人名用漢字の新字旧字:「麦」と「麥」

2018年 3月 22日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第154回 「麦」と「麥」

新字の「麦」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「麥」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「麦」は、しばしば「夌」の別体としても用いられるのですが、ここでは「麦」と「麥」を新旧の関係としておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の麥部には「麦」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「麥」が添えられていました。「麦(麥)」となっていたわけです。簡易字体の「麦」は、旧字の「麥」に代えて一般に使用すべき漢字、ということになっていました。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表では、麥部に「麦」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「麥」が添えられていました。「麦(麥)」となっていたのです。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「麦」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「麦」が収録されていたので、「麦」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「麥」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、やはり「麦(麥)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「麦」は常用漢字になりました。しかし、旧字の「麥」は人名用漢字になれませんでした。旧字の「麥」は、常用漢字表のカッコ書きに入ってるけど当用漢字表に収録されてなかったからダメ、となったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「麥」は、全国50法務局のうち出生届を拒否した管区は無く、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が7回でした。この結果、旧字の「麥」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「麦」と旧字の「麥」を含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「麦」に加え、旧字の「麥」も書けるようになりました。これに対し、日本人の子供の出生届には、新字の「麦」はOKですが、旧字の「麥」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


絵巻で見る 平安時代の暮らし 第59回『粉河寺縁起』第一話「猟師の家」を読み解く

2018年 3月 21日 水曜日 筆者: 倉田 実

第59回『粉河寺縁起』第一話「猟師の家」を読み解く

場面:猟師一家が食事するところ
場所:紀伊国那賀郡(なかぐん)の大伴孔子古(おおとものくすこ)の家
時節:ある年の秋

(画像はクリックで拡大)

人物:[ア]童行者 [イ]猟師 [ウ]猟師の妻  [エ]赤子 [オ]子ども
建物など:Ⓐ猟師の家 Ⓑ・Ⓛ柴垣 Ⓒ網代(あじろ)の木戸 Ⓓ小川 Ⓔ板橋 Ⓕ上がり框(かまち) Ⓖ・Ⓘ菅の筵 Ⓗ・Ⓠ板壁 Ⓙ柱 Ⓚ横木 Ⓜ藁葺屋根 Ⓝ板敷 Ⓞ板屋根 Ⓟ押さえ木 Ⓠ板壁 Ⓡ板戸 Ⓢ・Ⓥ土壁 Ⓣ木舞(こまい) Ⓤ踏板 
衣装・道具など:①首輪 ②・犬 ③垂髪 ④元結 ⑤袈裟 ⑥数珠 ⑦口髭 ⑧萎烏帽子(なええぼし) ⑨腰刀 ⑩折敷板 ⑪・⑰椀 ⑫・⑱小袖 ⑬俎板 ⑭鹿肉 ⑮箸 ⑯小刀 ⑲・肉片を刺した串 ⑳置石 矢  鍋  肉片  鹿皮 木枠 据木(すわりぎ、あるいは、すえぎ)

はじめに 前回に続き『粉河寺縁起』を採り上げます。今回は第一話で、猟師の大伴孔子古が童行者の援助によって粉河寺を創建した話です。

 この絵巻は前回も触れましたように火災によって損傷され、第一話冒頭部などは残された断片をつなぎ合わせて修復されています。ですから、画面は連続していません。今回扱います段も、断続した五つの断片(Ⅰ~Ⅴ)がつなげられています。しかし、それなりに絵巻の内容をたどることができますので、具体的に見ていきましょう。断片ごとに見ていきます。

絵巻Ⅰの場面 Ⅰの場面は、山里の風情を見せるⒶ猟師の家の門前です。Ⓑ柴垣にⒸ網代の木戸が作られ、その前にはⒹ小川が流れ、Ⓔ板橋が掛けられています。そこに①首輪を付けた②犬が飛び出して来て、何かに向かって吠えたてています。右側は焼損していますが、多分、ここに訪れて来た童行者が描かれていたことでしょう。

絵巻Ⅱの場面 Ⅱの場面では、すでに猟師の家に入った[ア]童行者に[イ]猟師が対面しています。童行者は③垂髪を④元結で束ね、⑤袈裟を掛け、⑥数珠を持って片膝をⒻ上がり框に載せています。引目鉤鼻で上品に描かれていますね。対する猟師は、⑦口髭を生やして⑧萎烏帽子をかぶり、⑨腰刀を差して武骨な感じです。片膝を立てて坐り、両手を擦り合わせてお礼をしているようです。

 ここの会話は、それを記した詞書が焼失していますが、他の史料から次のように想定されています。猟師は狩りをしていて地面が光る場所を見つけ、霊験を感じてそこに柴の庵を建てていましたが、まだ本尊がありませんでした。童行者は、その話を聞いて、自分が仏像を七日で造りましょうといって庵に籠ります。会話はこのあたりのことを話題にしていることになります。猟師は童行者の申し出をありがたがっているのです。

 この後、猟師が庵を覗いてみると童行者はおらず、千手観音が一体鎮座していました。猟師はこの事を妻や近辺の者たちに語り、再び連れだって庵に向かい、千手観音に帰依したという展開になっています。

絵巻Ⅲの場面 Ⅲは猟師一家の食事風景になっています。Ⓖ菅の筵を敷いた上に坐るのが[ウ] 猟師の妻です。⑩折敷板に載せた⑪椀を前にして、⑫小袖をはだけて[エ]赤子に乳を含ませています。

 向かい側に片肌を脱いで、あぐらをかいて坐っているのが[イ]猟師です。大きな⑬俎板の上には刻まれた⑭鹿肉があり、その肉片を左手に持った⑮箸でつまもうとしています。⑯小刀が見えますので、食事の際に刻んだのでしょう。右手には妻と同じ⑰椀を持っています。汁物でも入っているのでしょうか。

 ⑱小袖を着た[オ]子どもはⒽ板壁に背中を押しあて、両足を投げ出して坐り、⑲肉片を刺した串を両手に持ってほおばっています。そんな様子を父親の猟師は満足そうに眺めているようです。母親も話しかけているようですね。

 庭先を見てみましょう。猟師の獲った獲物の肉を干肉(乾肉)にするため、Ⓘ菅の筵の上に並べています。風であおられないように⑳置石されていますね。矢が突き立てられていますが、何らかのお呪(まじな)いでしょうか。

 筵の左側にあるのは薪のようです。肉片を刺した串の左横には鍋が見えていますので、ここで煮炊きをするのでしょう。なお、子どもの左側には、Ⓙ柱に結わえたⓀ横木に肉片が下げられているのが見えます。猟師一家の食材は肉が主となるようです。また、干肉は売られたり、物々交換されたりしたことでしょう。猟師としての生業を示しています。

絵巻Ⅳの場面 Ⅳは猟師の家の裏側と思われます。Ⓛ柴垣には、鹿皮を干すために、紐を編んで付けた木枠に張られて立て掛けられています。後の場面では鹿皮の表側が描かれていますので、ここはその裏側だと分かります。なめし革にしているのです。これは衣類にされるほか、靴や馬の鞍にされますので、干肉とともに猟師の主要な収入源になることでしょう。

 柴垣の手前には犬が何かを食べています。鹿皮から削ぎ落した肉片でも貰ったのでしょう。首輪は見えませんが、門前にいた犬と同じかもしれません。

絵巻Ⅴの場面 最後のⅤは猟師の狩の工夫を描いています。股になった木の間に材木を渡したものがそれです。獣道(けものみち)の上に設けられた、据木と呼ばれる足場で、ここから下を通る獣を弓で射りました。

 以上、Ⅰ~Ⅴまで、猟師の生業や生活がリアルに描かれていましたね。

猟師の家 さらに猟師の家を確認しておきましょう。Ⓜ藁葺屋根で、室内はⓃ板敷です。Ⅱの童行者が坐っている所は廂のようになっていて、上部はⓄ板屋根になっており、固定するためにⓅ押さえ木が置かれています。童行者の奥には横に渡したⓆ板壁があり、その左横はⓇ板戸になっていて、その奥に部屋があります。ただし、後の場面で描かれるこの家では、板壁が描かれていません。

 Ⅱの猟師の背後はⓈ土壁です。一部は剥げ落ちて下地のⓉ木舞が見えていて、Ⅲにも認められます。壁の向こう側には部屋がないのかもしれません。庭前にはⓊ踏板が床より低く渡されています。床下側面はⓋ土壁で囲まれていて、それは後の場面で木舞が描かれていることで分かります。

 ⅡとⅢの間には断絶がありますが、そこも他の場面で描かれていて、半蔀(はじとみ)が上げられた一部屋が見えます。この部屋より奥まって、食事をしている部屋が作られており、ⅡとⅢの屋根がずれているのは、そのためだと思われます。子どもの後ろのⒽ板壁は、外部との隔てになっています。

 室内の調度品は筵と俎板などの他には描かれていません。調理も庭前でしたようですが、雨が降ったらどうしたのでしょうか。猟師の家は、食が足りればそれでよかったのかもしれません。

絵巻の意義 今回採り上げました場面は、不連続ながら猟師の生活や生業が描かれて貴重でした。住まいの様子だけでなく、他の絵巻では見られない肉食も描かれていました。平安貴族は四つ足の獣は汚れとして忌まわれ、仏教の殺生を禁じる教えもあって鳥肉以外の肉食をほとんどしませんでした。しかし、庶民たちは肉食をしていたのでした。

 生き物を狩り、それを食するのが猟師です。仏教の教えに背く生業ですが、粉河寺の縁起に描かれることによって、そうした者でも信心を持ち、救われる存在であることを示しています。本尊の千手観音は、千の手それぞれに眼があり、すべての人を救うとされています。慈悲ゆたかな粉河寺の霊験が絵巻に表現されたのだと思われます。

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』編者、『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)、『平安大事典』(編著、朝日新聞出版)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』編者および『三省堂 詳説古語辞典』編集委員でいらっしゃる倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載「絵巻で見る 平安時代の暮らし」。次回は、第41回で見ました、僧命蓮の奇跡を描いた『信貴山縁起』の第一話「山崎長者の巻(飛倉の巻)」を取り上げます。引き続きご愛読ください。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
全国高校からの推薦数NO.1の学習用古語辞典『三省堂 全訳読解古語辞典』〈第五版〉では、ワイドな絵巻型の図版と絵解き式のキャプションを採用。文章からだけでは想像しにくい時代背景や古典常識などを、絵を通して、より具体的に深く学ぶことができます。

 

 

 

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第6回 フィールドワークは準備が大事

2018年 3月 16日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第6回 フィールドワークは準備が大事

 フィールド言語学の教科書や授業では必ずといっていいほど、準備(と計画)の大切さが説かれています。もちろん、前回までにお話した道具の用意や話者探し、あるいはお金の工面といったことも大事な準備の一部です。しかし、フィールドワークには、こうした物理的な準備だけでなく、「頭の準備」も求められます。それは、フィールドワークの目的が、調査・研究だからです。今回は、私のはじめてのフィールドワークにおける失敗を反面教師としながら、どのような「頭の準備」が必要となるかをお話させていただきます。

 2012年3月、調査のためにはじめてザンジバルを訪れた私は、日本の先生に言われた通り、マクンドゥチ方言の調査を渋々ながら行うことにしました(渋々なのはこの時はマクンドゥチ方言よりも街で話されるスワヒリ語に興味があったから)。最初はフィールド言語学の定石通り語彙調査。先生に渡された語彙調査票[注1]を使いながら、ストーンタウンの外れにある大学の教室で、マクンドゥチ郡出身の用務員さんに方言を教えてもらいます。調査票の最初の語彙は「身体」。標準スワヒリ語(街のスワヒリ語)ではmwiliと言います。「マクンドゥチ方言でmwiliは何と言いますか」と聞くと、返ってきた答えはmaungo。明らかに違います。私は、この最初の単語を聞いて初めてマクンドゥチ方言が、日本で勉強してきたスワヒリ語とは大きく異なることに気づきました。しかし、調査を始めてからそんなことに気づくというのはまったくダメなフィールドワークの典型です。言語調査をする場合は、フィールドワークに出かける前に、その言語(方言)についてどんな研究があるのか調べたうえで、そのフィールドワークで調べる課題を明確にしておかなければなりません。私がフィールドワークを始めてから知った語彙の違いというのは、ずっと昔から知られた事実であり、本来であれば日本を出発する前に把握しておかなければならないことだったのです。

 もう一つ失敗のお話をしましょう。フィールドワークに取り組む際は、媒介言語を事前に流暢に話せるまでに習得していることが必要条件となります。媒介言語というのは話者とコミュニケーションをとるための言語で、私の場合は、標準スワヒリ語がこの媒介言語となります[注2]。2012年の時点では、私は標準スワヒリ語を片言しか話すことができませんでした。では、媒介言語が話せないとどのような問題があるのでしょうか。上で述べたような語彙調査に取り組むと、語彙だけでなく文法についても少しずつ分かってきます。例えば、「食べる」という動詞が知りたくて、「食べること」を何と言うか聞くと、「食べること」ではなくて、「食べた」であったり「食べよう」という別の活用形が答えとして返って来ることがしばしばあります[注3]。つまり、動詞について正確な語彙調査をしようと思えば、その言語の動詞活用形を作る規則を調べるための文法調査も並行して行う必要があります。文法調査は、文法調査票[注4]にのっとって行われることが一般的ですが、この文法調査票は多くの場合、英語や日本語で書かれています。媒介言語が英語でも日本語でもない場合は、それを自分で翻訳しなくてはいけません。当時の私のスワヒリ語能力では、この翻訳がうまくできず、マクンドゥチ方言の文法を調べたくても調べることすらままならないという問題にぶち当たってしまいました(なお、この問題は、幸いにして豊富に用意されている標準スワヒリ語の語学の教科書の例文をマクンドゥチ方言に翻訳してもらうという方法をとることで回避できました)。

 フィールドワークに準備は不可欠です。もしこれからフィールドワークに行こうと思っている人は、その言語に関する下調べと媒介言語の習得を怠ってはいけません。決して私の真似はしないでください。ただし、どんなに入念に準備をしても、予想外の困難にぶつかるというのもフィールドワークの醍醐味。そんな状況を打開していく能力というのもフィールドワークでは(そして研究でも)必要となるのかもしれません。

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[注]

  1. 私はある先生の作成した非公開の調査票を用いたが、「言語調査票 2000年版」(峰岸 2000)http://www.aa.tufs.ac.jp/~mmine/kiki_gen/query/aaquery-1.htm(最終確認日 2018年1月15日)のような一般に公開されたものを用いることもある。
  2. 調査する地域や、協力してくれる話者によって、英語、フランス語、日本語などほかの言語が媒介言語になることもありうる。
  3. 英語のeatingをなんというか聞いたら、ateやLet’s eatという答えが返ってきた状況を想像してほしい。
  4. オンライン上で公開されている日本語で書かれた文法調査票としては「南アジア諸言語調査のための文法調査票」(澤田 2003)http://www.aa.tufs.ac.jp/~sawadah/raokaken/(最終確認日 2018年1月15日)がある。また、マックスプランク進化人類学研究所のHP上https://www.eva.mpg.de/lingua/tools-at-lingboard/questionnaires.php(最終確認日 2018年1月15日)でも、多くの文法調査票が公開されている。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回は「頭の準備」、フィールドワーカー自身に必要なことについて教えていただきました。媒介言語の習得、調査対象の言語・方言の情報収集というのは、短時間でできるものではありません。こうした事前の準備の話から、フィールドワーカーがフィールドにいないときの日々の活動も垣間見えてきますね。次回はフィールドの人たちとの付き合い方についてお話をしていただきます。


広告の中のタイプライター(28):Royal Futura 800

2018年 3月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Life』1958年10月号

『Life』1958年10月号
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「Royal Futura 800」は、ロイヤル・タイプライター社が1958年に発売したタイプライターです。「Futura」という名称は、ドイツのレンナー(Paul Friedrich August Renner)が1927年に発表した活字書体「Futura」にちなんでいて、「フトゥーラ」と発音するようです。ただし、「Royal Futura 800」に搭載されている活字は「Futura」ではなく、「Royal Typewriter Elite」とよばれる等幅(1インチあたり12字)活字です。

「Royal Futura 800」の印字機構は、フロントストライク式と呼ばれるものです。プラテンの手前に44本の活字棒(type arm)が配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。複数のキーを同時に押すと、複数の活字棒が印字点で衝突して引っかかってしまい、そのまま動かなくなるという欠点はあったものの、印字の強さ(すなわちキーの重さ)を各個人に合わせて設定できる点など、機械式のタイプライターとして十分な利点があったようです。

「Royal Futura 800」のキー配列は、いわゆるQWERTY配列です。各キーにはそれぞれ2種類の文字が対応しており、キーボード最下段両端のシフトキーで、大文字小文字を打ち分けます。活字棒の先には、それぞれ2種類の活字が埋め込まれており、シフトキーを押すと、活字棒全体が下に沈んで、大文字が印字されるようになります。シフトキーを離すと、活字棒全体が上に戻って、小文字が印字されるようになります。これにより、44キーで88種類の文字が印字できるのです。なお、キーボード最上段の小文字側は1234567890-=と並んでおり、数字を他の文字で代用する必要はありません。

「Royal Futura 800」の最大の売りは、必要な数だけ設定できるタビュレーション機構にあります。フロントパネル右端の「TAB SET」ボタンを押すだけで、現在位置にタブ・カラムを設定できるのです。設定したタブ・カラムへの移動は、キーボード上段右端の「TAB」キーでおこないます。打っている最中に新たなタブ・カラムを追加設定することもできますし、逆に設定したタブ・カラムを解除するのは、フロントパネル左端の「TAB CLEAR」ボタンでおこなえます。端的には「TAB SET」と「TAB CLEAR」で、複数のタブ・カラムをその場その場で、自由に追加・解除できるのです。ちなみに、全てのタブ・カラムを解除するには、「TAB CLEAR」を押しっぱなしにしながら、「TAB」キーを解除すべき回数だけ押す、という操作で可能となっています。

これに加え、プラテン奥の両側(上の広告の❻)の赤い「Magic Margin」ボタンが、「Royal Futura 800」の特徴です。タブ・カラムと同様、現在位置にマージン・ストップ(印字位置の端)を設定できるのが、この「Margic Margin」ボタンです。すなわち、印字位置の左端は左側の「Magic Margin」ボタンで、右端は右側の「Magic Margin」ボタンで、それぞれ設定するのです。設定したマージン・ストップを、一瞬だけ超えなければならない場合は、キーボード中段右端の「MAR REL」(マージン・リリース)を押すことになります。

これだけ複雑な機構を、「Royal Futura 800」は全て機械仕掛けで実現していました。電気がなくても印字可能なポータブル・タイプライターという点で、「Royal Futura 800」は時代の最先端を行く機械だったのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


モノが語る明治教育維新 第22回―五十音図の不思議な文字

2018年 3月 13日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第22回―五十音図の不思議な文字

 明治期のモノコトを調べるうえで重宝するのが、石井研堂が著した『明治事物起原』です。文明開化とともに激変した身の回りの事物を総覧した百科事典のような本ですが、慶応元年生まれの著者自身が経験したことも記されています。その中に「五十音中の奇字」という話があります。

 「著者が寺子屋より、新設の小学校に転学せしは、明治七年なりと思ふ。新入の初等八級生として所要の教科書を一冊買へり。本の名は、今記憶に無きも、喜びて之を自宅に持ち帰り、一枚を開き見て驚けり。今までに習ひし、いろはにあらずして、片かなの五十韻なり。そして、そのヤ行には、見なれざる字あり、これはたしかに本が違ひ、文字が逆さになつているものと速断し、早速さきの本屋に往き『この本は、字が逆さになって居るから、取り換へて下さい』とかけ合へり」


(写真はクリックで拡大)無断利用を固く禁じます。

(写真はクリックで拡大)無断利用を固く禁じます。

 この石井少年が逆さ文字と早合点したものが、明治6年に師範学校が作成した「五十音図」の中にあります。確かにヤ行の「イ」が上下逆さまに書かれていますし、ヤ行の「エ」、ワ行の「ウ」の字も変です。しかし、これは誤植ではなかったのです。

 寺子屋の初学者は、もっぱら「いろは」四十七文字を学びましたので、「五十音図」は近代の産物と思われがちですが、その歴史をたどると平安時代にまでさかのぼります。ただし、それは学者うちのことで、子ども用図書に載ったのは、やはり明治になってからのこと。初出は古川正雄著『絵入智慧の環』で、明治3年版には「いつらのこゑ(五十連音の意味)」として、カタカナ表記の五十音が並べられています。ここでもヤ行の「イ」が石井が奇字と称した逆さ文字にわざわざ書き換えられ、ヤ行の「エ」、ワ行の「ウ」も師範学校の五十音図と同じに直されています。

 これは、江戸後期から続く音義派と呼ばれる人々の学説を、洋学派の古川や師範学校彫刻本の実質責任者・田中義廉などが取り入れたことによります。音義派はヤ行の「イ」「エ」、ワ行の「ウ」は、本来ア行の「イ・エ・ウ」とは違う音であると主張していました。そこで、旧来のいろは四十七文字を五十音に当てはめたときに足りなかった3文字を新しく工夫して作り出した文字がこれらなのです。

 しかし、ほぼ同時期に国学者・榊原芳野が編集した『小学読本』では、例言に「五十音韻中也(ヤ) 行のイエ和(ワ) 行のウは皇国古より別用せず 故にこれを省く」とあるように、ヤ行の「イ」「エ」、ワ行「ウ」はア行と同じ文字を使っています。結局、これ以降の教科書でも榊原式が定着し、この奇字が実際に用いられることはありませんでした。

 本屋に交換を申し出た石井少年は、「どの本もさうだから、違っては居ません」と言われ、顔を赤らめすごすご帰ってきたとあります。学校揺籃(ようらん)期のほんの束の間登場した不思議な文字は、良くも悪くも一生の思い出となったようですね。

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◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。


『日本国語大辞典』をよむ―第29回 「ふるほん」と「ふるぼん」

2018年 3月 11日 日曜日 筆者: 今野 真二

第29回 「ふるほん」と「ふるぼん」

 筆者は、仕事などに必要な本を探す時に、「日本の古本屋」というサイトをよく使う。この「古本屋」は「フルホンヤ」と発音するのだろう。しかし、筆者は「古本」を「フルボン」と発音する人を知っている。『日本国語大辞典』には次のように記されている。

ふるほん【古本】〔名〕(「ふるぼん」とも)読み古した本。時代を経た書物。また、読んだあと売りに出された本。古書。こほん。

 上の記事からすれば、「古本」は「コホン」を書いたものである可能性もあることになる。「ボン」という語はないので、「フルボン」の「ボン」は「フル(古)」と「ホン(本)」とが複合して一語になったために「ホン」が「ボン」と形を少し変えたものである。「アマガエル(雨蛙)」の「ガ」と同じ現象で、「連濁(れんだく)」と呼ばれる。

 「連濁」という用語を使って説明すれば、「フルホン」は連濁が生じていない語形、「フルボン」はそれが生じている語形である。複合すれば必ず連濁するということでもないことがわかっている。さて、『日本国語大辞典』の「「ふるぼん」とも」の「とも」である。これはいわば含みの多い「とも」で、かつてそういう語形があったことを示す場合もある。また2つの語形が同時期に併用されていることを示す場合もある。「フルホン」と「フルボン」はどうなのか? そう思っていたところ、江戸川乱歩「D坂の殺人事件」を読んでいて、次のような例に遭遇した。「D坂の殺人事件」はちょっと大人向きの作品なので、ここで粗筋を紹介することは控えておくことにしましょう。

A といふのは、古本屋の一軒置いて隣の菓子屋の主人が、日暮れ時分からつい今し方まで、物干へ出て尺八を吹いてゐたことが分つたが、彼は始めから終ひまで、丁度古本屋の二階の窓の出来事を見逃す筈のない様な位置に坐つてゐたのだ。(47ページ)

B 僕は、丁度八時頃に、この古本屋の前に立つて、そこの台にある雑誌を開いて見てゐたのです。(48ページ)

 話題が繊細なので、まず「D坂の殺人事件」をどんなテキストで読んでいるかについて記しておこう。大正14(1925)年8月1日に発行された、創作探偵小説集第1巻『心理試験』(春陽堂)第3版に収められているものだ。初版は同年7月18日に出版されているので、わずかな間に版を重ねていることがわかる。そしてこれは江戸川乱歩の初めての単行本であった。この『心理試験』は漢数字以外の漢字にはすべて振仮名を施す、いわゆる「総ルビ」で印刷されている。上ではそれを省いたが、文章A中に2回使われている「古本屋」には「ふるほんや」と、文章B中の「古本屋」には「ふるぼんや」と振仮名が施されている。この『心理試験』においては、濁音音節には濁点がもれなくついているように思われる。「思われる」は歯切れが悪い表現であるが、全巻を丁寧にチェックしたわけではないので、「ほぼそうであろう」ということだ。明治期の文献の場合、濁音音節に必ず濁点がつけられているわけではないので、「ふるほんや」は「フルホンヤ」「フルボンヤ」いずれであるかわからない、といわざるをえない。大正14年に印刷出版された『心理試験』においては、濁点がきちんとつけられていると前提して述べることにするが、そうであれば、上の例は非濁音形「フルホンヤ」と濁音形「フルボンヤ」とが併用されていたことを示唆する興味深い実例ということになる。そんな細かい事で喜んでいるのか、と思われた方がいらっしゃるかもしれないが、そうなんです。そんな細かい事で喜ぶのです。文章B中の「古本屋」には「ふるぼんや」と振仮名が施されているので、これは「フルボンヤ」という語形があったことの(ほぼ)確実な例ということになる。「(ほぼ)」は、この例が誤植である可能性を考えに入れてのことだ。

 「フルホン」「フルボン」の語義は変わらない。だから「どっちでもいいじゃないか」という「みかた」は当然あり得る。しかし、語形は異なる。ある音節が濁音なのか、そうでないのか、そういうことも場合によっては気になる。拙書『百年前の日本語』(2012年、岩波新書)の「あとがき」でもふれたが、海外ドラマを見ていて、「微表情(micro-expression)」ということばを知った。ヒトが時としてみせる微妙な表情から心理状態を読み取るというような話だ。文献も「微表情」をもっているだろうし、語彙の観察だって、語彙のもつ「微表情」を読み取るというようなアプローチがあってもよいと思う。語義は同じで、語形が少し異なるという2つの語の存在は、microな話かもしれない。

 大正14年に発行された「総ルビ」のテキストを読んでいると、「背恰好」に出会う。これには「せいかつかう」と振仮名が施されている。つまり「セイカッコウ」と発音していたことになる。振仮名がなければ、現代は躊躇なく「セカッコウ」と発音するはずだ。ポーの『モルグ街の殺人事件』の話がでてくる。そこには「オラングータン」とある。英語は「orang-utan」であるので、誤植ではない。昭和44(1969)年に講談社から出版された「江戸川乱歩全集」全15巻の第1巻に「D坂の殺人事件」は収められているが、そこには「オランウータン」とある。江戸川乱歩の作品はいろいろなかたちで、活字化されている。そしてそれに乱歩自身がかかわっている場合もある。だから、「いつ、どこで、誰によって」、「オラングータン」が「オランウータン」に変えられたか、は丁寧に調べないとわからない。これは楽しみとしてとっておくことにしよう。

 さて、こうなると『日本国語大辞典』がどうなっているかが気になるが、「オラン-ウータン」を見出しにしているが、語釈中にも「オラングータン」はみあたらない。これもmicroな話かもしれないが、丁寧に読むことによって、いろいろなことがわかる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十二回:ハンティのハンティング

2018年 3月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十二回: ハンティのハンティング


キツネ用の罠(わな). キツネをおびき寄せるための魚が中に仕掛けられており、周辺には罠にはいることをためらったキツネの足跡が見える(2012年ヌムトにて撮影)

 ハンティが利用する動物は、これまで紹介してきた家畜トナカイや淡水魚ばかりではありません。家畜飼養や漁撈(ぎょろう)だけでなく、森の中で動物を捕獲し、その肉や毛皮を利用しています。このように、それぞれ居住地の自然・社会環境に合わせて複数の生業を営み、生活することを生業複合といいます。森に住むハンティは、漁撈とトナカイ牧畜、狩猟、採集、ジャガイモ栽培(半定住の場合)の生業複合を営んでいます。

 ハンティが主に利用している野生動物は、哺乳類ではヒグマ、クズリ、アカギツネ、キタキツネ、イタチ、テン、オコジョ、ミンク、カワウソ、野生トナカイ、ノウサギ、リス等、鳥類ではガン、カモ、ハクチョウ、ライチョウ等です。これらの鳥類には下位分類があり、種によっては国際条約、国・地方行政で狩猟対象としてはならない種が定められていたり、狩猟数が制限されたりしている場合もあります。ハンターたちはそれらを注意深く見極めて狩猟します。

 彼らの狩猟の方法には、罠を仕掛ける方法と銃を使用する方法があります。どちらの猟方法にせよ、ハンティの狩猟は基本的には「待ち」です。漁撈で網や筌(うけ)を仕掛けたり、釣り糸を垂らしたりして、魚がかかるのを待つのと同様に、狩猟においても罠を仕掛けて獣を待ちます。罠の素材は木材ですが、獣の種類によって罠の形状は異なります。住居から徒歩圏に罠を設置したのち、数日から1~2週間に1回の頻度でそれを見に行きます。冬季にはすぐに罠にかかった獲物が凍結するため、毎日見に行かなくても腐らずに保存できます。


キツネを生け捕りにしたハンティ(2012年ヌムト)

 猟銃を使用するときは、自宅周辺に獣が「来た」場合、あるいはスノーモービルやボートで出かけている最中に動物が自分のところへ「来た」場合です。現在は趣味のスポーツのように狩猟を楽しむハンティもいます。しかし、森の中に住む古老たちは自ら積極的に動物を探し求め、追いかけて捕らえるのではなく、獣が自分のところに姿を現したときに狩猟します。鳥類の場合も、同様に自分のところに飛来したときに銃で捕えます。

 さらに、自分たちが食べる分だけしか動物を捕獲しません。手が届きそうなところにリスがいても、捕まえずに無視することもあります。森の中では冷蔵庫がないため長期保存できないから、また貯えずともどこでも動物はいるからというのが理由です。しかし、かつては狩猟を積極的に行っていたこともあったようです。

 筆者がある年配のハンティから聞いたことには、ソ連時代には野生動物の毛皮を国営農場に売り現金を得ることができたので、積極的に狩猟を行っていました。当時、毛皮はソ連の重要な輸出品であり、国営農場を通してシベリアの北方少数民族に狩猟を推奨して、高く買いとっていました。腕のいい少数民族のハンターは行政から表彰されたり褒賞を与えられたりしたそうです。しかし、ソ連崩壊後はそういった販売ルートがなくなったため、あまり積極的に狩猟を行わなくなったと聞きました。


キツネの足跡をたどる(2012年ヌムト)

 森の中を歩けば、獣の足跡や野鳥の影に出会います。しかし、動物たちが現れたとしても、家庭で食べきれないほどの肉や必要のない毛皮のために狩猟は行わないというのが、現在のハンティの狩猟のあり方のようです。

ひとことハンティ語

単語:Муйсар бор?
読み方:ムイサル ボル?
意味:何の動物ですか?
使い方:森の中で獣の足跡を発見したときなど、獣の種類を訪ねるときに使用します。
「ムイМуй」が疑問詞「何」、「ムイサルМуйсар」が疑問詞「何の」であり、「ボルбор」が「獣」という意味です。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

今回でこの連載も第12回目を迎えました。第1回目に「自分と異なる文化を内側から深く理解するために、民族集団の中に実際に長期間滞在して調査をします」と大石先生がフィールドワークの説明をされていましたが、12回の連載を通じて、ハンティの人々の暮らしや考え方が少しずつ広く深く分ってきました。
読者の方々には自分の所属する文化以外をいい/悪い、便利/不便、効率的/非効率的などの価値観で判断するのではなく、様々な文化が世界にあるということを認識して興味を持っていただければ嬉しく思います。
連載はこれからも続きます。次回は4月13日を予定しています。引き続きご期待ください!


人名用漢字の新字旧字:「甜」と「甛」

2018年 3月 8日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第153回 「甜」と「甛」

153amai-old.png新字の「甜」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「甛」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「甜」と「甛」の新旧には、実は議論があるのですが、ここでは「甜」を新字、「甛」を旧字ということにしておきましょう。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表には、新字の「甜」も旧字の「甛」も収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「甜」も「甛」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、新字の「甜」も旧字の「甛」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「甜」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が128回でした。この結果、新字の「甜」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。旧字の「甛」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、審議の対象になりませんでした。

その一方で、平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、新字の「甜」と旧字の「甛」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、新字の「甜」も旧字の「甛」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には、新字の「甜」も旧字の「甛」も許しませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「甜」と旧字の「甛」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、「甜」や「甛」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「甜」も旧字の「甛」もダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


広告の中のタイプライター(27):New Yost

2018年 3月 1日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Century Magazine』1892年10月号

『Century Magazine』1892年10月号
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「New Yost」は、ヨスト(George Washington Newton Yost)率いるヨスト・ライティング・マシン社が、1890年頃に発売したタイプライターです。アップストライク式に分類されるタイプライターですが、リバース・グラスホッパー・アクションと呼ばれる独自の印字機構を備えており、インクリボンは無く、インクを活字に塗布する点が特徴的です。

「New Yost」の78個のキーは、基本的にQWERTY配列ですが、大文字小文字にそれぞれ別々のキーが割り当てられていて、シフト機構はありません。標準的なキー配列では、最上段のキーは()%/_#“”と並んでおり、次の段は123456789$と、その次の段はQWERTYUIOPと、その次の段はASDFGHJKL’と、その次の段はZXCVBNM&;:と、その次の段はqwertyuiopと、その次の段は!asdfghjklと、最下段は?zxcvbnm,.と並んでいます。数字の「0」は、大文字の「O」で代用することが想定されていました。

78本の活字棒(typebar)は、中央の円筒の内側に、グルリと円形に配置されています。円筒内側の上端にはインクが塗られており、活字棒の先に埋め込まれた活字が、常にインクを補充する仕掛けになっています。キーを押すと、対応する活字棒が内側へと傾き、活字が円筒を離れます。活字は、いったん下方に下がったあと、中央のアライメント・ターゲットめがけて打ち上がります。活字棒の動きが、バッタの跳び方を上下逆にしたようなものであることから、リバース・グラスホッパー・アクションと呼ばれているのです。アラインメント・ターゲットを中心とするこの機構によって、紙に印字された文字がきれいに一直線に並ぶのです。ただし、印字は、プラテンの下に置かれた紙の下面におこなわれるので、印字した瞬間にはオペレータから見えません。プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。

「New Yost」は、リバース・グラスホッパー・アクションという巧妙な機構により、アラインメントの揃った美しい印字を実現していました。その反面、この機構は故障が多く、頻繁なメンテナンスが必要でした。また、円筒内側のインクも、常に補充が必要だったことから、「New Yost」それ自体の評価は、当時、必ずしも高くはなかったようです。

『North American Review』1897年6月号

『North American Review』1897年6月号
(写真はクリックで拡大)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


【2018年4月から小学校で学ぶ漢字が一部かわります】

2018年 2月 28日 水曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

2017年に告示され、2020年度より完全実施される小学校新学習指導要領では、「学年別漢字配当表」(各学年で学習することが決められている漢字を示した表)が一部変更されました。
完全実施に先立つ移行措置として、2018年度の4年生、2019年度の4年生および5年生は、新しい「学年別漢字配当表」に基づいて学習することとなります。

この移行措置の内容に関するリーフレットをご用意いたしました。
詳しくは以下のページをご覧ください。

「新しく小学校で学ぶ漢字、学ぶ学年がかわる漢字」リーフレットのご案内


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