日本語・教育・語彙 第8回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(3):「海に包まれた街」をめぐって

2016年 5月 27日 金曜日 筆者: 松下達彦

第8回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(3):「海に包まれた街」をめぐって

 以前、日本語の授業で自分の育った場所を紹介する作文課題を出したことがある。するとある学生が「大連は海に包まれた街です」と書いた。私は前回、ことばの正しさを「意図したとおりに通じる」「受け手の気分を害さない」の二つから説明できるとした。ここでは「海に囲まれた街」と言いたいことはよくわかった。その意味では、意図は通じていると思われるし、特に気分を害する表現でもない。

 日本語教育を担当していると、このような表現によく出会う。そして考えさせられる。これに赤ペンを入れるべきかどうか、と。「包む」と「囲む」を比べると、前者は立体的で、後者は平面的だ。大連は、ご存知の方もいるかと思うが、海に突き出した半島の町で、三方を海に「囲まれて」いる。

 だが、私は「海に包まれた街」という表現を見た瞬間に、かつて大連の海辺を訪れた時の青い空と青い海に「包まれた」ような、美しい光景を思い出した。いや、正確には街全体が立体的に包まれたようなイメージを喚起されたのである。

 「海に包まれた街」は隠喩(メタファー)である。「街」をモノに見立て、「海」を、それを包む布か紙に見立てたような比喩である。おそらくこれを書いた学生は、ただ「囲む」と「包む」の違いがわかっていなかったか、「囲む」という語を知らなかっただけであろう。この2語の違いは、日本語教師としては教えるべきであろう。しかし、「海に包まれた街」があまりに素敵な表現だったので、そこに赤を入れることはためらわれた。これは「月曜日」を「火曜日」と間違えるのとは、質もレベルも異なる“誤り”である。

 このことは、少し広げて考えると、近年、母語以外の言語で書く作家や、クリオール(二つの言語が混ざってできたピジン[pidgin]が母語化した言語)の作家が全世界的に注目を集めていることとも関係していると思われる。すなわち、母語使用者にはないような発想が新たな表現を生んでいるということである。

 私の好きな日本語作家のひとり、デビット・ゾペティは、スイスで生まれ育ったが、母親がアメリカ人で、家では英語、学校ではフランス語を使い、ドイツ語もイタリア語も身に着けて育った人である。そんな彼が日本語で書いたデビュー作『いちげんさん』(集英社)は、すばる文学賞を受賞し、芥川賞の候補にもなったが、そのレトリック(修辞、表現技巧)が評価された面が大いにあるであろうことは読んでみればすぐにわかる。

 ことばの規範(正しさ)も美しさも、その言語社会の中で時間をかけて作られていくものであり、その時々に少しずつ変化していくものである。母語でない人がそれを作ることに参加できないわけがない。

 

参考文献

デビット・ゾペティ(1997)『いちげんさん』集英社

 

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【筆者プロフィール】

松下達彦(まつした・たつひこ)
『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』東京大学グローバルコミュニケーション研究センター准教授。PhD
研究分野は応用言語学・日本語教育・グローバル教育。
第二言語としての日本語の語彙学習・語彙教育、語彙習得への母語の影響、言語教育プログラムの諸問題の研究とその応用、日本の国際化と多言語・多文化化にともなう諸問題について関心を持つ。
共著に『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』(凡人社 2007)『日本語学習・生活ハンドブック』(文化庁 2009)、共訳に『学習者オートノミー―日本語教育と外国語教育の未来のために』(ひつじ書房 2011)などがある。
URL:http://www17408ui.sakura.ne.jp/tatsum/
上記サイトでは、文章の語彙や漢字の頻度レベルを分析する「日本語テキスト語彙分析器 J-LEX」や、語彙や漢字の学習・教育に役立つ「日本語を読むための語彙データベース」「現代日本語文字データベース」「日本語学術共通語彙リスト」「日本語文芸語彙リスト」などを公開している。

【編集部から】

第二言語としての日本語を学習・教育する方たちを支える松下達彦先生から、日本語教育全般のことや、語彙学習のこと、学習を支えるツール……などなど、様々にお書きいただきます。
公開は不定期の金曜日を予定しております。


人名用漢字の新字旧字:「法」と「灋」

2016年 5月 26日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第112回 「法」と「灋」

新字の「法」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「灋」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「灋」にいる「廌」は、古代中国における神獣の一種で、その角に触れると立ちどころに罪の有無がわかるらしいのですが、新字の「法」ではどこかに逃げてしまっています。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、新字の「法」が含まれていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「法」だけが含まれていて、旧字の「灋」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表にも、やはり新字の「法」が収録されていて、旧字の「灋」はカッコ書きにすら含まれていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「法」は当用漢字になりました。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「法」が収録されていたので、「法」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「灋」は子供の名づけに使えなくなりました。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「灋」は、JIS第4水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が0回で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区はありませんでした。この結果、旧字の「灋」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「法」に加え、旧字の「灋」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「法」はOKですが、旧字の「灋」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


三省堂辞書の歩み 博物辞典

2016年 5月 25日 水曜日 筆者: 境田 稔信

三省堂辞書の歩み 第51回 博物辞典

博物辞典

昭和13年(1938)2月15日刊行
藤本治・岡田弥一郎・三輪知雄編/本文895頁/菊判(縦226mm)


左:【博物辞典】1版(昭和13年)
右:【本文1ページめ】(クリックで拡大)

 明治以降、昭和初期(戦前)まで「博物」は小・中学校で教科のひとつだった。それ以前は、奈良時代に中国から伝わった「本草学」があり、江戸時代に盛んとなっている。

 「博物」は「博物学」の略で、『大辞林』第三版によると、
「自然物、つまり動物・植物・鉱物の種類・性質・分布などの記載とその整理分類をする学問。特に、学問分野が分化し動物学・植物学などが生まれる以前の呼称。また、動物学・植物学・鉱物学などの総称。自然誌。自然史。ナチュラル-ヒストリー。」

 日本における博物学の辞典は、以下のものが出版された。

  『博物新辞典』三余学寮編、田中宋栄堂、明治14年(1907)
  『博物学辞典』東京理科学会編、水野書店、大正元年(1912)
  『博物辞典』畠山久重著、科外教育叢書刊行会、大正7年(1918)
  『博物辞典』伊藤武夫ほか著、弘道閣、昭和7年(1932)

 本書は、中等教育に関する博物学の全般にわたる1万5000語余りを収録し、既刊の博物辞典を質・量ともに凌駕したものである。そして、これ以降に博物学の総合的な辞典は出版されていない。


カラー図版「園芸植物」

 編者は、藤本・岡田が東京高等師範学校教授の理学博士、三輪が東京文理科大学助教授だった。序文には、22人の協力者が挙がっている。

 見出しは発音仮名遣いとし、歴史的仮名遣いはルビで示された。動植物の学名はイタリック体になっている。

 既刊の辞典は4冊とも縦組だが、本書は欧文が頻出するため横組で、活字の大きさは6ポイントしかない。本文の途中にはカラー図版や写真などが別紙で39頁入っている。

 附録は184頁あり、詳細は以下のとおり。

  「植物分類表」12頁、「動物分類表」5頁、「鉱物分類表」3頁
  「火成岩分類表」1頁、「地質時代的分布表」4頁、「地質時代区分表」8頁
  「学校及び研究所」2頁、「学会・学術団体」2頁
  「雑誌・報告書」8頁、「参考書」15頁
  「全国高山植物採集一覧」6頁、「天然記念物指定に依る植物採集禁止地」3頁
  「欧文索引」81頁、「動植物名漢字索引」30頁

 本文の内容もさることながら附録の充実ぶりを見ると、むしろ大学生以上の研究者を対象にしたような印象があり、書名を「大辞典」にしてもよかったと思えるほどである。

●最終項目(画像はクリックで拡大)

●「猫」の項目

●「犬」の項目

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【筆者プロフィール】

境田稔信(さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

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【編集部から】

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目(これらの項目がないものの場合は、適宜別の項目)を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2または第3水曜日の公開を予定しております。


絵巻で見る 平安時代の暮らし 第49回 『年中行事絵巻』巻十「女踏歌」を読み解く

2016年 5月 21日 土曜日 筆者: 倉田 実

第49回 『年中行事絵巻』巻十「女踏歌」を読み解く

場面:女踏歌(おんなとうか)で妓女が舞うところ
場所:平安京内裏の紫宸殿南庭
時節:1月16日

(画像はクリックで拡大)

建物:Ⓐ御階 Ⓑ紫宸殿 Ⓒ南庭 Ⓓ左近の桜 Ⓔ右近の橘 Ⓕ高欄 Ⓖ南簀子 Ⓗ半畳 Ⓘ筵道
装束:①笏 ②緌の冠 ③太刀 ④櫛 ⑤扇 ⑥畳紙
人物:[ア]束帯姿の文官 [イ]近衛府の武官 [ウ][エ]唐装束の舞妓 [オ]舞の師か

絵巻の場面 前回に続いて、女舞の様子を見ることにします。今回は、女踏歌といい、正月十六日の「踏歌節会(せちえ)」として行われました。

 踏歌とは、集団で大地を踏み鳴らして歌い舞う儀礼を言います。中国から伝えられて、日本の歌垣(うたがき)という男女が集団で歌を詠み交わし、舞踏などをして楽しんだ行事と結びついたものとされています。奈良時代から行われ、当初は男女の別がありませんでしたが、平安時代になって女踏歌だけになり、さらに十四日に男踏歌もされるようになりました。しかし、男踏歌は十世紀後半に廃絶し、以後は女踏歌だけになっています。

 なお、十一世紀初頭に成立した『源氏物語』に男踏歌の様子が語られていますが、それは物語が十世紀初頭あたりに時代設定をしたためで、紫式部は何らかの記録によって語っていることになります。

女踏歌の場と時間 最初に、女踏歌の場と時間を確認しましょう。画面には十八級のⒶ御階が描かれていますので、Ⓑ紫宸殿のⒸ南庭で行われたことが分かりますね。画面右には、Ⓓ左近の桜、左側はⒺ右近の橘でした。これは南面する天皇から見ての左右でしたね。紫宸殿はⒻ高欄からⒼ南簀子までしか描かれていませんが、この奥には天皇が出御(しゅつぎょ)していて、王卿(おうけい。親王や公卿)が控えました。

 紫宸殿の床下にはⒽ半畳が敷かれ、東側には儀式の進行役となる二人の[ア]束帯姿の文官が①笏を手にして坐っています。この二人は弁官・少納言・内記(中務省の官人)などの身分で、西側は蔵人所の官人が坐りました。桜の木の下にいるのは、②緌の冠で③帯剣していますので、[イ]近衛府の下級武官でしょう。

 この場面の時間は、松明などが描かれていませんので昼間と思われるかもしれません。しかし、当時の記録を調べてみますと、平安時代初期には夕刻ころに終わっていますが、中期以降は、夕刻から始まって照明が用意されていますので、昼間ではないことになります。篝火や松明などは、この画面で描き忘れたのでしょうか。

女踏歌の次第 続いて儀式の次第を確認しましょう。天皇の紫宸殿出御から始まります。王卿が参入して昇殿し、御膳が供されて、三献となります。一献で国栖(くず。大和国吉野群国栖地方の住人)が承明門(じょうめいもん)の外で歌笛を奏します。二献で御酒勅使(みきのちょくし)が天皇から御酒を賜った旨を伝え、三献で雅楽寮の楽人が承明門内側で立楽(立ったままでの奏楽)を奏します。そして、舞妓による踏歌となります。

舞妓たち それでは踏歌の様子を見てみましょう。[ウ]舞妓たちは、前回と同じく内教坊の妓女たちのほか、中宮や東宮に属する女蔵人(にょくろうど。下臈の女官)などが当たりました。女踏歌では四十人が選ばれたようです。舞用の唐装束で、髪上げして④櫛を挿し、右手に⑤扇、左手には薄様を重ねた⑥畳紙をかざしています。舞の列から外れている二人の女性は、[オ]舞の師と思われます。

 舞妓たちは、控室となった校書殿(きょうしょでん)の西側を通って、南端の月華門(げっかもん)から南庭に入ります。今回の線描では割愛しましたが、原典ではこの参入の様子が描かれています。南庭からは、いったん南行してから向きを変えて北行し、御階の前に到りました。画面で上半身だけ描かれる[エ]舞妓は、南行しているところになります。

 画面には、「口」の字形のⒾ筵道が敷かれ、その上を舞妓たちが舞いながら右回りに歩を進めています。『中右記』と呼ばれる平安時代後期の日記には、その様子を「厳霜ヲ踏ムガゴトシ」と記しています。着実に地を踏みしめている様子が彷彿としますね。

 踏歌は、三周するのが作法でしたので、画面を見るかぎり、そのまま回り続けたように見えます。しかし、『江家次第(ごうけしだい)』という有職故実書には、舞妓たちは二列に分かれて進み、大輪を描くように一周した後に、再び分かれて南行してから北行して回ると記されています。図は、これとは違った回り方になるようです。

 舞が終わりますと舞妓たちは校書殿東側に整列し、歌を唱えました。この折の歌詞は、天皇在位を延ばし、豊年を祈る漢詩で、音読しました。その合間に「万年阿良礼(よろずよあられ)」という囃しを入れたので、踏歌のことを「あられはしり」とも言いました。

 唱歌してから南庭を退出し、中宮のもとで饗応され、禄をもらいました。

 早くに廃絶した男踏歌は、宮中での踏歌が終わってから、京内の主要な邸宅を回りましたが、女踏歌ではそれがありません。ここが大きな違いとなっています。

画面の意義 最後に画面の意義について触れておきます。正月には三節(みおり)といって、「元日節会」「白馬節会(あおうまのせちえ)」「踏歌節会」という公式の饗宴が行なわれました。踏歌節会は重要な儀礼であったわけです。ですから、女踏歌がこうして描かれたのは、他に例がないので、きわめて貴重なのです。

 なお、踏歌節会は断続的に明治初期まで続きました。現在では、宮中のほかに奈良の興福寺、名古屋の熱田神宮、大阪の住吉大社などでも行われていますので、往時を偲ぶことができます。

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【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:須貝稔(すがい・みのる)
※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。次回も、引き続き『年中行事絵巻』を見て参りましょう。どうぞお楽しみに。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
全国高校からの推薦数NO.1の学習用古語辞典『三省堂 全訳読解古語辞典』〈第四版〉では、ワイドな絵巻型の図版と絵解き式のキャプションを採用。文章からだけでは想像しにくい時代背景や古典常識などを、絵を通して、より具体的に深く学ぶことができます。

 

 

 

タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(14)

2016年 5月 19日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第18回

菊武学園タイプライター博物館(13)からつづく)

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」

菊武学園タイプライター博物館には、「Pittsburg-Visible Model No.10」も展示されています。ペンシルバニア州キタニングのドーアティー(James Denny Daugherty)が、1898年から1908年頃にかけて製造したタイプライターで、フロントストライク式と呼ばれる印字機構が画期的です。「Pittsburg-Visible Model No.10」の特徴は、キーボードとプラテンの間に配置された40本のタイプ・アーム(type arm)にあります。

タイプ・アームは、それぞれ対応するキーにつながっています。キーを押すと、プラテン側を支点として、タイプ・アームの先(キーボード側)が持ち上がり、プラテンの前面めがけて打ち下ろされます。タイプ・アームがプラテンに到達する直前に、インク・リボンが下からせりあがって来ます。タイプ・アームの先には、活字が2つずつ付いていて、通常の状態では小文字が、プラテンに挟まれた紙の前面に印字されます。キーを離すと、タイプ・アームとインク・リボンは元の位置に戻り、紙の前面に印字された文字が、オペレータから直接見えるようになります。それが「Visible」の意味するところであり、打った文字がすぐ読める、というのがフロントストライク式の売りなのです。

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」のキーボード

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」のキーボード

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。両端には「SHIFT」と書かれたキーがあり、これを押すと大文字が印字されるのですが、「SHIFT」キーと書かれているにもかかわらず、プラテンが移動(シフト)するわけではありません。「SHIFT」キーを押すと、タイプ・アームとキーボード全体が少し手前に傾き(動画)、プラテンとの相対的な角度が変わることで、大文字が印字されるのです。ただ、その結果「SHIFT」キーが非常に重い、という問題がありました。

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」前面

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」前面

この重い「SHIFT」機構を正常に動作させるために、「Pittsburg-Visible Model No.10」は、頻繁にメンテナンスをおこなう必要がありました。また、フロントストライク式そのものは良いアイデアだったのですが、結果として、複数のタイプ・アームが印字点でひっかかってしまう(いわゆるジャミング)現象が多発しました。結局、ドーアティーは、ピッツバーグ・ライティング・マシン社の株式と、フロントストライク式タイプライターに関する特許を、ユニオン・タイプライター社に売却し、自身もユニオン・タイプライター社で開発を続けることになるのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「絃」と「弦」

2016年 5月 12日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第111回 「絃」と「弦」

旧字の「弦」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「絃」は人名用漢字なので、やはり子供の名づけに使えます。旧字の「弦」は、弓に張る「弦」を意味する漢字で、漢の時代より前から使われていた古い漢字です。一方、新字の「絃」は、琴や琵琶など楽器の「絃」を表すために「弦」から分かれた漢字ですが、せいぜい晋の時代(三世紀頃)までしか遡ることができません。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、新字の「絃」と旧字の「弦」の両方を含む2528字が収録されていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「絃」と旧字の「弦」の両方が含まれていました。

ところが、昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表には、旧字の「弦」は含まれていたものの、新字の「絃」は含まれていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「弦」は当用漢字になりました。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「弦」が収録されていたので、「弦」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「絃」は子供の名づけに使えなくなりました。

昭和31年7月5日、国語審議会は同音の漢字による書きかえを報告しました。当用漢字表にない漢字を、当用漢字表の同音の漢字に書き換える、というもので、その一つとして、新字の「絃」を旧字の「弦」に書き換えることが推奨されていました。これにより、たとえば「管絃楽」という熟語も、「管弦楽」に書き換えられることになりました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表には、旧字の「弦」を含む1945字が収録されていました。新字の「絃」は含まれていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、旧字の「弦」は常用漢字になりました。しかし、新字の「絃」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれませんでした。

平成元年2月13日に発足した民事行政審議会では、人名用漢字の追加が議論されました。法務省民事局が全国の市区町村を対象におこなった調査(昭和63年5月)で、200以上の漢字が人名用漢字の追加候補として挙がっており、その中に新字の「絃」も含まれていました。調査における「絃」の出現順位は、195位でした。人名用漢字にどの漢字を追加すべきか決めるために、審議会委員28人は2回の投票(複数の漢字に投票可)をおこないました。「絃」は1回目の投票で7票、2回目の投票で5票を集めました。

民事行政審議会は平成2年1月16日、新たに人名用漢字に追加すべき漢字として、「絃」を含む118字を法務大臣に答申しました。平成2年3月1日、戸籍法施行規則が改正され、これら118字は全て人名用漢字に追加されました。この戸籍法施行規則は、平成2年4月1日に施行され、新字の「絃」が子供の名づけに使えるようになりました。それが現在も続いていて、「絃」も「弦」も出生届に書いてOKなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


古語辞典でみる和歌 第24回 「あかねさす…」

2016年 5月 10日 火曜日 筆者: 古語辞典編集部

古語辞典でみる和歌 第24回

あかねさす紫野(むらさきの)行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖(そで)振る

出典

万葉・一・二〇・額田王(ぬかたのおほきみ)

(あかねさす)紫草を栽培している野を行き、御料地の野を行って、野の番人は見ているのではないでしょうか、あなたが(あっちへ行き、こっちへ行きして)袖を振るのを。

技法

「あかねさす」は「紫」の枕詞。

参考

「紫野」は染料をとるための紫草を栽培した野で、そこは「標(しめ)」を張って一般の立ち入りが禁止された「標野」であった。題詞に「天皇、蒲生野(かまふの)に遊猟(みかり)する時に額田王の作る歌」とあり、近江国(おうみのくに)の蒲生郡の野であり、山城国の紫野とは別の地。

(『三省堂 全訳読解古語辞典〔第四版〕』「あかねさす…」)

今回は、『万葉集』から、天智天皇の時代の五月五日(旧暦)に詠まれた歌を取り上げました。

『全訳読解古語辞典』で「袖振る」という見出しを引くと、以下のようなコラムが付いています。

[読解のために]「袖振る」が合図となるときの意味とは
袖を振って、愛の思いを伝えることは、上代だけではなく、平安時代においても同様であった。『源氏物語』〈紅葉賀〉において、光源氏は「青海波」を舞いながらそれとなく個人的思いを藤壺(ふじつぼ)に向かって発している。「もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の袖うちふりし心知りきや」([訳]もの思いの苦しさに、立って舞うことなどできそうにないこの身ですが、袖を振って舞った意味がおわかりになりましたか。)

「袖を振る」という表現の例は、『三省堂 全訳読解古語辞典』768p「づ(出)」(=「いづ」の短縮形」)の例文でも見られます。

「恋しけば袖も振らむを武蔵野のうけらが花の色になゆめ」〈万葉・一四・三三七六〉[訳]恋しかったなら(私が)袖を振ってあげますから、武蔵野(むさしの)のうけらの花のように(人目につくように)顔色に出さないでくださいよ、きっとですよ。

◆三省堂 創作和歌コンテストについて

弊社では、昨年度に引き続き「三省堂 高校生創作和歌コンテスト」を実施することになりました。本年度の歌題は「題詠 袖」です。ふるってご応募ください。以下のバナーから、昨年度の受賞作品などがご覧いただけます。

創作和歌コンテスト結果発表バナー

 

三省堂の学習用古語辞典

三省堂 全訳読解古語辞典
高校からの推薦数No.1の古語辞典。授業から入試まで、古典学習のポイントがひと目でわかる。最新版の「第4版」では、好評のコラム「読解のために」約570項目が全面リニューアル。

 

三省堂 詳説古語辞典
学習用古語辞典最大クラスの4万1千語を収録。表にまとめられた文法項目、最重要語のアプローチ欄、訳出の要点に付けられたポイントラベルなど、従来の上級向け古語辞典には無かった、親切でわかりやすい解説が盛りだくさん。


学会情報:第49回語彙・辞書研究会

2016年 5月 2日 月曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

第49回 語彙・辞書研究会 研究発表会のお知らせ

語彙・辞書研究会の第49回研究発表会が下記の通り開催されます。

日時:2016年6月11日(土) 13時15分~17時
場所:新宿NSビル 3階 南3G会議室
(新宿区西新宿2-4-1 新宿NSビル3階) 電話03-3342-4920

[研究発表]
  • シャルコ・アンナ(早稲田大学大学院 博士課程)
    • 日露戦争期の敵対関係が生み出した語彙
      ―「征露丸」と「露助」を中心に―
  • 鄒 文君(立教大学大学院 博士課程)
    • 和製漢語における音読みの造語法をめぐって
      ―「成り果て」から漢語「成果」へを例として―
[講演]
  • 靏岡昭夫(山口大学名誉教授)
    • 日本古典漢語の語彙

参加費:1,800円(会場費・予稿集代等を含む)。
ただし、学生・院生は1,200円。
* 事前のお申し込みは必要ありません。当日、会場受付にてお手続きください。
* 研究会にご参加なさらずに予稿集のみをご希望の方は、事務局にご連絡ください。
(事務局) 〒101-8371 東京都千代田区三崎町2-22-14
三省堂出版局内 語彙・辞書研究会事務局(山本・荻野)

詳しくは、語彙・辞書研究会のウェブサイト(http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/goijisho/index.html)をご覧ください。


日本語・教育・語彙 第7回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(2):「静かな住宅街」をめぐって

2016年 4月 29日 金曜日 筆者: 松下達彦

第7回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(2):「静かな住宅街」をめぐって

 前回は「日本語ブームの気持ち悪さ」というサブタイトルで、日本語ナショナリズムをめぐる論点として「正しさ」「美しさ」とは何かということ、暗誦教育の問題点、日本語力衰退の処方箋、古典的教養とは何か、という四つの論点を挙げた。まずは「正しさ」から攻めてみたい。

 「正しさ」とは何だろうか。一般的には倫理的に間違っていないとか、法を犯していないといったことのように思われる。justiceは正義と訳されることが多いが、正義といえば、平等などの人権思想を表す概念ではないかと思う。社会言語学や文法論では言語の規範について数多く論じられているが、少なくとも日本語に関しては、法によって規範的だと定められている言語体系はない。戸籍法の施行細則に規定されている人名用漢字を除けば、言語使用に制限はないように思われる。常用漢字のように内閣告示で示されているものや、文化審議会国語分科会(以前の国語審議会に相当)の答申などもあり、マスメディアがそれぞれ定めている表記やことば遣いの規範などもあるが、例えばそれを破ったからといって罪に問われることはない。

 

 では、ことばについての「正しさ」とは何だろうか。私は一言でいえば「意図したとおりに通じる」ということと「受け手の気分を害さない」の二つで、ほとんど説明できると考えている。この二つは、言語の機能を二分する場合に言われる指示的機能[referential function]と感情的機能[emotive function](Ogden & Richards, 1923)とも対応する。

 「意図したとおりに通じる」ことには、実はいくつかのレベルがある。例えば「月曜日」のことを「火曜日」と言えば、待ち合わせには失敗するはずである。その意味では「月曜日」は「月曜日」であり、ほかの曜日ではありえない。月曜日というのは1週間の7日間のうち、日曜日の次の日であるということを了解しているからこそ、通じる概念である。カレンダーが存在し、それを社会で共有しているから通じるのである。日本語に規範を定めた法律はないと書いたが、実は学校教育によってある程度言葉の規範は作られ、受け継がれており、辞書や文法書にも言葉の規範は記述されている。

 では、「閑静な住宅街」を「静かな住宅街」と表現したらどうであろうか。「閑静」はgoo辞書(デジタル大辞泉)では「もの静かで、落ち着いたさま」と説明されている。「閑静な」はいろいろある「静かな」状態の一種であろう。言語学では、このような場合、「静かな」は「閑静な」の上位語であるというが、要は「静かな」は「閑静な」の意味の一部を表現していると言えるだろう。日本語教育の観点からは、「閑静な」は上級レベルの低頻度語であり、「静かな」は初級レベルの高頻度語である。「静かな」を知っていても「閑静な」を知らない学習者は多い。

 しかし、例えば「(この辺は)静かな住宅街です」と表現されれば、多くの場合、言葉の受け手は「静かで」「落ち着いた」「住宅街」すなわち「閑静な住宅街」という意味に理解するであろう。つまり言葉の送り手は意図したとおりに意味を伝えられる。一般的に「静かだが落ち着かない住宅街」というのは想定しにくいであろうし、「閑静な住宅街」が決まった表現としてよく使われるため「静かな」と言われたら「閑静な」を連想するということもあるからである。

 言語教育では、「静かな」のような語は他の多くの概念を表現するのに必要な基礎語で、「閑静な」「静粛な」などの多くの類義語の中心にあるプロトタイプ的な語と呼ばれ、使用頻度も高く、先に学ばれるべきだとされる。

 「閑静な」のような語は、洗練された[sophisticated]語と言い、頻度も基礎語よりは下がる。意味的にも基礎語に何か特別なニュアンス(この場合は「落ち着いた」)を加えた語であることが多い。知らないよりは知っているほうが良い。しかし、知らなければ生きていけないかと言えば、そうでもない。相対的な重要度は下がる。

 ことばの正しさをめぐる議論に立ち戻って言えば、「閑静な住宅街」を「静かな住宅街」としか言えなかったとしても、それを誤りだというのは言い過ぎであろう。ほぼ送り手の意図したとおりに理解されるだろうから。多くの日本語教師は、基礎語彙を駆使して難しいことを表現できる学習者に出会ったことがある。かなり多くのことは基礎的な語の組み合わせで表現できるのである。

 昔、中国に留学していたとき、「かなづち」を表す中国語を知らず、宿舎の管理人に「くぎを打つ道具」を貸してください、と言ったら「かなづち」が出てきた。「かなづち」は上級で「くぎ」は中級、「打つ」「道具」は初級語彙である。言語を学ぶときに初級レベルの基礎語彙が重要なわけである。

 

参考文献

Ogden, C.K. and Richards, I.A. (1923). The Meaning of Meaning. New York: Harcourt, Brace and World. (石橋幸太郎訳『意味の意味』新泉社)

 

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【筆者プロフィール】

松下達彦(まつした・たつひこ)
『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』東京大学グローバルコミュニケーション研究センター准教授。PhD
研究分野は応用言語学・日本語教育・グローバル教育。
第二言語としての日本語の語彙学習・語彙教育、語彙習得への母語の影響、言語教育プログラムの諸問題の研究とその応用、日本の国際化と多言語・多文化化にともなう諸問題について関心を持つ。
共著に『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』(凡人社 2007)『日本語学習・生活ハンドブック』(文化庁 2009)、共訳に『学習者オートノミー―日本語教育と外国語教育の未来のために』(ひつじ書房 2011)などがある。
URL:http://www17408ui.sakura.ne.jp/tatsum/
上記サイトでは、文章の語彙や漢字の頻度レベルを分析する「日本語テキスト語彙分析器 J-LEX」や、語彙や漢字の学習・教育に役立つ「日本語を読むための語彙データベース」「現代日本語文字データベース」「日本語学術共通語彙リスト」「日本語文芸語彙リスト」などを公開している。

【編集部から】

第二言語としての日本語を学習・教育する方たちを支える松下達彦先生から、日本語教育全般のことや、語彙学習のこと、学習を支えるツール……などなど、様々にお書きいただきます。
公開は不定期の金曜日を予定しております。


タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(13)

2016年 4月 28日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第17回

菊武学園タイプライター博物館(12)からつづく)

菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)

菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)

菊武学園タイプライター博物館には、「Hammond No.1」がもう1台、展示されています。オリジナルの「Hammond No.1」とほぼ同一の機構ですが、タイプ・シャトルを収めた円筒やペーパー・ホルダーが金属製になっていて、動作の様子を外から見ることができるのです。中央の円筒内部に2枚のタイプ・シャトルが組み込まれている点は同様で、各々のタイプ・シャトルには15行×3列=45字の活字が埋め込まれています。菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)のタイプ・シャトルでは、上の列には英小文字と?,.:が、真ん中の列には英大文字と!;-&が、下の列には数字とその他の記号が、それぞれ埋め込まれています。

菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)のキーボード中央部

菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)のキーボード中央部

菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)のキー配列は、左上段がzqjbpfd、左下段が?xkgmcl,、右上段がthrsuwv、右下段が.aeiony:と並んでいます。各キーを押すと、対応するタイプ・シャトルが紙の方へと回転移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれます。中央の「CAP.」キーを押すと、タイプ・シャトルが少し上がって、真ん中の列の活字(英大文字など)が印字されるようになります。「FIG.」キーを押すと、タイプ・シャトルがさらに上がって、下の列の活字(数字とその他の記号)が印字されるようになります。これにより、90種類の文字を打ち分けることができるのです。

菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)のキーボード左端

菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)のキーボード左端

一部のキーには、記号が追加されています。たとえば、Bのキーには「1/8」に加えて「+」が刻印されていますし、Jには「3/8」に加えて「×」が、Qには「5/8」に加えて「÷」が、!には「3/4」に加えて「=」が、Xには「7/8」に加えて「@」が、Kには「1/2」に加えて「#」が、それぞれ刻印されています。これら「+」「×」「÷」「=」「@」「#」は、エキストラ・タイプ・シャトルの下の列に埋め込まれている活字です。通常のタイプ・シャトルでは、「FIG.」キーで分数が印字されるのですが、エキストラ・タイプ・シャトルに交換すると、「+」「×」「÷」「=」「@」「#」が印字されるのです。右端のキーにも、同じように記号が追加されていて、左右のタイプ・シャトルをそれぞれ独立に交換することで、これらの追加文字も印字できるのです。

菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)のキーボード右端

菊武学園の「Hammond No.1」(remodeled)のキーボード右端

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


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