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「言語学大辞典」について

【術語編】の刊行にあたって

 19世紀後半以降ヨーロッパに誕生した言語学の研究は、その後さまざまな学派の興隆を招いたが、「20世紀の言語学は、新しい“理論”が雨後の筍のように続出し、現在はそのような術語が氾濫していると言ってよい。(中略)新しい理論家たちの術語は、それぞれの“理論”を説明するための術語に過ぎず、どの言語にも適用される術語は必ずしも多くはない。(中略)しかし、一方では、ラテン語やギリシア語のような印欧語以外の言語においては印欧語の中で育った術語では表わされえない範疇があり、それはそれぞれの言語の文法の性質に沿って術語が作り出されている。」(「術語編の序」より)。

 このような言語学の現状に鑑み、本シリーズの第6巻『術語編』では、まず伝統的言語学の術語を中心に、多くの言語の記述に有効だと思われる約1,500項日の術語を取り入れた。この中には、近代的な言語学の研究が始まる以前の、古今東西の個別言語研究の中で培われてきた有用性の高い術語も含まれている(たとえば、中国音韻学、日本の国文法関係の術語)。それぞれの術語は、《音韻》《文法》などの諸部門に分けられ、各分野の第一線の執筆者が精密な記述を行なった。

 立項にあたっては中項目主義を原則としたが、大項目として「言語」「言語学」といった、この学問の根本的な定義に関わる項目や、言語学の歴史と発展を概観する上で欠かすことのできない主要な学派にも十分な紙面を割いた。この学派の項目は、「プラーグ学派」「ロンドン学派」をはじめ、前例のない充実した内容のものとなった。さらに、ギリシア・ローマ、古代インド、アラビアなど、古来主要な文献学の伝統のある地域や、他の分野と言語学との接点をなす関連諸学にも適宜大項日を配置して、その研究の歴史や、動向を概観できるようにした。

本シリーズの既刊『世界言語編』4巻、『補遺・言語名索引編』には、現在望みうる最新の記述内容が盛られている。この『世界言語編』によって、驚くべき多様性に満ちた言語現象の解明が可能となり、今や読者は、従来の西欧中心の言語学辞典からは想像もできない広範な分野を視野におさめることができるようになった。本巻においても、ロシア、フィンランド、ハンガリーなど、これまであまり紹介されていないヨーロツパ諸地域の学派や研究動向はもとより、アジア、オセアニア、南北アメリカ、アフリカなど、文字通り世界中の言語に関わる輿味尽きない現象の数々を豊富な具体例とともに解説することができた。このような多様性の認識の中から、「言語」の類型あるいは普遍性に至る手がかりをも得ることができるであろう。

 本『術語編』の刊行が、今後の言語研究にとって何らかの道しるべとなれば幸いである。