人名用漢字の新字旧字:「庄」と「荘」と「莊」

2016年 12月 8日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第122回 「庄」と「荘」と「莊」

新字の「荘」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「莊」と俗字の「庄」は、いずれも人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。どういう経緯で、子供の名づけに使えるようになったのでしょう。

昭和15年12月15日、国語協会は『標準名づけ読本』を発表しました。『標準名づけ読本』は、やさしくわかりやすい名前を子供につけることで国字運動の一翼を担おう、という意図のもとに編纂されたもので、端的に言えば、子供の名づけに用いる漢字を500字に制限しようとするものでした。この500字の中に、俗字の「庄」が含まれていました。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されており、艸部に、旧字の「莊」が含まれていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「莊」が収録されていました。

昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表にも、旧字の「莊」が収録されていました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「莊」が収録されていたので、「莊」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「荘」や俗字の「庄」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、新字の「荘」が収録されていました。当用漢字表にある旧字の「莊」と、当用漢字字体表にある新字の「荘」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「莊」も新字の「荘」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。

昭和26年3月13日、国語審議会のもと発足した固有名詞部会では、子供の名づけに使える漢字を、当用漢字以外にも増やす方向で議論が進みました。固有名詞部会は『標準名づけ読本』の500字をチェックし、500字のうち75字が当用漢字に含まれていないことを確認しました。この75字の中に、俗字の「庄」が含まれていたのです。固有名詞部会は、この75字に17字を加えた92字を、追加すべき人名用漢字として国語審議会に報告しました。これを受けて、国語審議会は昭和26年5月14日、人名漢字に関する建議を発表しました。翌週25日、この92字は人名用漢字別表として内閣告示され、俗字の「庄」が子供の名づけに使えるようになりました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、「荘(莊)」となっていました。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「荘」は常用漢字になりました。それと同時に、旧字の「莊」と俗字の「庄」は人名用漢字になりました。それが現在も続いていて、「庄」も「荘」も「莊」も出生届に書いてOKなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


「今年の新語2016」選考結果と選評を公開しました

2016年 12月 5日 月曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

「三省堂 辞書を編む人が選ぶ 今年の新語2016」選考結果発表!

辞書の三省堂が選ぶ「今年の新語 2016」。
今回の応募総数はのべ2,834語(異なり1,182語)となりました。
たくさんのご応募をくださり、誠にありがとうございました。

これらの投稿を対象に、一語一語、辞書編纂のプロである選考委員が厳正に審査し、「今年の新語 2016」ベスト10を選定しました。
ベスト10に選ばれた新語には、三省堂の辞書を編む人が「国語辞典風味」の語釈(語の解釈・説明)をつけました。

辞書に載るかもしれない「今年の新語 2016」の切り口と面白さをお楽しみください。

選考結果はこちら⇒「今年の新語2016」選考結果のページへ


タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(9)

2016年 12月 1日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第28回

伊藤事務機タイプライター資料館(8)からつづく)

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」(Straight Keyboard, Metal Cover Model)

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」(Straight Keyboard, Metal Cover Model)

「Hammond Multiplex」(Straight Keyboard, Metal Cover Model)は、ハモンド・タイプライター社が1916年から1928年にかけて製造していたタイプライターで、ハモンド(James Bartlett Hammond)が発明したタイプ・シャトル機構を搭載しています。「Hammond Multiplex」には、キーボードが曲がっている(Curved Keyboard)モデルと、キーボードが直線的(Straight Keyboard)なモデルがあり、いずれも1913年に製造を開始しましたが、1916年になって、筐体の上面を金属板のカバーでくるんだ(Metal Cover)モデルになりました。伊藤事務機タイプライター資料館に展示されている「Hammond Multiplex」は、直線キーボード金属板カバーモデル(Straight Keyboard, Metal Cover Model)です。

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」背面

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」背面

中央の円筒内部に組み込まれたタイプ・シャトルには、30行×3列=90字の活字が埋め込まれています。伊藤事務機の「Hammond Multiplex」のタイプ・シャトルでは、上の列には英小文字と,.-;が、真ん中の列には英大文字と?&!:が、下の列には数字とその他の記号が、それぞれ埋め込まれています。各キーを押すと、タイプ・シャトルの対応する活字が紙の方へと回転移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれます。

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」のキーボード

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」のキーボード

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。キーボード下段の左右端にある「CAP.」キーを押すと、タイプ・シャトルが少し上がって、真ん中の列の活字(英大文字など)が印字されるようになります。キーボード中段の左右端にある「FIG.」キーを押すと、タイプ・シャトルがさらに上がって、下の列の活字(数字とその他の記号)が印字されるようになります。これにより、90種類の文字を打ち分けることができるのです。左側の「CAP.」キーと「FIG.」キーには、それぞれに銀色のロックキーが付いており、「CAP.」ロック、「FIG.」ロックとして使います。キーボード上段右端のキーはバックスペース、そのすぐ左側のキーはマージンリリースです。

なお、「Hammond Multiplex」では、同時に2枚のタイプ・シャトルを、中央の円筒にセットしておくことができます。タイプ・シャトルの切り替えは、円筒の真ん中にあるツマミを、180度回転させることでおこないます。この機構によって、最大180種類の文字を、「Hammond Multiplex」は打ち分けることができるのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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古代語のしるべ 第3回 アメツチ[天地]

2016年 11月 29日 火曜日 筆者: 内田 賢徳

古代語のしるべ 第3回 アメツチ[天地]

この連載は、PDFデータを別画面でご覧いただきます。
タイトルをクリックしていただくと、PDF画面が開きます。

* * *

◆この連載の目次は⇒「古代語のしるべ」目次へ

【筆者プロフィール】

■上代語研究会
乾善彦・内田賢德・尾山慎・佐野宏・蜂矢真郷(五十音順)の5名。上代日本語の未詳語彙の解明を目指し、資料批判を踏まえて形態論と語彙論の両面からその方法の探求と実践を進めている。
■内田賢德(うちだ まさのり)
1947年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程中途退学。京都大学名誉教授。著書『萬葉の知』(1992年 塙書房)、『上代日本語表現と訓詁』(2005年 塙書房)。万葉集を中心に文法と文体を研究、ことばの原初の意味作用をありありと自己の内部に回復し実感することを目指している。

* * *

【編集部より】
 昭和42(1967)年以来、約50年の長きにわたって発行しております『時代別国語大辞典 上代編』。おかげさまで、上代の日本語を体系的に記述した辞書として高くご評価いただき、今も広くお使いいただいています。しかし、この50年の間にはさまざまな研究の進展がありました。木簡をはじめとして上代日本語に関する資料が多数発見されたばかりでなく、さまざまな新しい研究の成果は、『万葉集』や『古事記』をはじめとした上代文献の注釈・テキスト、また関連の研究書の刊行など、大きな蓄積を成しています。
 そこで、未詳語彙の解明をはじめ、新たな資料を踏まえて上代日本語の記述の見直しを進めていらっしゃる「上代語研究会」の先生方に、リレー連載をお願いいたしました。研究を通して明らかになってきた上代日本語の新たな姿を、さまざまな角度から記していただきます。辞書では十分に説明し尽くせない部分まで読者の皆さんにお届けするとともに、次の時代の新たな辞書の記述へとつなげていくことを願っています。


【イベント情報】2016/12/2(金)「知は巡る、知を巡る―西周とまわる学術の旅―」

2016年 11月 25日 金曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

下記のイベントにつきまして、定員となり募集を締め切ったとのことです。

 12月2日(金)に、『「百学連環」を読む』著者の山本貴光さんがご登壇なさるイベントが予定されています。
 以下、イベント主催者のTsuwano T-space(島根県津和野町東京事務所)さんのイベント案内ページ(facebook内)より転載いたします。

「知は巡る、知を巡る―西周とまわる学術の旅―」開催のお知らせ

「知は巡る、知を巡る―西周とまわる学術の旅―」ポスター この度、Tsuwano T-spaceでは、山本貴光『「百学連環」を読む』(三省堂)の刊行を記念して、津和野出身の思想家 西周にかんする講演イベントを実施致します。
 著者である山本貴光さんに加え、津和野の藩校 養老館の歴史や西周の親類でもある森鴎外の研究をされている山岡浩二さん、哲学修士号を取得後、現在津和野で西周事業に挑戦している石井雅巳が登壇し、西周について様々な角度から講演していただきます。
 当日は、登壇する三者がそれぞれの専門を活かした「ガイド役」となって、参加者の皆さまを、西周の知の技法を巡って過去・現在・そして未来へと進む学知の小旅行へとご案内する予定です。
 今なお使われている理性や感覚、主観と客観などの訳語を作り出した西の思索から、これからの知のあり方について共に考え、語り合う夜となれば幸いです。

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◆こんな方にぜひおすすめ
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「幕末から明治にかけての歴史や文化」、「哲学」、「翻訳論」、「これからの知の技法」などについて関心をお持ちの方
※西周や当時の歴史についての予備知識は不要です!「ガイド」にお任せください。
なお、当日は『「百学連環」を読む』の販売も行う予定です。

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★参加予約
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こちらの予約フォームからお願い致します
https://goo.gl/forms/LYMjMikRBX5r5sIf1
電話でのご予約も可
Tsuwano T-space
TEL:03-5615-8358
営業日:月曜〜土曜日 午前9時30分〜午後6時 (定休日:日曜日・祝祭日)

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◆イベント概要
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「知は巡る、知を巡る―西周とまわる学術の旅―」
日時 2016年12月2日(金) 19:00-21:00(受付開始18:45)
場所 Tsuwano T-space
 東京都文京区小石川2-25-10 パークホームズ小石川103-3号
 都営地下鉄「春日駅」、丸ノ内線「後楽園駅」より徒歩7分
参加費 500円(当日徴収)ワンドリンク付き
定員 15名

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◆プログラム
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19:00 趣旨説明・登壇者紹介
19:10-19:30 過去編
 山岡浩二(津和野町郷土史家、浙江大学城市学院 客座教授)
 「西周と津和野藩校養老館」
19:30-19:50 現在編
 石井雅巳(在野研究者、津和野町町長付)
 「西周 翻訳の妙技」
〈10分休憩〉
20:00-20:30 未来編
 山本貴光(文筆家)
 「学術の地図作成法――わける・ならべる・つなげる」
20:35- 質疑・全体ディスカッション
※終了後は懇親会を予定しております。奮ってご参加ください。(参加費:1,500円)

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◆登壇者プロフィール
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山岡浩二(やまおか・こうじ):
1956年、津和野生まれ。同在住。津和野町観光協会副会長・津和野の自然と歴史を守る会会長・中国浙江大学城市学院客座教授など。津和野町役場勤務中(森鷗 外記念館スタッフ・商工観光課長・総務課長など)から郷土史研究、森鷗外研究などを行なう。2011年退職後は、上記役職のほか、講演・執筆を中心に活動。著書に『津和野をつづる~生粋の津和野人による津和野覚書』(モルフプランニング刊)、『津和野藩ものがたり』(共著、山陰中央新報社刊)などがある。

石井雅巳(いしい・まさみ):
1990年生まれ。慶應義塾大学大学院哲学専攻修士課程を修了後、現在「地域おこし協力隊」として島根県津和野町にて勤務。専門は、E. レヴィナスの哲学。論文に、「『全体性と無限』における享受論の実在論的読解――レヴィナスはいかなる意味で現象学的か」、『フッサール研究』、フッサール研究会、第13号、pp. 1-21、2016年などがある。

山本貴光(やまもと・たかみつ):
1971年生まれ。文筆家・ゲーム作家。著書に『心脳問題―「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満との共著、朝日出版社。後に『脳がわかれば心がわかるか―脳科学リテラシー講座』として改題増補改訂、太田出版から刊行)、『問題がモンダイなのだ』(吉川との共著、ちくまプリマー新書)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)、『文体の科学』(新潮社)など。訳書に『MIND―心の哲学』(吉川との共訳、ジョン・R・サール著、朝日出版社)などがある。

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■主催:Tsuwano T-space(島根県津和野町東京事務所)
■お問い合わせ
Tsuwano T-space
TEL: 03-5615-8358
http://tsuwano-tokyo.net/
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参加のお申し込みや、詳しい情報はTsuwano T-space(島根県津和野町東京事務所)さんのイベント案内ページ(facebook内)
「知は巡る、知を巡る―西周とまわる学術の旅―」イベントページへ。


『「百学連環」を読む』の書誌情報は以下のページへ。目次や見本ページのPDF、電子書籍ストアへのリンク等がございます。
『「百学連環」を読む』


人名用漢字の新字旧字:「舗」と「舖」と「鋪」

2016年 11月 24日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第121回 「舗」と「舖」と「鋪」

新字の「舗」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「鋪」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。ただ、「舗」と「鋪」の間には、俗字の「舖」があって、これが話をややこしくしているのです。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されており、金部に、旧字の「鋪」が含まれていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、 そこでも旧字の「鋪」が収録されていました。

ところが、昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表では、舌部に俗字の「舖」が収録されていて、旧字の「鋪」はどこにも収録されていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、俗字の「舖」は当用漢字になりました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。

字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。この活字字体整理案では、「舖」を「舗」へと整理することが提案されていました。報告を受けた国語審議会では、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には俗字の「舖」が収録されていたので、「舖」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「鋪」や新字の「舗」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、新字の「舗」が収録されていました。活字字体整理案に従った結果、新字の「舗」が当用漢字となり、俗字の「舖」は当用漢字ではなくなってしまったのです。当用漢字表にある俗字の「舖」と、当用漢字字体表にある新字の「舗」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、俗字の「舖」も新字の「舗」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。つまり、昭和24年の時点で、俗字の「舖」も新字の「舗」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのですが、旧字の「鋪」はダメだったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、新字の「舗」が収録されました。旧字の「鋪」も俗字の「舖」も、カッコ書きにすら入っていなかったのです。昭和56年4月22日、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認めることにしました。俗字の「舖」はカッコ書きに入っていないので、今後は子供の名づけには認めない、と決定したのです。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「舗」は常用漢字になりました。同じ日に、俗字の「舖」は子供の名づけに使えなくなってしまいました。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、「舗」も「舖」も「鋪」も収録していました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「舗」に加え、俗字の「舖」も旧字の「鋪」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「舗」はOKですが、「舖」や「鋪」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


絵巻で見る 平安時代の暮らし 第55回 『年中行事絵巻』巻六「御斎会での右近衛陣の饗」を読み解く

2016年 11月 19日 土曜日 筆者: 倉田 実

第55回 『年中行事絵巻』巻六「御斎会での右近衛陣の饗」を読み解く

場面:御斎会の折、右近衛陣(うこのえのじん)で饗(きょう)が行われているところ
場所:平安京内裏の校書殿(きょうしょでん)東廂・月華門(げっかもん)付近
時節:1月14日?

(画像はクリックで拡大)

建物等:①校書殿 ②月華門 ③安福殿(あんぷくでん) ④紫宸殿南庭 ⑤右近衛陣 ⑥油坏(あぶらつき) ⑦結び灯台 ⑧仮廂 ⑨檜皮葺屋根 ⑩釣り金物 ⑪二枚格子の上部 ⑫下長押 ⑬垂板敷(おちいたじき) ⑭西座 ⑮綱 ⑯半畳(はんじょう) ⑰丸高坏 ⑱机 ⑲溝蓋 ⑳瓶子(へいじ)盃 溝 橋 東土廂 北廂
人物:[ア] 弁か少納言 [イ]次将 [ウ]・[カ]公卿 [エ]親王か [オ]将監(しょうげん) [キ]官人 [ク]近衛府の武官 
着装等:Ⓐ下襲の裾 Ⓑ・Ⓗ太刀 Ⓒ平緒 Ⓓ浅靴 Ⓔ緌(おいかけ)の冠 Ⓕ壷胡簶(つぼやなぐい) Ⓖ弓

はじめに 今回は、内裏の殿舎の一つ、校書殿に置かれた右近衛陣での饗(供応)の様子をみることにします。この饗は、第3940回で扱いました御斎会(ごさいえ)の一環として行われました。御斎会については、これらの回をご参照ください。『年中行事絵巻』で御斎会は巻七に描かれていますが、右近衛陣の饗は、巻六に間違って入っています。

絵巻の場面 最初に、場面を確認しましょう。中心的に描かれているのが南北棟となる①校書殿で、②月華門を挟んだ南側(画面左)の③安福殿とともに④紫宸殿南庭の西側に位置していますので、西殿とも呼ばれました。画面はこの殿舎を東から西方向を眺めた構図になっていますので、描かれているのは、東側になります。校書殿東廂の南半分ほどには、⑤右近衛府用の陣(詰所)が置かれ、ここが饗の会場として使用されたのです。

 描かれた日は、七日間にわたった御斎会の最終日です。大極殿での儀(第39回参照)終わり、参加した公卿や運営に携わった官人たちが内裏に戻ってきて、この東廂で饗が供されました。さらに引き続いて清涼殿での内論議(うちろんぎ。第40回参照)となりますので、ここで食事という次第になったのでしょう。しかし、こんな狭い所で官人たち全員の饗などできませんので、多分に儀式的側面があったことになります。

 時間帯は、どうでしょうか。灯りが描かれていれば、夜の時間でしたね。その灯りは描かれています。室内の板敷に、三本の短い棒を結わえて開いた上に火の灯された⑥油坏(油皿)が見えますね。これは⑦結び灯台と言い、宮中の行事などでよく使用されました。

校書殿 続いて、校書殿について触れておきます。九間二間の母屋には、北と南に二間分の塗籠が作られ、中央五間分が納殿(おさめどの)とされました。ここが蔵となります。
 廂は北以外に付き、西廂には、貴重な書物や文書を扱う校書所(きょうしょどころ)があり、その任にも当たる蔵人所(くろうどどころ)も置かれました。校書殿が文殿(ふどの)とも呼ばれるのは、こうしたことに依っています。蔵人所とは、天皇側近として諸処の用をつとめる役所を言います。この一画には、出納(しゅつのう)や小舎人(こどねり)といった納殿の番をする下級職員が控えていました。

 東廂は、右近衛陣の他に、北側は「孔雀の間」と呼ぶ土間があり、以前にここで孔雀が飼われていたからと言われています。この北にさらに二間分の東廂がありました。

 南廂は、東廂の左から二間目の奥になり絵では壁で隔てられています。柱間が他より狭くなっている左端は、⑧仮廂とされています。

右近衛陣 さらに具体的に東廂の右近衛陣を見ていきましょう。⑨檜皮葺屋根の軒下から下ろされたL字形の⑩釣り金物に、⑪二枚格子の上部が掛けられています。下部は、饗のために取りはずされています。

 室内は、少し変わった構造になっていて、三つの部分に区画されているのが、お分かりでしょうか。左側の三間目から床が一段高くなっているのが見えますね。⑫下長押分の段差が作られているのです。しかし、この段差は奥の母屋との境まで届かず、その手前で低くなっています。これによって、⑬垂板敷(下板敷)と呼ぶ、低くなっている左二間分、母屋に沿って低くなった⑭西座の部分、そして、下長押の上の部分に三層化されるのです。これは、何のためでしょうか。もうお分かりですね。身分によって坐る場所を序列化するためでした(後述)。

 下長押の上方には、⑮綱が垂れているのが描かれています。この綱は、上長押の上を通して西廂に続いていて、そこには鈴が付けられていたと思われます。東廂で綱を引くと、西廂の鈴が鳴り、控えている小舎人などを呼ぶ合図にしたのです。これとは別に、西廂から清涼殿南側にも綱が引かれていて、こちらは鈴の綱と呼ばれていました。東廂の綱も、同じように鈴の綱と呼ばれたと思われます。

饗に着く官人たち それでは序列化された室内の官人たちを確認しましょう。坐る場所は、次のように決められていました。⑬垂板敷に北向きに坐るのは三等官の[ア]弁や少納言、⑭西座はここでは空席ですが、四等官の外記(げき)か史(さかん)、垂板敷に西向きに坐るのは二等官の[イ]近衛の次将(中将・少将)、一段高い所で対座するのが[ウ]公卿で、[エ]親王は東向きに坐りました。四等官制の身分の違いが見事に視覚化されていますね。

 官人たちは皆黒袍の束帯姿で、Ⓐ下襲の裾を引き、Ⓑ帯剣している者もいます。それぞれ⑯半畳に坐り、公卿の前には⑰丸高坏、垂板敷に坐る人の前には⑱机が置かれ、料理が並んでいます。この饗では三献後に薯蕷粥(芋粥。いもがゆ)が供されましたが、まだ一献なのかもしれません。

 画面右側には、⑲溝蓋にいる者の⑳瓶子(酒瓶)から盃に酌を受けた様子が描かれています。これを近衛府の[オ]将監(三等官)から次将が酌を受けているとする説がありますが、どうでしょうか。受けているのは[カ]公卿と思われます。四位や五位となる次将は、継酌(つぎしゃく)と言って、身分の低い者にかわって、王卿に献盃することになっていました。ですから酌を受けているのは、次将ではなく公卿と思われます。しかし、献杯しているのは、次将ではなく、将監のようです。

 盃を持つ公卿の左横は壁のように見えますが、ここには壁はなく、左側と続いていたようです。模写した絵師が描き忘れたのかもしれません。

月華門・安福殿 さらに見ていない画面を確認しましょう。二人の[キ]官人が入ってきた門が②月華門で、南庭東側の日華門と相対しています。門内の溝には橋が架けられています。この官人は右近衛陣の饗にこれから加わるのかもしれません。Ⓒ平緒を下げ、Ⓓ浅靴をはいています。

 月華門の左が③安福殿でした。侍医などが控えた薬殿(くすどの)があり、造酒司(みきのつかさ)と主水司(もんどのつかさ)の者が出向していました。手前に見える所は、東土廂、その奥は北廂になります。

 安福殿の手前にたむろしているのは、近衛府の[ク]武官たちです。Ⓔ緌の冠をかぶり、Ⓕ壷胡簶を背負い、Ⓖ弓を持ち、Ⓗ帯剣しています。

この画面の意義 この画面は、校書殿の東廂を描いています。実は、第12回の賭弓でも校書殿が描かれていましたが、幔で隠されて、わずかしか見えませんでした。しかし、今回の場面では東廂だけとは言え、階層化された室内が描かれて貴重でした。

 饗の様子は、第51回の射遺、第52回の中宮大饗でも扱いましたが、これらとは違った席次となっていました。下長押分だけわざわざ高くする室内の仕組みは、貴族社会に身分規制がいかに徹底していたかが窺われるのです。

* * *

◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。次回は、第54回で予告しておりました、「大臣大饗」の場面です。54回では拝礼の場面でしたが、次回は酒宴の途中の場面を採り上げます。ご一緒に、東三条邸の酒宴の場面に参入しましょう。どうぞお楽しみに。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
全国高校からの推薦数NO.1の学習用古語辞典『三省堂 全訳読解古語辞典』〈第四版〉では、ワイドな絵巻型の図版と絵解き式のキャプションを採用。文章からだけでは想像しにくい時代背景や古典常識などを、絵を通して、より具体的に深く学ぶことができます。

 

 

 

タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(8)

2016年 11月 17日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第27回

伊藤事務機タイプライター資料館(7)からつづく)

伊藤事務機の「Oliver No.10」

伊藤事務機の「Oliver No.10」

伊藤事務機タイプライター資料館には、「Oliver No.10」も展示されています。シカゴのオリバー・タイプライター社が、1916年頃から1922年頃にかけて輸出向けに製造したタイプライターです。伊藤事務機の「Oliver No.10」には、「75 QUEEN VICTORIA STREET, LONDON, E.C.」の金文字が入っており、シカゴからロンドン経由で輸出されたと考えられます。同社のタイプライターの特徴は、左右に翼のようにそびえ立った逆U字型の活字棒(というよりは活字翼)であり、「Oliver No.10」も左右それぞれ16本ずつの活字翼を備えています。

伊藤事務機の「Oliver No.10」背面

伊藤事務機の「Oliver No.10」背面

32個のキーからは、左右16個ずつのキーに分かれて、背面の奥に繋がる長いシャフトが伸びています。各シャフトは、それぞれが活字翼に繋がっており、キーを押すと対応する活字翼が打ち下ろされて、プラテンの上に置かれた紙の上面に印字がおこなわれます。これがダウンストライク式という印字機構で、打った文字がその瞬間に見えるのです。また、活字翼が左右にあるので、真ん中に印字された文字が邪魔されずにオペレータから直接見える、という特長があります。

伊藤事務機の「Oliver No.10」の右活字翼

伊藤事務機の「Oliver No.10」の右活字翼

活字翼には、それぞれ活字が3つずつ埋め込まれていて、プラテン・シフト機構により、96種類の文字が印字できます。「CAP」を押すと、プラテンが奥に移動し、大文字が印字されるようになります。「FIG」を押すと、プラテンが手前に移動し、数字や記号が印字されるようになります。

伊藤事務機の「Oliver No.10」キーボード左端

伊藤事務機の「Oliver No.10」キーボード左端

伊藤事務機の「Oliver No.10」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列で、各キーに数字(あるいは記号)・小文字・大文字の3種類の文字が載っています。「Z」の左側のキーには「~」(チルダ)「´」(アキュート)「`」(グレイヴ)、そのさらに左側のキーには「^」(サーカムフレクス)「¨」(ウムラウトあるいはトレマ)「˚」(リング)のアクセント記号が載っています。アクセント記号が載ったこれらのキーは、プラテンを前進させないので、結果として、直後の文字にアクセント記号が重ね打ちされることになります。一方、「C」のキーには、記号側に「ç」が載っていて、「c」にセディユが付いた状態の「ç」を、プラテンを前進させながら印字することになります。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


人名用漢字の新字旧字:「年」と「秊」

2016年 11月 10日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第120回 「年」と「秊」

新字の「年」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「秊」は常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「秊」は「禾」の下に「千」を書きますが、この「千」に関しては、音の「ネン」を表すという説や、「人」が「千」に変化したという説があります。前者の立場なら形声文字、後者の立場なら会意文字である可能性が高いでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、干部に「年」を収録していましたが、旧字の「秊」は収録されていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「年」だけが含まれていて、旧字の「秊」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表にも、やはり新字の「年」が収録されていて、旧字の「秊」はカッコ書きにすら含まれていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「年」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「年」が収録されていたので、「年」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「秊」は子供の名づけに使えなくなりました。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「秊」はJIS第3水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が4回で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区はありませんでした。この結果、旧字の「秊」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「年」に加え、旧字の「秊」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「年」はOKですが、旧字の「秊」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


モノが語る明治教育維新 第4回―『小学読本』と『ウイルソン・リーダー』 そして火鉢!?

2016年 11月 8日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

モノが語る明治教育維新 第4回―『小学読本』と『ウイルソン・リーダー』
そして火鉢!?

 文明開化を推進したい為政者は、まずこれからの次代を担う柔軟な頭を持つ子どもたちに新しい知識を授けることに力を注ぎました。それが、近代小学校発展の推進力となるわけですが、さて教科書はどうするか、が問題です。それまでの儒学を基盤とする江戸期の往来物(第2回記事も参照)では、西洋に太刀打ちできる新しい日本人は作れません。そこで、文部省は欧米の教科書を原著として、少し日本流にアレンジした翻訳教科書を出版しました。その中で多くの人に影響を与えたのが、日本最初の国語教科書、田中義廉編集『小学読本』(明治6年発行)です。

(写真はクリックで拡大)

 「凡世界に住居する人に五種あり 亜細亜人種 欧羅巴人種 メレイ人種 亜米利加人種 亜弗利加人種なり 日本人は亜細亜人種の中なり」という書き出しは、鎖国で閉じこもっていた日本人の心に新鮮に響き、酒屋や魚屋の小僧さんまで口にしたほど人気の教科書でした。

 この開巻の言葉は新たに書き加えたものですが、これより後、5丁表(9ページ)からはアメリカの『ウィルソン・リーダー』をほぼ直訳した文章が続きます。例えば「See the cat! It is on the bed. It is not a good cat if it gets on the bed.」は「此猫を見よ 寝床の上に居れり これは、よき猫にはあらず、寝床の上に乗れり」といった風です。

(写真はクリックで拡大)

 そして、面白いのがこの野球のシーン、アメリカの教科書の挿絵と比べてみてください。

(写真はクリックで拡大)

バットを持つ子供が3人もいます。それに、ボールも2個飛んでいます。本が出版された明治6年に野球を知る日本人はいないに等しかったでしょうから、書く方も読む方も不自然に思うことはなかったのでしょう。

 江戸期の往来物が大人になって役立つ知識をストレートに植え付けようとしたのに比べ、翻訳といえども子どもの目線で書かれた点は画期的なことでした。翌年には改正版が出され、文章も少しこなれてきます。

 付録・当館の所蔵品の中には『小学読本』の版木を利用して作られた火鉢があります。

(写真はクリックで拡大)

4面に版木がはめ込まれており、前出の猫と野球のページを刷った版木も使われています。本を作るための道具である版木が、実は細かな手仕事で仕上がった工芸品だと気づかされます。内側に銅を張り、意匠的に面白い火鉢に仕上げているところが素敵ですし、摩滅して使えなくなった版木の再利用として、当時からリサイクルの知恵が活かされていたことにも驚かされます。

◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://members3.jcom.home.ne.jp/kmuseum/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。


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