『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(20)
2010年 2月 9日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子(20) 藤原斉信(ただのぶ)と清少納言の交流
藤原斉信は、中関白家の政敵となった道長についた人物ですから、定子後宮の女房である作者にとって扱いにくい対象だったに違いありません。そんな彼が『枕草子』に何度も取り上げられる理由は、彼を登場させることで、喪中で色を失った定子周辺に彩りを与えるためだったと前回書きました。斉信の登場場面をもう少し詳しく見ていくと、そこに必ず定子の存在を見つけることができます。作者は斉信を描きながら、女房たちと共に斉信を讃える定子を描いているのです。
作者が女房の役目として、定子サロンを宣伝しようと意図していたことは当然、考えられます。ただ、それとは別に、作者個人の宮廷生活の記念として斉信との交流を記したのではないかとも思います。中関白家にとっては敵方だったとしても、斉信は十分に描き甲斐のある外見と教養を兼ね備えた当代きっての上流貴族です。一方の清少納言は、本来、宮中に出入りすることのない受領階級の娘です。そんな自分が斉信と対等にわたりあっていることを作者が誇らしく思うのも無理はないでしょう。前回扱った「故殿の御服のころ」の段の後半からは、そのような作者の気持ちが垣間見られるように思います。
それは定子が太政官朝所(あいたどころ)で過ごした七夕の折のことでした。斉信と共に源宣方(のぶかた)、源道方(みちかた)などが訪れ、女房たちが応対しているとき、清少納言がいきなり「明日はいかなる事をか」と問いかけました。すると、斉信がすぐさま「人間の四月をこそは」と答えたのです。その場に居合わせた者は誰一人、斉信と清少納言の応酬の意味がわかりません。もちろん読者にもさっぱり分からないことを見越し、作者はその種明かしを始めます。
四月の初め頃、内裏の細殿に女房たちが詰めていたときのことです。殿上人が多数訪れ、少しずつ退出していって、斉信と宣方と蔵人一人だけがその場に居残り、夜明け近くになりました。そろそろ退出しようということで、斉信が「露は別れの涙なるべし」という菅原道真の詩を詠じ、宣方も共に見事な朗詠を披露しました。ところが、その詩が織姫と彦星の別れの朝を詠んだ内容だったため、清少納言に、「いそぎける七夕かな」と皮肉られてしまったのです。せっかく折に合った詩を詠じたと思ったのに季節違いを指摘された斉信はとても悔しがりました。その後、清少納言は七夕の折に、この事をもう一度持ち出してやろうと待ち構えていたのですが、斉信もそれをしっかり記憶していました。そこで、この時、「(七夕の)次の朝、あなたはどんな詩を朗詠しますか」という清少納言の問いかけに対して、斉信が、「(今度は七夕に)『人間の四月』(で始まる四月)の詩を詠じよう」と応じたのでした。
作者は斉信の答えに満足し、その記憶力の良さを讃えます。話はさらに続き、斉信と清少納言が男女の恋愛関係を囲碁の用語で表現する隠語を作り、日頃用いていたことが書かれます。たとえば、親密な関係になったことを、碁で相手に先に何目か置かせることを意味する「手ゆるしてけり」とか、終局に近づいて先手を次々に打つ意味の「結さしつ」という言葉を使って表現するという具合です。
斉信と自分だけに通じる言葉を使っていたことは、定子サロン女房としての枠を越え、上流貴族に存在価値を認められたという清少納言個人の満足感となったことでしょう。では、作者は自己満足のためにこのような章段を記したのでしょうか。否、そんな単純な理由からだけでもないようです。
この章段には、実は大きな問題があります。話の途中で斉信が頭中将から宰相に昇進したことが記されているのですが、その年代がどう考えても歴史的事実と食い違うのです。くわしいことは次回お話ししますが、この章段が作者の個人的な思い出を綴ったような内容になっているのは、定子周辺に起こった重大事件に関わる年代を扱っていたためだと考えます。つまり、本来、『枕草子』のテーマである定子後宮をそのまま描くことが難しい歴史的時期を扱う際に、作者が考え出した工夫だったと見るのです。
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【著者プロフィール】
赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「枕草子研究の動向と展望―年時考証研究の視座から―」(『十文字学園女子短期大学研究紀要』2003年12月)、「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)など。
【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)
ドイツの食材―ニワトコ―
2010年 2月 8日 月曜日 筆者: 石井 正人クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(79)
翻訳をしていて面倒なことの一つに、植物の名前がある。ピタリと対応する日本名がないことが多く、かといって正確なだけの学名では感興がそがれる。その昔さるフランス文学の大家は、小説を翻訳していて知らない植物が出てくると、何でも「ニワトコ」と訳したと、大先輩のI先生からうかがったことがある。日本語を壊さないで、ヨーロッパ風の雰囲気だけあれば良いというなら、これはこれである時代には巧いやり方であったと言えるだろう。良心的だとは決して言えないが。
さてそのHolunder「ニワトコ」であるが、以前にはドイツのどの農家の庭にも一本はあって、春に咲く花からも、秋になる実からも、美味しいジュースやジャムを手軽に作ったものだそうである。特に美味しいのは、花から作るシロップである。
春になると、散房花序というのだそうだが、コデマリのように、ニワトコには小さな白い花が房のように固まって咲く。この花を房ごと摘んできて、濃いレモネードに漬けておく。1週間ほどでさわやかな香りがレモネードにうつるので、炭酸水でわって飲む。スイカズラの仲間なので、蜜が甘く、何よりも芳香が特徴である。
こういうものが手作りされなくなったのは日本でもドイツでも事情は似ているらしく、ニワトコ・シロップは季節になると既製品を売っている。
驚いたことに、このニワトコの白い花をテンプラにして食べるという。砂糖を入れて水でといた小麦粉のころもをつけて、さっと油で揚げる。なるほどさわやかなニワトコの香りが楽しめる。まあ、大葉や三つ葉のテンプラと言ったところで、香りを楽しむ箸休めである。ただニワトコも「接骨木」という名の立派な漢方薬だから、副作用もあり、花のテンプラも食べ過ぎるとおなかを壊すそうだ。
ライン河畔の広々とした緑地帯に、何十本というニワトコが大きく茂り、特に注目されるでもなく、地味な花を満開にさせていたのを思い出す。すばらしく天気の良い春の昼下がり、若い母親が小さな娘を連れ、娘に持たせた大きなカゴの中に、ニワトコの白い花を摘みたいだけ摘み取って集めていた。たっぷりとシロップができたことだろう。
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【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第76回 異人たち(上)
2010年 2月 7日 日曜日 筆者: 定延 利之異人たち(上)
「発話キャラクタを論じるのに、「品」「格」「性」「年」という4つの観点だけでは足りないのでは?」という疑問は、これまで(第73回・第74回・第75回)とはまた違った意味合いで発せられることがあるかもしれない。
それは、「まろは~でおじゃる」としゃべる『平安貴族』キャラや「ワカリマセーン」としゃべる『欧米人』キャラ、「おら、わがんね」としゃべる『田舎者』キャラ、「弁護士がニャ、財産をニャ、…」としゃべる『ネコ』キャラ、「ウソだぴょーん」などとしゃべる『ぴょーん人』キャラなどは、「品」「格」「性」「年」のどれの値をどう指定したところで、出てこないのではないかという疑問である。たとえば、『平安貴族』と『ネコ』の違いが「品」「格」「性」「年」の違いとは思えない、両者の違いを語るには「品」「格」「性」「年」以前に、そもそも「生物としての種」のような観点が必要ではないのかという疑問である。
まったくその通りである。いままで断るひまがなかったが、これを機会に言わせてもらおう。「品」「格」「性」「年」という4つの観点では、発話キャラクタのうち、これまで述べてきた以上にかぎられた発話キャラクタしかとらえられない。『平安貴族』『欧米人』『田舎者』『ネコ』『ぴょーん人』などはすべてとらえられませんごめんなさい。
それなら「品」「格」「性」「年」という観点を持ち出したのはなぜかというと、「発話キャラクタ」は2つのタイプに区別することが可能であり、またその区別は必要だと思うからである。『平安貴族』『欧米人』『田舎者』『ネコ』『ぴょーん人』などは、このうち1つのタイプに属する。そして「品」「格」「性」「年」という4つの観点は、もう1つのタイプをとらえるためのものである。
これら2つの発話キャラクタのタイプを分けることが可能であり、必要だというのは、これらは「発動のされ方」「あり方」「しゃべることば」が違っているからである。まず「発動のされ方」について、具体例から述べよう。
たとえば、電話で友人に「やれやれ、これから長い会議の司会でおじゃるよ」と、ふざけて『平安貴族』キャラでこぼしていた人が、そのまま会議場でも「では皆さん、会議を始めるでおじゃる」などと『平安貴族』キャラで通すとはふつう考えられない。ふつうは「えー、ではそろそろ会議を、おー始めさせていただきます、スー」のように、「本来」の発話キャラクタ(とここでは便宜上言っておく)を発動させてしゃべるだろう。
つまり私たちが発話キャラクタを発動させる実態を考えてみると、そこには「本来」的な発動と、そうでない「臨時」的な発動がある。
たとえば、或る若者は、「本来」の『若者』っぽい発話キャラクタを発動させてしゃべりながら、時に遊びの文脈などで「臨時」的に、「まじめじゃからのぅ」のように『老人』っぽくしゃべったり、「明日も会議でおじゃるよ」のように『平安貴族』っぽくしゃべったりするかもしれない。このうち、『老人』っぽいしゃべり方とは、別人(たとえば或る老人)にとっては「本来」的なものかもしれない。ところが、『平安貴族』っぽい発話キャラクタの発動を「本来」的な発動とする人はいない。『平安貴族』だけでなく、『欧米人』『田舎者』『ネコ』『ぴょーん人』といった発話キャラクタは、「臨時」的に発動されることしかなく、ずっとそれで通されはしない。(つづく)
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【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第85回
2010年 2月 6日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第85回「もてなしの方言(長野・新潟/落穂ひろい)」
JRグループが各地の観光関係者と協力して進めている「デスティネーションキャンペーン」。2010年の今年一年は、新潟県から長野県へ、バトンが渡ってきました。昨秋から、前ぶれとしてのチラシを見かけるようになり、年が改まってからは、駅構内のPRを見ると、いよいよ力が入ってきた感じがします。
そこで、JR線の各駅をフィールドワークの対象にし、さらに地域の観光案内パンフレット等を集めてみました。
| 1 | おいでなして | 長野市 | 長野 |
| 2 | おでやれ | 長野市鬼無里 | |
| 3 | *ちょっ蔵おいらい館 | 長野市 | |
| 4 | ※歩いてみましょ | 松本市 | |
| 5 | 来てくんないね | 上越市直江津 | 新潟 |
| 6 | *キナーレ | 十日町市 |
1「おいでなして 長野」は、ながの観光コンベンションビューローが関係する催しのポスターの壁紙として、使われています。同ビューローでは、PR上、長野市内を善光寺・松代・飯綱・鬼無里・戸隠の5地域に分け、そのブランド化を進めており、2009年は、「鬼無里イヤー」にあわせ、2「おでやれ 鬼無里」をキャッチコピーにしたとのことです。
なお、長野市内には、江戸時代の商家を展示ギャラリーに利用した3「ちょっ蔵おいらい館」(長野市立博物館付属施設)があります。「ちょっとお出でください」の語呂合わせによる命名です。
また、JR松本駅にある駅スタンプを置いた机には、4「さあ、ずくだして歩いてみましょ」の標語を掲げた地図が無料配布でおかれ、松本平の方言も数語紹介されています。「ましょ」は、敬意を込めた勧誘です。(「ずく」は第5回参照)。
5「直江津の祇園祭にも来てくんないね」は、直江津地区連合青年会作成の案内パンフレットに掲げられています。
6「越後妻有交流館キナーレ」は、温泉付観光施設。十日町の方言で、この場所に来てくださいという意味の「来なされ」と、地域の特産品である着物を着てくださいという意味である「着なされ」とをかけて名づけられたそうです。
取り急ぎ第44回の落穂ひろいをしましたが、まだまだ、見つけられそうな気もします。
今年は、ぜひ信州においでなして!
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
人名用漢字の新字旧字:「玻」は常用平易か(第3回)
2010年 2月 5日 金曜日 筆者: 安岡 孝一第53回 「玻」は常用平易か(第3回)
(第2回からつづく)
最高裁への許可抗告
一方、最高裁判所への許可抗告は、過去の最高裁判例に対する違反を理由としてのみ、申立が可能です(民事訴訟法第337条)。ただし、過去の最高裁判例がない場合は、他の高裁判例との矛盾を指摘する、という形でも申立が可能です。そこで、「玻南」ちゃんの両親は、「曽」の最高裁判例(最高裁判所第三小法廷平成15年(許)第37号、平成15年12月25日決定)の解釈において、高裁判例の間で矛盾がある、という点を、許可抗告の申立理由としました。そして、「玻」の高裁決定(名古屋高等裁判所平成21年(ラ)第86号、平成21年10月27日決定)と明らかに矛盾する高裁判例として、「穹」を子供の名づけに認めた高裁決定(大阪高等裁判所平成19年(ラ)第486号、平成20年3月18日決定)を見つけました。
「穹」を認めた高裁決定では、おおむね以下の4つの理由から、「穹」が常用平易な文字だと判断しています。「穹」の画数が8画であり、比較的画数が少ないこと。「穹」が、「穴かんむりに弓」という単純かつ一般的な構成要素からなること。「蒼穹」「天穹」など、比較的使用されることの多い熟語に含まれていること。「穹」が、JIS X 0213の第2水準漢字であること。これら4つの理由から、「穹」はその筆記に格別困難が伴うものでもなく、他者に対する説明や他者による理解も容易であり、さらに、コンピュータによる戸籍事務にも何ら支障をきたすことはないので、「穹」を子供の名づけに使ってよい、と大阪高等裁判所は決定したのです。しかも、この高裁決定を受けて、法務省は平成21年4月30日に戸籍法施行規則を改正し、「穹」を人名用漢字に追加していました。
「玻南」ちゃんの両親は、大阪高裁決定の基準にしたがえば「玻」も常用平易だと判断されるはずだ、と考えました。「玻」の画数は9画で、「王へんに皮」で、「玻璃」という熟語に使われていて、JIS第2水準漢字なのですから。しかも、法制審議会人名用漢字部会の平成16年5月28日会議資料によれば、「穹」は漢字出現頻度数調査の結果が38回で要望法務局数3なのに対し、「玻」は出現頻度51回で要望法務局数4でした。つまり、名古屋高等裁判所で「玻」の即時抗告審が争われている間に、「玻」より頻度も要望も少ない「穹」を、法務省は人名用漢字に追加していたわけです。「穹」が常用平易だと判断されて人名用漢字に追加されたのなら、「玻」が常用平易でないという判断は間違っている、と両親は考え、それをもとに最高裁判所への許可抗告を申し立てたのです。
名古屋高裁の抗告許可
「玻南」ちゃんの両親の許可抗告申立に対し、名古屋高等裁判所は平成21年11月25日、抗告を許可しました。特別抗告は、憲法違反の申立があれば、ほぼ自動的に最高裁判所に送られるのに対して、許可抗告は、決定を下した高等裁判所の許可がなければ、最高裁判所には行けないのです。これで、「玻南ちゃん事件」の特別抗告と許可抗告は、最高裁判所での審理に付されることになりました。そして、現時点では審理が続いています。
(第4回「常用漢字表への追加提案」につづく)
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
間投詞の婉曲表現―『英語談話表現辞典』覚え書き(14)―
2010年 2月 4日 木曜日 筆者: 内田 聖二前回まで数回にわたって強い感情を表す間投詞について述べてきました。軽々に口に出してはいけない神聖な語が口について出てしまうほどの感情を表現するのにキリスト教関連の語が用いられることも説明しました。ただ、あまり使いすぎるとその効果も薄くなり、特に1960年代にヒッピーが出現した頃からさらに強い感情表現として、shitのような排泄に関係する語、fuckのようなセックスにかかわる語が使われるようになりました。(これらの語は典型的に4文字からなることが多いことから四文字語(four-letter word)といわれ、公然と言ってはならないタブー語となっています。)他方、強い間投詞表現を避ける婉曲表現も特に女性などのあいだで使われるようになっています。今回はそのような語句について記述してみます。
本辞典には収録されていませんが、Godの婉曲語にgosh、gollyなどがあります。goshは女性に用いられることが多く、驚きや感嘆の気持ちを伝えます。以下の用例は三省堂コーパスを改変したものです。
1 〈目の前の光景などに感嘆して〉うわー、すごい:Gosh, look at that mountain! Isn’t it beautiful? うわー、あの山を見てごらん、きれいでしょ。
2 〈思い出したことを改めて感嘆して〉そうなんだ、そうさ:She was wearing a red and white polka dot dress. Gosh, she looked gorgeous! 彼女、赤と白の水玉模様のドレスを着てたんだ。そうなんだ、とても素敵だったんだ。
3 〈疑問文などを受けて〉(ここぞとばかりに)そうなのよ、やっぱり(◆よくぞ聞いてくれたという含みがある):《女優がインタビューを受けて》“Do you do your own shopping?” “Oh gosh, yes! I love shopping of any kind!”「買い物はご自分でされますか」「そうなのよ、するわ。どんな買い物も好きなの」/“Where is your favorite holiday destination?” “Oh gosh, I like Paris!”「休暇で行きたいところはどこですか」「そうやっぱり、パリね」
4 〈今まで気がついていなかった事実を指摘されたり思い出したりして〉まさか、そんな:《相手の年齢を知って》What? You? Fifty? Gosh. You don’t look that old. なんですって。あなたが?50歳?まさか、そんな年齢にみえないわ。
gollyは次のように記述してみました。
1 〈強調して〉まったく、ほんとに:《へまをした人に対して》By golly, he’s a complete idiot.まったく、彼はどうしようもないあんぽんたんなのよ。(◆by Godの婉曲表現)
2 〈忘れていたことに気がついて〉うわっ、やばい:“He’s coming to meet you at the station at twelve o’clock.” “Oh, my golly, it’s almost twelve now!” 「彼は12時に駅でと言ってたろ」「うわっ、もう12時だよ」(◆my Godの婉曲表現)
3 〈問いに答えられなくて〉うわっ、あれっ、どうしよう:“How long have you been here?” “Golly, I don’t know.”「ここに来てどのくらいになる?」「うわっ、どうしよう。覚えていない」
4 〈あきれて〉ほんとうに、どうしよう:《忘れ物をして》You know how forgetful I can be. Golly, I’d forget my head if it wasn’t attached to my body.「私って忘れっぽいのよね。ほんとに、体についていなかったら頭だって忘れてしまうかも」
また、geeはJesus (Christ)の婉曲語としておもにアメリカ英語に多くみられます。geeは本辞典で次のように説明してあります。
1 おや, あらまあ, これは驚いた, ええっ, 本当に!:《時間の経つのも忘れて》 Oh, gee! Four o’clock. Two more hours. あら, 4時だわ! あれからもう2時間もすぎたのね。
2 〈相手の注意を引いて〉ねえ, ちょっと:Gee, honey, are these all our own things? ねえ, これってみんな私たちのもの?
3 〈ためらいながら〉うーん, えーと:You might be able to say, gee, you know, we’re thinking about these types, . . . . 君たちは, その…我々がこのようなタイプのものを考えているということはわかるだろう.
いずれもGodやJesusに比べ、柔らかな響きが感じられると思います。
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【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
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【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料で使用できます。
漢字の現在:違う場所での「函」の形
2010年 2月 4日 木曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第57回 違う場所での「函」の形
いつも通り過ぎていた駅がある。沼津、三島と来宮、熱海の間にある「函南」だ。その2字と「かんなみ」という読みを見聞きするに付け、この地名の漢字の表記はどうしてだろう、「なみ」は音読みからかな、訓読みからかな、などとその由来にしばし思いを馳せ、また駅の看板に記された「畑毛温泉」を車窓から撮りながら、「畑」に「毛」が付く理由を想像するくらいだった。
しかし、北海道で一旦、「函」の字の形を気にしだしてから(第48回・第49回)、俄然、この通過駅も気になる存在となった。この区間の正月の東海道本線は、車両が短く、やけに混雑している。降りる人もまばらなその駅に初めて降り立ってみた。
正月だからなのか人の少ない町をカメラ片手に歩くと、古びた看板から「函」という字が目に入り始める。公的な施設では、手書きの看板でも「函」がほとんどであった。その他の既存のパソコンフォントのたぐいを用いた看板や掲示でも、「函」がほとんどである。意識する場面もあるのであろうが、ほとんどは自然にそうなっているのだろう。
そもそも「凾」と中身が大幅に変わればともかく、「函」が了型になろうがなるまいが、一般にはほとんど気にされてこなかった。その証拠に、すでに述べたように「函」にさんずいの付された「涵養」の「涵」は、かの『康煕字典』でも「了型」であった(さらに点々の角度もだいぶ異なる)。「凾」はさすが俗字とされるだけのことはあって、書きやすい了型となって辞書に載っている。
北海道とは、遥かに離れたこの東海の地ではあるが、そこで実際に書かれている字体はやはり揺れていた。とりわけ、「函」と「了型の函」とが併用されている看板が2つあったことが気になった。
「函」は丸ゴシック体というかナール体のような書体で描かれたデザイン文字、「了型の函」は筆字のようだ。なるほど、ここまでの考察に合う基本的ともいえる現象だ。字体の分岐の原因は、もう繰り返すまでもなく、うかがえるであろう。
もう一つの看板は、もはや文字が消え失せそうな古びたものであるが、駅前に立っていた。大きい字がやはり丸ゴシック体というかナール体風のレタリングで「函」、小さい字もナール体風であるが、「了型の函」と分かれている。これは、字体が分かれた原因が判然としない。変字(かえじ)法というには表現意図も感じられず、やや大げさであろう。大きい字であり、かつ1回目なのできちんと書こうとし、2回目は小さい字だし、力を抜いて楽に書いたものが、そのままデザイン文字として残ったということだろうか。
この地では、例えば手紙の住所欄では、どの字体がよく書かれているのだろう。一般的には、めったに使われない「函」の字だが、「函」と「了」型との現れる割合には地域による差があると感じている。学生たちの手書き文字でも地名にこの字を使う地では、「了」型が多い。
地元の表札を含め、日常の中で書かれ、目にするいくつもの了型の「函」を確かめて、駅舎に戻ろうと坂道を登っていたら、子連れのお母さんが、カメラ片手の見知らぬ余所者に、「こんにちは~」と明るく挨拶をしてくれた。何もなさそうな所、と近隣の人たちからもいわれる場所だ。たしかに観光の目玉になりそうなものも特にないような、自然の中の住宅地である。しかし、人々の暮らしは、その地名の字体を変えるほどに確かに息づいていることを感じるには十分な途中下車となった。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「年賀状の「様」にも点々?」でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
国語辞典入門:辞典選びは収録語数が決め手?
2010年 2月 3日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第4回 語数の多い国語辞典がほしい!
読書量が増えた中学時代の私が、実用辞典に不足を感じるようになった理由としては、仮名遣いの問題などよりも、まずは収録語数の問題を挙げるべきでした。何しろ、本には知らないことば、むずかしいことばが続々と出てくるのですから。
もっとも、実用辞典には、一般に思われている以上に「むずかしいことば」が多く載っているということは、改めて強調しておきます。
たとえば、当時愛読していた北杜夫作品には、〈あまつさえ〉〈有体(ありてい)にいって〉〈一体どういう訳の訳柄(わけがら)か〉など、不思議なことばがよく出てきました。これらは、実用辞典の『広辞典』(当時の版)にもちゃんと載っていました。そのころ背伸びをして使いたがった「常套」「塵労」「杜撰」などという熟語も、みな載っていました。
前にも述べたとおり、実用辞典は、国語のテストに出てきそうな常識的なことばは収録してあります。大学入試の国語にも十分対応できるものです。
けれども、一方、「むずかしくないことば」はけっこう省いてあります。俗語などを載せないことは述べましたが、もう少しふつうのことばでも載せないものがあります。
〈〔私は船に飛んでくる鳥などについて〕一々口をだし、船長にとってはまことに小うるさい存在となった。〉(北杜夫『どくとるマンボウ航海記』中公文庫 p.53)
〈冬であるのと時間が遅いため、〔動物園の〕うそ寒い園内はがらんとして人影はほとんど見当らない。〉(同 p.136)
「小うるさい」「うそ寒い」は、書き取りのテストには出てきません。したがって(?)、実用辞典にも載っていません。でも、改めて意味を説明せよと言われると、困る人も多いのではないでしょうか。
こういった繊細で微妙なことばまで広く載せているのは、やはり国語辞典です。語彙力を急速に伸ばしつつあった年ごろの私にとって、国語のテストに出ようが出まいが、どんなことばでもすぐに調べられる辞書があることは、死活的に重要でした。
私は、とにかく語数の多い国語辞典を探し求めました。『旺文社国語辞典』は、この点でも理想的でした。小型辞書としては当時最大級の7万6000語を収録していたのです。
語数で選ぶのもいいけれど
国語辞典では、収録語数が多いことは大きなセールスポイントになります。当時の私に限らず、「何万語載っているか」を基準に辞書を選ぶ人は多いはずです。辞書同士の比較に使える具体的な数字が、収録語数ぐらいしかないということもあります。
一般に、国語辞典は、収録語数によって次の3つに分類されます(異論もあります)。
- 大型――およそ20万語以上のもの。分厚くて重い、ダンベルの代わりになるような辞書。日本最大の『日本国語大辞典』(小学館)は実に50万語を擁しています。
- 中型――およそ10万語以上のもの。
- 小型――それ未満のもの(6万~8万語程度のものが多い)。片手で持ち運びができ、読書や原稿執筆の際、何度も繰り返し引くのに向いています。
このような数字を見ると、重いのをいとわないならば大型・中型辞書、日常的に使うならば小型辞書で、そのうちできるだけ語数の多いものを選べばいいように思われます。事実、私もそう思って、小型辞書のうちでも語数の多かった(しかも旧仮名遣いを添えていた)『旺文社』を選んだのでした。
この選び方は、必ずしも悪いとは言えないでしょう。常識的に考えて、収録語数が多ければ、求めることばが載っている確率はそれだけ高くなる理屈です。
ただし、A辞典がB辞典よりも収録語数が多いからといって、B辞典のことばがすべてA辞典に含まれているわけではないことには注意が必要です。B辞典のほうにしかない「独自項目」は、案外多いのです。
試しに、小型の『岩波国語辞典』(第七版、6万5000語)の「お」の部を開いて、大型の『広辞苑』(第六版、岩波書店、約24万語)と比べてみます。すると、「追い越し」「生い育つ」「追い抜かす」「追い抜き」「横風」「覆い被せる」……など、『岩波』のほうにしかない独自項目がいくつも出てきます。
なかでも、「追い抜かす」は、「追い抜く」の意味で使われ始めたことばで、まだ他の辞書には見かけません。『岩波』ならではのきらっと光る項目と言えます。
中学生の私は、国語辞典ごとのこういった個性を意識することはありませんでした。何はともあれ、8万語に近い語数をもつ国語辞典を得たということで、大満足でした。
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◆飯間先生のもう一つの連載は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ
◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
人名用漢字の新字旧字:「玻」は常用平易か(第2回)
2010年 2月 2日 火曜日 筆者: 安岡 孝一第52回 「玻」は常用平易か(第2回)
(第1回からつづく)
玻南ちゃん事件の即時抗告審
名古屋家庭裁判所の審判に対して、「玻南」ちゃんの両親は、名古屋高等裁判所に即時抗告しました。「玻」は常用平易とは認められない、とする名古屋家庭裁判所の審判は、両親には全く納得のいかないものだったのです。両親は、「玻」を含む児童書や高校教科書を探し出し、ダンボール1箱分の資料を名古屋高等裁判所に提出しました。さらに、複数の携帯電話で「玻」が現れる順序を調べて、人名用漢字のうち旧字にあたる漢字は、そのほとんどが「玻」より変換しにくいことを示しました。「玻」が常用平易であることを、様々な視点から主張したのです。
平成21年10月27日、名古屋高等裁判所は、両親の即時抗告を棄却しました。「玻」を常用平易とは認めなかったのです。常用性を認めなかった理由の一つは、以下のようなものでした。
抗告人らは、「玻」の文字のあらゆる用例を自ら及び周囲の者らの協力によって探し当て、証拠等として提出しているものであり、その努力には並々ならぬものが認められるが、逆に、このような非常な努力なしに「玻」の用例を収集し得ないこと自体が、その常用性の乏しさを示しているともいえる。
この棄却決定に対し、両親は、最高裁判所への特別抗告と許可抗告の両方をおこなうことを決めました。家事審判においては、高等裁判所の決定に不服がある場合、最高裁判所への特別抗告をおこなう方法と、最高裁判所への許可抗告をおこなう方法の2つがあります。「玻南」ちゃんの両親は、その両方をおこなうことにしたのです。
最高裁への特別抗告
実は、高裁決定に不服があるだけでは、最高裁判所への特別抗告はおこなえません。特別抗告は、高裁決定における憲法違反を理由としてのみ、申立が可能なのです(民事訴訟法第336条)。そこで、「玻南」ちゃんの両親は、憲法第14条(法の下の平等)違反および憲法第13条(個人としての尊重)違反を理由として、特別抗告を申し立てました。
これに加え両親は、「児童の権利に関する条約」第7条に対する違反にも言及しています。
| 第7条 1 | 児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。 |
|---|---|
| 2 | 締約国は、特に児童が無国籍となる場合を含めて、国内法及びこの分野における関連する国際文書に基づく自国の義務に従い、1の権利の実現を確保する。 |
すなわち、戸籍法第50条は常用平易を判断する枠組をきっちりと決め切れておらず、それが結果として「出生の時から氏名を有する権利」を阻害している、というのが、両親の主張なのです。
(第3回「最高裁への許可抗告」につづく)
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
社会言語学者の雑記帳5 世界はデータでいっぱい
2010年 2月 2日 火曜日 筆者: 松田 謙次郎世界はデータでいっぱい
またまたちょっと「社会言語学者になるまで」をお休みして別のオハナシを(;^^)。それは「社会言語学のデータ」というお話です。これまでフィールドワークの話を中心に、自然談話データ、調査票を使ったアンケートデータ、などといった話もしてきましたが、そもそも「社会言語学で使うデータ」とは何なのか。社会言語学者はどこからデータを得ているのか。これを書いてみましょう。
はい、いきなり結論。それは「何でもアリ」です。自然談話データ、アンケートなどでもなく、ことばであれば事実上どのようなものでも社会言語学のデータになり得ます。それだけ社会言語学とは融通無碍で、自由度が高い学問領域だということです。年2回開催される社会言語学の全国学会である「社会言語科学会」(http://www.jass.ne.jp/)での発表タイトルをざざっと見るだけでも、その多彩さに圧倒されます。いったいこの学会は何なんだヾ(゚Д゚ )、と思うでしょう。でもそれが社会言語学なのです(キッパリ)。
これまでに使われたデータの中には、ちょっと考えても、ここのエッセイで繰り返し触れてきている各種自然談話のほか、新聞、雑誌などの活字メディア、地名、漫才・落語、(台本を含む)映画、テレビ・ラジオ番組(ドラマ、トークショー(例:「徹子の部屋」)、ニュース、バラエティ番組など)、外国人の話す日本語、手話、公共空間(駅、電車、バス、デパート、街角など)でのアナウンス・書きことば、ネット(チャット、Youtube、ニコニコ動画などの動画を含む)、携帯メール、コーパス、法廷でのやりとり、国会会議録などがあります。なんとこれでもごくごくごくごく一部です。ちなみに公共の場所にある看板や各種表示を手がかりに、地域社会の言語状況を探ろうとする分野は「言語景観学」と呼ばれ、最近盛り上がってます\(^O^)/。
ね、まさにことばであれば「何でもアリ」でしょ^^ もう何が出てきても驚きません。たとえば「エアコンの取扱説明書」「風邪薬の説明書」「駅のトイレの張り紙」さらに「迷惑メール」でも十分データになりそうです。今この原稿を書いていても、それぞれをデータにしたトピックが浮かんできてしまいます。たとえばトリセツは経年的にどう変わってきているのか、メーカーによる違いはあるのか、助詞、各種活用などのバリエーションはどうなっているのか、なんてことが気になります。そうそう、もうすぐツイッターやmixiの「ボイス」などをデータとして取り上げた論文もどこかに登場するでしょう。
つまるところ、社会言語学者にとって、世界はデータに満たされていると言えましょう。朝起きてテレビをつければアナウンサーのことばが気にかかり、トイレに入ってふと呟いた自分の独り言について考えてしまう。駅までの道では看板に目が留まり、駅ではもちろんアナウンス、看板、周囲の乗客の話し声などに注目、職場では同僚の話しことば、会議での配付資料(の言語表現)に全神経を集中し。ランチではペットボトルのお茶のラベルをガン見して、午後の職場ではやってくるメールや閲覧するサイト(仕事ですよ、もちろんw)でのバリエーションを探してしまう。仕事帰りにデパートに行こうものなら、店員の話しことばやアナウンスはもちろん、商品名、はては観光で来たと覚しき外国人の買い物姿をそれとなく観察。結局何も買わずに(いつもは買うのよw)帰宅して、夕刊を読みながら新語に気づき、ネットサーフィンをしてまたまた発見をしてようやく寝る。と思ったら、エアコンの「運転を終了します」だの携帯の「充電が終了しました」だのといった機械的呟きに本日最後の社会言語学的考察を加えながら、ようやく眠りに落ちる(-_-)゜zzz
呆れちゃいますか?でも今日もどこかの社会言語学者がこうした生活を送りながら鋭敏なアンテナを働かせ、これだと思った現象を発見、貪欲にデータを採取し分析を始めているはずです。社会言語学者ならぜーんぜんフツーです。
もちろんこうしたあり方について、「それは結局面白半分の素人芸で、まともな学者のやる言語学じゃないよっ!」というキビシー声も聞こえてきそうです。私の答えは。「言語について面白いことがわかるのであれば、法的・倫理的問題がない限りデータは何であろうが構わない」です。今までにないソースやメディアから得られたデータは、なにかしら言語について(さらに人間について)新しいことを教えてくれる可能性があります。可能性がある以上、やってみるしかありません。つまらなかったら「ほーら言わんこっちゃない、やーい」ではなく、さっさと次の面白そうなデータを探せば良いんです。さらに言えば、「言語学」なのだから、ことばに関するデータなら何を使っても良いはずです。かつてロマーン・ヤコブソンという有名な言語学者は、「私は言語学者である。ことばに関することで無関係なことはない」と言いました(原文はラテン語)。これは上に書いた社会言語学のデータに関するスピリットと通じるものがあると思います。
で、最後に一言。誰かなんか面白いデータ知りませんか(笑)。
* * *
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【筆者プロフィール】
松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/
【編集部から】
「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。
ドイツのハーブ―ウイキョウ―
2010年 2月 1日 月曜日 筆者: 石井 正人クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(78)
においがなじめないといえば、Lakritze「カンゾウ(甘草)」と並んで、Fenchel「ウイキョウ(茴香)」がある。
ドイツのスーパーマーケットでは、様々な種類のKräutertee「ハーブティー」が並んでいる。伝統の漢方薬や薬湯というわけだ。Pfefferminze「ペパーミント」やHagebutte「野バラ」やKamille「カミツレ(カモミール)」やEibisch「ハイビスカス」のお茶などは珍しくもないが、さらにこれを様々にブレンドして、「こども茶」だの「腎臓茶」だの「おはよう茶」「おやすみ茶」などと称して、様々に特別な薬効をうたうものがある。ノーベル賞作家Günter Grassグラスの『はてしなき荒野』で主人公の老妻が愛飲しているのがこの「腎臓茶」である。
このようなハーブティー中にFenchelのお茶があって、Teebeutel「ティーバック」の箱の封を切っただけで、咳き込むほどのにおいがする。英語でフェンネル、あるいはキャラウェイと呼ばれているものと同じで、御存知の方もあるだろう。しかしウイキョウやキャラウェイと言われてもピンと来ない向きには、要するにSellerie「セロリ」の種であると言えば、風味に想像がつくだろう。
セロリの強い独特の風味も好き好きだが、あれが種になって凝縮している。セロリはもともとセリ(芹)の仲間だそうで、そう言われればにおいが似ていなくもないが、セリのあえかな風味をあっさりした和食に仕立てたものと比べると、セロリの強烈さは同日の談ではない。因みにドイツで普通に見かけるセロリは、葉や茎ではなく、カボチャほどもあるKnolle「球根」を食べる種類である。日本のものよりにおいがもっときつく、ドイツ人でも食べられない人がいるようだ。
しかしFenchelも、香料としては肉のにおい消しとか、Roggenbrot「ライ麦パン」と相性が良かったり、Sauerkraut「ザウアークラウト(酢漬けキャベツ)」の煮物には薬味として欠かせない。Mohn「ケシの実」やSesam「ゴマ」と同じことで、料理やパンや焼き菓子に少量使う分には、Fenchelもちょっと変わった印象的な香料ですむ。だがお茶だといって煎じるとすごいことになる。「ウイキョウ(茴香)」と言えば日本ではそもそもまた漢方薬だから、そう言われて日本人なら何となく納得する、独特の臭さになるのだ。
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【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
採用情報
2010年 1月 31日 日曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部正社員につきまして、下記のとおり採用募集いたします
社員の募集を行っております。三省堂ホームページの採用情報より転載いたします。
正社員につきまして、下記のとおり採用募集を行っております。
【職 種】
- (1) 英語学習参考書・教材編集
- (2) 国語古語辞典編集
- (3) 経理業務
【募集人員】
- 若干名
【応募資格】
- 4年制大学卒業で、現在35歳位までの方。
- (1) は英語学習参考書・教材編集の経験のある方。
- (2) は日本語学・文学(古典)を専攻された方。編集経験者歓迎。今春新卒者も可。
- (3) 経理実務経験者歓迎。今春新卒者も可。
【勤務地】
- 東京本社
【待 遇】
- 当社規定による。
主な待遇:昇給年1回、賞与年2回、交通費支給、社会保険完備、諸手当、週休2日制、年末年始・夏季休暇、有給休暇、慶弔休暇 など
【応募方法・選考日程】
- 履歴書(写真貼付)と志望理由書(手書きのもの、400字詰原稿用紙 2枚)を2月 12日(金)必着 で、志望職種を明記し、下記の送付先へ郵送してください。書類選考の上詳細を連絡します。
試験実施日は下記のとおり。- 第1次試験(筆記・面接):2月20日(土)
- 第2次試験(面接):2月27日(土)
- ※応募書類は返却しません。 ※個人情報については守秘します。
【送付先】
- 〒101-8371 東京都千代田区三崎町 2-22-14
株式会社 三省堂 総務部 人事担当
【問い合わせ先】
- 総務部 人事担当 電話番号:03-3230-9481
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日本語社会 のぞきキャラくり 第75回 破綻キャラ(後)
2010年 1月 31日 日曜日 筆者: 定延 利之破綻キャラ(後)
いくら豪快に飲み歌っても、それが『豪傑』と思われようとしてのことだとわかれば、もはやその人は『豪傑』ではない。何を言い、何を行うにしても、「自分はこういう者(たとえば『豪傑』)だ」と表現しようとする意図がそこに読み取られてしまえば、もはやその人の言動(豪快な振る舞い)は、そういう者(『豪傑』)の言動としては破綻しており通用しない。ところが時として、その破綻含みで、複合的なキャラクタが成立することがある。これが破綻キャラだ、というところまで話は進んだ(第74回)。
たとえば、『二枚目』を演じようとする表現意図が露わになってしまい、『二枚目』として破綻をきたした人物には、『キザ』という別のキャラクタが割り当てられる。『キザ』キャラとは、『二枚目』キャラを演じようと意図し、その意図ゆえに『二枚目』キャラとして破綻することによってできた破綻キャラである。
またたとえば、『お嬢様』を演じよう、カワイコぶろうとして意図が見抜かれ破綻した場合、その人物は『ブリッ娘(こ)』という別のキャラで語られることになる。『ブリッ娘』とは『お嬢様』キャラが破綻してできた破綻キャラである。
『ブリッ娘』といえば現代っぽいが、伝統的に『カマトト』と呼ばれてきたのも同じものである。この名前は「カマボコって、トト(魚)からできてるの?」とあどけなさを装うところから来ている。私たちは昔っから、こういうしらばっくれ合い、見抜き合いをやってきたのである。
そして、前回から問題になっている『オカマ』もまた、『女』を演出する意図が露呈している点で一種の破綻キャラと言える。
ここからは、別の疑問に対してすでに述べた回答(第73回)と変わらない。つまり、「発話キャラクタの「性」について『男』や『女』は論じられたが『オカマ』は論じられていない。観点が4つでは足りないのでは?」といった疑問は、「発話キャラクタ」を「キャラクタ」と同一視してしまっている。
なるほど、「キャラクタ」を考える際には、『オカマ』は重要なキャラクタの一つ、破綻キャラの雄、いや雌とされるものだろう。だが、『オカマ』が『女』と大して変わらないしゃべり方をするのであれば、発話キャラクタの「性」としては『女』を認めておけばいい。
もちろん、『オカマ』と『女』でしゃべり方が違っている部分はあるだろう。たとえば「あたしたちオカマは」という語の連なりは、『オカマ』が発することはしばしばあるかもしれないが、『女』はまず口にしない。しかし、こうした違いは「『オカマ』は『オカマ』だが、『女』は『オカマ』ではないから」という当たり前の常識で説明できることであって、特にことばの問題として重視すべきものとは思えない(第27回参照)。
前回も述べたように、「品」「格」「性」「年」の4つの観点だけで発話キャラクタの全面がくまなく、十分にとらえられるとは、実は考えていない。主なところは見られるだろう、ぐらいの考えである。たとえば「あたしたちオカマは」としゃべる可能性に関する『オカマ』と『女』の違いといったものは、その「主なところ」には含まれず、見過ごされる。とりあえずはそれでいいのではないかというのが「4つの観点」を持ち出す真意である。
なお付言すれば、日本語社会において、どのようなキャラクタの破綻に対しても破綻キャラが用意されているわけではない。たとえば、日本語が下手な『外人』のはずだったのが、実はそれを演じていただけで日本語や日本文化に通じているということがバレてきた外国人タレントの場合、この破綻を何々キャラと言い当てることはできない。そろそろそういう言葉ができてもいいかもしれない。
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【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
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![『三省堂 例解小学漢字辞典 第三版[新装版]』内容豊富。いちばん軽くて、使いやすい! 漢字一覧ポスター・引き方ガイドシートの二大特別付録つき。 『例解小学漢字辞典 第三版[新装版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dicts/ja/reishokan3_new/img/case_reishokan3_new_thum.jpg)



















































2007年









