジャラづけ》漬物の一種。蓮根、大根、カブなどや果実などを細かく刻み、トウガラシを加え、酢と砂糖で漬けたもの。近世初期にポルトガル人によってもたらされたものか。

 「方言」の欄を見ると、「(1)刻んだ野菜を三杯酢に漬けた食品」で、滋賀県蒲生郡では干し大根と昆布で、福岡市では瓜と茄子とで作ったものをいうことがわかる。「アチャラづけ」は和風のピクルスのようなものと思えばよさそうだ。アチャラは外国語を思わせる。調べて見ると『日本大百科全書』(小学館)は「「あちゃら」とは外国の意味とも、またポルトガル語のachar(野菜、果物の漬物)に由来するともいわれる」と記し、『大辞泉』(1995年、小学館)は見出し「アチャラづけ」の語釈に「《(ポルトガル) acharは野菜・果物の漬物の意》」と記している。

あつめじる【集汁】〔名〕野菜、干し魚などをいろいろ入れて煮込んだみそ汁。または、すまし汁。五月五日に用いると邪気をはらうといわれる。あつめ。

 井原西鶴の「浮世草子・世間胸算用〔1692〕」が使用例としてあげられているので、江戸時代に食されていたことがわかる。「みそ汁。または、すまし汁」と説明されているが、味噌汁とすまし汁とではだいぶ違うようにも思うが、具がポイントということでしょうか。5月5日に作ってみてはいかが? 

あなごなんばん【穴子南蛮】〔名〕かけそばの一種。アナゴの蒲焼(かばやき)と裂葱(さきねぎ)とをそばの上にのせ、汁をかけたもの。近世から明治の初め頃の料理。

かけそば【掛蕎麦】〔名〕そばをどんぶりに入れ、熱い汁をかけたもの。ぶっかけそば。かけ。

 「あなごなんばん」の語釈で「かけそば」が気になる方がいるだろうと思って見出し「かけそば」も並べておきました。例えば、『三省堂国語辞典』第7版(2014年)は「かけそば」を「熱い しるをかけただけの そば。かけ」と説明し、対義語として「もりそば」を示している。見出し「もりそば」の語釈には「①せいろうに もった そば。しるに つけて食べる。もり」とある。もりそばを起点とすれば、もりそばが熱い汁に入っているものがかけそば、ということになるが、筆者の認識もそれだ。

 『日本国語大辞典』の「かけそば」の語釈は少し異なっているようにみえる。つまり「熱い汁をかけた」から「かけそば」ということだ。そばだけかどうかはポイントではない。結果としてそばだけということもあるが、何か具が入っていてもよい、ということだろう。さて、それでアナゴとネギとが入っているのが「あなごなんばん」であるが、現在は「かもなんばん」があるので、それのアナゴ版と理解すればよいのだろう。

 ここからはもう少し「えっ?」という料理を紹介しよう。

あゆどうふ【鮎豆腐】〔名〕おろした鮎をうらごし豆腐ではさみ、板につけて蒸した料理。椀盛(わんも)りの実に用いる。また、うらごし豆腐に魚のすり身をまぜ、だし汁、卵、くず粉を加え、みりん、しょうゆ、塩で味つけしてすりまぜ、おろしてみりん、しょうゆにつけこんだ鮎を並べて蒸した料理。一尾ずつ切り分け、汁をかけて供する。鮎寄(あゆよせ)。

 現代では鮎といえば、塩焼きがほとんどのように思うが、鮎と豆腐とをいっしょに食べるというのが、意外な感じがする。この見出しには使用例が載せられていない。

あられたまご【霰卵】〔名〕料理の一種。煮立っている湯の中に割った卵を入れてかき回し、大小さまざまな形としたもの。形があられに似ているところからいう。料理の添え物の一つとして用いられる。

あわびうちがい【鮑打貝】〔名〕アワビ料理の一種。大きなアワビの肉のふちの堅い部分を切り取り、残りの肉をシノダケでたたき、これを酒で煮たもの。

あわびのぶすま【鮑野衾】〔名〕料理の一つ。タイの作り身を霜降りにしたものと、小鳥のたたき肉を団子にしてゆでたものとを、アワビの肉の薄片をすまし汁で煮たもので包むようにして、椀に盛ったもの。

いかの黒煮(くろに) 料理の一つ。イカを細かく切って湯がき、しょうゆと酒少量とに、イカの墨を加えて煮込み、山椒(さんしょう)の若芽をたたいて合わせたもの。

 いかの黒煮は作れそうですね。さて最後に強烈なのを1つ。

めすりなます【目擦膾】〔名〕(「めすり」は、蛙は目をこするという俗説による)蛙を熱湯に入れてゆで、皮をむき、芥子酢(からしず)であえる料理。めこすりなます。

 なんと。カエルの料理です。日本でもカエルを食べていたのですね。この見出しには使用例もあげられていて、「俳諧・俳諧一葉集〔1827〕」に「蛙子は目すり鱠を啼音哉」とあることがわかります。料理の強烈さに、俳諧の句もかすみ気味かもしれません。『日本国語大辞典』をよむと、江戸時代にどんな料理が食されていたか、あれこれと想像することができます。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第五回:トナカイ橇(ぞり)から見る人とトナカイの関係

2017年 8月 11日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第五回: トナカイ橇(ぞり)から見る人とトナカイの関係


天幕の周りに置かれた橇

 現在では燃料で動くスノーモービルやモーター付きのボートも使用しますが、燃料の不要なトナカイ橇は、変わらず現地の人々の便利な交通手段であり続けています。トナカイ牧夫の住んでいる深い森の中には車が通ることのできるような道はありません。トナカイ橇は木を切り倒しただけの獣道や凍った湖川の上を走ります。天幕を運んで季節移動するときだけでなく、狩猟や漁撈(ぎょろう)へ行くとき、家畜トナカイの群を探しに行くとき、親戚たちの家を訪ねに行くとき、村へ買い物や電話をしに行くときなど、普段の乗り物としてもトナカイ橇を活用しています。


木々の間を行く

 トナカイにひかせる橇はすべて手作りです。ナイフや鉋(かんな)で木を削りだして作ります。橇の先には牽引(けんいん)のための革紐を結び、もう一方の端をトナカイの頭と胸のあたりに革と骨で作られた馬具のようなもので取り付けます。そして、2~4頭のトナカイを並列にして一台の橇をひかせます。橇には大人1~2人が乗ることができ、さらに荷物も縄でしっかりと縛り付けて載せることができます。橇を含めて重さが150kg以上になることもありますが、トナカイの脚力は強く、数十kmを駆けることができます。


トナカイの群

 さて、そのトナカイ橇ですが、どのトナカイに橇をひかせてもいいわけではなく、牧夫達はそのときどきで最適な個体を選んでいます。写真の群には約1400頭のトナカイがいますが、驚いたことに、牧夫たちは誰のどんなトナカイを見分けることができます。家畜の個体を見分けて群の管理を行うことを個体識別といいます。個体識別は、耳印、体毛の色・模様、顔つき、首輪・鐘の装飾、雌雄、年齢、去勢の有無、出産経歴、親子関係などで、それぞれ誰のどんなトナカイかを見分けています。

 上記の性質を持つトナカイは一つの群に混ざっているので、我々から見ると、群れは均一な個体により構成されているように見えますが、牧夫にとってはそうではありません。上記の性質によって分類し、さまざまな小グループに分けています。一つは所有者による分け方です。この群の場合、約1400頭のうち約1050頭は農業企業所有のトナカイで、残りの約350頭が個人所有のトナカイ、つまり牧夫たちあるいは村人が飼育委託したトナカイです。これらを5名の牧夫で管理しています。

 個人所有のなかでも橇をひくのは、去勢された雄と不妊雌、年老いた雌です。雌も出産数か月前になると橇をひかせないようにします。雄は3、4歳になると種雄にする個体を残してほとんどを去勢してしまい、群の中の種雄:雌が1:7になるようにします。個人所有のトナカイを人によく馴れさせ、名前を付け、調教して橇をひかせたり、群を先導・誘導させたりします。調教は仔トナカイが3、4歳になってから春か秋に行い始めます。調教過程でトナカイと人の関係が次第に親密になっていきます。かわって、農業企業所有のトナカイは企業の計画どおりに毎年200~300頭ほど食肉用に屠畜していきます。これらに名前や首輪をつけてかわいがることはあまりありません。こちらは人との関係が疎遠なトナカイといえます。


トナカイ革製のロープを投げてトナカイの角・頭に引っ掛けて捕らえる牧夫

 このようにトナカイを性質により見分けて分類することで、牧夫は人に良く馴れた個人所有のトナカイをそのときどきで選んで捕らえて、橇をひかせることが可能になっているのです。単に雄か雌かだけでなく、調教はどのくらい進んだか、最近橇牽引に働かせすぎて疲れていないか、お腹に仔がいるか、おとなしい性格か、健康状態はどうかなど、常に細かくトナカイを観察しています。トナカイの個体識別ができないと、橇をひかせる個体すら選び出すことができません。個体識別はトナカイ牧夫たちの重要な技術のひとつです。

ひとことハンティ語

Сора сора! 
読み方:ソーラ ソーラ!
意味:「速く、速く!」
使い方:人を急かすときや、トナカイに速く走れと命令するときに使います。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

トナカイ(学名Rangifer tarandus)という呼び名はアイヌ語(tunakay)から来ています。ツングース系のウィルタが飼っていた動物に対して樺太アイヌがトナカイと名付けました。英語のreindeerのreinは手綱ですので、橇の手綱をつけるようになった鹿という意味ですね。トナカイは漢字では馴鹿(じゅんろく)と記し、人に馴(な)れた鹿という意味です。英語も日本語も人からの視点で名付けられているのが面白いですね。家畜化しなかったアラスカ、カナダは野生の同種のものをcaribouと呼びます。野生だからreindeerとは呼びません。
トナカイの話はしばらく続きます。次回の更新は9月8日を予定しています。


夏期休業のお知らせ(8/11~8/20)

2017年 8月 10日 木曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

8/11~8/20 夏期休業

小社では上記期間中、夏期休業となります。
この期間にも一部の連載については掲載いたしますが、予約投稿となります。

この期間中にいただいたお問い合わせなどは、8月21日以降の対応となりますので、ご了承いただけますよう、お願い申し上げます。
引き続き当サイトをご愛読いただけますよう、お願い申し上げます。


広告の中のタイプライター(13):Caligraph No.2

2017年 8月 10日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『American Railroad Journal』1882年1月7日号

『American Railroad Journal』1882年1月7日号
(写真はクリックで拡大)

「Caligraph No.2」は、ヨスト(George Washington Newton Yost)率いるアメリカン・ライティング・マシン社が、1882年に製造・販売を開始したタイプライターです。72キー(12個×6列)のキーボードに、大文字26種類、小文字26種類、数字8種類、記号12種類「($&):;’?”.,-」を配置しているのが特徴で、シフト機構なしに72種類の文字を打ち分けることができます。なお、数字の「0」は大文字の「O」で、数字の「1」は大文字の「I」で、それぞれ代用することになっており、スペースキーは、キーボードの左右に配置されています。

「Caligraph No.2」のキー配列

「Caligraph No.2」は、大文字も小文字も数字も記号も、全て一打で打つことができる、という点を売りにしていました。ただし、大文字のキー配列と小文字のキー配列は、互いにほとんど関係づけられておらず、どのキーがどこにあるのか覚えにくく探しにくい、という弱点がありました。また、活字棒(type bar)も72本あり、それら72本が全て、プラテンの下に円形にぐるりと配置されていました。各キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテンの下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。「Caligraph No.2」は、いわゆるアップストライク式タイプライターで、印字の瞬間には、印字された文字を見ることができないのです。

72個のキーと72本の活字棒による、かなり巨大な印字機構にもかかわらず、可鍛鋳鉄で造られた「Caligraph No.2」は、全体の重さが20ポンド(約9キログラム)に抑えられていて、しかも値段は80ドルでした。値段を安く抑えたため、「Caligraph No.2」の売れ行きに較べて、経営は火の車で、ヨストは1885年にアメリカン・ライティング・マシン社を、コネティカット州ハートフォードのフェアフィールド(George Albert Fairfield)に売却してしまっています。ヨストの手を離れた後も、アメリカン・ライティング・マシン社は「Caligraph No.2」の製造・販売を続けており、少なくとも19世紀の終わりまでは、製造が続いていたようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


モノが語る明治教育維新 第15回―文部省発行の家庭教育錦絵 (5)

2017年 8月 8日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第15回―文部省発行の家庭教育錦絵 (5)

 第13回の「西洋器械発明者の像」と同様に、西洋の科学技術力に追いつける人材の育成を目当てに出版されたのが5の物理を扱ったシリーズです。殖産興業を進め、国を豊かにするためには、産業革命を成しえた西洋の知識を広く普及させる必要がありました。西洋の輸入書やその翻訳書に書かれた科学的なものの見方を、普段の生活や仕事の場面を例に引くことで、子どもにもわかりやすく教えています。

 例えば「陸地の物一ツとして空気の包まざるはなし」の詞書で始まる1枚は、目には見えない空気の存在を説くものですが、これは福澤諭吉が明治元年に出版した『訓蒙窮理図解』(きんもうきゅうりずかい)を参考にしています。

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『訓蒙窮理図解』は諭吉が英国と米国の書物から知りえた科学的な知識を、初学者用にかみ砕いて解説したものですが、この中の第二章「空気のこと」に書かれた内容の一部を、錦絵では言い回しをかえて詞書としています。

 例えば、絵図中の団扇(うちわ)で風を起こすと盤上の升が動く様子は「風は即ち空気なり 風なきときも団扇にて扇げば風の起らざることなし」の1文を図解したと考えられます。もろ手を挙げて驚く男の子は、西洋の知識に目を見開かされた当時の日本人を、象徴しているようです。

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 この他の物理図は、梃子(てこ)や滑車、斜面の原理といった力学を教える内容が主で、この中の梃子と斜面を解説した絵図には、開化絵らしく洋装の少年が描かれています。

 6の切り取って遊ぶものには、女の子向けに西洋人形の着せ替え図、男の子向けに器械体操図などがあります。1枚の錦絵を図柄に沿って切り抜き、組み立てることで、平面的だったものが三次元的に楽しめるわけですが、この手法は江戸期からのもので、立版古(たてばんこ)の名前で親しまれてきました。器械体操図には、木製の平行棒や馬、鉄棒、吊(つ)り輪など、当時は珍しかった体操風景が外国さながらに描かれています。


(写真はクリックで拡大)

 これらの錦絵は「当省製本所ニ於テ拂下(はらいさげ)」と布達にあるように、一般の家庭でも入手ができましたが、学校では学習のご褒美として生徒に渡していた事例も残されています。

 江戸から明治へ、伝統と開化が入り交じった過渡期の様相を今に伝える錦絵の数々です。

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。


続 10分でわかるカタカナ語 第22回 バイアス

2017年 8月 5日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「バイアス」の意味と使い方

どういう意味?

 「偏(かたよ)りを生じさせるもの」です。「バイヤス」ともいいます。

もう少し詳しく教えて

 バイアス(bias)は英語で、「偏り」に関係する様々な意味を持つ言葉です。日本語でも、おおむね英語と同様の意味で用いられます。

 もっとも一般的に使われる意味は「偏りを生じさせるもの」です。例えば「評価にバイアスがかかっている」と表現した場合、「評価者が持つ先入観や偏見が影響して偏った評価がなされている」ことを意味します。

 いっぽうで一部に「斜め」を意味するバイアスも存在します。英語の bias も、もともとの意味は「斜め」です。

どんな時に登場する言葉?

 「偏り」のバイアスは、思考・心理・思想などが関わる分野や、統計学・心理学・社会学・疫学・電気・電子・経済などで登場します。また「斜め」のバイアスは、機械・服飾などの分野で登場します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 戦前にも見られる言葉です。例えば河北新報の1919年(大正8)6月23日付けの記事「講和条約雑感」には、国際連盟の発足に関するこんな記述が登場します。「蓋し(けだし=思うに)委員長は勿論(もちろん)是等(これら)諸会議の委員等は皆各時その国家の下(もと)に於(お)ける一国民なり(中略)国家本位主義にして厳存(げんぞん)する以上到底国家的バイアスを免(まぬか)れざるものなり」(参考:神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫、外交(26-114))国際連盟の会議の委員長も委員たちも、それぞれの国の国民である以上は国家という観点を取り除くことはできません。ここではそうした立場の偏りを「国家的バイアス」と言っています。

 ただし、現在のように一般的に使われるようになったのは、80年代ごろと考えられます。

バイアスの使い方を実例で教えて!

「バイアスがかかる」

 バイアスには様々な言い回しが存在します。何らかの原因によって偏りが生じている場合は「バイアスがかかる」、意図的に偏りをつくる場合は「バイアスをかける」「バイアスを加える」、何らかの要因によって偏りが大きくなっている場合は「バイアスが強い」、偏りを生む原因を排除する場合は「バイアスを排除する」などのように表現できます。 

「ジェンダーバイアス」

 男女の役割について存在する固定観念を「ジェンダーバイアス(gender bias)」とよびます。例えば「男性は外で仕事をするべきだ」「女性は家を守るべきだ」といった考え方が、これに相当します。なおジェンダー(gender)とは「社会的な性」という意味。「生物的な性」を意味するセックス(sex)と区別するための言葉です。

統計の「バイアス」 

 統計学でもバイアスという言葉が使われています。分析に使う標本の選び方に偏りがある場合や、分析によって推定した結果が実像とかけ離れている場合などに、バイアスという用語が使われます。

心理学の「バイアス」

 いっぽう心理学では、人が抱きがちな思い込みのことを「認知バイアス」と呼んでいます。例えば火災報知器が鳴った時に「たぶんこれは訓練だろう」と思い込む心理である「正常性バイアス」もそのひとつ。また詐欺に騙(だま)されている人が「自分は騙されていない」と信じたい一心で、周囲の助言に耳を貸さず詐欺師の言うことだけを聞いてしまう心理である「確証バイアス」も認知バイアスのひとつです。

電気・電子の「バイアス」

 電気回路・電子回路の世界にもバイアスが登場します。ただしその具体的な意味は場合によって大きく異なるので注意が必要です。例えばトランジスタを用いた回路の場合、動作の基準とするためベースに与える電圧をバイアスとよびます。

斜めの「バイアス」

 自動車などで用いるタイヤのひとつに「バイアスタイヤ」があります。骨格(カーカス)が進行方向に対して斜め方向に配置されているタイヤのことで、大型貨物自動車などに使われています。なお現在乗用車で主流となっているラジアルタイヤの場合、骨格が放射状に配置されています(ラジアルは放射状の意)。

 いっぽう服飾(裁縫)では、布の織り目に対する斜め方向をバイアスといいます。またこの向きに裁断された「帯状の布」を「バイアステープ」と呼びます。これは縁取りや裾(すそ)上げなどに用いる部品です。

言い換えたい場合は?

 多くの場合、バイアスは「偏りを生じさせる何か」を意味します。したがって、バイアスを言い換える場合は「何か」を探り当てることが大切です。「何か」の正体は文脈にもよります。一般には「先入観」「偏見」「偏向」「思い込み」「贔屓(ひいき)」「色眼鏡」などの言葉で表現できるでしょう。また「バイアスがかかっている」という表現も「先入観にとらわれている」「偏見がある」などのように言い換えることが可能です。

 なお専門分野におけるバイアスは、単純な言い換えが困難であることがほとんどです。その場合は文章で意味を補足してみてください。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

現在志向バイアス ある有名な実験があります。実験者がマシュマロを1つ置いた部屋に子どもを残し、実験者が戻るまでそのマシュマロを食べずにいたらもう1つマシュマロをあげる、と伝え、子どもの行動をみるものです。実験の結果、大部分の子どもが実験者が戻ってくる前にマシュマロを食べてしまったそうです。
 目の前のマシュマロを食べてしまった子どもたちの心理は、行動経済学でいう「現在志向バイアス」で説明できます。未来により多くの利益が得られるとわかっていても、将来と現在をはかりにかけると、現在目の前にある利益の方を優先してしまう心理をいいます。

  *  

◇次回は8月26日(土)の公開予定です。

◆この連載の目次は⇒「続 10分でわかるカタカナ語」目次へ

◆以前の連載は⇒「10分でわかるカタカナ語」へ

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『見やすいカタカナ新語辞典 第2版』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら


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