古代語のしるべ 第1回 オモフ(思)とコフ(恋)の違い

2016年 8月 30日 火曜日 筆者: 内田 賢徳

古代語のしるべ 第1回 オモフ(思)とコフ(恋)の違い

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【筆者プロフィール】

■上代語研究会
乾善彦・内田賢德・尾山慎・佐野宏・蜂矢真郷(五十音順)の5名。上代日本語の未詳語彙の解明を目指し、資料批判を踏まえて形態論と語彙論の両面からその方法の探求と実践を進めている。
■内田賢德(うちだ まさのり)
1947年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程中途退学。京都大学名誉教授。著書『萬葉の知』(1992年 塙書房)、『上代日本語表現と訓詁』(2005年 塙書房)。万葉集を中心に文法と文体を研究、ことばの原初の意味作用をありありと自己の内部に回復し実感することを目指している。

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【編集部より】
 昭和42(1967)年以来、約50年の長きにわたって発行しております『時代別国語大辞典 上代編』。おかげさまで、上代の日本語を体系的に記述した辞書として高くご評価いただき、今も広くお使いいただいています。しかし、この50年の間にはさまざまな研究の進展がありました。木簡をはじめとして上代日本語に関する資料が多数発見されたばかりでなく、さまざまな新しい研究の成果は、『万葉集』や『古事記』をはじめとした上代文献の注釈・テキスト、また関連の研究書の刊行など、大きな蓄積を成しています。
 そこで、未詳語彙の解明をはじめ、新たな資料を踏まえて上代日本語の記述の見直しを進めていらっしゃる「上代語研究会」の先生方に、リレー連載をお願いいたしました。研究を通して明らかになってきた上代日本語の新たな姿を、さまざまな角度から記していただきます。辞書では十分に説明し尽くせない部分まで読者の皆さんにお届けするとともに、次の時代の新たな辞書の記述へとつなげていくことを願っています。


日本語・教育・語彙 第11回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(6):ことばの音の美しさとは

2016年 8月 26日 金曜日 筆者: 松下達彦

第11回 「美しい日本語」「正しい日本語」への疑問(6):
ことばの音の美しさとは

 第7回から第10回までは、「正しい日本語」を定めにくいケースについて、上位語による下位語の代用(例:「静かな住宅街」)、語彙不足が引き起こす隠喩(メタファー)的な意味拡張(例:「海に包まれた街」「木の掃除機」)、擬音語・擬態語(例:「ガビーン」)を取り上げてきた。これらは日本語ナショナリズムに対するささやかな抵抗のつもりで、「ことばをたくさん知っていればいいというものでもない」という例として書いてきた。知らなくても困らない、あるいは知らないことが逆におもしろい表現を生むという例を挙げてきた。そのようにしてことばは時代を経て変化しているのである。

 今度はことばの「美しさ」について考えてみたい。言語には基本的に形と意味がある。形には音と文字がある。文字の美しさは極めれば書道になるのであろうが、これはもう一般の言語使用を越えた芸術領域であるので、ここでは論じる用意がない。

 音の美しさについては、例えば母音の多く含まれる言語は柔らく聞こえるとか、子音が多ければリズミカルに聞こえやすいといったことがあるかもしれない。明治安田生命のウェブサイトによれば、2015年の女の子との名前(読み方)のトップ5はハナ、ユイ、メイ、アオイ、コハルで、k, t, s といった破裂や摩擦を含む音が非常に少ない。アオイに至ってはすべて母音である。(漢字の「葵」はすべての女の子の名前の中でトップである。)男の子の方のトップ5はハルト、ソウタ、ユウト、ハルキ、ユイトである。男の子の名前もさほど硬い感じはしないが、女の子に比べると明らかにk, t, sの割合は多い。女と男のどちらが「美しい」かということを論じるつもりはないが、性別の印象が音の印象と関係しているということは言えるであろう(音の印象に関する研究は間違いなく存在するが、それを正しく引用できるだけの知識はないのでやめておく)。

 ただ、音に対する印象がどの程度普遍的なものか、というのは、ちょっと怪しい。先日、日本語非母語の芥川賞作家の楊逸(ヤン・イー)が、シリン・ネザマフィ(作品が芥川賞候補になったイラン人作家)との対談で「日本語って、すごく速い」「速い分、リズム感が強くて、非常に響きがいい」(『文學界』2009年11月号)と語っているのを読み、驚いた。私はむしろ、楊逸の母語である中国語にそのような印象を持っていたからだ(ネザマフィも「中国語のほうが速い気がする」と述べている)。結局わかりにくいものはより速く聞こえるということなのだろうか。

 「○○語は美しい」とか「○○語は歌のように聞こえる」といったことを様々な言語について聞いたことがある。日本語を勉強している中国人が日本語についてそういうのを聞いたことがあるし、中国語を勉強している日本人から中国語についてそういうのを聞いたこともある。どちらも美しくて歌のような言語なのかもしれないが、音韻の体系は全くと言ってよいほど似ていない。

 結局のところ、音そのものがもっている美しさよりも、その言葉につながっている何かのイメージがそうさせているか、美しいものに触れていると思いたいという願望がそうさせているのではないかという気がする。例えば、フランスのファッションを美しいと思えば、フランス語まで美しく聞こえるというようなことではないかという気がしてならない。それと同じで、ナショナリストが「日本語を美しい」と称えたところで、そうかなと疑念を抱くわけである。言葉を美しいと思うこと自体に大した罪はない。むしろ好ましい面もあるだろう。それぞれの言語にそれなりの美しさがあるのかもしれない。しかし、根拠もなくある言語をほかの言語よりも美しいと外に向かって主張する態度には政治的なものを感じるのである。

 

参考文献

「【特別対談】私たちはなぜ日本語で書くのか/ 楊逸×シリン・ネザマフィ」『文學界』2009年11月号

 

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【筆者プロフィール】

松下達彦(まつした・たつひこ)
『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』東京大学グローバルコミュニケーション研究センター准教授。PhD
研究分野は応用言語学・日本語教育・グローバル教育。
第二言語としての日本語の語彙学習・語彙教育、語彙習得への母語の影響、言語教育プログラムの諸問題の研究とその応用、日本の国際化と多言語・多文化化にともなう諸問題について関心を持つ。
共著に『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』(凡人社 2007)『日本語学習・生活ハンドブック』(文化庁 2009)、共訳に『学習者オートノミー―日本語教育と外国語教育の未来のために』(ひつじ書房 2011)などがある。
URL:http://www17408ui.sakura.ne.jp/tatsum/
上記サイトでは、文章の語彙や漢字の頻度レベルを分析する「日本語テキスト語彙分析器 J-LEX」や、語彙や漢字の学習・教育に役立つ「日本語を読むための語彙データベース」「現代日本語文字データベース」「日本語学術共通語彙リスト」「日本語文芸語彙リスト」などを公開している。

【編集部から】

第二言語としての日本語を学習・教育する方たちを支える松下達彦先生から、日本語教育全般のことや、語彙学習のこと、学習を支えるツール……などなど、様々にお書きいただきます。
公開は第4金曜日を予定しております。


人名用漢字の新字旧字:韓国の人名用漢字は違憲か合憲か(第1回)

2016年 8月 25日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

韓国の人名用漢字は違憲か合憲か(第1回)

2016年7月28日、韓国の憲法裁判所は「人名用漢字は合憲である」との決定を下しました。この決定は、憲法裁判所の9人の裁判官の合議でおこなわれたもので、合憲6人:違憲3人という判断の結果、多数決で合憲と決定されました。翌週には決定文[事件番号2015헌마964]が全文公開されたのですが、日本の人名用漢字に関する言及も含まれていて、韓国と日本における人名用漢字への考え方の差、とも言えるものが現れています。

この決定文を読みつつ、今回から連続7回で、韓国の人名用漢字の現状を、かいつまんで議論することにいたしましょう。なお、決定文の原文はハングルで書かれています。かなり注意して日本語に翻訳したつもりですが、あるいはミスが含まれているかもしれません。引用する際には、必ず決定文の原文に戻って、再度の翻訳を試みるようお願い致します。

まずは、事件の概要を見ていくことにしましょう。請求人の名にも妻の名にも子供の名にも「○」という伏字が入っていますが、決定文が伏字になっているので、そのままにしています。

請求人 박○열

가. 請求人は妻홍○영との間に2015年8月23日出生した男子の名を「로○(嫪○)」と決め、2015年9月17日管轄住民センターに出生申告書を提出した。

나. 担当公務員は「로○」という名の漢字のうち「嫪(로)」が「家族関係の登録等に関する法律」第44条第3項の委任により制定された「家族関係の登録等に関する規則」第37条第1項、第2項で定めた「通常使われる漢字」の範囲に含まれないという理由で、同規則第37条第3項により家族関係登録簿に出生者の名をハングルのみ「로○」と登載した。

다. これに対し請求人は、出生申告時に子の名に使える漢字の範囲を「通常使われる漢字」に制限している「家族関係の登録等に関する法律」第44条第3項および「家族関係の登録等に関する規則」第37条が請求人の人格権および幸福追求権を侵害していると主張して、2015年9月30日この事件の憲法訴願審判を請求した。

韓国の出生申告書は、日本の出生届にあたります。出生申告書において子供の名づけに許されている文字には、韓国独自の制限があります。「家族関係の登録等に関する法律」第44条第3項を見てみましょう。

第44条 (出生申告の記載事項)
子の名にはハングルまたは通常使われる漢字を使わなければならない。通常使われる漢字の範囲は大法院規則で定める。

この「通常使われる漢字」というのが、韓国の人名用漢字にあたります。韓国の人名用漢字は、大法院(最高裁判所)の規則に定められているのです。大法院規則「家族関係の登録等に関する規則」第37条を見てみましょう。

第37条 (人名用漢字の範囲)   ①法第44条第3項にかかる漢字の範囲は次のとおりとする。
1. 教育科学技術部が定めた漢文教育用基礎漢字
2. 別表1に記載した漢字。ただし、第1号の基礎漢字が変更された場合、以前の基礎漢字から削除された漢字は別表1に追加されたとみなし、新たに基礎漢字に追加された漢字のうち別表1と重複する漢字は別表1から削除されたとみなす。
第1項の漢字に対する同字・俗字・略字は別表2に記載したものだけが使用できる。
出生者の名に使われた漢字に第1項および第2項の範囲に属さない漢字が含まれている場合には、登録簿に出生者の名をハングルで登載する。

「漢文教育用基礎漢字」には、中学・高校で漢文教育に用いる漢字1800字が収録されています。「家族関係の登録等に関する規則」の別表1「人名用追加漢字表」には、現在、6044字が収録されています。別表2「人名用漢字許容字体表」には、298字が収録されています。これらを合わせた8142字が、現在、韓国の人名用漢字なのです。

(第2回につづく)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


絵巻で見る 平安時代の暮らし 第52回 『年中行事絵巻』巻六「中宮大饗」を読み解く

2016年 8月 20日 土曜日 筆者: 倉田 実

第52回 『年中行事絵巻』巻六「中宮大饗」を読み解く

場面:中宮大饗で饗宴をするところ
場所:平安京内裏の玄輝門の西廊北面
時節:1月2日の夜

(画像はクリックで拡大)

建物:Ⓐ玄輝門(げんきもん) Ⓑ檜皮葺の屋根 Ⓒ腰屋根 Ⓓ半蔀(はじとみ) Ⓔ回廊 Ⓕ築地 Ⓖ徽安門(きあんもん) Ⓗ四間二面の幄舎 Ⓘ二間二面の幄舎
室礼・装束:①軟障(ぜじょう) ②灯炉(とうろ) ③・⑪打敷 ④・⑤台盤 ⑥・⑦兀子(ごっし) ⑧長床子(ながしょうじ) ⑨御簾 ⑩几帳の裾 ⑫・⑬幔 ⑭大釜 ⑮火炉(かろ) ⑯案(あん) ⑰水注(すいちゅう) ⑱大皿 ⑲机 ⑳山盛りの飯 小皿 笏 太刀 下襲(したがさね)の裾 靴(かのくつ) 浅沓 松明 紐か 松明の束 弓 弦巻 壷胡簶(つぼやなぐい) 尻鞘(しりさや)の太刀 緌(おいかけ)の冠
人物:[ア]・[セ]童 [イ]・[ウ]束帯姿の公卿 [エ]束帯姿の四位の殿上人 [オ]束帯姿の五位の殿上人 [カ]下級官人 [キ]褐衣姿の下人(かちえすがたのしもびと) [ク]額烏帽子の童 [ケ]白張姿の下人 [コ]水干姿 [サ]・[シ]随身  [ス]狩衣姿の男  [ソ]束帯姿の六位か [タ]冠直衣姿 [チ]狩衣姿 [ツ]女性 

絵巻の場面 今回は『年中行事絵巻』の新年恒例の儀式「中宮大饗」の場面を読み解きます。新年二日に群臣たちが、中宮(皇后)と東宮に拝礼して、饗宴と禄を賜わる儀式を「二宮大饗」と呼び、それぞれ「中宮大饗」「東宮大饗」とされました。この場合の「中宮」は、皇后・皇太后・太皇太后などになりますが、多くは皇后か母后のいずれか一人が主催しましました。群臣たちが「中宮」の御所で拝礼した後、内裏内郭(後述)の北面中央の正門となりますⒶ玄輝門(玄暉門・玄亀門とも)北側に移動して、その西の回廊などで饗宴を行うのが、今回の場面になります。したがって、絵巻の画面は北から南を眺めた構図になり、右が西、左が東になります。時間は、松明が描かれていますので、夜になっていますね。なお、東宮大饗は中宮大饗の後、玄輝門の東回廊で行われます。

玄輝門 最初にⒶ玄輝門について見ておきましょう。この門については、第42回で扱っていて、そこでは南側が描かれていました。今回は、北側となります。Ⓑ檜皮葺の屋根から分かりますように三間の門になり、通行できるのは中央一間分で、絵では[ア]童が追い出されて手前に走って来る所になります。その両側はⒸ腰屋根のつく部屋が張り出しています。格子状になっているのは、Ⓓ半蔀です。ここは内裏中郭(内側の囲いと外側の囲いの間)を守る左右兵衛府の佐(すけ。次官)の宿所に充てられます。反対側の南面は、内郭(内側の囲いの中)を守る近衛府の次将や将監(三等官)の宿所になります。

回廊と徽安門 門の東西は複廊のⒺ回廊になり、中央のⒻ築地の仕切りによって、内外二つの石壇の通路に分かれます。画面上部が外側になり、右上に見える扉は、築地に開けられたⒼ徽安門と呼ぶ玄輝門の掖門(えきもん。脇の小門)です。玄輝門東側にも、徽安門に対して安喜門と呼ぶ掖門がありました。それぞれ一間分の小門です。

宴席の室礼 それでは饗宴の室礼を見てみましょう。大和絵が描かれた①軟障が回廊中央のⒻ築地に沿って張り巡らされ、宴席としています。各軟障の間には、照明のために垂木(たるき)に懸けて下げられた②灯炉が見えます。③打敷(敷物)の上にはテーブルとなる④⑤台盤と腰掛けとなる⑥⑦兀子や⑧長床子が置かれています。宴席の左方の部屋からは、⑨御簾が下ろされ、⑩几帳の裾が押し出されています。ここには中宮の代わりとして内侍が控え、宴の終わりに官人たちに禄を下賜しました。御簾の右方に方形の⑪打敷が置かれているのは、ここで戴くためです。

 庭にも大饗のための用意がされています。玄輝門の右手前には⑫幔が引かれ、Ⓗ四間二面の幄舎(後述)の右側にも⑬幔が張られました。玄輝門西側の庭の一画が区画されたのです。この幄舎に並んで、Ⓘ二間二面の幄舎も張られています。ここは酒部所(さかべどころ)で、お燗するための⑭大釜が見えますね。釜は⑮火炉と呼ぶ囲炉裏のようなものに据えられています。その右方の⑯案(台)の上には、酒瓶となる⑰水注や⑱大皿などが並んでいます。

宴席の席次 貴族社会は身分社会ですので、宴席でも席次の違いが視覚化されていました。身分によって座が違うのです。お分かりでしょうか。衣装に違いはありませんが、台盤と、腰掛けが違っていますね。[イ]左端の人の④台盤は小さめで、⑥兀子は原画では坐る面に朱色の文様があります。その右横には長い⑤台盤があり、手前に四脚見える⑦兀子は彩色されていません。さらにその右横は、台盤は同じですが、⑧長床子になっています。ここだけで、三ランクあることが分かりますね。左端(東)が上座で、兀子は参議(宰相)以上が使用しますので、これに坐るのは三位以上の[イ] [ウ]公卿(上達部)たち、長床子は[エ]四位の殿上人となります。ただし、四位はⒼ徽安門西側に坐ったようですが、絵ではそこに宴席は描かれていません。どうしたことでしょうか。さらに宴席は、先のⒽ四間二面の幄舎も使用されました。⑲机が六脚ほど並べられ、ここには[オ]五位の殿上人が坐ることになっていました。回廊に坐るのと随分差がありますね。なお、宴は進行しており、⑤台盤の上には、⑳山盛りの飯や小皿が並べられています。

参集した人々 続いて人々の様子を見ていきましょう。[イ] [ウ] [エ] [オ]宴席の官人たちは束帯姿で、笏を持ち、帯剣し、下襲の裾を引き、靴を履き、向かい合って坐っています。唱平(しょうへい)といって、杯を勧めて相手の長寿を祝うのが作法でした。

 庭の中央には浅沓を履いた[カ]下級官人や裸足で[キ]褐衣姿の下人たちが松明を持って照明しています。[ク]額烏帽子の童が、新しい松明を手渡していますね。右手の下に見えるのは、束ねていた紐でしょうか。松明は長く持ちませんので、玄輝門手前には、[ケ]白張姿(白布の狩衣)の男に連れられて、[コ]水干姿の男が松明の束を背負って補充しに来る様子が描かれています。リアルですね。

 ⑫幔の右側にいるのは[サ]随身たちです。弓を持ち、弦巻をさげ、壷胡簶を背負い、太刀は尻鞘に入れられ、緌のついた冠で、武官姿です。そのうちの[シ]一人が走っていますが、これは、中に入ろうとした[ス]狩衣姿の男や[セ]童を幔の外に追い払っている様子でしょう。

 幔の左側にいる人々は見物人たちです。様々な姿で興味深そうに覗いていたり、見に来たりしています。その中に、[ソ]束帯姿が見えますが、大饗に参加できない六位になるでしょうか。この他に[タ]冠直衣姿や[チ]狩衣姿、あるいは[ツ]女性や、割愛した部分には女童たちも描かれています。原画では様々に色分けされていますので、是非ご覧になってください。

貴族の行事と京の住人 画面左側に描かれた人々は、下級官人や京の住人たちになります。内裏には内郭までは入れなかったでしょうが、中郭までは自由に通行できたようです。現在の皇居や御所の警備の厳しさでは考えられないほど、当時の内裏は開放的だったのです。だから、何かの儀式や行事があると、見物に訪れたのです。このことによって『年中行事絵巻』は、貴族の行事を描きながら、多様な京の住人たちの様子が描かれることとなったわけです。「中宮大饗」一つを取っても、こんな人々の様子まで生き生きと描かれるところに、この絵巻の面白さと価値があるのです。

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。次回も『年中行事絵巻』が続きます。どうぞお楽しみに。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
全国高校からの推薦数NO.1の学習用古語辞典『三省堂 全訳読解古語辞典』〈第四版〉では、ワイドな絵巻型の図版と絵解き式のキャプションを採用。文章からだけでは想像しにくい時代背景や古典常識などを、絵を通して、より具体的に深く学ぶことができます。

 

 

 

ネット座談会 ことばとキャラ 第10回

2016年 8月 15日 月曜日 筆者: 定延 利之

ネット座談会「ことばとキャラ」第10回

【発言者】定延利之

 友定さんのお話をうかがって,改めて文の構造について考えています。

 実はこのところ,共通語についてですが,「構造上の大きな区切れの後の付属要素(コピュラや格助詞)は音調が低い」と言えないか,と考えています。

 コピュラ(「だ」「です」など)について例を挙げると,「わ,人がいっぱいだなぁ」と言う場合は,平板型アクセントの語「いっぱい」に続く「だ」は高く発せられますが,「人がだなぁ,いっぱいだなぁ,入ってだなぁ,……」と言う場合の「だ」は,「いっぱい」に続くコピュラ「だ」も全て,低く発せられます。後者の場合,「いっぱい」と「だ」はあまり強く結びついておらず,両者の間には構造上大きな区切れがあるから,低いのではないかということです。たとえば「そことだね,うちでだね,打ち合わせをだね,……」「いや,社長とだ」「それも,高齢の親を置いて,だ」「スマホを見ながら,だ」「ちゃんと行っただなんて,嘘ばっかり」「あっかんべーだ」「いーだ」の「だ」,さらには「この空欄に埋まる動詞は,『行く』だな」の「だ」,「それでもう,ぐにょーってなっちゃったの」と言われて返す「それは確かに,ぐにょーだね」の「だ」も同様です。

 コピュラは動詞には続かない,と言われ,確かに続きにくいと私も思いますが,その「無理」を押してつながることはあります。具体的には『田舎者』キャラの「行くだ」,『幼児』キャラの「行くでちゅ」,『上流マダム』キャラの「行くざます」,『侍』や『忍者』キャラの「行くでござる」,『平安貴族』キャラの「行くでおじゃる」,『薩摩隼人』キャラの「行くでごわす」などで,これらの「だ」「でちゅ」「ざます」「でござる」「でおじゃる」「でごわす」は皆低く発せられます。これも,「無理」を押してつながることが,大きな区切れを踏み越えてつながるということではないかと今考えています。

 格助詞にも似たことが見られます。動詞に格助詞は続かないと言われることがありますが,この大きな区切れを越えて結びつく格助詞は低く発せられます。「行くがよい」「当たるを幸い」「行くに越したことは無い」「言うに事欠いて」,さらに「この国語辞典の第3巻は「乗る」から「巻く」までだ」などと言う時の格助詞「が」「を」「に」「から」「まで」は低く発せられます。

 そこで,「行くぴょーん」「行くぷぅ」「行くきょ」などのキャラ助詞「ぴょーん」「ぷぅ」「きょ」ですが,「行く」との間の区切れはやはり大きそうなのに,コピュラや格助詞の場合と違って,これらの音調は低くはなくて,単独で発せられた場合と同じ音調ですよね。「兵庫県南部」の「南部」みたいな自立語なのかなぁ,そうすると「助詞」ではないから「キャラ助詞」は改名しないといけないのかなぁ,なんて考えています。

 「おしんこ,ねーすかわ」の「わ」など,方言の文末に現れる,1人称代名詞由来のことばは,音調はどうなんでしょうか。

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【筆者プロフィール】

『日本語社会 のぞきキャラくり』定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「状況に基づく日本語話しことばの研究と,日本語教育のための基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店,2000),『ささやく恋人,りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店,2005),『日本語不思議図鑑』(大修館書店,2006),『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書,2008)『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』(三省堂,2011)などがある。
URL:http://web.cla.kobe-u.ac.jp/aboutus/professors/sadanobu-toshiyuki.html

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【編集部から】

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。


ネット座談会 ことばとキャラ 第9回

2016年 8月 12日 金曜日 筆者: 定延 利之

ネット座談会「ことばとキャラ」第9回

【発言者】定延利之

 瀬沼さんのお話をうかがって,「若者たちが口にする「キャラ」」について,改めて考えてみる必要があると思うようになりました。

 いま日本にはさまざまな分野で,さまざまな論者たちが,さまざまな「キャラ」論を展開していますが,それらは大きく三つに分けることができると私は考えています。

 第1の「キャラ」は,英語の“character”に訳せるような「登場人物」の意味の「キャラ」です。第2の「キャラ」はマンガ論の中で伊藤剛氏が提出した「キャラ」で,これを第1の「キャラ」とはっきり区別するために伊藤氏は“Kyara”という綴りを当てはめています。そして第3の「キャラ」は,日本のことばやコミュニケーションを分析するために私が使っている用語です。第2の「キャラ」つまり伊藤氏のKyaraは,分野を超えてさまざまな論者にインパクトを与えてきましたが,このKyaraを拡大適用して日本語社会を分析しようとする試みは,(その試みの意義自体は別として)どうにも無理があるのではないかということを私は述べてきました(補遺第84回第87回)。これは,日本のことばやコミュニケーションを分析するには,第1・第2の「キャラ」とは別の概念が必要だということです。この認識のもと,私は日本語話者たち,特に若者たちが日常生活の中で口にする「キャラ」に目を付け,専らこれを意味する専門用語として自身の「キャラ」を定義しました。匿名性の高い電子掲示板・2ちゃんねるに,「オレは実は学校とバイト先でキャラが違うんだ」と書き込んだり,「この人たちと一緒にいると,私はいつのまにか姉御キャラになってしまって,若い男の子たちが寄ってこない。悲しい」とブログでぼやいたりするような「キャラ」,これが第3の「キャラ」です。私はこれを「本当は変えられるが,変わらない,変えられないことになっているもの。それが変わっていることが露見すると,見られた方だけでなく見た方も,それが何事であるかわかるものの,気まずいもの」と定義しています。

 第3の「キャラ」の最大の特徴は,これが研究者によって作り出されたものではないということです。これを作ったのは日本語社会に暮らす人々,特に若者であり,私はただそれを専門用語として採用しただけ,と考えていたのですが,しかしながら瀬沼さんのお話をうかがうと,若者たちが語る「キャラ」には広がりがあり,私が定義したのはその一部ということになりそうです。

 瀬沼さんのお話をうかがって私が感じるのは,若者たちの語る「キャラ」には,「主人役」「笑いを誘う道化役」「わざと議論を挑む敵役」のような,山崎正和『社交する人間 ホモ・ソシアビリス』の「役割」(本編第36回)と近いものがあるということです。これは,若者の語る「キャラ」は,「キャラ」という名称はともかく実質だけを考えれば,昔から意識されてきたものとあまり違わない場合もあるということでもあります。私は若者の「キャラ」のうち,新しい部分にかぎって目を向けているけれども,瀬沼さんはとにかく全般をおさえようとされている,そんなことを感じますがどうでしょうか。

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【筆者プロフィール】

『日本語社会 のぞきキャラくり』定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「状況に基づく日本語話しことばの研究と,日本語教育のための基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店,2000),『ささやく恋人,りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店,2005),『日本語不思議図鑑』(大修館書店,2006),『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書,2008)『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』(三省堂,2011)などがある。
URL:http://web.cla.kobe-u.ac.jp/aboutus/professors/sadanobu-toshiyuki.html

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【編集部から】

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。


タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(5)

2016年 8月 11日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第24回

伊藤事務機タイプライター資料館(4)からつづく)

伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」

伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」

伊藤事務機タイプライター資料館には「Blickensderfer No.7」も展示されています。「Blickensderfer No.5」と同様、ブリッケンスデアファー(George Canfield Blickensderfer)が、コネチカット州スタンフォードで製造していたタイプライターです。伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」(製造番号61155)は、トップカバーが黒く、かつ、トップカバーのネジ止めが左右それぞれ1つずつであることから、1897年から1900年までの間に製造されたモデルだと考えられます。

伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」のタイプ・ホイールと銘板

伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」のタイプ・ホイールと銘板

「Blickensderfer No.7」の特徴は、「Blickensderfer No.5」と同様、タイプ・ホイール(type wheel)と呼ばれる金属製の活字円筒にあります。タイプ・ホイールには84個(28個×3列)の活字が埋め込まれており、このタイプ・ホイールが、プラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれるのです。

伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」を背後から見る

伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」を背後から見る

伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」のタイプ・ホイールは、かなり摩耗しているものの、上の列に、小文字の活字がzxkg.pwfudhiatensorlcmy,bvqjの順序に、上から見て時計回りに埋め込まれています。真ん中の列には、大文字の活字がZXKG.PWFUDHIATENSORLCMY&BVQJの順序に埋め込まれています。下の列には、記号や数字の活字が-^_(./’”!1234567890;?%¢$)@#:の順序に埋め込まれています。この「Blickensderfer No.7」のキー配列と同じ順序であり、上段のキーほど、タイプ・ホイールが大きく回転する仕組みになっているのです。大文字はキーボード左端の「CAP」キーを、記号や数字は「FIG」キーを、それぞれ押すことで印字され、実際にはタイプ・ホイールの高さが変わる仕掛けになっています。

伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」のキーボード

伊藤事務機の「Blickensderfer No.7」のキーボード

「Blickensderfer No.7」のもう一つの特徴は、巨大なスペースキーです。下段中央「T」と「E」の間に始まるスペースキーは、そのまま左右に下段のキー全体を覆う形で広がり、あたかもキーボードの外枠であるかのような形をしています。この点は「Blick No.7」と同様で、「Blickensderfer No.7」と「Blick No.7」がほぼ同じデザインだったことがわかります。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


ネット座談会 ことばとキャラ 第8回

2016年 8月 10日 水曜日 筆者: 定延 利之

ネット座談会「ことばとキャラ」第8回

【発言者】定延利之

 宿利さんが問題にされていることは,宿利さん一人にかぎった話ではなく,人間社会に広く見られることだと思います。「A子ちゃん」に対する宿利さんの違和感が,宿利さんの思い過ごしによるものであろうとどうであろうと,人間は他人を「偽者だ」と見てしまうことがあるということです。というのは,宿利さんのような「身を削った」告白はさすがにあまりないかもしれませんが,同様の「偽者認定」の例は,身近な文学作品にもよく見つかるからです。

 たとえば,宮尾登美子の『寒椿』では,娼館の新経営者としてやって来た「若い男」が,娼妓たちの前で「小柄な躰を聳(そび)やかして威厳を作った」のですが,娼妓たちの尊敬を勝ち得ず,まもなく消えてゆきます(本編第13回)。ソビヤカシを見せられた娼妓たちの頭には,「偽者」の二文字が浮かんでいたのではないでしょうか。

 またたとえば,山本周五郎の『おたは嫌いだ』には,奪われた恋人を返せと「若旦那がきいきい声で叫んだ」というくだりがあります。恋人の奪還に挑む勇猛果敢なイメージが「きいきい声」の部分でしぼんでしまうとしたら,これも「偽者」らしさの現れでしょう(補遺第35回)。

 いま取り上げた事例では,「若い」「小柄」「きいきい声」といった「偽者認定」の手がかりがあったわけですが,そのような手がかりが描かれない場合もあります。

 谷崎潤一郎の『細雪』(中巻)では,奥畑という,ゆっくりしゃべる大家の若旦那が,たしかに事実として大家の若旦那,つまり坊ちゃんではあるけれども,坊ちゃん特有の余裕ある様子を醸し出そうとして,わざとゆっくりしゃべっているのだと,幸子に決めつけられ,嫌われています(本編第3回)。また,かつて仕えた主人の家が洪水だと,大阪から芦屋に一番に見舞いに駆けつけ,主人の無事に安堵して涙ぐむ,忠義者を絵に描いたような庄吉の姿は,幸子には,芝居好きが忠義者ぶって自己陶酔しているものとして冷たく切り捨てられています(本編第18回)。これら二人の男性を幸子がどのような手がかりで「偽者」と認定したのかは,描かれていません。

 手がかりがないとされつつ,「偽者」と疑われる場合もあります。志賀直哉の『暗夜行路』では,「善良そのもの,正直そのもの,低能そのもの」の植木屋が,出されたお茶を押し頂いて飲む様子を見て,謙作は「然(しか)し見た通りが本統だろうか?」と,「眼(め)に見えない一種の不自然さ」を感じます(本編第38回)。

 以上のような,時には「なんとなく」としか言いようのない,「偽者認定」がしばしばなされること,それは事実であって,直視しなければならないと思います。

 宿利さんの言うとおり,ポライトネスというのは「人間関係がこのようになってしまわず,こうなるように,これこれこのように配慮する」という,意図のレベルの話ですよね。たとえば娼妓たちが新経営者について「いくら体をソビヤカシだって,こいつって偽者じゃん」と感じるような,新経営者の意図的な振る舞いを越えたところにある「人物論」は,ポライトネスではどうしようもないと思います。どうしようもないといっても,ポライトネス論をおとしめるわけではなくて,ポライトネス論をポライトネス論として正しく理解しようとすると,「何でもポライトネス」というわけにはいかない,ということですが。

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【筆者プロフィール】

『日本語社会 のぞきキャラくり』定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「状況に基づく日本語話しことばの研究と,日本語教育のための基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店,2000),『ささやく恋人,りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店,2005),『日本語不思議図鑑』(大修館書店,2006),『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書,2008)『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』(三省堂,2011)などがある。
URL:http://web.cla.kobe-u.ac.jp/aboutus/professors/sadanobu-toshiyuki.html

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【編集部から】

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。


モノが語る明治教育維新 第1回

2016年 8月 9日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

モノが語る明治教育維新 第1回

(写真はクリックで拡大)
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 唐澤博物館についてお話ししましょう。

 練馬の住宅街の一角に、茶色の3階建て、角に青い三角屋根がちょこんと載っている塔屋があるのが唐澤博物館です。窓枠には大八車の車輪がはめてあり、ガス灯を戴いた門の下では、昔懐かし校庭の二宮金次郎像がお客様をお出迎えです。外壁のてっぺんには、亀の子文字で哲学者カントの句「人間は教育によってのみ人間となることができる」が金色に輝き、道を歩く人の足を止めています。

 この館の創設者、唐澤富太郎は明治44年生まれの教育史研究者です。明治5年開校の師範学校を前身とし、教育学研究の中心であった東京教育大学で日本教育史の教鞭を取り、その生涯を研究に捧げた人でした。

 教育史の学校中心史観に疑問を呈し、昭和20年代には校外の子どもの暮らしや社会にまで視野を広げた生活教育史をいち早く提唱、30年代には従来の文献中心の研究に飽き足らず、実物による新しい教育史の開拓を志し、教育史資料を求め全国各地を走り回りました。

 その収集はまさに執念の一言、「先生の回った後にはめぼしいものは何も残らない」と研究者の間では評判だったと聞きます。

 例えば館の階段の手すりは、鳥取県から貨車一台を借り切って運んできたものです。擬洋風の風格ある明治20年創立の小学校が新しい校舎に建て替えが決まり、解体され製材所に運ばれていたものをせめて部分だけでも保存したいとの思いからでした。高度成長期は特に昔のものを簡単に処分する時代でした。「人の顧みない時に、顧みられないことに対する義憤から見つけ次第買い集めた」「時に自らの経済力を超える出費に不安を覚えつつも、研究への情熱がまさった」と当時を振り返っています。

 モノには先人の知恵と心が詰まっている、実物を実際に見て、触って歴史の魂にじかに触れたい!!実物から学ぶ意義を一番よく知っている人でした。館内には学校教育史資料をはじめ、玩具や文具、人形、そろばん、今は見かけない手仕事の道具など、七千点が所狭しと展示されています。百聞は一見に如かず、実物の持つ迫力に触れに是非ご来館ください。

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写真は上から
【1】 唐澤博物館外観
【2】 昭和40年3月21日発行の朝日新聞 実物による日本教育史の開拓を志し、資料収集に燃えていた唐澤富太郎と揺籃期の博物館を取材した記事。左は研究アシスタントの妻・てる子
【3】 明治20年創立の倉吉市成徳学校(鳥取県)で使われていた階段の手すりを、昭和43年に当館に移設。親柱がわらびの形を模していて個性的

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◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://members3.jcom.home.ne.jp/kmuseum/

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。


古語辞典でみる和歌 第27回 逆接の表現を含む和歌

2016年 8月 9日 火曜日 筆者: 古語辞典編集部

古語辞典でみる和歌 第27回

逆接の表現を含む和歌:やすらはで寝(ね)なましものを小夜(さよ)ふけて傾(かたぶ)くまでの月を見しかな

出典

後拾遺・恋二・六八〇・赤染衛門(あかぞめゑもん)〉/百人一首

(来てくださらないとわかっておりましたなら)ためらうことなく寝てしまったでしょうに、あなたの(来てくださるという)おことばをたよりにして、夜がふけて西の空に傾くまでの月をながめつづけたことです。

「寝なましものを」の「な」は、完了(確述)の助動詞「ぬ」の未然形、「まし」は、推量(反実仮想)の助動詞の連体形、「ものを」は、逆接の接続助詞。

参考

『後拾遺和歌集』の詞書によると、作者の姉妹のところに通っていた男性(=藤原道隆(みちたか))が、かならず行くとあてにさせておいて来なかったとき、作者が姉妹に代わって詠んだ歌。

(『三省堂 全訳読解古語辞典〔第四版〕』「やすらはで…」)

今回は、「逆接」の表現を用いた和歌を特集します。和歌を作る際、逆接の表現を取り入れると、内容により深みが出ることがあります。以下の和歌の意味も、辞書を引きながら確認してみましょう。
本コラムでは今月から数回にわたって、いわば現代語から古語へ逆引きする発想で、いくつかの文法事項を取り上げ、辞書に掲載されている和歌の用例を取り上げます。末尾の( )カッコ内に、辞書での掲出項目をお示ししております。和歌だけではなく、文法学習のまとめなどにお役立て頂ければ幸いです。

【ど】

しのぶれ色にいでにけりわが恋はものや思ふと人のとふまで
〈拾遺・恋一・六二二・平兼盛(たひらの/かねもり)〉/百人一首
[訳]だれにも知られないように心に秘めていたのだけれど、とうとう顔に出てしまったよ、私の恋は。何か物思いでもしているのですかと人がたずねるほどに。
[技法]倒置法。「わが恋は」が主語である。
〔注〕「いでにけり」の「に」は、完了の助動詞「ぬ」の連用形。「けり」は、過去の助動詞の終止形。「ものや思ふと」の「や」は、疑問の係助詞。「思ふ」は「や」の結びで連体形。「と」は引用の格助詞。
[参考]「天徳四年内裏歌合(だいりうたあはせ)」において「忍ぶ恋」の題で詠まれた歌。同じ題で詠まれた壬生忠見(みぶのただみ)の歌「こひすてふ…」と優劣が争われ、なかなか判定がつかず、村上天皇の判断でこの歌が勝ちとなった。(〔和歌〕「しのぶれど…」)

【ども】

都にはまだ青葉にて見しかども紅葉(もみぢ)散り敷く白河(しらかは)の関
〈千載・秋下・三六五・源頼政(みなもとのよりまさ)
[訳]都ではまだ青葉として見ていたのに、紅葉が散り敷いているよ、ここ白河の関では。
〔注〕「しか」は過去の助動詞「き」の已然形。接続助詞「ども」がつき、逆接の確定条件を表す。(〔和歌〕「みやこには…」)

【ながら】

ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ
〈古今・冬・三三〇・清原深養父(きよはらのふかやぶ)
[訳]冬だというのに、空から花が散ってくるのは、たぶん雲のむこうはもう春だからなのだろうか。
〔注〕「冬ながら」の「ながら」は、逆接の接続助詞。「春にやあるらむ」の「に」は断定の助動詞「なり」の連用形、「や」は疑問の係助詞。「らむ」は現在理由推量の助動詞「らむ」の連体形で「や」の結び。目に見えない世界を想像しているのである。
[参考]『古今和歌集』の詞書(ことばがき)には、「雪の降りけるをよみける」とある。空から降る雪を花に見立て、その花から、雲のむこうはもう春なのか、と想像したのである。春を待望する心が、このような想像を生んだのである。(〔和歌〕「ふゆながら…」)

【ものゆゑ】

恋すれば我が身はかげとなりにけりさりとて人に添はぬものゆゑ
〈古今・恋一・五二八〉
[訳]恋い慕うので、わたしの身はやつれた姿になってしまったよ。とはいっても、(影法師のように)あの人に寄り添えるわけでもないのに。(「かげ」一⑥)

【ものを】

(あ)を待つと君が濡(ぬ)れけむあしひきの山のしづくにならましものを
〈万葉・二・一〇八・石川郎女(いしかはのいらつめ)
[訳]わたしを待っていてあなたが濡れたという、(あしひきの)そういう山のしずくになれたらよかったのに
[技法]「あしひきの」は「山」にかかる枕詞。
〔注〕「けむ」は過去に関する伝聞の助動詞「けむ」の連体形。「ましものを」は、反実仮想の助動詞「まし」に、逆接の助詞「ものを」が付いて、…だったらよかったのに、の意を表す。(〔和歌〕「あをまつと…」)

【「こそ…已然形」(係り結び)】

恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
〈拾遺・恋一・六二一・壬生忠見(みぶのただみ)〉/百人一首
[訳]恋をしているという私の評判は、こんなにも早く広まってしまったことだ。だれにも知られぬようにとひそかに思い始めたのに
[技法]三句切れ。
〔注〕「恋すてふ」の「てふ」は、格助詞「と」に動詞「いふ」が接続した「といふ」が変化した語。「思ひそめしか」の「しか」は、過去の助動詞「き」の已然形。係助詞「こそ」を受け、逆接の条件句となっている。(〔和歌〕「こひすてふ…」)

八重葎茂れる宿のさびしきに人こそ見え秋は来(き)にけり
〈拾遺・秋・一四〇・恵慶法師(ゑぎやうほふし)〉/百人一首
[訳]幾重にも葎が生い茂った寒々しい宿に、訪れる人の姿は見えない、秋は訪れて来たことだ。
〔注〕「こそ」は係助詞。「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形。「こそ…ね」で係り結びになっているが、文脈上逆接の意で下につながっている。(〔和歌〕「やへむぐら…」)

わが袖は潮干(しほひ)に見えぬ沖の石の人こそ知ら(かわ)く間(ま)もなし
〈千載・恋二・七六〇・二条院讃岐(にでうゐんのさぬき)〉/百人一首
[訳]私の袖は、潮が引いた時でも姿を現さない沖の石のように、人は知らないけれども、涙のために乾くひまもないことです。
〔注〕「沖の石の」の「の」は比喩(ひ/ゆ)の格助詞。…のように。「人こそ知らね」の「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で「こそ」の結び。逆接の意を含む用法。→「こそ」 (〔和歌〕「わがそでは…」)

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逆接の意味になるものには、上に挙げたもののほかに「とも」「に」「を」「が」「なくに」「ものの」「ものから」などもあります。それぞれ辞書を引いて、意味を確認してみましょう。

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弊社では、現在「三省堂 高校生創作和歌コンテスト」の和歌を募集しております。本年度の歌題は「題詠 袖」です。ふるってご応募ください。以下のバナーから、募集要項や昨年度の受賞作品などがご覧いただけます。

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ネット座談会 ことばとキャラ 第7回

2016年 8月 8日 月曜日 筆者: 友定 賢治

ネット座談会「ことばとキャラ」第7回

【発言者】友定賢治

 第4回に引き続き,「キャラ助詞に似たものが方言にみられる」というのは,方言のどのような言い方がそれにあたるのかをみていきます。

 まず,自称詞に由来するとされる「わ」「ばい」です。定延さんも本編第20回であげておられる,

(C-1) おしんこ ねーすかわ。(おしんこはありませんか 宮城県)〈3〉

終助詞の後ろに「わ」が位置するものです。このような「わ」が,〈2〉の資料では,宮城県宮城郡にまとまって見られます。(C-1)も宮城県松島町となっています。

 次は,九州の「ばい」です。

(D-1) さけ だしまっしぇんなばい。(酒は出しませんよ。 福岡県)〈2〉
(D-2) うん からいもなら いっちょー もろーて いこかのばい。(はい,さつま芋ならひとつ貰って行こうかね。 佐賀県)〈2〉

 やはり,終助詞「な」「かの」の後ろに位置しています。

 次は,共通語では,その位置に「わ」は来ないと思われるものです。

(E-1) ありがと ござりまして わい。(ありがとうございます。 石川県)〈2〉

 最後は,動詞の「言う」「思う」「見る」「来る」などが文末詞化しているもので,「言う」以外は,中国地方を中心に分布しています。特に,「見る」は岡山県,「来る」は島根県出雲地方に特徴的に見られるものです。これらが,上記のA~Eと同様のものなのか,まさに「さらに検討を進める」必要がありますが,ここでは,思い切ってあげておきます。

(F-1) はよー せーちや。(早くしなさいよ。 岡山県)〈1〉

「せーちや」は「せよと言えば」の変化した形です。

(F-2) かわしりにゃー じょーに とりますともい。(川尻にはたくさんとりますよ。 山口県)〈3〉

「ともい」は「と思え」だと考えられます。

(F-3) どーにも ならんとみー。(どうにもならないよ。岡山県)〈1〉
(F-4) おんせんにでも いかこい。(温泉にでも行こうよ。 島根県出雲地方)〈1〉

 ただ,これらのうち,「思え」「見よ」は,敬語形もあり,完全に文法化しているとは言えないかもしれません。

(F-5) さるが なんと じゃーに おったとまっしゃい。(猿がなんとたくさんいたんですよ。 島根県出雲地方)〈3〉
(F-6) ほんに つまらんとみんしゃー。(ほんとにつまらないよ。 岡山県)〈1〉

「とまっしゃい」は,「~とおもわっしゃい」で尊敬の助動詞「しゃる」がついています。「みんしゃー」は「みなさい」です。

 以上の6種類ですが,結局,「さらに検討を進める必要がある」を繰り返しただけという,まことに恥ずかしいことになってしまいました。

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【筆者プロフィール】

友定賢治(ともさだ・けんじ)
県立広島大学名誉教授。専攻は日本語学,中でも,方言や子どものことばの研究。編著書に,『全国幼児語辞典』(東京堂,1997),『育児語彙の開く世界』(和泉書院,2005),『関西弁の広がりとコミュニケーションの行方』(陣内正敬と共編 和泉書院,2006),『県別罵詈雑言辞典』(真田信治と共編 東京堂,2011),『感動詞の言語学』(ひつじ書房,2015)などがある。

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【編集部から】

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。


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