つなぎ語:言い換え―『英語談話表現辞典』覚え書き(28)―
2010年 9月 2日 木曜日 筆者: 内田 聖二今回はつなぎ語のなかの言い換えに用いられる表現を考えてみます。代表的な語句はin other wordsです。言い換えの基本は自分の発言の中でより正確な言い方に換えることです。次は本辞典からの例ですが、前に言ったことを具体的にわかりやすく説明しています。
1 〈自分の発言を〉言い換えると, つまり:France is like China. In other words, the French are constantly eating, drinking, and talking about food. フランスは中国に似ている. つまり, フランス人はのべつ幕なしに食べ, 飲み, そして食べ物の話をしているのです.
また、相手のことばを要約して「…ということですね」という確認にも用いられます。
2 〈相手の発言を受けて〉要するに, つまり:“I’m afraid there isn’t much we can do to help.” “In other words, you can’t be bothered.” 「あまり多くはお手伝いできないんじゃないかしら」「つまり, ごめんこうむるってことなんですね」 / OK. I have listened to a whole lot of excuses. In other words, you didn’t want to come with me. Why didn’t you say so in the first place? わかったわ. 言い訳はすべて聞かせてもらいました. つまり, あなたは私と一緒に来たくなかったのね. どうして最初にそれを言わなかったのよ.
第2例は具体的な相手の発言が出ていませんが、いろいろ聞かせられた「言い訳」から相手の真意を代弁する言い方になっています。
or rather も言い換え表現の代表格のひとつです。この語句の基本は語句の言い換えです。本辞典では、理解してもらうためにより妥当な言い方に換える場合とより正確で精密な言い方に換える場合の二つに分けています。
1 〈より適切な言い方に言い換えて〉…というよりはむしろ…:Father came home last night, or rather very early this morning. 父は昨夜, というよりむしろ今朝とても早く帰って来た / Tipping—or rather not tipping is a good way of showing your disapproval as well as your appreciation. チップを渡すこと―というより, チップを渡さないということは, 感謝の気持ちのみならず不満を表現するうまい方法である.
2 〈より正確な言い方に言い換えて〉もっと正確に言うと:We used to tease George about his height, or rather his lack of height. 僕たちはよくジョージの背丈というか, もっと正確には, 背の低さをからかったものだ / It was a beautiful day. I spent hours sitting in the garden, or rather lying on a bench. よく晴れた日であった. 私は庭で腰をおろして, というか, もっと正確に言うと, ベンチで横になって, 何時間も過ごしました.
たとえば、語義1の第1例は ‘last night’ と言うよりも ‘very early this morning’ のほうが状況を言い表すより妥当な言い方ですが、語義2の第1例は無標な ‘height’ という単語をより正確な ‘lack of height’ という言い方に言い換えたものです。また、言い換える「正確な」表現には、語義1の第2例や語義2の第1例からもわかるように、見方によっては正反対の意味の語がくることもあります。次は三省堂コーパスの用例を改変したものですが、その「反対」ということが「態」の違いで表わされています。
When I am at Bill’s place, I always wake in the night, or rather is woken. This is because of Bill’s talking in his sleep. ビルのところに泊ると、いつも夜は起きている、というか起こされるんだ。というのもビルが寝言をいうのさ。
また、or rather は in other words 同様、文の言い換えにも用いられます。
《精神科医の診療について》“What does he do?” “Talks. Or rather, I talk. He listens.” 「先生はどうされるのですか」「お話しされます。というか、私が話して先生が聞き役です」
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【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
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【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料でお使いいただけます。
国語辞典入門:語釈(意味説明)のしかた 文末の形式と品詞
2010年 9月 1日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第32回 語釈の文末は形式が決まっている
ことばの意味を説明することは、日常会話でも、テレビや新聞でもよくありますが、それらの場合に比べて、国語辞典の語釈は、形式がよほど厳密に決まっています。
歌舞伎に関するテレビ番組を見ていた時、「やつす」ということばについての説明がありました。〈「やつす」とは、みすぼらしいさまだけどかっこいいこと〉と定義されていました(NHK BS-2「プレミアム8・極付歌舞伎謎解」2010.3.8 20:00)。商家の若旦那が勘当されて、身を質素に「やつす」のは、ファッションの要素もあったようです。
なるほど、と思いましたが、この説明は、そのまま国語辞典の語釈にはなりません。歌舞伎特有の意味だからというだけでなく、説明の形式が辞書にふさわしくないからです。
国語辞典の語釈の形式で、最も特徴的なのは文末です。できるだけ、名詞の語釈は名詞で、動詞は動詞で、形容詞は形容詞で終わるように書いてあります。たとえば、『三省堂国語辞典』で「細身」(名詞)、「細める」(動詞)、「細い」(形容詞)を引くとこうです。
〈ほそ み[細身](名)①はばの せまい、きゃしゃな 作り。〉
〈ほそ・める[細める](他下一)細くする。〉
〈ほそ・い[細い](形)①〔長いものの〕はばが小さい。〉
「細身」の語釈の最後は名詞「作り」で終わり、「細める」は動詞「する」、「細い」は形容詞「小さい」で終わっています。見出し語と語釈とが、きれいに対応しています。
先のテレビ番組の例は、「やつす」という動詞の説明が、〈……みすぼらしいさま〉〈……かっこいいこと〉となっていて、動詞で終わっていません。辞書にふさわしくない形式だというのは、そういうことです。
べつに形式なんかどうでもいいと思う人もいるでしょうか。でも、たとえば、「息子はいやしい姿に身をやつし……」の「やつす」を解釈するとき、辞書に「みすぼらしいさま」と名詞形の説明が出ていては、「いやしい姿に身を、みすぼらしいさま」となってしまい、意味が通じません。やはり、ここは語釈の最後を動詞形にして、
〈やつ・す〔略〕(他五)〔目立たない姿に〕服装を変える。〉(『三省堂』)
というふうに説明しておくべきです。
見出し語と入れ替えても通じる語釈に
項目によっては、見出し語と、語釈の文末の形式をそろえるのがむずかしい場合もあります。たとえば、動詞「あぶれる」の場合、語釈も動詞で結ぶはずのところですが、実際には必ずしもそうなっていません。『三省堂』の語釈は次のとおりです。
〈〔人数が余って〕仕事などに ありつけない。はみ出る。〉
「ありつけない」と否定形で締めくくっています。これと似た語釈を掲げる国語辞典は、ほかにもあります。でも、「あぶれる」と「ありつけない」は用法が違います。
「倒産で仕事にあぶれる」という場合、「倒産で仕事にありつけない」と言い換えることはできません。むしろ、「仕事にありつけなくなる」としたほうがぴったり来ます。『現代国語例解辞典』(小学館)では、この語釈を採用しています。
ところが、「仕事にあぶれる状態が1年も続く」という場合は、「ありつけなくなる」では意味が通りません。「仕事にありつけないでいる」と解釈しなければなりません。『新明解国語辞典』(三省堂)は、この語釈を採用しています。
つまり、「あぶれる」は、「ありつけない」と否定形で説明しても、また、「ありつけなくなる」「ありつけないでいる」と説明しても、ぴったりした語釈になりません。「あぶれる」は動詞ですが、それを同じく動詞で説明するのは簡単ではありません。
私自身が語釈を書くのに悩んだことばに、「すべる」があります。「スキーですべる」と言うときの意味はいいとして、「漫才でギャグがすべる」と言うときの「すべる」の語釈を、動詞で終わらせることができませんでした。
最初の原稿では〈受けをねらったが、受けない。〉としてありました。「ない」と否定形で結んでいます。でも、「(ギャグが)すべってばっかりいる」を「受けないでばっかりいる」と言うと、日本語として変です。「すべる」イコール「受けない」ではありません。
いろいろ考えた末、〈じょうだんなどが、受けずに終わる。〉という語釈にしました。なんとか動詞で終わる形にしたのです。
国語辞典の語釈は、見出し語と入れ替えて文章の中で使っても、そのまま意味が通じるようになっているのが理想です。そのためには、見出し語が動詞なら動詞らしい語釈に、形容詞なら形容詞らしい語釈にする必要があります。お手持ちの辞書はどうでしょうか。
* * *
〔お知らせ〕
「国語辞典入門」は、9月いっぱい休載いたします。英気を養い、10月から再開いたしますので、何とぞ引き続きご愛読ください。
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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
文中にもありますように、9月いっぱい休載となります。10月からの連載再開をどうぞご期待くださいませ。
『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(34)
2010年 8月 31日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子(34) 頭弁行成の人物像
藤原行成は一条摂政伊尹の孫で、美男薄命の歌人藤原義孝の息子です。とはいえ、養父になった祖父と実父を早くに亡くし、母方の実家で育てられたようです。彼を蔵人頭に大抜擢したのは、道長室明子の弟源俊賢(としかた)で、行成はその恩を忘れず、昇進してからも決して俊賢の上座に座らなかったと『大鏡』に書かれています。また、行成の書き遺した日記は『権記(ごんき)』として後世に伝えられ、貴重な歴史資料となっています。その記事からも推察されるように、実直な性格と実務能力の高さで一条天皇の信頼を得た有能な公卿でした。
行成について、『大鏡』に語られた逸話の中から、『枕草子』より少し後の時代ですが、後一条天皇(一条天皇第2皇子で藤原彰子腹)の子供時代の話を紹介しましょう。ある時、天皇が玩具を持ってくるように命じると、人々は金や銀などで様々な工夫を凝らした豪華な物を作って献上しました。しかし、行成が独楽を献上すると、天皇は大変気に入り、それでばかり遊んでいたので、他の物はお蔵入りになってしまいました。
また、ある時、天皇に扇を献上することになり、人々は高価な骨や紙に、あまり知られない歌や詩などを書いたものを献上しました。それに対して、行成だけは特に豪華でもない造りの扇に、有名な白楽天の漢詩を表面は楷書で、裏面は草書体で心を込めて書いたものを献上したので、天皇は表と裏を交互に見比べて手箱に入れ、大切な宝物にしました。他の扇は最初に面白いと見ただけで終わってしまったということです。
他愛ない話ではありますが、物事の道理や本質を見極めて、周囲に惑わされることなく実行する能力を備えた行成の人物像が浮かび上がります。後に道長の側近として働く官僚の一人となりますが、むやみに権力に迎合することはなく、中立的な立場で自らの職務を遂行する人物でした。
清少納言が行成を信頼し、親しく交流したのも、彼が斉信とは対照的な政治的姿勢を持っていたからだと考えます。一方、行成も自分より年上の中宮女房に対して気を許し甘えるところもあって、前回紹介した逢坂の関の返歌などを寄こしたように思います。また、父親が有名歌人で、和歌を詠むのが不得手であると表明していたことは、清少納言と似通っています。二人には身分や立場を超えて、相通じるものがあったのではないでしょうか。
『枕草子』の記事によれば、定子後宮における行成の評判は芳しいものではありませんでしたが、それは行成が、「いみじう見え聞えて、をかしき筋など立てたる事はなう、ただありなるやうなるを、皆人さのみ知りたる(人の目を引いたり評判になるような風雅な振舞いを特に見せることはなく、ただ自然体で普通の様子なので、人々は並の人物とばかり思い込んでいる)」ためだと言っています。しかし、彼の奥深い性格を清少納言だけは理解し、中宮定子に啓上していたこと、そんな清少納言のことを行成も知って、互いに信頼し合っていたことが記されています。二人の交流がどこまで発展したのか、気になるところは次回のお楽しみということにいたしましょう。
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【著者プロフィール】
赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)、「ホトトギスを待つ女―道綱母の和歌へのこだわり―」(『日記文学研究 第三集』2009年 新典社)など。
【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)
An Unofficial Guide for Japanese Characters 25
2010年 8月 29日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 24
The “little madam” and the “well-bred young lady”
The “ojoosama” character that we talked about last time to some extent possesses a personal past in which she was “made the center of attention and spoiled, and as a result grew up haughty and selfish.” If this character is given a valet and allowed to grow up a bit more, she will eventually evolve into the “madam” character. Let’s call this the Type 1 “ojoosama” character, or “little madam” for clarity.
There is another “ojoosama” character apart from the “little madam” character. This type (Type 2) has a similar personal history in which she was “adored by everyone, and given all the freedom she wanted,” but as a result turned out quite differently than the “little madam.” Specifically, she is the “well brought up” type who is graceful, noble to a fault, and feels hostility towards no one. She is the “well-bred young lady” who earns our admiration and evokes exclamations such as “upbringing makes a world of difference!”
We could consider the “little madam” and “well-bred young lady” to be two sides of the same character, but for now we will treat them as separate. The reason for this is that their usage of language differs subtly. For example, when speaking to a person of lower rank, such as a servant, the “little madam” character would cursorily shout “Tanaka, hayaku watashi no heya no sooji o oshi!” (Tanaka, clean up my room, now!) while the “well-bred young lady” character would politely say “Tanaka-san, heya no osooji o onegai shimasu” (Mr. Tanaka, please clean my room, if you please).
I’m not sure how many well-bred young ladies are left in the real world today. However, as we discussed in the example of the “Heian aristocrat” character (part 14), characters are based on our perceptions. So the “well-bred young lady” character may indeed still exist within the Japanese-speaking community.
For example, one could call Miwako Kanbe (played by Kyoko Fukada), who appears in the serial crime drama Fugou Keiji (author: Yasutaka Tsutsui), and is always seen sighing, “How could anyone kill a person over a few hundred million yen?” a “well-bred young lady” character. Or, going to the logical extreme of the “well-bred young lady,” we find the “burikko(1)”—here we assume that the “kawaiiko” (cute girl) character is a “well brought up” girl (meaning she knows nothing of sex) and that the “burikko” is a girl who generally pretends to be a “kawaiiko.”
If the “well-bred young lady” matures without mishap, she will evolve into a naive, cute lady characterized by “wealth,” “lack of common sense,” and “innocence.” Frequent variety show guest Yukiji Asaoka(2) is often said to be this kind of person.
Just as the “ojoosama” character can be divided into the “little madam” and “well-bred young lady,” so too can the “rich (male) kid” character. He can be divided into the selfish, egocentric “king of the playground” (Type 1) or the graceful, pleasant “prince” (Type 2).
While the protagonist of Botchan (author: Natsume Soseki), whose own ethical system allows him to punch people without remorse, is great fun, we would have to call him a “king of the playground” (Type 1). By speaking slowly on purpose, Okubatake from Sasameyuki (Part 3), was trying (in Sachiko’s perception) to fake the mannerisms of the “prince” (Type 2), or what in the Kansai area is called the “Eeshinoko.”
* * *
(1) “Burikko” is a derogatory term for a woman who pretends to be helpless and air-headed, particularly around men.
(2) Yukiji Asaoka (1935– ) is a Japanese singer and actress.
author
Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
角色大世界――日本 25
2010年 8月 29日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)“小贵夫人”和“大家闺秀”
在上一节中提到的“千金小姐”角色一般都带有“从小被娇生惯养、随着成长变得自大、任性”这样的成长经历和人生经历。这种角色有了仆从后再继续成长下去就会演变成“贵夫人”这一角色形象。我们可以认为这是“千金小姐”角色的第一个类型(类型1),为了理解方便姑且称之为“小贵夫人”。
“千金小姐”角色除了“小贵夫人”以外还存在其他类型。这个类型(类型2)是“小的时候被大家疼爱、在生活充裕的环境中长大”,虽然和“小贵夫人”有类似的人生经历,但是结果却与其不同。具体来说“大家闺秀”是温雅端庄、自然高贵,对任何人都毫无敌意、教养好的那种类型,会让我们想起时就会相互感叹说“啊— 大户人家(有教养)的女孩子就是不一样”。
也许有人会认为“小贵夫人”和“大家闺秀”只不过是“千金小姐”角色的两个方面,但是我们认为“小贵夫人”和“大家闺秀”是不同的角色形象,因为两者在语言使用上存在着微妙的差异。例如对仆人等身份低下的人,“小贵夫人”会用不礼貌的命令形式说“田中、早く私の部屋の掃除をおし!(Tanaka、hayaku watashi-no heya-no sooji-o oshi ! 田中,快(给我)收拾一下我的房间!)”,“大家闺秀”则是用非常礼貌的口吻说“田中さん、部屋のお掃除をお願いします (Tanaka-san、heya-no o-sooji-o o-negai-shi-masu 田中san (“san”为尊称),请你帮我收拾一下房间(好吗))”。
不知道现实世界中真正的大家闺秀还存在多少。但是就像我以“平安贵族”角色为例解释的那样(第14节),角色是人们按照自己脑海中的印象描绘出来的,“大家闺秀”角色在日语社会中仍然存在着。
例如,电视连续剧《富豪刑警》(原作:筒井康隆),每一集中主人公神部美和子(扮演者:深田恭子)都会叹息说“たった○○億円ぽっちのために人を殺すなんて(Tatta ○○-oku-en- pochchi-no-tame-ni hito-o korosu-nante 只为了~亿日元这么点儿钱就杀人,简直(让人难以相信)”,她可以说是一个“大家闺秀”。另外,“ぶりっ子 (burikko )”是指装作可爱的女孩子,装扮出的这种可爱的女孩子如果是包括对性爱毫无知晓在内、有非常好的教养的女孩子的话,那么她也可以(算)是个“大家闺秀”吧。
“大家闺秀”继续发展下去老了就会成为带有“有钱”、“对一般常识不甚了解”、“无罪”等特征的“傻乎乎”的可爱的阿姨(或老太太)。出现在综合娱乐节目中的朝丘雪路这个人好像被大家这么认为。
与“千金小姐”被“小贵夫人”和“大家闺秀”一分为二相同,“富家少爷”角色也有着相类似的分法。即可分为任性、自我中心的“山大王”(类型1)和温文尔雅稳重大方的“王子”(类型2)这两种类型。
按照自己的伦理观念打了人还不反省的《哥儿(bocchan)》的主人公让人感觉很痛快,但是如果现实生活中真的存在的话,只能说他是个“山大王”。《细雪》(第3节)中,奥畑故意放慢说话速度来粉饰自己(幸子是这么认为的)是因为,在关西地区这样说话的人是“大户人家的孩子(公子)”,即“王子”角色(类型2)。
author
定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。
地域語の経済と社会 第114回 おいしい方言(熊本県)
2010年 8月 28日 土曜日 筆者: 山下 暁美地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第114回「おいしい方言(熊本県)」
おいしい方言について、今回は、九州の熊本県をご紹介します。
「うまかばい。いっぺん食べたら忘れられんけん!」【写真1】
「~ばい」(~よ・~ぞ)は、自分の気持ちを相手に伝えたいときの終助詞です。
理由を表す「けん」(から)は、中国地方以南に分布します。中国地方では「ケー」、大分県では「キー」というところもあります。火の国熊本のとんこつ特製スープ付のラーメンです。「二人前」(ににんまえ)と通常書いてあると思いますが、「お二人前」(おふたりまえ)と書いてあるのは、丁寧さをそえているのでしょうか。
「食べてみんね」【写真2・食べてみないの】は、日本一大きいと言われる天草のにわとり、天草大王が入った鍋料理です。「~ね」は、「なんばいうとね」(なにをいっているの)のように話し手の気持ちを伝える終助詞です。
「だごうまか」【写真3・とてもおいしいよ】とあるのは、熊本のおみやげ、冷しいきなり団子です。熊本のよいおみやげ「よかもん」決定戦コンクール2007で選ばれたそうです。「だご」は、「とても・非常に」の意味で「団子」(だんご)とかけことばになっています。九州では、方言のもち味をうまく活かして、若者たちがことば遊びを楽しんでいるそうです。「うまか」は、「うまい」と断定することを避けて、「うまか」「よか」などと言います。「いきなり団子」の「いきなり」には、「やりっぱなし」「でだらめ」という意味や「簡単な」という意味があります。
「どんこん、たまがっどぉ!!」【写真4】の「どんこん」は、「たくさん」「とても」「いっぱい」の意味で、「たまがっどぉ!!」は「びっくりするぞ」の意味です。「たまがる」(びっくりする)は、九州全域に分布しています。「たまがす」「たまげらかす」(驚かす)という言い方も熊本県にあります。「魂消」(たまがす)と漢字で書くと意味がわかります。「たまがる」は九州地方に分布しますが、よく似た形の「たまげる」は、東日本に分布しています。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

山下暁美(やました・あけみ)
明海大学外国語学部・大学院応用言語学研究科教授。博士(学術)。
専門は、日本語教育学・社会言語学。研究テーマは、移民百年を迎えた、ブラジル、アメリカ合衆国などにおける日本語の変化、外国人の日本定住化による共生時代の日本語教育政策。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
人名用漢字の新字旧字:「広」と「廣」
2010年 8月 26日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第70回 「広」と「廣」
新字の「広」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「廣」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。すなわち、「広」も「廣」も出生届に書いてOK。「鉱」と「鑛」とは違ってますね。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
昭和21年4月27日、国語審議会は、常用漢字表を審議していました。この常用漢字表は、標準漢字表再検討に関する主査委員会が国語審議会に提出したもので、旧字の「廣」を含む1295字を収録していました。この常用漢字表に対し、国語審議会は5月8日の総会で、さらなる検討を要する、と判断しました。それにともない、6月4日、常用漢字に関する主査委員会が発足しました。
常用漢字に関する主査委員会は、昭和21年8月2日の委員会で、常用漢字表の簡易字体について議論しました。文部省教科書局国語課は、この日、「廣」に対する簡易字体として「広」を提案しました。「鑛」に対する簡易字体として「鉱」を提案していたので、それと同じアイデアで「広」と「拡」も提案したのです。ところが8月27日の委員会では、「鉱」や「拡」は認められたものの、「広」は不採用となりました。「広」は「廣」の簡易字体として一般的ではない、と判断されたのです。また、10月1日の委員会では、表の名称を、常用漢字表から当用漢字表へと変更しました。
昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表は、手書きのガリ版刷りでしたが、旧字の「廣」が収録されていました。翌週11月16日に内閣告示された当用漢字表も、旧字の「廣」でした。昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限され、旧字の「廣」が子供の名づけに使ってよい漢字になりました。
当用漢字字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。活字字体整理案では、「廣」の中を「黃」から「黄」に整理することが提案されていました。これに対し国語審議会は、「廣」の中を「黄」にするのではなく、あえて簡易字体の「広」を復活することを決めました。この結果、昭和23年6月1日に答申された当用漢字字体表には、新字の「広」が収録されたのです。
当用漢字字体表の内閣告示(昭和24年4月28日)を受けて、法務府民事局は昭和24年6月29日、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよい、と回答しました。すなわち、旧字の「廣」も新字の「広」も出生届に書いてOKとなったのです。その後、常用漢字表の時代になって、新字の「広」は常用漢字になりましたが、一方、旧字の「廣」はそれまで子の名に使えてきた経緯を踏まえて、人名用漢字となりました。この結果、現在に至っても、新字の「広」と旧字の「廣」の両方が、子供の名づけに使えるのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
国語辞典入門:語釈(意味説明)の括弧〔〕()や・△って?
2010年 8月 25日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第31回 語釈のカッコにも意味がある
見出し語、漢字表記、品詞表示と来れば、次は、語釈、つまり意味の説明です。語釈は、どの国語辞典もふつうの日本語で書いてあり、読むのにそう困ることはないはずです。
ただし、中には、語釈を限られたスペースに収めるため、括弧の使い方に独特の意味を持たせている国語辞典もあります。そういう辞書を使う人は、括弧の意味を知っておくと、説明がいっそうはっきり分かるようになります。
括弧に特別の意味を持たせている国語辞典の代表は、『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』(三省堂)、それに『学研現代新国語辞典』です。この3つの辞書に共通する部分に焦点を当ててみます。
まず、『三省堂』の「願文」「近郷」を比べると、括弧の使い方に違いがあります。
〈願文 〔神仏にささげる〕願いごとを書いた文。〉
〈近郷 (都会の)近くの いなか。〉
語釈の冒頭に注意してください。前者には〔 〕(亀甲括弧)が、後者には( )(丸括弧)がついています。どうして、こんなふうに区別してあるのでしょうか。
〔 〕も( )も、そこを読まなくても、ことばの意味はいちおう理解できます。「願文」は、文字どおりに解釈すれば「願いごとを書いた文」です。また、「近郷」は、これも文字どおりに読めば「近くのいなか」です。どちらの括弧も、その部分がなくても、最低限の説明にはなるという点では同じです。
ただ、「願文」は、「お母さんに小遣いの値上げの願文を渡す」などいう使い方はしません。必ず神仏に捧げる場合だけに使います。ということは、〔神仏にささげる〕という部分は、「願文」の文字どおりの意味には含まれないにせよ、つねに必要な要素です。
一方、「近郷」は、都会の近くの田舎も指しますが、村の人が「ちょっと近郷まで行って来よう」と出かけることもあります。単に「近くの田舎」も指すのです。「近郷」の意味のうち、(都会の)は、場合によって必要であったりなかったりする要素です。
つまり、〔 〕も( )も、意味の説明では脇役という点では同じですが、〔 〕は必須要素、( )は必須ではない場合がある要素を表すという点で違いがあります。
( )と「・」とで一括表記
もうひとつ、この3つの辞書が採用する書き表し方として、( )と「・」(ナカグロ)(『新明解』では「△」)とを組み合わせるものがあります。
たとえば、「大食い」は、『三省堂』ではこうなっています。
〈一度の食事にたくさん食べる・こと(人)。〉
これは、「一度の食事にたくさん食べること。また、食べる人」と読みます。「・」の意味は、そこから次の( )へ飛んでもかまわないということです。このようにまとめることで、数文字分のスペースを省略することができます。
こうした一括表記は、うまく使えば、かなりの情報を圧縮して示すことができます。『三省堂』の「同宿」は、その好例です。
〈同じ・やどや(下宿)にいる・こと(人)。〉
これは、括弧を外して展開すれば、「同じ宿屋にいること。また、その人。あるいは、同じ下宿にいること。また、その人」ということです。ずいぶん長くなります。一括表記のおかげで、はるかに簡単になりました。
もっとも、こうした特別の書き方は、ともすると分かりにくくなるので、注意が必要です。同じく『三省堂』の「きざっぽい」「思わしい」を比べてみます。
〈きざっぽい きざな感じ(を あたえるようす)だ。〉
〈思わしい のぞんだとおり・になる状態(のことが得られるようす)だ。〉
「きざっぽい」のほうは、途中の( )を省略して読めば「きざな感じだ」となり、省略せずに一続きに読めば、「きざな感じをあたえるようすだ」となります。これは誰でも分かるはずです。ところが、「思わしい」のほうは、一続きに読んでしまうと、「のぞんだとおりになる状態のことが得られるようすだ」となって、わけが分かりません。
「思わしい」の語釈には、「・」が入っているのがポイントです。つまり、これは、「大食い」などと同じルールで読まなければなりません。正しくは、「のぞんだとおりになる状態だ」「のぞんだとおりのことが得られるようすだ」と2通りに読むのです。
この場合、いささか一括表記を濫用したと言わざるをえません。語釈の書き手は、スペース節約の一方で、分かりやすさを損なわないよう、十分考慮すべきです。
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◆飯間先生のもう一つの連載は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ
◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
近刊案内(2010年8月)
2010年 8月 23日 月曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部三省堂の辞書・事典、2010年8月に発売が予定されているのは…
新明解日本語アクセント辞典 CD付き

金田一春彦 監修 / 秋永一枝 編
B6変型判 1,072ページ ¥3,990 ISBN 978-4-385-13671-4
日本語のアクセント辞典として定評のある『新明解日本語アクセント辞典』(7万5千語収録)。巻末の「アクセント習得法則」から代表例を抜き出し別冊にまとめ、それに対応した音声CD2枚をつけた。例は可能な限りセンテンスにして示すようにし、アクセントの法則を、実際の音声を通して確かめることができる。放送・演劇の分野をはじめ日本語にかかわるすべての人々に必携の辞典。
てにをは辞典

小内 一 編
B6判 1,824ページ ¥3,990 ISBN 978-4-385-13646-2
ひとつ上をめざす文章上達本。書く人のための辞書。国語辞典を補完する一冊。250名の作家の作品から語と語の結びつき60万例を採録した“本格的日本語コロケーション辞典”。報告書を書く・社内報を作る・HPを作成する・ブログを書く・卒論を書く・作家をめざす等、“頼りになる相棒”です。
見やすい 現代国語辞典

三省堂編修所 編
B6判 1,184ページ ¥2,310 ISBN 978-4-385-16046-7
現代の社会生活を営む上で必要となる語を精選し、大きな見出し語で読みやすく表示した一般社会人のための国語辞典。よく使われる語を中心に約5万語を収録。一般語彙に加え、カタカナ語・俗語・略語・慣用句・ことわざなどを多く採録。簡潔な語義解説と適切な用例。現代の言語生活に役立つ簡便な現代国語辞典。
見やすい 漢字表記・用字辞典

三省堂編修所 編
B6判 736ページ ¥2,205 ISBN 978-4-385-16045-0
漢字の字形や点画、同じ音の書き分け、送り仮名の付け方など、ことばの書き表し方がすぐに引けて、わかる便利な表記辞典。画数の多い漢字は拡大文字を表示。適宜用例も付して、使い方が分かる。それぞれの常用漢字・人名漢字には音訓と熟語も示す。大きな活字で見やすい紙面の書き表し方のための辞典。
日本語 ブラジル・ポルトガル語辞典

日向ノエミア 編
B6変型判 864ページ ¥2,940 ISBN 978-4-385-12290-8
日本人とブラジル人のコミュニケーションに役立つ辞典。日常生活で出会う生きた用例を豊富に採用。ビジネス旅行にも最適。初めてポルトガル語を学ぶ人を考慮して重要語にはカナ発音付き。ブラジル人のためのポルトガル語による解説も随時掲載。収録語数3万3千、用例数3万6千。巻末付録には文法解説。
大学生のための 日本語表現トレーニング ドリル編

安部朋世・福嶋健伸・橋本修 編著
A5判64ページ(テキスト)+A4判112ページ(トレーニングシート)
セット価格¥1,995 ISBN 978-4-385-36327-1
待望の日本語表現トレーニング第3弾!(⇒スキルアップ編 ⇒実践編)
「テキスト」と「トレーニングシート」の2分冊スタイルにより、楽しみながら日本語表現の基礎力をアップ。効果的に学べる「30の表現法」、内容を段階的に学べる「STEP」と要点を整理できる「POINT」欄。すぐれたレポート作成を支援する「スロット型教材」を紹介。入学前教育や基礎力確認にも最適。
An Unofficial Guide for Japanese Characters 24
2010年 8月 22日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 23
An examination of the “ojoosama”
Over the last two parts (Part 22 and Part 23), we looked at Yasushi Inoue’s Shirobamba and its protagonist Kosaku, and got a clear picture of various children.
Here, we must not forget about the character Ranko from Shirobamba. She is a young girl who is a model “ojoosama(1)” character.
She frequently uses expressions such as “Odamari!” (Silence!) and “Oyame!” (Desist!). These expressions consist of the infinitive form of a verb (“damaru” (to be silent) and “yameru” (to stop or quit) in this example) prefixed with “o” to make a command form; this language is a special pattern used by the “madam” character. In one scene from Shirobamba, Nanae, Kosaku’s strict mother, washes him while using this command form continuously, but Ranko, who is younger than Kosaku, manages phrases like, “Ushiro muki ni natte oaruki!” (Turn around and walk!), “Odamari! Omaesan, nani itterunda. Nanimo wakarimo sen kuse shite!” (Silence! What are you saying? You know nothing!) etc. What else could she be, if not an “ojoosama?” Although one can’t escape the feeling she picked up everything that comes after “omaesan(2)” by listening to adults, she has fully owned these words, unlike, for example, the character Tara-chan from Sazaesan(3), who picks up adult expressions such as “you suru ni” (in short) and shows them off childishly.
Ranko’s talents do not end here. Her use of the word “sa” to prompt others is an “adult” pattern, used in Shirobamba by adults such as the grandfather, grandmother, father, mother and teachers. Despite being a child, Ranko says things like, “Sa, hayaku iinasai!” (Well? Spit it out!) “Sa, Ranko-chan, umi-e iku-wa-yo. Minna irasshaiyo” (Well, Ranko-chan is going to the beach. Everyone, come with me!).
Of course, referring to herself in the third person as “Ranko-chan” is “childish.” The scenes in the book where she rolls up her sleeves and throws stones into the ocean in imitation of Kosaku, and the part where she throws a cake at the ceiling, are also “childish.”
However, there are numerous specimens of Ranko’s adult linguistic patterns: her manner of expressing surprise with falling intonation in the word “a(a)ra” (oh!), as in “Aara, irasshai!” (Oh! Come in.) and “Ara, tobikomeru-no?” (Oh, can you jump in?); her use of “soo”(that’s right) in acknowledgement, when she says, “Soo, sore-wa shiranakatta-wa” (That’s right, I didn’t know that); her use of the command “…shite goran nasai” (try …ing), for instance “Sonnara tobikonde goran nasai” (If that’s how it is, why don’t you try jumping in?).
While a tinge of the “child” still remains in Ranko, her character’s foundation is to some extent “adult,” the “madam” character in particular. She is clearly an “ojoosama” character.
However, her particular character is just one type of “ojoosama.” There is another type of “ojoosama,” as we shall discuss next time. (To be continued.)
* * *
(1) The word “ojoosama” means “princess.” Much like the English word, it is used idiomatically to refer to young women, either endearingly or somewhat judgmentally.
(2) “Omaesan” is a deferential form of the pronoun “you.” It is normally only used by adult speakers toward yonger acquaintance.
(3) Sazaesan is a phenomenally popular comedy manga and anime series created by Machiko Hasegawa. The story follows the everyday life of the titular housewife Sazae and her extended family. Tara-chan is the name of Sazae’s young son. The original comic strip series ran from 1946 to 1974, while the TV animation, which started in 1969, is still being produced today.
author
Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
角色大世界――日本 24
2010年 8月 22日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)“千金小姐”探究
前两节(第22节、第23节)提到的井上靖的小说《雪虫》,作者除了主人公洪作已外,对其他的孩子也进行了生动鲜明的描写。
这其中无论如何都让人难以忘怀的是小女孩兰子。兰子是“千金小姐”角色的典型。
以日语中的“おだまり (o-damari 闭嘴)!”“おやめ (o-yame 停!或 不许~)!”为例,这些词语本来是在动词“だまる (damaru 沉默、不作声)”“やめる (yameru 停止、作罢)”的连用形——“だまり (damari)”“やめ (yame)”的前面加上接头辞“お (o)”而形成的,但是,用这些词语来命令他人却是“贵夫人”擅长的说话方式。在《雪虫》中,洪作严厉的母亲七重在给洪作洗澡的场面中就数次使用。但是如下所示,兰子虽然在年龄上比洪作小,却也堂而皇之地使用这种说话方式。
“うしろ向きになってお歩き (Ushiromuki-ni na-tte o-aruki 倒着走!)”
“お黙り! お前さん、何言ってるんだ。何も判りもせんくせして (O-damari ! Omae-san, nani i-tteru-n-da. Nani-mo wakari-mo se-n kuse-shi-te 闭嘴! 你说什么呢!什么也不知道(净胡说)”
在日语中,这如果不是“千金小姐”又是什么呢?“お前さん (omae-san 你)”后面的话语给人一种学大人话的感觉,但是,却不像动漫《荣螺一家 (Sazae-san )》中的小男孩Tara-chan那样,从大人那里听来“要するに (yoosuruni 总而言之)”记住之后,有事没事地就使用,一听就是从大人那里学来的,但是兰子说的则更像是她自己的话语。
兰子擅长的说话方式不仅仅是这些。日语中使用“さ (sa)”来催促别人做什么也是大人特有的说话方式,在《雪虫》中,都是老奶奶、祖父、爸爸、妈妈、婶婶、老师等人物使用。但是,兰子虽然是个孩子却也使用。
“さ、早く言いなさい (Sa, hayaku ii-nasa-i 快!快说)”
“さ、蘭子ちゃん、海へ行くわよ。みんないらっしゃいよ (Sa, ranko-chan, umi-e iku-wa-yo. Minna irassyai-yo 快!兰子去大海啦。大家快来呀)”
当然,在日语中兰子称自己时不用“我”而用“兰子”这一点上表明她还是个孩子。为了不输给洪作挽起袖子向大海扔石子、把蛋糕往天棚上扔等等都是“孩子”行为。
但是,兰子用“あーら、いらっしゃい (Aara, irassyai 哟,欢迎)”的“あーら (aara)”, “あら、跳び込めるの? (Ara, tobikomeru-no? 哟,你会跳水?)”的“あら (ara)”等降调的“あ (ー)ら (a(a)ra)”来表示惊讶、用“そう、それは知らなかったわ (Soo, sore-wa shira-naka-tta-wa 是吗,(我)还不知道呢)”的“そう (soo)”来表示知晓、用“そんなら跳び込んでごらんなさい (Sonnara tobikon-de-gorannasai 那么你跳来看看)”的“~してごらんなさい (~shi-te-gorannasai)”来表示命令,等等带着大人样的说话方式丰富多彩,惟妙惟肖。
像兰子这样,虽然还有些许“孩子”特有的气息,但是“大人”特别是“贵夫人”角色形象也某种程度上在她身上表现出来。“千金小姐”总结起来就是这样一种角色形象吧!
但是,现在所说的“千金小姐”实际上只不过是“千金小姐”角色类型之一,其他类型也是存在的。(待续)
author
定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。
地域語の経済と社会 第113回 土佐の『龍馬からの恋文』トイレットペーパー
2010年 8月 21日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第113回 「土佐の『龍馬からの恋文』トイレットペーパー」
NHKの大河ドラマ『龍馬伝』が大変な人気で、全国各地の坂本龍馬ゆかりの地は歴史ファンや観光客で大変にぎわっていると聞きます。
関連グッズも続々と登場していますが、そのひとつ、地元・高知では、坂本龍馬からの「恋文(らぶれたー)」を印刷したトイレットペーパーが発売され、話題になっています。
中国語で「手紙」とはトイレットペーパーのことだというのはよく知られた話ですが、まさに龍馬からの手紙がトイレットペーパーになって登場した、というわけです。
これを作ったのは、家庭用の紙製品の製造・加工・販売をしている、高知県土佐市の望月製紙です。
同社によると、NHKの大河ドラマで『龍馬伝』が放送されることが決まった2009年3月、何か龍馬に関するものを開発しようと社内からアイディアを募集。その中から浮かび上がったのが、主力商品の1つであるトイレットペーパーに「龍馬からの手紙(恋文)」を書くことだった由。社の内外に「自分が龍馬になったつもりで「恋文」を書いてください」と呼びかけ、およそ200点ほど集まった応募作の中から、人気投票によって決まったのが、製品化された4作品だったということです。
2010年1月のドラマの放送開始に合わせて販売を始め、現在、高知県内や龍馬ゆかりの長崎県の観光みやげ品売り場などを中心に販売されており、そのユニークさ、おもしろさもあって、旅の記念に、またプレゼント用などに、人気は上々だとのことです。
文面は、まず龍馬が「おー 今日も待ちよったぜよ、まあ、ゆっくりしていきや」とトイレで迎え、そのあと利用者へのメッセージがあり、最後は
悩みがあるがか? 悩みがあるのか? 何でもゆーたらえいがよ 何でも言ったらいいよ ここには誰もおらんき ここには(他に)誰もいないから ほんで 後は水に流したら そして 後は(すべて)水に流したら えいがやき いいんだから
と励ます内容の文面4連が、連綿と繰り返されています。参考までに、共通語訳を付けておきます。
全部を読むと、個室での人生相談の趣きがあります。「恋文」というよりも、龍馬からの「人生の応援歌、処世訓、激励」といったほうがいいでしょうか……?
この手紙のおおむね2連ごとに点線状の切れ目が入っています。
そのように、人生の悩みにも適宜ふんぎりをつけ、うまく切り離されたトイレットペーパーといっしょに、不運や憤懣はすっきり水に流して解消できるといいですねぇ……。
《参考》「望月製紙」のホームページは、http://www.soft1010.com/company/index.html を参照。
◆この連載を続けてお読みになる方は
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
大分大学 教育福祉科学部 教授(国語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと、“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986)、「宮崎県における方言グッズ」(1991)、「「~されてください」考」(1996)、「方言の有効活用」(1996)、「医療・福祉と方言学」(2002)、「方言によるネーミング」(2005)、「福祉社会と方言の役割」(2007)など。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
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2007年









