人名用漢字の新字旧字:「罪」と「辠」

2017年 4月 6日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第130回 「罪」と「辠」

130tsumi-old.png新字の「罪」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「辠」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「罪」と「辠」は、元々は別々の意味だったらしいのですが、秦の始皇帝が「辠」という字を嫌って、同じ音の「罪」という字に「つみ」の意味をなすりつけた、という伝説があるそうです。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、网部に新字の「罪」が収録されていましたが、旧字の「辠」は収録されていませんでした。文部省は12月4日に標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「罪」だけが含まれていて、旧字の「辠」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、网部に新字の「罪」が含まれていて、旧字の「辠」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、新字の「罪」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「罪」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「罪」が収録されていたので、「罪」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「辠」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、新字の「罪」が収録されていましたが、旧字の「辠」はカッコ書きにすら入っていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「罪」は常用漢字になりました。その一方で旧字の「辠」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「罪」と旧字の「辠」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「罪」に加え、旧字の「辠」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「罪」はOKですが、旧字の「辠」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


続 10分でわかるカタカナ語 第5回 ガラパゴス

2017年 4月 1日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「ガラパゴス」の意味と使い方

どういう意味?

 「孤立した環境で独自に発達した物事やそのさま」のことです。

もう少し詳しく教えて

 ガラパゴス(Galápagos)は、孤島という閉じられた環境の中で、生物が独自の進化を遂げたガラパゴス諸島の名からきています。生物が他の影響を受けずに固有種に進化していくように、ある閉じられた社会環境で、技術・サービス・システムなどが独自に発達していくさまを表して使われます。また、内部だけに適応して、外部に対してはまったく通用しない、というニュアンスも含まれることがあります。

どんな時に登場する言葉?

 「ガラパゴス化」「ガラパゴス現象」などという言い方で、独自に発達した技術・サービス・システムなどを表す場合によく登場します。特に、日本の中だけで独特の発達の仕方をしたものが、世界標準のものとはかけ離れたものであったり、競争の中で淘汰(とうた)されたりする現象をさして使われることがあります。

どんな経緯でこの語を使うように?

 東太平洋の赤道上にあり、世界自然遺産としても知られるエクアドル領の島々、ガラパゴス諸島。ダーウィンが進化論を着想したきっかけとなった島々としてよく知られています。

 火山活動によってできたこの島々は、大陸と地続きになったことがなく、常に外の世界から隔離された環境にありました。そこで島々の生物は独自の進化を遂げ、多くの固有種が見られる特殊な生態系ができあがったのです。

 このように、外の世界と切り離され孤立した環境で独自に発達したものをたとえて、「ガラパゴス」と呼ぶようになりました。例えば、「小笠原は東洋のガラパゴスだ」のような使われ方から、さらに、「日本の携帯産業はガラパゴスだ」のように使われるようになりました。

 ところでガラパゴス諸島では生態系の破壊が問題になっています。外来生物が流入してしまったことが大きな原因のひとつです。これを踏まえて「ガラパゴス化」などの表現には「外部からの流入に弱い」「外部に淘汰されるかもしれない」といったニュアンスが含まれる場合もあります。

ガラパゴスの使い方を実例で教えて!

ガラパゴス化

 規制によって守られた国内市場のように、特異な環境の中で独特の発展を遂げた技術・サービス・システムなどが、その独特さゆえに、かえって国際市場など外の環境に対してはニーズを満たさず、競争力を持たなくなることを言います。「ガラパゴス化した日本的経営」「ガラパゴス化された技術開発」などのように使われます。

ガラパゴス携帯(ガラケー)

 インターネット、ワンセグ、おサイフケータイ、カメラ機能など日本国内のニーズにいち早く対応し、独自かつ高度な進化を遂げた携帯電話(フィーチャーフォン)のことをさして俗に言われる言葉です。略してガラケーとも言われます。結局、世界市場では受け入れられず、海外から入ってきたスマートフォンによって国内のシェアが奪われてしまいました。

言い換えたい場合は?

 ガラパゴスを言い換える場合は「(孤立した環境で)独自に発達した物事」「独自進化のため競争力を失った(失いつつある)物事」などの文章表現を試してみてください。このうち「孤立した環境」の部分を「日本」「日本市場」「国内環境」などに差し替える方法もあります。また「物事」の部分を「市場」や「機能」などに差し替える方法もあります。

 ガラパゴス化の場合は「独自進化」「独自化」「孤立」「タコツボ化」などと表現する方法があります。ガラケーについては「従来型携帯電話」という代替表現が定着しています。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

亀の諸島 ガラパゴス諸島のことを、スペイン語で Islas Galápagos と表現します。これを直訳すると「亀の諸島」となります。スペイン人司教がこの諸島にヨーロッパ人として初めて到達したのが1535年のこと。このとき司教は、同諸島だけに生息する巨大な亀、ガラパゴスゾウガメに初めて出会いました。この話をもとにオランダ人の地質学者が1570年製の地図に「亀の諸島」と記述。これがガラパゴス諸島の命名の由来となりました。なお同諸島の正式名称は Archipiélago de Colón(コロン諸島)。直訳で「コロンブスの群島」を意味します。(参考:『西和中辞典・第二版』小学館など)

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

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定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら


広告の中のタイプライター(4):Hammond Multiplex

2017年 3月 30日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Time』1925年4月6日号

『Time』1925年4月6日号(写真はクリックで拡大)

創業者のハモンド(James Bartlett Hammond)が1913年1月27日に死去し、ハモンド・タイプライター社の経営は、当時29才だったベッカー(Neal Dow Becker)の手に委ねられました。ベッカーは、ハモンドが残した技術のうち、タイプ・シャトルと呼ばれる印字機構を中心に、「Hammond Multiplex」を完成・発売しました。

「Hammond Multiplex」には、キーボードが曲がっている(Curved Keyboard)モデルと、キーボードが直線的な(Straight Keyboard)モデルがあり、いずれも1913年に製造を開始しました。その後1916年には、筐体の上面を金属板のカバーでくるんだ(Metal Cover)モデルになりました。上の広告に掲載されている「Hammond Multiplex」は、直線キーボード金属板カバーモデル(Straight Keyboard, Metal Cover Model)です。キーボードの上段が13キー、中段が12キー、下段が12キーなので、下段の左右端が「CAP.」キー、中段の左右端が「FIG.」キー、上段の左端がロックキー、上段の右端のキーがバックスペース、そのすぐ左側のキーがマージンリリースだと考えられます。「Hammond Multiplex」には、「CAP.」と「FIG.」のロックキーがそれぞれ独立しているモデルもあるのですが、この広告のモデルでは一体化しているようです。

中央の円筒内部に組み込まれたタイプ・シャトルには、30行×3列=90字の活字が埋め込まれています。タイプ・シャトルの3列の活字のうち、下の列には「FIG.」に対応する数字その他の記号が、真ん中の列には「CAP.」に対応する英大文字等が、上の列には英小文字等が、それぞれ埋め込まれています。残る30個の各キーを押すと、タイプ・シャトルの対応する活字が紙の方へと移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれるのです。また、円筒内部には、2枚のタイプ・シャトルをセットしておくことができます。タイプ・シャトルの切り替えは、円筒の真ん中にあるツマミを、180度回転させることでおこないます。この機構により、「Hammond Multiplex」は、最大180種類の文字を打ち分けることが可能でした。

ただし、1920年代においては、フロントストライク式タイプライターが全盛を極めていて、「Hammond Multiplex」のタイプ・シャトル機構は、すでに時代遅れとなっていました。紙の背面からハンマーを打ち込む機構では、紙の厚みによって印字の濃さが左右され、そもそも分厚い紙への印字が不可能です。ベッカーは、フェデラル・アディング・マシン社を1921年に買収し、同社のフロントストライク式タイプライター「Federal Visible」の技術を、「Hammond Multiplex」に援用すべく試みたようです。しかしながら、現実には、ハモンド・タイプライター社において、フロントストライク式の技術が実用化されることはありませんでした。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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『日本国語大辞典』をよむ―第4回 オノマトペ②:コケコッコウ

2017年 3月 26日 日曜日 筆者: 今野 真二

第4回 オノマトペ②:コケコッコウ

 オノマトペについての話題を続けたい。第3回において『日本国語大辞典』の見出し「ぎせいご(擬声語)」の語釈を紹介し、そこから「クツワムシ」と「キリギリス」の話題を採りあげた。今回はまず擬声語の話題に戻りたい。

 紹介した語釈において述べられている「ある種の必然的関係」は、言語音と語義との間には必然的な関係がない、という「原則」(これを言語学では「言語記号の恣意性(しいせい)」と呼ぶ)にあてはまらない例として考えるむきがあったことを受けての表現であるが、近時、結局は「必然的関係」とは考えにくい、というみかたも提示されている。そのことについて簡略に説明すれば、ニワトリの鳴き声を聞けば、どのような言語を使っている人も同じようにその鳴き声を「聞きなす」とは限らないということだ。もちろん「鳴き声」に起点があるのだから、似ていることは似ているが、完全に同じにはならない。英語では「cock-a-doodle-doo」と「聞きなす」ことが知られている。フランス語は「coquerico」だそうだ。これを「ニワトリは国によって鳴き声が違う」という話にすることもできるが、全部「カ行音」が含まれていて似ているという話にすることもできる。カラスを表わす各国語にはK音とR音とが含まれていることが多い、という指摘もある。

 現代日本語だと「コケコッコー」が一般的であろうが、『日本国語大辞典』には次の記事がある。

かけろ 【一】〔副〕鶏の鳴き声を表わす語。こけっこう。こけこっこう。かげんろ。(例略) 【二】〔名〕「にわとり(鶏)」の異名。

かげんろ 〔副〕「かけろ【一】」に同じ。

こけこおろ 方言 【一】〔副〕(1)雄鶏(おんどり)の鳴き声を表わす語。(以下略)

 見出し「かけろ」においては、9世紀後期に成ったと思われている「神楽歌」の「鶏はかけろと鳴きぬなり」という使用例があげられている。「神楽歌」が成った頃には、ニワトリの鳴き声が「カケロ」と聞きなされていたことがわかる。見出し「かげんろ」には1548年に成立したと考えられている辞書、『運歩色葉集』の「かの部」に「可見路 カゲンロ 鶏鳴音」とあることが示されている。上にあげたように、日本においても、ニワトリの鳴き声の「聞きなし」は1つではなかったことがわかる。『日本国語大辞典』には「こけこっこう」という見出しもある。

こけこっこう〔副〕鶏の鳴き声を表わす語。

 この見出しの「語誌」欄においては、先に示した「神楽歌」の使用例にふれて、古くは「カ行音で写されていた」と述べ、(2)として「「咄本・醒睡笑-一」(一六二八)にあるトッテコーや「書言字考節用集-八」(一七一七)にあるトーテンコーが一般的になっていたらしく、近世には、鶏の鳴き声をタ行音で写す傾向が見られる。」と述べられている。

 「とうてんこう」も『日本国語大辞典』の見出しになっている。

とうてんこう【東天紅・東天光】【一】〔副〕(東の天に光がさして、夜が明けようとするのを告げる意の漢字をあてて)暁に鳴くニワトリの声を表わす。(以下略)

 『大漢和辞典』にあたってみると、〈東の空、暁天〉を語義とする「トウテン(東天)」という漢語は、中国での使用例を伴って載せられているが、「東天紅」には『合類節用集』という日本の文献における使用例しか示されておらず、「トウテンコウ(東天紅)」はいかにも漢語っぽいが、日本でつくられた和製漢語である可能性がたかい。こういうことも、『日本国語大辞典』をよく読んで、『大漢和辞典』などを併せて使うと見当をつけることができる。

 「こけこっこう」の「語誌」欄は「ふるくカケロとカ行音」「近世には(略)タ行音」と述べており、おそらく、時代によって鶏の鳴き声の「聞きなし」が異なるということを述べようとしていると推測する。そういうみかたもありそうだ。しかしその一方で、神代の昔から現代まで日本列島上に棲息していたニワトリの鳴き声は一貫して同じであったという前提にたてば、その「同じ」であるはずのニワトリの鳴き声がいろいろな語形として聞きなされていたことはまず明らかなことといえよう。時代によって異なるというみかたは、ある時代にはこの「聞きなし」が一般的、すなわち共有されていたとみ、異なる時代では、共有されている「聞きなし」が異なる、というみかたといえよう。

 現代において「ニワトリの鳴き声は?」ときけば、多くの人が「コケコッコウ」と答えそうで、ニワトリに関しては「聞きなし」の共有度が高そうだ。しかし、「ネコの鳴き声は?」と聞いた場合は、「ニャーニャー」が多いだろうが、「ミューミュー」と言う人だっていないとも限らない。つまり、「聞きなし」に「揺れ」がありそうに思う。となると、たまたま残っている文献に残されている「聞きなし」語形から、時代による変遷まで推測するのはもしかしたら少々無理があるかもしれない、と筆者は思う。

 そのことよりも、ニワトリの鳴き声のように、はっきりとした起点をもった擬声語であっても、いろいろな「聞きなし」をうみだすという、その「聞きなし」の「揺れ」はおもしろいと思う。

 言語を観察していると、大多数がこうであるということに目がいく。80パーセントがこうなっていますということだ。聞いている側もなるほど、と思う。しかし筆者などは、「じゃあ残り20パーセント」はどうなっているのだろう、と思う。ひねくれているといえばひねくれている。前者を仮に「傾向」と表現し、後者を仮に「例外」と表現すれば、「傾向」あっての「例外」であると同時に「例外」あっての「傾向」ではないかと思う。100パーセント同じ方向を向かないことが少なくないところが言語のおもしろいところで、人間が使っているものだなあ、と思う。言語はけっこう人間くさいところがある。

 次回はこのオノマトペの「揺れ」ということをとりあげてみたい。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


続 10分でわかるカタカナ語 第4回 ガバナンス

2017年 3月 25日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「ガバナンス」の意味と使い方

どういう意味?

 「統治・支配・管理」のことです。

もう少し詳しく教えて

 ガバナンス(governance)は英語で「組織などをまとめあげるために方針やルールなどを決めて、それらを組織内にあまねく行き渡らせて実行させること」という意味で、「統治・支配・管理」という語に相当します。

 「統治」というと「権力者」が「国」を治めるイメージを思い浮かべますが、ガバナンスの主体は「権力者」とは限りませんし、ガバナンスの対象も「国」とは限りません。

 例えば近年では、コーポレートガバナンス(企業統治)という概念をよく見聞きします。この概念の場合、ガバナンスの主体は「株主」などで、ガバナンスの対象は「企業」ということになります。

どんな時に登場する言葉?

 政治や経営の分野でよく登場する語ですが、実は「統治すべき組織・仕組み」が存在するあらゆる分野で使われる言葉でもあります。例えば情報通信の分野では、国際的な通信ネットワークであるインターネットの運営や管理のことを「インターネットガバナンス」と呼んでいます。

どんな経緯でこの語を使うように?

 マスメディアでガバナンスという言葉をよく見かけるようになったのは1990年代のことでした。例えば新聞では、「ガバナンス」が登場する記事数が1990年代後半に増えました(注:毎日・朝日・産経・読売調べ)。これは当時、コーポレートガバナンスの概念が注目されたことが背景にあります。なぜ、この時代に注目度が高くなったのかは後述します。

ガバナンスの使い方を実例で教えて!

ガバナンスを強化する

 ガバナンスと結びつきやすい言葉には「強化・向上・改善・確立・改革・発揮」などがあります。例えば「強化」の場合は「ガバナンス(の)強化」とか「ガバナンスを強化する」などの表現が可能です。このような表現によって「統治の影響力を強める」ことを表現できるわけです。

ガバナンス体制

 結びつきやすい言葉は、ほかに「体制・機能・構造」などもあります。例えば「体制」の場合は「ガバナンス体制」という複合語を作ることができます。これは「統治のための体制」を意味します。

コーポレートガバナンス(企業統治)

 株主などの利害関係者が、企業の経営を監視することを言います。経営陣による経営の私物化(それに伴う不利益)を防ぐこと、さらには企業の不祥事を防ぐことを目的としています。この場合、ガバナンスの主体は「株主などの利害関係者」、ガバナンスの対象は「企業(狭義には経営陣)」となります。

 この概念は1960年代のアメリカで誕生しました。当時、企業の様々な非倫理的な行動(黒人の雇用差別など)が問題になっていたことが背景にあります。いっぽう、日本で同概念が注目されたのは1990年代のことでした。バブル崩壊で倒産する企業が相次ぎ、経営健全化の手段として米国型の企業統治が注目されたためです。2000年代には企業の不祥事が相次いだことから、それを防ぐ方法としての企業統治も注目されました。

グローバルガバナンス

 環境問題や難民問題などの国際的な問題に対処する際、従来のように「国家」だけが主体になるのではなく、国家・企業・NGO(非政府組織)などの多様な主体が関与する仕組みのことをグローバルガバナンスと呼びます。この概念が登場したのは1992年のこと。冷戦後の国際社会で、社会課題の複雑化や広範化が進んだことが概念誕生の背景にありました。

言い換えたい場合は?

 多くは「統治」で言い換え可能です。コーポレートガバナンスを「企業統治」と言い換える場合が好例でしょう。「統治」につきまといがちな「国を治めるイメージ」を避けたい場合は「管理」や「運営」を使った言い換えも試してみてください。

 なおガバナンスが登場する文脈によっては「統治」ではなく「統治能力」「統治手法」などと言い換えると良い場合もあります。「ガバナンスの向上」を「統治能力の向上」と言い換えたり、「ガバナンス改革」を「統治手法の改革」と言い換えたりする場合がそうです。

 グローバルガバナンスのように単純な言い換えが困難な概念もあります。その場合は文章などで意味を補足するのが良いでしょう。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

舵取り ガバナンス(governance)に近い語として、「政府」を意味するガバメント(government)があります。そしてこれらの語源をたどると、ギリシャ語の kubernan に行き着きます(参考:New Oxford American Dictionary)。「舵取(かじと)り」を意味する言葉です。

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人名用漢字の新字旧字:「仐」と「傘」と「繖」

2017年 3月 23日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第129回 「仐」と「傘」と「繖」

129kasa-new.png新字の「仐」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「繖」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。こんな妙なことになってしまった原因は、俗字の「傘」が常用漢字になってしまったからなのです。なお、新字の「仐」と俗字の「傘」は、いわゆる象形文字ですが、旧字の「繖」は、サンという音を「散」で表した形声文字だと考えられます。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の人部には「傘」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「仐」が添えられていました。「傘(仐)」となっていたわけです。簡易字体の「仐」は、「傘」の代わりに使っても差し支えない字、ということになっていました。一方、旧字の「繖」は、標準漢字表のどこにも含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。ところが当用漢字表には、新字の「仐」も、俗字の「傘」も、旧字の「繖」も、収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「仐」も「傘」も「繖」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「仐」も「傘」も「繖」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、俗字の「傘」が収録されました。新字の「仐」も、旧字の「繖」も、カッコ書きにすら入っていませんでした。10月1日に常用漢字表は内閣告示され、俗字の「傘」は常用漢字になりました。この結果、俗字の「傘」が、子供の名づけに使えるようになりました。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「繖」は、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が3回で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区はありませんでした。新字の「仐」は、JIS第4水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が0回で、出生届を拒否された管区はありませんでした。この結果、旧字の「繖」も、新字の「仐」も、「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、俗字の「傘」に加え、新字の「仐」や旧字の「繖」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、俗字の「傘」はOKですが、新字の「仐」や旧字の「繖」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


続 10分でわかるカタカナ語 第3回 オルタナティブ

2017年 3月 18日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「オルタナティブ」の意味と使い方

どういう意味?

 「既存・主流のものに代わる(何か)」のことです。「オルタネイティブ」「オルターナティブ」ともいいます。

もう少し詳しく教えて

 オルタナティブ(alternative)は、もともとは「AとBから1つを選ぶ」、すなわち「二者択一」という意味です。そこで日本語の文章でも、オルタナティブがこの意味で使われる場合があります。例えば「コストと安全性はオルタナティブな関係であってはならない」といった用例がこれにあたります。ただし日本語では、このような使われ方はまれです。

 いっぽう英語では「Aに代わるB」という意味もあります。このうちAは、多くの場合「既存・主流の何か」を意味します。そこでオルタナティブは「既存・主流のものに代わる何か」という意味でも使われます。例えば「オルタナティブな政策」とは「既存・主流のものに代わる政策」を意味します。

どんな時に登場する言葉?

 あらゆる分野で登場する言葉です。また技術・貿易・医療・教育・音楽・投資などの分野では、オルタナティブ○○という語形の専門用語も存在します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 オルタナティブという概念が注目されたのは1960~1970年代のこと。この時代にオルタナティブテクノロジー、オルタナティブトレード、オルタナティブメディシン(オルタナティブメディスン)といった新概念が相次いで登場しました。

 このうちオルタナティブテクノロジーは「省エネルギーまたは無公害の技術」のこと。具体的には、再生可能エネルギー(風力・太陽光など)の利用技術などをさします。またオルタナティブトレードは、現在で言う「フェアトレード(公正貿易)」のこと。さらにオルタナティブメディシンとは「西洋医学とは異なる医療的手法」、すなわち漢方、鍼灸(しんきゅう)、ヨガなどをさします。いずれの概念も、既存・主流の手法とは異なる手法を提示しています。

オルタナティブの使い方を実例で教えて!

○○のオルタナティブ

 既存・主流のものではない何かを表現する場合に「○○のオルタナティブ」と表現することができます。例えば「既存・主流のものに代わる政策」のことを「政策のオルタナティブ」と表現できます。

オルタナティブな○○

 また同様の意味を「オルタナティブな○○」とも表現できます。例えば「既存・主流のものに代わる政策」のことは「オルタナティブな政策」とも表現できます。「オルタナティブな技術」「オルタナティブな働き方」などとも使われます。

オルタナティブ教育

 オルタナティブを含む複合語はたくさんあります。例えば「オルタナティブ教育」(代替教育)とは「伝統的または正規のものとは異なる教育方法や教育機関」を総称する概念です。日本におけるフリースクールなどがこれに該当します。

オルタナティブロック

 ロック音楽の世界では、オルタナティブロック(略称はオルタナ)と呼ばれるジャンルがあります。1980年代に「既存の商業主義的なロックへの対抗」として広まった音楽的傾向とされます。

オルタナティブ投資

 投資の世界では株式や債券への投資が、伝統的あるいは主流の投資手法とされます。そのいっぽうで「これに含まれない投資手法」のことを、オルタナティブ投資(代替投資)と呼んでいます。具体的には不動産、プライベートエクイティ(未公開株)などへの投資や、ヘッジファンド(投機的な運用を行う投資信託)の投資手法がこれに含まれます。

言い換えたい場合は?

 まず「オルタナティブな○○」を言い換えたい場合は「従来とは異なる○○」「主流とは異なる○○」「代替的な○○」「代わりの○○」「もうひとつの○○」「別の○○」などの表現を試してみてください。また名詞の「オルタナティブ」を言い換える場合は「代替(手段・手法・案…)」「別の可能性」「代わりの選択肢」などの表現を試してみてください。

 さらに複合語の言い換えについては、オルタナティブを「代替」に差し替える方法が定着しています。例えばオルタナティブ投資は「代替投資」と言い換えることが可能です。ただし単純な言い換えだけでは、言葉の背景を伝えることが難しいかもしれません。その場合は「言い換えようとする言葉が、従来の概念や主流の概念とどう違うのか」という点を考えて、文章を補足してみてください。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

ALT (オルト/アルト)キー  パソコンをお使いの方は、キーボードの中に「Alt」と刻印されているキーが存在することをご存知のことでしょう。この Alt とは、 alternate(=代替・交互)の省略形。つまり alternative の親戚ということになります。

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◆以前の連載は⇒「10分でわかるカタカナ語」へ

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら


広告の中のタイプライター(3):Remington Noiseless No.10

2017年 3月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Fortune』1934年2月号

『Fortune』1934年2月号(写真はクリックで拡大)

1927年2月9日、レミントン・タイプライター社はランド・カーデックス社などと合併し、レミントン・ランド社になりました。レミントン・ランド社のタイプライター部門は、基本的にそれまでのレミントン・タイプライター社のモデルを踏襲しましたが、1933年3月のタイプライター60周年イベントと前後して、新たなモデルを発表しました。1933年12月に発売された「Remington Noiseless No.10」も、その1つです。「Remington Noiseless No.10」は、42キーのフロントストライク式タイプライターで、「Noiseless」の名の通り、静かさを売りにしていました。アーム(type arm)とプラテンの間が近接していて、印字の際の音が小さくなっており、さらにアームの上にカバーをかぶせることで、音が部屋に響かないよう設計されていたのです。

「Remington Noiseless No.10」のキー配列は、基本的にQWERTYです。キーボードの最下段の左右の端に「SHIFT KEY」が配置されており、それぞれ少し上に「SHIFT LOCK」があって、いずれのキーもプラテンを上下させることで、大文字小文字を打ち分けます。キーボードの最上段は、234567890-のシフト側に“#$%_&’()*が配置されているのが、上の広告から見て取れます。数字の「1」にあたるキーは無く、小文字の「l」で代用したようです。「2」の左側にあるキーは「BACK SPACE」(1文字戻す)、「-」の右上に少し離れているキーは「MARGIN RELEASE」(右端のマージンを越えてさらに右側に打つ)です。「3」と「0」のすぐ上にある赤いキー(広告はモノクロ)は、それぞれ「CLEAR KEY」と「SET KEY」で、タブ位置の解除と設定をおこないます。設定したタブ位置への移動は、「CLEAR KEY」と「SET KEY」の間にある長い「TABULATOR」キーでおこないます。「TABULATOR」キーのすぐ上にある金属製のツマミは、印字濃度を変化させます。ツマミを左端の0にすると、印字が薄くなり、その結果として、印字音が小さくなります。逆にツマミを右端にすると、印字音は大きくなりますが印字が濃くなり、カーボン紙を挟んだ複数枚の紙に印字できるようになります。

当時、レミントン・ランド社は、CBS(Columbia Broadcasting System)の金曜夜のラジオ番組『March of Time』に、スポンサーの1つとして名を連ねていました。番組の終わりには、もちろん「Remington Noiseless No.10」の広告も流れました(音声)。ただ、静かさが売りのはずの「Remington Noiseless No.10」を、どのようにしてラジオというメディアで広告するのか、なかなかに苦労があったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


モノが語る明治教育維新 第8回

2017年 3月 14日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第8回

 見て楽しい英語辞書の話です。

 幕末から明治にかけて、日本に空前の英語旋風が吹き荒れます。明治初年の新聞は銀座4丁目松葉軒でABC菓子の販売、神田旅籠町(はたごちょう)岡野谷で茶呑稽古英字煎餅(ちゃのみげいこえいじせんべい)が販売されたことを報じています。お茶請けにもアルファベットが侵入するフィーバーぶりです。

 何しろペリーによる砲丸外交で無理に開国を迫られたわけですから、国として諸外国との交渉に必要な会話力、西洋文明を知るために必要な洋書の翻訳能力を身に着けられるか否かは、死活問題です。幕府はその対策に安政3年蕃書調所(ばんしょしらべしょ)を開設し、封建的な幕府としては珍しく、能力のある人物であれば地位や身分に関係なく人材を登用しました。そんな英語熱の時代の空気を開国後の民間人も共有していたことを感じさせる面白い英語辞書が、明治5年発行の『英国単語図解』です。

 蕃書調所から開成所と名を変えた幕府の洋学研究所は、慶応2年に『英吉利単語篇』(以下、単語篇)という英単語を1490語羅列しただけの学習書を出版します。その単語篇の図説対訳本として出版されたのが、この『英国単語図解』(以下、図解)です。

(写真はクリックで拡大)

  
『英吉利単語篇』        『英国単語図解』

図解では単語篇の前半740語を収録しており、第一篇の文具や学校に関する単語30語、第二篇の天候や地形など自然界の現象100語、第三篇の陸海軍の名称、人間関係の呼称、曜日、季節など210語、第四篇の人体、病名、建築物、日用品の名称など400語の4部構成になっています。

 これらの英単語は底本の存在が研究者により確認されており、第一篇がオランダ人ファン・デル・パイルの『英文典初歩』、第二篇から第四篇までがドイツで刊行された英独仏伊語の対訳単語集『Traveller’s Manual』から抜き出されたものだということが分かっています。

(写真はクリックで拡大)

 誌面は1ページを均等に10分割し、1コマに「master. マストル 師匠 シシヤウ」のように英単語とカタカナの発音表記、それに訳語とその読みを書いていますが、中には「post-office. ポストヲッフィス 飛脚館 セイフノヒキャクヤ」のような意訳も見受けられます。

この辞書のユニークな点は、なんといっても挿絵にあります。

(写真はクリックで拡大)


人物が旧態依然とした丁髷(ちょんまげ)の男性と日本髷(にほんまげ)の女性で描かれ、江戸と英単語というミスマッチな取り合わせがかえって新鮮に感じられます。表情も思わずクスッとしてしまうようなものが多く、「Laughing. ラァヒング 笑 ワラヒ」などは、“もらい泣き” ならぬ “もらい笑い” をしてしまいそうです。舶来ものの時計や椅子など見たことないものも、絵があることで分かりやすくなりますし、ハグキ、ウワアゴ、メノタマなど人体のパーツを表す英単語の挿絵も、インパクトが半端ではありません。

 江戸期の往来物(教科書)を見ていても感じますが、難しいものも絵入りにすることで誰もが楽しみながら学べる工夫をする、そんな日本人の持つセンスと知恵が現代のアニメ文化を築いたように思います。

 この本の著者、市川央坡は、文久元年の遣欧使節団の一員だった市川渡(清流)と同一人物といわれます。渡は旅行中の日記を元に『尾蠅(びよう)欧行漫録』という見聞録を残していますが、序文には「私は蟹行(横文字)の書物を学んだこともない」(『幕末欧州見聞録:尾蠅欧行漫録』新人物往来社)と書いています。ぶっつけ本番の海外旅行で自らが苦労したであろう外国語を楽しく学べる辞書があれば、との思いがこの本の誕生につながったのではないでしょうか。

 実は『英吉利単語篇』と『英国単語図解』の間には、中間的立場の辞書がもう一冊存在します。図解の版心書名(折目に書かれたタイトル)が題箋(表紙のタイトル)と違い、『対訳名物図編』とあるところから調べてみましたら、これは図解と同じ体裁ながら絵の部分が空白の辞書でした。慶応3年に市川が「彼ニノミ有テ我ニ無キ物」つまり外国製で知悉(ちしつ)していないものが少なからずあるので、挿絵の部分を空白のままで上梓(じょうし)したと述べています。この、絵の抜けた辞書を経て図解完成までに5年の歳月が費やされたわけで、市川の執念を感じさせます。

◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。


『日本国語大辞典』をよむ―第3回 オノマトペ①:キリギリスとコオロギ

2017年 3月 12日 日曜日 筆者: 今野 真二

第3回 オノマトペ①:キリギリスとコオロギ

 『日本国語大辞典』は見出し「オノマトペ」を「擬声語および擬態語。擬音語。オノマトペア」と説明している。これだけではわかりにくいので、見出し「ぎせいご(擬声語)」を調べてみると、「物の音や声などを表わすことば。表示される語音と、それによって表現される種々の自然音との間に、ある種の必然的関係、すなわち音象徴が存在することによって成立する語」と説明されている。

 『日本国語大辞典』は見出し「ガチャガチャ」の語義の【三】に「(鳴き声から転じて)昆虫「くつわむし(轡虫)」の異名」と記している。草むらで、「ガチャガチャ」というように聞こえる声で鳴いている虫を、その鳴き声から「ガチャガチャ」と呼ぶということで、これはオノマトペがそのまま虫の名前になった例といえよう。クツワムシの場合は、今は東京などでは、なかなか鳴き声を聞くことができないかもしれないが、筆者が子供の頃には家のまわりの草むらなどでよく鳴いていた。「ガチャガチャ」は実際の鳴き声にかなりちかい「聞きなし」といえそうだと思うが、それはもしかしたら、「あれマツムシが鳴いている チンチロチンチロチンチロリン」と始まる文部省唱歌「虫のこえ(蟲のこゑ)」(作詩作曲者不詳)の2番の歌詞「きりきりきりきり きりぎりす。がちゃがちゃがちゃがちゃ くつわむし」に、知らず知らずのうちに影響されているのかもしれない。この「虫のこえ」は明治43(1910)年に刊行された『尋常小学読本唱歌』に収められている。1998年に示された「小学校学習指導要領」において、第2学年の歌唱共通教材とされているので、今でも小学校2年生が歌っている歌だと思われる。この「虫のこえ」は2007年には「日本の歌百選」にも選ばれている。

 ところが、昭和7(1932)年に刊行された『新訂尋常小学唱歌』において、「きりぎりす」が「こほろぎや」に改められ、現在はこのかたちで定着している。『日本国語大辞典』で「きりぎりす」を調べてみると、「(1)昆虫「こおろぎ(蟋蟀)」の古名」とまず記されている。少しややこしい話になってきたが、できるだけわかりやすく説明してみよう。934年頃に成ったと考えられている『和名類聚抄』という辞書がある。この辞書をみると、「蟋蟀」という漢語に対して「木里木里須」と記されている。つまり「蟋蟀(シッシツ)」という漢語と対応する和語は「キリキリス」だという記事である。では「コオロギ」はどうなっているかといえば、「蜻蛚(セイレツ)」という漢語と対応する和語として「古保呂木」とある。漢語「シッシツ(蟋蟀)」は日本で現在いうところの「コオロギ」だと考えられている。ここだけをとりだすと、日本では古くは、現在「コオロギ」と呼んでいる昆虫を「キリキリス」と呼んでいたという推測を引き出す。こうした推測に基づいて、「虫のこえ」の歌詞中の「きりぎりす」が「こほろぎ」に改められたということだ。

 しかし、ここには実は難しい「問題」が潜んでいる。文献に記されている語から、それが実際にどのような昆虫だったか、花だったかなどを探るのは案外と難しい。文献に「コオロギ」と書いてあって、現在も同じ名前の昆虫がいれば、「ああこれだ」とまず思ってしまう。だいたいはそれでいいといえなくもないが、そうではない場合もある。しかし文献に記されている「情報」だけから、昆虫や植物を特定することは難しい。したがって、これは言語学においては扱わないことがらになる。言語が実際のどんなモノを指しているか、ということは、ある程度わかっていないと言語についての議論もできない場合もあるが、言語学の追究する課題ではない、と考えることになっている。

 辞書もこのあたりが実は難しい。百科事典であれば、現在「コオロギ」と呼ばれている昆虫の写真を載せて、あとはコオロギの生態などを記せばよい。現在刊行されている百科事典にはCDが付いているものもあるから、コオロギの鳴き声をそこに録音しておくこともできる。しかし国語辞書の場合は、そうもいかない。『日本国語大辞典』は、といえば、語義の(2)として「バッタ(直翅)目キリギリス科の昆虫。体長四~五センチメートル。(略)夏から秋にかけて野原の草むらに多く、長いうしろあしでよく跳躍する。(略)雄は「チョン、ギース」と鳴く。(以下略)」と記し、そばに挿絵があるが、挿絵には「螽蟖(2)」とキャプションがある。これは語義(1)の「蟋蟀(コオロギ)」ではなくて(2)の「螽蟖(キリギリス)」の挿絵だということを示している。『日本国語大辞典』は国語辞書(言語辞書)であるが、固有名詞も収めるなど、百科事典を兼ねているところがあるので、このようにして、語義記述において対応していることがわかる。

 さて、漢語「シッシツ(蟋蟀)」は現在日本でいうところのコオロギだろうというところまで述べた。ところがである。『日本国語大辞典』の見出し「きりぎりす」の「語誌」欄をみると、漢語「セイレツ(蜻蛚)」と漢語「シッシツ(蟋蟀)」とは、中国では「同じものをいう」(『日本国語大辞典』第4巻587ページ第3段)。「同じもの」は同じ昆虫ということであろうが、そうなると、「じゃあなんで中国では同じ昆虫に2つの語があるんだ?」という疑問が生じてくるが、もしも「同じ」だとすると、日本語の「キリキリス(木里木里須)」と「コホロキ(古保呂木)」との関係はどうなるのか? という新たな疑問を引き出す。許されている字数がもうあまりないので、簡略にまとめざるを得ないが、筆者の意見をいえば、歌詞はもともとのままでよかったのではないかということだ。だって、「キリキリキリ」鳴く虫だから「キリキリス」という名前がついたはずなんだから。それが現在なんと呼んでいる昆虫にあたるかは、また別の話としてもよいだろう。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


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