2. かつては学術用語だった「言語化」
大賞 言語化
今回、私たちが大賞に選んだのは「言語化」でした。この結果を意外に思う人も多いかもしれません。「言語化」は日常語ではないでしょうか? どこにも新しい要素はないように見えます。
ところが、この「言語化」は、かつては学術用語であり、長らく硬い文章語として使われてきました。「一般化」「正当化」などを載せる国語辞典でも、「言語化」は項目を立てませんでした。それが最近、誰もが使う日常語に変わってきました。「言語化」は、人々が気づかずに使っている「新しい言い方」なのです。
SNSを見ると、〈うまく言語化できないんだけど〉〈言語化が下手すぎる〉〈〔私の代わりに〕言語化ありがとうございます〉など、「言語化」は頻用されています。でも、昔はこのようなことはありませんでした。
「言語化」ということば自体は戦前からあり、戦後になって用例が増えてきました。「思想を言語化する」「概念を言語化する」など、主に心理学や言語学、哲学といった分野で、専門的なニュアンスを持つ用語として使われてきました。小説はどうかというと、主に戦後から1970年代までの作品を収めた『新潮現代文学』全80巻では、解説文の1か所を除いて「言語化」は使われていません。
「言語化」が広まる様子は、全国紙4紙(読売・朝日・毎日・産経)での使用状況からもうかがわれます。2010年代まで「言語化」の4紙合計の出現件数は毎年10件未満~50件程度で推移していましたが、その後件数が増え、2020年代は200件以上に達する年が多くなっています。各年代のデータベースの規模の変化を考慮しても、使用頻度はかなり高くなったと言えます。
選考委員のひとりは、大学の授業で学生たちが書く感想に「言語化」がよく使われるようになったことに気づきました。「うまくことばにする」「文章にする」ではなく「言語化」と表現するのはなぜか、興味深い問題です。
もともと「言語化」は、ことばが生まれるプロセスを論じる文脈で使うことが多かった用語です。たとえば「知覚→概念化→言語化」といった流れを念頭に置いて使われました。
現代の人々が「言語化」と表現するのは、それだけ「ことばにする」という営みを細かく捉えるようになったからかもしれません。インターネット空間や社会生活の場で、従来にも増して、自分をことばで表現する必要性が高まりました。SNSで目にした意見に「モヤる」(気分がもやもやする。2018年の2位の語)こともあれば、就活で「ガクチカ」(学生時代に力を入れたこと。2022年の6位の語)を説明する機会もあります。日頃見聞きしたものをどのように頭にインプットし、どのようにイメージ化し、ことばに出すか。そういった言語化のプロセスについて、人々が深く考えるようになったとは言えないでしょうか。
ことばの力がますます求められる時代の象徴として、「言語化」は大賞にふさわしいと判断しました。