タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(19)

2016年 7月 28日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第23回

菊武学園タイプライター博物館(18)からつづく)

菊武学園の「Featherweight Blick」

菊武学園の「Featherweight Blick」

「Featherweight Blick」は、ブリッケンスデアファーが1906年から1919年頃にかけて、コネチカット州スタンフォードで製造していたタイプライターです。「羽のように軽い」(Featherweight)と銘打っていますが、印字機構は「Blickensderfer No.5」「Blick No.7」と同様、タイプ・ホイール機構なので、かなり重たいものです。「羽のように軽い」のは、筐体の素材がアルミニウムで出来ており、マシンを持ち上げる際に(比較的)軽いだけであって、キータッチが軽いわけではないのです。

菊武学園の「Featherweight Blick」のタイプ・ホイールと銘板

菊武学園の「Featherweight Blick」のタイプ・ホイールと銘板

菊武学園の「Featherweight Blick」(製造番号164396)の銘板には、「9 & 10 CHEAPSIDE, LONDON. MADE IN U.S.A.」と記されており、元々はイギリス向けの輸出モデルだったと考えられます。タイプ・ホイールには84個(28個×3列)の活字が埋め込まれていて、タイプ・ホイールがプラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれる、という点は「Blickensderfer No.5」や「Blick No.7」と同じです。菊武学園の「Featherweight Blick」のタイプ・ホイールでは、上の列に、小文字の活字がzxkg.pwfudhiatensorlcmy,bvqjの順序に、上から見て時計回りに埋め込まれています。真ん中の列には、大文字の活字がZXKG&PWFUDHIATENSORLCMY?BVQJの順序に埋め込まれています。下の列には、記号や数字の活字が“()-%/⅛¼⅜1234567890½⅝¾⅞£;@’:の順序に埋め込まれていて、分数が1/8刻みになっているのが特徴的です。この「Featherweight Blick」のキー配列と同じ順序であり、上段のキーほど、タイプ・ホイールが大きく回転する仕組みになっています。大文字はキーボード左端の「CAP」キーを、記号や数字は「FIG」キーを、それぞれ押すことで印字され、タイプ・ホイールの高さが変わる仕掛けになっています。

キーボード左端の「CAP」と「FIG」キー

キーボード左端の「CAP」と「FIG」キー

菊武学園の「Featherweight Blick」には、右側面にも銘板があって、ブリッケンスデアファーのアメリカ特許が記されています。ただ、「Featherweight Blick」の発売が1906年であるにもかかわらず、最下段の特許は1892年4月12日です。しかも、銘板の右下には、ペーパーホルダーの留め金が上から取り付けてあって、銘板が一部読めなくなっており、雑な仕事の印象を受けます。また、菊武学園の「Featherweight Blick」は、筐体の下部がアルミニウム製ではありません。本来「Featherweight Blick」は、筐体全体がアルミニウム製のはずであり、その点で疑問が残ります。あるいはリストア時に、「Blickensderfer No.5」などの部品を使いまわした可能性が、かなり強く感じられます。

菊武学園の「Featherweight Blick」の右側銘板

菊武学園の「Featherweight Blick」の右側銘板

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


ネット座談会 ことばとキャラ 第4回

2016年 7月 22日 金曜日 筆者: 友定 賢治

ネット座談会「ことばとキャラ」第4回

【発言者】友定賢治

 友定賢治です。中国地方の方言を研究しています。また,若者がメールに各地の方言を自在に使ったり,関西弁が全国の若者に広まったりといった,方言が多様に使われていることにも関心があり,キャラクタと方言についても大変興味があります。どうぞよろしくお願いいたします。

 定延さんから,「キャラ助詞に似たものが方言にみられる」というが,それはどんな言い方で,どこの地方にあるのかとのお尋ねがありました。すでに定延さんが本編第20回で触れておられますが,そこでは,藤原与一氏の,たとえば宮城県松島海岸の方言「おしんこ,ねーすかわ」(おしんこはありませんか)の最終末の「わ」は,もともと話し手自身(わたし)を指すことばであるとの考えや,九州で言う「知りまっしぇんばい」の「ばい」も同様であるという説をあげ,

話し手は自己の立場をひっさげて発話に及ぶのだと氏は論じている。自己を表すキャラ助詞が文末に現れることも「自己の立場のひっさげ」と考えるべきなのかもしれないが,さらに検討を進める必要がある。

とおっしゃっています。

 「さらに検討を進める」のは後回しにさせていただき,まず,「キャラ助詞に似たものが方言にみられる」というのは,このようなものが該当するのではないかな,という程度の基準で,該当しそうなものをあげてみます。資料は,主に次のものです。

〈1〉 友定の収集資料や郷里(岡山県新見市)方言については作例も含みます。
〈2〉 日本放送協会編(1999)『CD-ROM版 全国方言資料』
〈3〉 藤原与一(1986)『方言文末詞〈文末助詞〉の研究 (下)』,春陽堂書店

 その結果,定延さんがあげておられるものも含んで,A〜Fの6つをあげたいと思いますが,今回は,そのうちの2つをとりあげます。まず,一つ目は,方言だけに見られるものではありませんが,

(A-1) いらんで,うち。(いらないよ,私。 岡山県)〈1〉

 といったものです。倒置文として扱われることが普通かもしれませんが,これも最後に自己の立場を表していると見ることができそうに思います。

 次に,倒置文とは考えにくいもので,文末に「おれ」が位置しているものがあります。

(B-1) ちょーきて ちょーちてもー むりだんべ おれ。(今日来て,今日と言っても 無理だろう。 栃木県)〈2〉

 これが,地域に共有された言い方なのかどうかは,はっきり分かりません。この資料の中で,一回だけ見られるものです。

 今回は,「うち」「おれ」など,自称詞の例を見てきました。この次の投稿では,資料〈3〉からのデータなど,その他のものを見ていきます。

* * *

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【筆者プロフィール】

友定賢治(ともさだ・けんじ)
県立広島大学名誉教授。専攻は日本語学,中でも,方言や子どものことばの研究。編著書に,『全国幼児語辞典』(東京堂,1997),『育児語彙の開く世界』(和泉書院,2005),『関西弁の広がりとコミュニケーションの行方』(陣内正敬と共編 和泉書院,2006),『県別罵詈雑言辞典』(真田信治と共編 東京堂,2011),『感動詞の言語学』(ひつじ書房,2015)などがある。

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【編集部から】

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。


日本語・教育・語彙 第10回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(5):擬音語・擬態語をめぐって

2016年 7月 22日 金曜日 筆者: 松下達彦

日本語・教育・語彙 第10回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(5):擬音語・擬態語をめぐって

 「正しい日本語」をめぐって、第7回では「静かな住宅街」と「閑静な住宅街」について論じた。これは意味的な上位語(「静かな」)は、文脈の支えがあれば下位語(「閑静な」)の意味を表現し得る、ということであった。これはどちらも言語の規範的なルールにのっとった表現で、ただ、意味の限定の範囲の広さが異なるだけである。

 第8回では「海に包まれた街」という表現について、普通の表現ではないが、文芸的におもしろい表現として受け入れられる可能性について論じた。第9回では、子どもが発した「木の掃除機」「薬の賞味期限」などの表現について取り上げた。自分の知っている語の用法を本来は使われない文脈へ拡張することで、言語運用能力の不足を補う優れたストラテジーであることを論じ、同じようなことは留学生などの非母語話者にも頻繁に生じるということを説明した。第8回、第9回で論じたのは、実は隠喩(メタファー)による意味の拡張で、言語規範の一部をやむを得ず、あるいはわざと回避したうえで、意図したことを伝えるという技法であった。

 

 今回は、そもそも何が規範なのかを決めにくい例として、擬音語・擬態語(オノマトペとも言われる)を取り上げたい。

 擬音語・擬態語は、実は以前の日本語能力試験においては、範囲外だと公表されていた。日本語には擬音語・擬態語がたくさんあり、わからないと日常生活でもかなり不便だと思うが、それでも範囲外だった。おそらく、何が正解かを明快に説明するのが難しいと考えたからであろう。雨が降るのは、なぜザーザーでサーサーではないのか、と聞かれても、みんながそう呼んでいるから、としか言いようがないのだが、実は普通の言語はそのような自然発生的なルールでできているので、本来は擬音語・擬態語だけを特別扱いする理由はないはずである。では、なぜ特別扱いされたのであろうか。

 それは、擬音語・擬態語の創造性にあると思われる。時代の移り変わりとともに新しい語が次々に出てくるが、その多くはすでにある語構成要素の組み合わせやその短縮(例:「ドタキャン」「ボキャ貧」)であったり、外来語であったりする。まったく新しい語構成要素が作り出されることはほとんどないのであるが、その例外が擬音語・擬態語である。漫画を見れば、既存の語構成要素を含まない新語が次々に生み出されていることがわかる。いまでは定着度の高い表現と言える「ガーン」などもマンガに由来するという情報がネット上に散見される。定着度は不明だが、「ガビーン」もマンガに由来するようである。「ガチョーン」など、テレビ番組に由来すると言われるものもある。大野(2009)によれば、現代の短歌や俳句でも新しい擬音語・擬態語が使われているらしい。

 擬音語・擬態語は音や状態を言葉で表現したものなので、音や状態の切り取り方について、社会的に共通のルールを明確に説明しにくい以上、誤りだと言いにくいのであろう。しかも、同じことを表現するのに、他の言語にもオノマトペがあることが少なくない。以前、私が中国に留学していたころ、よく世界各地から来た留学生たちとオノマトペの話題になった。おまえの国の鶏はどう鳴くんだと聞かれて「コケコッコー」だと言ったら大笑いされたことがある。絶対そんなふうには鳴いていないというのだが、じゃあ、お前の国ではどう鳴くんだと聞くと、「オ、オオー」だという。どうも鳴き方が1回少ない気がするが、それを日本語の表現として使ったら間違いかと言われれば、そうとも言えない。そう聞こえたのだから、そう表現してもいいはずである。猫のことをニャーニャーではなく、ミューミューと鳴いていると書いたところで、それは誤りとはいえないであろう。

 しかも、オノマトペには複数の言語でかなり共通性の高いものとそうでないものがあるようだ。牛の鳴き声は中国でもモウモウらしい。英語の猫の鳴き声のミューミューは鼻音(鼻から抜く音)だという点ではニャーニャーと同じである。日本語でもミャーミャーは猫に使うであろう。コケコッコーとクックドゥルドゥルドゥー(英語)はかなり違うように見えるが、実は子音のほとんどが破裂音(k,dなど)で、二重子音(促音の「ッ」)を含んでいるという点では共通である。なまじっか共通性があるだけに、どれが正しい、という規範を決めるのも難しい。他言語の擬音語・擬態語を日本語に移し替えて使えば、それはそれでおもしろい表現として受け入れられるかもしれない。

 

参考文献

大野純子(2009)「現代短歌・俳句に見る新語オノマトペ ―既存のオノマトペからの派生をとりあげて―」『大正大學研究紀要 人間學部・文學部』94, pp.184-172.

 

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【筆者プロフィール】

松下達彦(まつした・たつひこ)
『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』東京大学グローバルコミュニケーション研究センター准教授。PhD
研究分野は応用言語学・日本語教育・グローバル教育。
第二言語としての日本語の語彙学習・語彙教育、語彙習得への母語の影響、言語教育プログラムの諸問題の研究とその応用、日本の国際化と多言語・多文化化にともなう諸問題について関心を持つ。
共著に『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』(凡人社 2007)『日本語学習・生活ハンドブック』(文化庁 2009)、共訳に『学習者オートノミー―日本語教育と外国語教育の未来のために』(ひつじ書房 2011)などがある。
URL:http://www17408ui.sakura.ne.jp/tatsum/
上記サイトでは、文章の語彙や漢字の頻度レベルを分析する「日本語テキスト語彙分析器 J-LEX」や、語彙や漢字の学習・教育に役立つ「日本語を読むための語彙データベース」「現代日本語文字データベース」「日本語学術共通語彙リスト」「日本語文芸語彙リスト」などを公開している。

【編集部から】

第二言語としての日本語を学習・教育する方たちを支える松下達彦先生から、日本語教育全般のことや、語彙学習のこと、学習を支えるツール……などなど、様々にお書きいただきます。
公開は第4金曜日を予定しております。


人名用漢字の新字旧字:「産」と「產」

2016年 7月 21日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第116回 「産」と「產」

116san-old.png新字の「産」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「產」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「産」は出生届に書いてOKですが、「產」はダメ。でも、「產」がOKだった時期もあるのです。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の生部には、旧字の「產」が収録されていましたが、新字の「産」は含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「產」だけが含まれていて、新字の「産」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表にも、やはり旧字の「產」が収録されていて、新字の「産」は含まれていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「產」は当用漢字になりました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。

字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。この活字字体整理案では、「產」を「産」へと整理することが提案されていました。

報告を受けた国語審議会では、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には旧字の「產」が収録されていたので、「產」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「産」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、新字の「産」が収録されていました。活字字体整理案に従った結果、新字の「産」が当用漢字となり、旧字の「產」は当用漢字ではなくなってしまったのです。当用漢字表にある旧字の「產」と、当用漢字字体表にある新字の「産」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「產」も新字の「産」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。つまり、昭和24年の時点で、旧字の「產」も新字の「産」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

それから30年あまりが過ぎ、昭和56年3月23日に国語審議会が答申した常用漢字表では、新字の「産」が収録されました。旧字の「產」は、カッコ書きにすら入っていなかったのです。昭和56年4月22日、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを、子供の名づけに認めることにしました。旧字の「產」はカッコ書きに入っていないので、今後は子供の名づけには認めない、と決定したのです。

昭和56年10月1日、常用漢字表は内閣告示され、新字の「産」は常用漢字になりました。同じ日に、旧字の「產」は子供の名づけに使えなくなってしまいました。それが現在も続いていて、新字の「産」は出生届に書いてOKだけど、旧字の「產」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


ネット座談会 ことばとキャラ 第3回

2016年 7月 19日 火曜日 筆者: 定延 利之

ネット座談会「ことばとキャラ」第3回

【発言者】定延利之

 瀬沼さん,さっそくありがとうございます。いただいたお返事はよく考えてみたいと思います。今回は私の方はコミュニケーションというより文法の方面に目を向けてみます。

 私がキャラということを考え始めてようやく目に入ってきたのは,金水さんが「キャラ語尾」と仰っているものの中に,終助詞の後に現れるものがあるということです。たとえば次の(1)(2)(3)の「ぴょーん」「ぷぅ」「にょろ」がそれに当たります。(いずれも最終確認日は2016年7月1日。以下も同様。)

(1) 吊られたら怖いLWは今すぐ出るんだよぴょーん

[http://ruru-jinro.net/log4/log352865.html]

(2) おにぃ頑張ってねぷぅ!

[http://summ0ners.com/archives/39539483.html]

(3) 「オマエ,何者にょろ? 曲者だなにょろ!」
勝手に肩に乗っては首に巻きつく蛇もどきに,フウと大きく溜め息をついた。
「何で黙っているんだにょろ? 言いたい事は何かないのかにょろ?」

[https://sp.estar.jp/series/18832/episode/226947]

終助詞というのは文の終わりに現れる,文字どおり「終」助詞だったはずなのですが,(1)の「ぴょーん」は終助詞「よ」の後に現れています。同じく(2)の「ぷぅ」は終助詞「ね」の後に現れており,(3)の「にょろ」は終助詞「な」や「か」の後に現れています。(3)には「にょろ」が4回現れていますが,最初の「何者にょろ」の「にょろ」はコピュラ(「何者だ」の「だ」など)に近い意味にもなっているようです。この点は金田さんの論文がありましたね。

 アラテの終助詞か,とも考えてみたのですが,結局その考えは断念しました。ふつう終助詞と言えば話し手の態度を表す,ごく限られたことばであるのに対して,上の「ぴょーん」「ぷぅ」「にょろ」は多かれ少なかれ,話し手の(遊びの場でのかりそめのものとはいえ)アイデンティティというか,キャラを表していそうで,それに,いろいろ作れるからです。こんなのないだろうと思いつつ検索すると意外に出てきます。次の(4)は「みょん」の例です。

(4) 「いい加減にするみょん!
このカタナで首切られても良いのかみょん!?」

[http://www.kakiko.cc/novel/novel7/index.cgi?mode=view&no=30145]

 それで,文法研究の中でいままで想定されていなかったことばかもしれないと思うようになり,私はこういうものをとりあえず「キャラ助詞」と呼んでいます。次の(5)の「きょ」のように,キャラ助詞は終助詞と共起せずに単独で現れることもあります。

(5) きょっちゃんは 足がちょっと曲がっているきゃら リハビリしてるんだきょ。

[http://blog.goo.ne.jp/mm_family]

 もちろん,キャラ助詞は「所詮,ネットの中のふざけたことば」として片付けてしまうこともできるでしょう。それでいいのかもしれません。が,現代言語学が「偏見を捨てて事実を直視する」というところから始まっているのだとすれば,「ネットの中のふざけたことば」つまりキャラ助詞が,なぜ文の末端(終助詞があればその後ろ)を狙って繰り出されてくるのか,考えてみてもいいだろうと私は思っています。終助詞の後ろに別のことばが現れ得るということを受け入れられる文法理論は,私の知るかぎり無いようなので,なおさらそう思っています。

 キャラ助詞と似たものが方言に見られるということについては,私も少し触れているのですが(本編第20回),門外漢なだけに,はっきりしたことは何も言えずにいます。友定さん,お助けいただけますでしょうか。

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【筆者プロフィール】

『日本語社会 のぞきキャラくり』定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「状況に基づく日本語話しことばの研究と,日本語教育のための基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店,2000),『ささやく恋人,りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店,2005),『日本語不思議図鑑』(大修館書店,2006),『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書,2008)『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』(三省堂,2011)などがある。
URL:http://web.cla.kobe-u.ac.jp/aboutus/professors/sadanobu-toshiyuki.html

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【編集部から】

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。


絵巻で見る 平安時代の暮らし 第51回『年中行事絵巻』巻四「射遺」を読み解く

2016年 7月 16日 土曜日 筆者: 倉田 実

第51回『年中行事絵巻』巻四「射遺」を読み解く

場面:射遺(いのこし)をするところ
場所:平安京内裏南面の建礼門の門前
時節:1月18日

(画像はクリックで拡大)

建物:Ⓐ建礼門(けんれいもん)、Ⓑ幄舎(あくしゃ)、Ⓒ三級の石階、Ⓓ基壇、Ⓔ檜皮葺の廂屋根、Ⓕ壁、Ⓖ扉、Ⓗ瓦、Ⓘ築地、Ⓙ溝、Ⓚ仗舎(じょうしゃ)、Ⓛ妻戸、Ⓜ連子(れんじ)、Ⓝ白壁、Ⓞ檜皮葺、Ⓟ棟瓦、Ⓠ幔、Ⓡ幕、
室礼・装束:①筵(むしろ)、②半畳(はんじょう)、③台盤、④下襲の裾、⑤石帯、⑥・⑬矢、⑦鼓(こ)、⑧鉦鼓(しょうこ)、⑨丸い的(まと)、⑩候(こう)、⑪太刀、⑫弓、⑭弦巻(つるまき)、⑮鞆(とも)、⑯鞭(むち)、⑰烏帽子、⑱浅靴、⑲足駄
人物:[ア]・[イ]殿上人か、[ウ]・[エ]・[オ] 公卿か、[カ]・[キ]・[ク] 弁と少納言か、[ケ]・ [コ]射手、[サ][シ]衛府の下級官人

射遺とは 前回は射遺の為に公卿が参内する場面を扱いましたので、今回は射遺そのものを見ることにします。射遺とは、前日に行われた射礼(じゃらい)と呼ぶ弓を射る儀式に参加できなかった六衛府の武官が、改めて射る儀式でした。いずれも、内裏の南正門となる建礼門の南面で行われました。したがって、射礼と同じ次第になりますが、それよりは簡略化されていました。公卿の中から参議一人だけが遣わされて儀式に当たり、観覧・饗饌に使用される幄舎(テント)は諸大夫(四位・五位の官人)用が撤去され、左右の陣(陣営)も置かれませんでした。

絵巻の場面 それでは絵巻の場面を確認しましょう。南から北を見る構図になっていて、画面右に見えるのがⒶ建礼門です。その奥の内側にはさらに承明門があって紫宸殿の南庭になりますね。

 建礼門の門前は、広くとられて大庭(おおば)と言われることもあります。ここにⒷ幄舎が置かれ、西側が弓場(ゆば)として使用されました。建礼門の門前が儀式の場とされたのです。

建礼門 さらに建礼門を詳しく見ましょう。建礼門はⒸ三級の石階のあるⒹ基壇の上に建っています。見えている屋根はⒺ檜皮葺の廂屋根で、この奥に瓦葺の屋根がありました。大きさは、右端をカットしましましたが、原画では五間三戸に描かれています。線描では、左端のⒻ壁とⒼ扉が二つ見えますね。

 建礼門の両側はⒽ瓦を載せた高いⒾ築地になっていて内裏を区画しています。手前の地面に見えるのは、雨水を流すⒿ溝です。築地に直角に建てられているのは、内裏の外側を守備する右衛門府の守衛所となるⓀ仗舎です。門の右側(東側)には、左衛門府用のものがありました。共に内側中央部がⓁ妻戸になっていて、その両側の上部は格子状の窓となるⓂ連子(檑子とも)になっています。ただし、北側は絵師が描き忘れたのか、格子状になっていませんね。これら以外は、Ⓝ白壁となります。屋根はⓄ檜皮葺で、Ⓟ棟瓦が載っています。なお、建礼門については、次回にも扱う予定でいますので、再度触れたいと思っています。

幄舎 続いてⒷ幄舎の様子です。

 回りをⓆ幔で囲った、七間もある大きな幄舎が立てられています。Ⓡ幕が結び上げられていますので、内部の観覧席を兼ねた宴席の様子が分かります。地面に①筵を敷き、②半畳を重ねて、広い③台盤が置かれています。その上には、料理が並べられていて、すでに宴は始まっています。弓を射る儀式ですが、内裏で行われる場合は、饗饌(きょうせん)が欠かせないのです。

 貴族は身分社会ですので、この場でも席次が決められていました。前日の射礼の席次では、西側(左側)が上座とされました。席は西三間で東西に分かれ、西側の南面する上席に親王、向かい合って北面するのが公卿とされました。その東側の三間分には衛府の佐(すけ。二等官)が北、太政官の弁と少納言(三等官)が南に坐ります。さらに、右端一間分には、外記(げき)・史(さかん。共に四等官)が西面しました。

 しかし、この射遺の場面では、そのようには坐っていないようです。何よりも北側に坐っている[ア][イ]二人の場所は、衛府の佐の席になりますが、武官姿ではありません。殿上人のようです。射遺は略儀ですので、射礼とは変わっていたのかもしれません。なお、この二人の西側の上席は空席になっていますので、親王の臨席がなかったことになるようです。

 幄舎に坐る人たちは、④下襲の裾を引いた束帯姿ですが、この日らしい物を身に付けています。画面では見にくいのですが、⑤石帯に⑥矢を挟んでいるのです。これで射遺に参加していることを示しているわけです。

 左側の[ウ][エ][オ]三人は公卿のようで、横向きに視線を外に向けています。後で確認しますが、見物人たちが追い払われているのを見ているのかもしれません。北側の[ア][イ] と手前の[カ] [キ][ク]五人は、何やら話に興じているようにも見えます。絵巻はリアルにこの場を表現していますね。

弓場(ゆば) 次に弓を射る場、弓場を見ましょう。画面下に端だけ見えるのは、太鼓の類の、⑦鼓と⑧鉦鼓で、合図として鳴らされます。古代では太鼓の類は、戦乱の際の合図となりますので、「軍器」とされていました。

 射る場所は決められていて、射手は牛皮などを敷いた射席(いむしろ)に立ちますが、原画では描かれていません。射席から36歩の所に⑨丸い的を掛けた⑩候が置かれます。20㍍を超えるほどの距離になりますね。的は木製で大きさは二尺五寸(75㌢位)と定められ、候は木枠に鹿皮が張られました。線描では省略しましたが、候の後ろ3㍍ほどの所に山形(やまがた)と呼ばれた流れ矢を防ぐものが置かれました。これらはそれぞれ南北に二か所ずつ設けられ、六衛府に割り当てられました。

射手 射手は、北側が左近衛・右近衛・左兵衛、南側が右兵衛・左衛門・右衛門の順になり、それぞれ番(つが)われて射っていました。この画面では、どの衛府になるのかは分かりません。北側の[ケ]射手は腕がいいようで、一本目の矢が的の中央を射貫いていますね。二本目の矢は弓につがえられ、三本目は腋に挟んでいます。南側の[コ]射手は、まさに射ようとするところです。

 射手は四等官の将漕(しょうそう)・志(さかん)たちになります。射礼や射遺では、⑪太刀を佩き、胡簶は背負わずに、⑫弓と⑬矢だけを持ったようです。腰には予備の弓弦を巻いた⑭弦巻が下げられます。左腕には、弦が手首を打つのを防ぐための革製の⑮鞆が巻かれています。

見物人たち 画面左上には、⑯鞭でもって見物人たちを追い払っている[サ][シ]衛府の下級官人が描かれています。物見高い京の住人たちは、儀式などがあれば、見物に訪れたのです。内裏の中は無理ですが、大内裏には自由に通行できたからです。ここは流れ矢の危険もあって追い立てているのでしょう。あわてた見物人たちは、逃げ惑っていて、地面にはその際に落ちた⑰烏帽子や、脱げた⑱浅靴や⑲足駄が転がっています。こんな光景をわざわざ描くのが、『年中行事絵巻』の面白さでした。

絵巻の意義 射遺は射手たちに禄が与えられて終了となります。そして、その後に内裏内の弓場において賭弓(のりゆみ)が行われました。『年中行事絵巻』はこの儀式も描いていて、第12回ですでに見ています。弓矢は、古代において最も重要な武器でした。ですから、弓を射ることは武力を誇示することであり、重要な儀式となったのです。現存する『年中行事絵巻』には射礼はありませんが、射遺から賭弓に続く一日の儀式が、こうして描かれていることは、とても意義深いのです。

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:須貝稔(すがい・みのる)
※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。次回も、『年中行事絵巻』を取り上げます。どうぞお楽しみに。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
全国高校からの推薦数NO.1の学習用古語辞典『三省堂 全訳読解古語辞典』〈第四版〉では、ワイドな絵巻型の図版と絵解き式のキャプションを採用。文章からだけでは想像しにくい時代背景や古典常識などを、絵を通して、より具体的に深く学ぶことができます。

 

 

 

ネット座談会 ことばとキャラ 第2回

2016年 7月 15日 金曜日 筆者: 瀬沼 文彰

ネット座談会「ことばとキャラ」第2回

【発言者】瀬沼文彰

 質問ありがとうございます。私は,若者のコミュニケーションや笑いの研究をしている瀬沼文彰です。恥ずかしながら,4年間,大手芸能事務所で売れない芸人をしていた経歴があります。その際には,キャラは,自分で探し出し笑いを作るためのものでしたが,その後,入学した大学院では,一般の若者たちが日常空間で意識するキャラに興味を持ち,若者たちにフィールドワークを行いキャラに関する修士論文をまとめました。それ以降,若者のキャラの問題に関心を持っています。

 さっそくですが,1つ目の「キャラは,現代の若者に限定的な特徴なことなのかどうか」に関して私なりに回答してみたいと思います。

 まずは,若者とキャラが論じられる以前の文学作品や映画,そして,実際の人々の暮らしのなかにもキャラを介したコミュニケーションが見られることには私も賛成です。では,若者たちのキャラには,現代的な新しい要素はないのでしょうか。

 拙著『キャラ論』で,私が興味深かったのは,若者たちが,仲間たちから与えられたキャラという名のレッテルを素直に受け入れているところでした。特に,それが気にいらなかった場合でも,「嫌だ」「やめてくれ」と反発などせず,笑いに変えて楽しんでいました。私は,こうした若者が「多い」という点を現代的なキャラの特徴の1つだと考えています。

 さらに,比較する年代によりますが,ネットも含め,多様な人々とコミュニケーションをする社会のなかでは,与えられるレッテルや役割の数が増えるので,演じるキャラの数も多くなることが現代的な特徴の2つ目にあたると思います。3つ目は,他者とうまく接していくために,与えられたキャラという役割を「演じる」場面が多いという点に新しさを感じています。このあたりが他の世代よりも若者に顕著に見られたため,キャラが若者という文脈のなかで語られたのではないでしょうか。

 それから,若者たちは,積極的に日常生活のなかで「キャラ」ということばを用い,「キャラ」ということばで他者や自己を認識したり,実際に「キャラ」ということばを会話のなかに頻繁に用いて,ツッコミを入れたり,恋愛話をしたり,ときには,戦略的に「どんなキャラでいけばいいかな」などと話している点も90年代後半くらいから見られるコミュニケーションや自己認識だと考えています。

 その背後にはバラエティ番組の影響が強くありそうです。若者のキャラのコミュニケーションはバラエティ番組にとても似ています。ここにもいまどきのキャラが見える気がしてなりません。

 少し長くなってしまいました。もう1つの質問である「キャラかぶりの問題」は,改めて,回答させていただきます。

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【筆者プロフィール】

『キャラ論』瀬沼文彰(せぬま・ふみあき)
1978年生まれ
西武文理大学兼任講師,桜美林大学基盤教育院非常勤講師,追手門学院大学 笑学研究所 客員研究員,日本笑い学会理事
東京にて大手芸能事務所にて瀬沼・松村というコンビで漫才などタレント活動,引退後,東京経済大学大学院へ進学。同大学院 博士後期課程単位取得退学
専門は,コミュニケーション学,若い世代の笑いやコミュニケーションの研究を行っている。
単著『キャラ論』スタジオセロ(2007年),『笑いの教科書』春日出版(2008年)
共著『コミュニケーションスタディーズ』世界思想社(2010)

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【編集部から】

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。


タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(18)

2016年 7月 14日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第22回

菊武学園タイプライター博物館(17)からつづく)

菊武学園の「Blick No.7」

菊武学園の「Blick No.7」

菊武学園タイプライター博物館には、「Blick No.7」も展示されています。「Blickensderfer No.5」と同様、ブリッケンスデアファーが、コネチカット州スタンフォードで製造していたタイプライターです。菊武学園の「Blick No.7」は、トップカバーが黒く、かつ、トップカバーのネジ止めが左右それぞれ2つずつであることから、1900年から1907年までの間に製造されたモデルだと考えられます。銘板には「9 & 10 CHEAPSIDE LONDON. MADE IN U.S.A.」とあり、イギリス向けの輸出モデルだったことがわかります。

菊武学園の「Blick No.7」のタイプ・ホイール

菊武学園の「Blick No.7」のタイプ・ホイール

「Blick No.7」の特徴は、「Blickensderfer No.5」と同様、タイプ・ホイールと呼ばれる金属製の活字円筒にあります。タイプ・ホイールには84個(28個×3列)の活字が埋め込まれており、このタイプ・ホイールが、プラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれるのです。菊武学園の「Blick No.7」のタイプ・ホイールでは、上の列に、小文字の活字がzxkg.pwfudhiatensorlcmy,bvqjの順序に、上から見て時計回りに埋め込まれています。真ん中の列には、大文字の活字がZXKG&PWFUDHIATENSORLCMY?BVQJの順序に埋め込まれています。下の列には、記号や数字の活字が“()-%/_¼!1234567890½+¾=£;*’:の順序に埋め込まれています。この「Blick No.7」のキー配列と同じ順序であり、上段のキーほど、タイプ・ホイールが大きく回転する仕組みになっているのです。大文字はキーボード左端の「CAP」キーを、記号や数字は「FIG」キーを、それぞれ押すことで印字され、タイプ・ホイールの高さが変わる仕掛けになっています。

キーボード左端の「CAP」と「FIG」キー

キーボード左端の「CAP」と「FIG」キー

「Blick No.7」のもう一つの特徴は、巨大なスペースキーです。下段中央「T」と「E」の間に始まるスペースキーは、そのまま左右に下段のキー全体を覆う形で広がり、あたかもキーボードの外枠であるかのような形をしています。デザイン的には美しいのですが、入力スピードには寄与していないようです。なお、菊武学園の「Blick No.7」の右側銘板には、ブリッケンスデアファーのアメリカ特許に関して、特許番号と特許成立日が記載されています。イギリス向けの輸出モデルのはずなのに、アメリカ特許を記載しており、少しチグハグだったりします。

菊武学園の「Blick No.7」の右側銘板

菊武学園の「Blick No.7」の右側銘板

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


ネット座談会 ことばとキャラ 第1回

2016年 7月 8日 金曜日 筆者: 定延 利之

ネット座談会「ことばとキャラ」第1回

 このたび三省堂さんのご厚意により,ことばとキャラについて毎週金曜日に,この場で座談会を開かせていただけることになりましたこと,これまでこちらで連載させていただいていた私からご案内申し上げます。「ことば」にせよ「キャラ」にせよ,立場によって意味内容は様々ですが,そのあたりも含めてお話しできたらと思っています。

 私と一緒に座談会にご参加くださるのは,次の方々です。(五十音順)

  金田純平さん(国立民族学博物館)
  金水敏さん(大阪大学)
  宿利由希子さん(神戸大学院生)
  瀬沼文彰さん(西武文理大学)
  友定賢治さん(県立広島大学)
  西田隆政さん(甲南女子大学)
  アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)

 皆さま,どうぞよろしくお願いいたします。

 さっそくですが,私が最近ちょっと気になっていることを書いて口火を切っておきます。

 私たちの日常的なコミュニケーションにおけるキャラが論じられることは,いまではもう珍しくありませんが,その中で私がよく見かけるのが「若者コミュニケーションにおける」という限定です。要は,若者は人から或る特徴づけをされると,その特徴が消えないように自分で保持しようとする,ということのようなんですが,これはそんなに「若者は」,と限定しないといけないことなんでしょうか?

 芸能人なら昔から「シメた! これで客に覚えてもらえる」てな具合だったでしょうし,また,私が連載「日本語社会 のぞきキャラくり」で取り上げた(本編第13回),井伏鱒二の小説「掛持ち」(1940)でも,周囲から『気のきいた粋な番頭さん』と勝手に思われた出稼ぎの番頭が,それなりに手間暇かけて身なりを整えるという話が出てきます。私なんか,「いまの若者は,人から与えられた特徴づけを自分で守ろうとしている」と言われても,「ああ,いまもやっとるなぁ。若者がんばれよ」と思ってしまうのですが,これは私がどんな風にドンカンなんでしょうか?

 「若者のコミュニケーション」論に関して,私がもう一つわからないのは,「キャラかぶり」です。「集団内で各メンバーが特徴づけられる,つまりキャラづけされる時,キャラかぶりは注意深く避けられるのだ」という話が多いようなのですが,その中で,瀬沼さんの『キャラ論』(STUDIO CELLO,2007)やそれを改訂された『なぜ若い世代は「キャラ」化するのか』(春日出版,2009)には,「おそらくそういうことなんだろう。アンケート調査の結果自体は必ずしもそうではないけれど」という,ちょっと慎重な姿勢を感じました。そこでは「グループがボケキャラばっかりだから,自分でツッコミキャラになった」という或る高校生の発言も紹介されていて,瀬沼さんはこの高校生がグループの「穴」を埋めたことに注目されているのですが,「ボケキャラばっかり」つまり『ボケ』キャラが並び立っているという部分は,キャラかぶりが必ずしも忌避されないことを示しているようにも思えます。そもそも,これまで言われている「キャラかぶり」の「キャラ」って,具体的にどんなものなんでしょうか?

 なんだか後半から瀬沼さん目当て,という感じになってしまいましたが,瀬沼さんいかがでしょう?

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【筆者プロフィール】

『日本語社会 のぞきキャラくり』定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「状況に基づく日本語話しことばの研究と,日本語教育のための基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店,2000),『ささやく恋人,りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店,2005),『日本語不思議図鑑』(大修館書店,2006),『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書,2008)『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』(三省堂,2011)などがある。
URL:http://web.cla.kobe-u.ac.jp/aboutus/professors/sadanobu-toshiyuki.html

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【編集部から】

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。


人名用漢字の新字旧字:「綫」と「線」

2016年 7月 7日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第115回 「綫」と「線」

115line-newer.png旧字の「線」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「綫」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「綫」と「線」の新旧には議論があり、さらには右図のような新字(糸へんに㦮)もあり得るのですが、ここでは「綫」を新字、「線」を旧字としておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の糸部には、旧字の「線」が含まれていましたが、新字の「綫」は含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「線」だけが含まれていて、新字の「綫」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、糸部に「線」だけが含まれていて、「綫」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、旧字の「線」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「線」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、当用漢字表1850字に制限されました。この時点で、新字の「綫」は子供の名づけに使えなくなりました。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「綫」はJIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が2回で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区はありませんでした。この結果、新字の「綫」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。「糸へんに㦮」は、そもそもJIS X 0213に収録されておらず、審議の対象にすらなりませんでした。

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「線」に加え、新字の「綫」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「線」はOKですが、新字の「綫」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


古語辞典でみる和歌 第26回 「ま日(け)長く…」

2016年 7月 5日 火曜日 筆者: 古語辞典編集部

古語辞典でみる和歌 第26回

ま日(け)長く川に向き立ちありし袖(そで)今夜(こよひ)まかむと思はくのよさ

出典

万葉・一〇・二〇七三

何日もの間、川に向かって立っていた妻の袖を今夜枕(まくら)にしようと思うことのうれしさよ。

「七夕(たなばた)」の歌で、彦星(ひこぼし)が織女星との逢瀬を詠んだ形。

(『三省堂 全訳読解古語辞典〔第四版〕』「思はく」)

今回は、七夕と「袖」に関わる歌を選びました。『三省堂 全訳読解古語辞典』では、七夕の習俗について、「あまのがは」「きかうでん(乞巧奠)」「たなばた」などの項目で詳しく解説されています。たとえば、「ほしあひ」を引くと、以下のようなコラムが載っています。

[読解のために]一年に一度、天空の出会い「星合ひ」
七月七日の七夕の夜、牽牛星と織女星が天の川を渡って、一年に一度の出会いをするという伝説が中国には古くからあった。この伝説は奈良時代になって日本に広まり、日本古来の棚機(たなばた)つ女(め)の信仰と結合して星祭りとなり、宮廷での行事の一つとなった。『万葉集』には二つの星の出会いに関する歌が多くみられ、巻八には、山上憶良(やまのうえのおくら)の七夕歌十二首がある。

◆三省堂 創作和歌コンテストについて

弊社では、現在「三省堂 高校生創作和歌コンテスト」の和歌を募集しております。本年度の歌題は「題詠 袖」です。ふるってご応募ください。以下のバナーから、募集要項や昨年度の受賞作品などがご覧いただけます。

創作和歌コンテストバナー

 

三省堂の学習用古語辞典

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高校からの推薦数No.1の古語辞典。授業から入試まで、古典学習のポイントがひと目でわかる。最新版の「第4版」では、好評のコラム「読解のために」約570項目が全面リニューアル。

 

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