シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第七回:トナカイの放牧

2017年 10月 13日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第七回: トナカイの放牧


トナカイを追うためにスキー板を履いた牧夫

 前回のエッセイで述べたとおり、野生トナカイも家畜トナカイも季節移動を行います。牧夫たちは一年をとおしてトナカイ群とともに移動して群れを管理していますが、彼らの仕事はそれだけではありません。牧夫たちには毎日トナカイが餌を食べられるようにするという仕事もあります。宿舎の中で飼育し、配合飼料や干草等の餌を与える現代の畜産業とは異なり、シベリアではトナカイたちを囲いのない牧野に放ち、自ら餌を探して食べてもらうようにします。毎日トナカイたちは草やコケを食べるために森の中やツンドラをあちこち歩き回ります。牧夫たちは、夕方トナカイを牧柵や橇(そり)をひく役目から解放して、翌朝トナカイを迎えに行きます。解放されたトナカイ群たちは群れで行動します。彼らは一晩中自由によい草やコケ等を探して歩いたり、それらを食べたり、反芻(はんすう)したり、寝たりします。このようにトナカイに採食行動させるために牧野に放つことを放牧といいます。

 ヒツジやウシ等の放牧では、ふつう日中に牧夫が群れにずっと付いて放牧を行い、夜間は住居近くの牧柵にいれておきます。しかしトナカイ放牧の場合、牧夫は群れに付いて行きません。柵のない広大な森に放つだけです。トナカイは天幕や家屋から数キロメートルから数十キロメートルという広い範囲で採食行動します。そのため、トナカイの群れを探し出して自宅の牧柵や決めた場所まで連れて行くことは誰にでもすぐできるような易しいことではなく、知識と経験が必要です。


採食するトナカイたち

 解放されたトナカイは好きな方向へ好きな距離を行くため、群れがいる場所は毎朝異なります。どのように群れの場所を突き止めるかというと、冬は徒歩で雪上の足跡をたどってトナカイを探します。毎日トナカイは歩き回るので、雪上に足跡が数多くあります。その中から昨晩ついた新しい足跡を見つけます。新しい足跡はまだ固まっていないため柔らかいのが特徴です。しかし、天候によっては見分けが難しく、牧夫ですら正しく見極めることができないことがあります。また、正しく見極めたとしてもトナカイたちがさらに遠くへ高速で走り去ってしまう場合もあります。さらに、西シベリアは平坦な土地と見通しの悪い常緑針葉樹林帯が広がっているため、高い丘に登って群れを探すということもできません。そのため、5時間以上も深い雪上を歩かねばならないときもあります。群れが遠くへ行ってしまった際には厳冬期でも3、4日間野宿して探すことも珍しくありません。


群の後ろを歩いて帰宅をうながす

 群れを発見した後は、トナカイを自宅の方へ連れて行きます。トナカイを追い立てる作業の基本は、群れの後ろから歩くことです。トナカイは後ろから追われると反対に前に進みます。それと同時に声や口笛で進む方向を支持したり、牧畜犬に群れの周囲を見張らせて、群れがバラバラにならないように密集させたりします。トナカイの群れはちょっとした刺激ですぐに分散してしまったり、遠くへ走り去ってしまったりします。牧柵の手前でトナカイが逃げてどこかへ去ってしまうこともよくあります。牧畜というと田舎ののどかなイメージがあるかもしれませんが、このようにトナカイの放牧は意外と肉体的にも精神的にも疲労する緊張感のある仕事という側面もあります。

ひとことハンティ語

単語:Щити ям!
読み方:シーティ ヤム!
意味:とても良いです!
使い方:相手が言ったことに対して、賛成や称賛、肯定、好感などを表すときに使います。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

前回はトナカイの習性や生活についてでしたので、今回はトナカイ牧夫の仕事です。牧夫の作業はのどかでのんびりしたイメージがありましたが、柵のない広大な森に放したトナカイを管理するのは想像以上に知識と経験、そして体力と精神力が必要ですね。トナカイと自然と共存するために、それぞれの特性を受け入れながら生きる牧夫たちの様子を紹介していただきました。次回の更新は11月10日を予定しています。


広告の中のタイプライター(17):Daugherty Typewriter

2017年 10月 12日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Southern Magazine』1895年2月号

『Southern Magazine』1895年2月号
(写真はクリックで拡大)

「Daugherty Typewriter」は、ペンシルバニア州キッタニングのドーアティー(James Denny Daugherty)が、ピッツバーグで1893年頃から生産・販売を開始したタイプライターです。「Daugherty Typewriter」の特徴は、キーボードとプラテンの間に配置された38本のタイプ・アーム(type arm)にあります。タイプ・アームは、それぞれ対応するキーにつながっています。キーを押すと、プラテン側を支点として、タイプ・アームの先(キーボード側)が持ち上がり、プラテンの前面めがけて打ち下ろされます。タイプ・アームがプラテンに到達する直前に、インク・リボンが下からせりあがって来ます。タイプ・アームの先には、活字が2つずつ付いていて、通常の状態では小文字が、プラテンに挟まれた紙の前面に印字されます。キーを離すと、タイプ・アームとインク・リボンは元の位置に戻り、紙の前面に印字された文字が、オペレータから直接見えるようになります。つまり、打った文字がすぐ読めるのです。これが、フロントストライク式という印字機構で、「Daugherty Typewriter」が初めて実用化したものなのです。

「Daugherty Typewriter」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。キーボードの最上段は、大文字側に“#$%_&’()が、小文字側に23456789-が配置されています。その次の段は、大文字側にQWERTYUIOPが、小文字側にqwertyuiopが配置されています。そのまた次の段は、大文字側にASDFGHJKL:が、小文字側にasdfghjkl;が配置されています。最下段は、大文字側にZXCVBNM?.が、小文字側にzxcvbnm,/が配置されています。「Daugherty Typewriter」では、スペースキーの左右にある「大文字キー」によって、大文字と小文字を打ち分けます。「大文字キー」を押すと、タイプ・アームとキーボード全体が少し手前に傾き、プラテンとの相対的な角度が変わることで、大文字が印字されます。「大文字キー」を離すと小文字が印字されます。プラテンを動かすのではなく、タイプ・アーム全体を傾けるという機構だったために、「Daugherty Typewriter」の「大文字キー」は、押すのが非常に重い、という問題がありました。

この重い「大文字キー」を正常に動作させるために、「Daugherty Typewriter」は、頻繁にメンテナンスをおこなう必要がありました。また、フロントストライク式そのものは良いアイデアだったのですが、結果として、複数のタイプ・アームが印字点でひっかかってしまう(いわゆるジャミング)現象が多発しました。「Daugherty Typewriter」のフロントストライク式は、最初から完成していたわけではなく、まだまだ改良を必要としていたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


モノが語る明治教育維新 第17回―日本最初(!?)の卒業証書 (2)

2017年 10月 10日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第17回―日本最初(!?)の卒業証書(2)

 第16回に引き続き、草山直吉の卒業証書から当時の学校の様子をあきらかにしていきます。

 明治5年に頒布された「学制」には、「大中小学区ノ事」として日本全国を8つの大学区に分け、一つの大学区を32の中学区に分け、更に一つの中学区を210の小学区に分けるとあります。これが実践されれば全国で5万3760校(8×32×210)の小学校を設けることとなり、それは人口600人を以て1小学区とすることを目的としたものでした。実際ははるかに及びませんでしたが、明治6年に1万2558校、明治7年には現代とほぼ同数の約2万校の小学校が存在しました(もっとも立派な校舎をもつ学校は少なく、寺子屋が学校と名を変えただけのものも多かったのですが)。

 直吉の卒業証書を見ると、学校名がこの学制期のナンバリングで記載されています。足柄県は第1大学区に指定された1府12県(東京府と関東近県)の中の1つでしたので、この第1⼤学区内の第28の中学区、その中の第145番の小学校(第三級以降は学区変更のためか第140番小学となっています)である、と記しているのです。 証書に押された校印も何々学校ではなく、このナンバリングで記されています。手書きの証書に「第何大学区 第何中学区 第何番小学」といちいち書き込むのは大変だと思いますが、「学制」が廃止される明治12年まではどの卒業証書も同様の体裁をとっています。そして、第一級卒業、つまり下等小学卒業の証書にだけ、「平澤学校」と校名が併記されています。

 氏名の右肩には、在住する県や村の名称と共に族称(維新後に定められた国民の身分上の呼称)が記されています。直吉の族称は平民で、明治5年の壬申戸籍によれば人口の93パーセントをこの平民が占めています。当館が所蔵する明治6年から12年までの卒業証書のうち、族称が記載された28人を調べたところ、平民22人に対して、士族が6人もいました。確認した数が少ないためはっきりしたことは言えませんが、人口比率のわりに士族が就学・卒業した割合が多かったと推察されます。

 氏名の左下には年齢が記されています。第八級卒業証書にある「当年十二月九年十月」とは、今年12月で満9歳と10カ月であるという意味です。旧来の数え年(誕生月に関わらず、新年を迎えると一つ年を加えて数える年齢)をとらず、西洋風に満年齢を採用したところが開化的ですね。直吉は第八級を9歳10か月で終えたということは、入学年齢も9歳だったことになります。これは何も直吉の入学が遅れたというのではなく、明治6年は学校がスタートした年でもあり、入学者は6歳未満から10代後半までと年齢層が幅広かったのが実情だったのです。

 日本最初の、と言っていいかはわかりません(これ以前のものをご存知の方は、ぜひお知らせください)が、近代小学校揺籃(ようらん) 期の姿を知るうえで、とても意味のある卒業証書です。

◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。


『日本国語大辞典』をよむ―第18回 ガトフフセグダア

2017年 10月 8日 日曜日 筆者: 今野 真二

第18回 ガトフフセグダア

 タイトル「ガトフフセグダア」が何のことかおわかりになるでしょうか。筆者は『日本国語大辞典』をよんでいて、このことばにであった。

あごつかい【顎使】〔名〕高慢、横柄な態度で人を使うこと。あごさしず。*ガトフ・フセグダア〔1928〕〈岩藤雪夫〉二「気弱で温純だといふ点からメーツ等に寵愛されてナンバンにまで成り上った彼には下の人間をすら余り頤使(アゴヅカ)ひ能(でき)る勇気の持合せがなかった」

 『日本国語大辞典』のオンライン版で検索してみると、『日本国語大辞典』全体では、この岩藤雪夫「ガトフフセグダア」が221回、使用例としてあげられていることがわかる。今回の「『日本国語大辞典』をよむ」の「よむ」には使用例をよむということは含めないと最初に述べたが、それは「必ずよむ」ことにはしないということであって、当然使用例をよむこともあるし、「出典」をみることもある。最初は気にならなかったが、何度か目にするうちに、この「ガトフフセグダア」が気になってきた。作品名であることはわかるが、不思議な作品名である。

 そこで、グーグルで検索をしてみると、なんと3件しかヒットしない。古本サイトなども使って、この作品が「現代日本文学全集86」『昭和小説集(一)』(1957年、筑摩書房)と「日本現代文学全集69」『プロレタリア文学集』(1969年、講談社)に収められていることがわかり、その両方を注文して、購入した。

 「ガトフフセグダア」は作品の中に次のようにでてくる。

「やい山。」と彼は一寸踊を止めて私を眺めた。「ガトフ・フセグダアてことを知つてるかい?」

「何、ガトフヽヽヽガトフヽヽヽ何だいそれは、まさか火星の言葉でもあるまいし。」

「ロシア語だよ、俺がサガレンの漁場にゐる時に教はつたんだ。ね君は知つてるかい、レニンて怪物を。」と彼は節くぶしに毛の密生した右手の親指を突き出して言葉の調子を改めた。

「レニン、知つてるさ、それあ……」

「さうさ、知つてるだらう、吾々の恩人レニン。な、彼が云つたんださうだ。『ガトフ・フセグダア』つてね。上(うは)つ面(つら)は何んな間抜面をしてゐてもいい。然しいいか、『ガトフ・フセグダア』だ。『常に用意せよ。』ていふんだ。ね解つたかい。此船で君となら先づ話が出来さうだ。解つたかい、解つたらお終ひと、こらさつと。」

そして彼は又踊つた。(昭和小説集(一)132ページ)

 「ガトフフセグダア」はロシア語で「常に用意せよ」という意味だった。このことについて、インディペンデント・キュレーターとして、国内外の美術館・ギャラリー・企業の依頼で、展覧会の企画などを行い、翻訳もしている高等学校時の同級生にたずねてみた。すると、「ピオネール」という、ボーイスカウトに倣ったソ連の少年団のスローガンが、ボーイスカウトの「Be prepared(備えよ常に)」に倣った「フシェグダー・ガトーフ(何時でも準備よし!)」であることを教えてくれた。「ピオネール」のシンボルマークに、レーニンの横顔とこのスローガンが書かれていることも、ネットの検索でわかった。

 さて、作者の岩藤雪夫は明治35(1902)年生まれで、平成元(1989)年に没している。他の作品も読んでみたくなったので、日本プロレタリア傑作選集の1冊となっている『血』(1930年、日本評論社)、新鋭文学叢書の1冊となっている『屍の海』(1930年、改造社)も入手した。後者の表紙見返しページには「労働者を友とせよ 鷲目原」という書き込みがされ、それに赤鉛筆で×をして「中村廣二」と書かれている。奥付の前のページには赤鉛筆で「示威運動」、ペンで「爆発」と書かれていて、こうした本が出版されていた時期の「熱」のようなものを感じる。

 『日本国語大辞典』を丁寧によんでいくと、自分が知らない「出典」が数多くあげられている。それは古典文学作品でもそうだ。「知らない」ということはこれまであまり接点がなかったということであり、それは自身の限定された興味に起因するということもあるだろう。そうした自身の「偏り」を知り、修正する機会を与えてもくれる。「これはおもしろそうだな」と思った作品をよんでみる、というようなことも『日本国語大辞典』をよむ楽しさの1つであろう。

 筆者が岩藤雪夫の作品を少し読んでみようと思ったのは「プロレタリア文学」というくくりに、ちょっと「反応」したからだ。中学校や高等学校の、おそらく文学史で聞いたことばだろうと思うが、「プロレタリア文学」といえば、小林多喜二の『蟹工船』、あとは徳永直の『太陽のない街』だろうか。黒島伝治の名前もそういう中で知ったように思う。しかし、実際にこれらの作品を読んだかというと、そうでもないことに今回気づいた。「プロレタリア文学」とくくられる文学作品が文学史に足跡を刻んでいることはたしかなことであろうが、それを「今、ここ」のものとしてとらえることはほとんどないだろう。そういうことを考えさせられた。

 入手した『血』におさめられている『ガトフ・フセグダア』の冒頭(6行目)には次のようにある。

エンヂン場(ば)は夕暮(ゆふぐれ)の牢獄程(らうごくほど)に暗(くら)かつた。「持出(もちだ)しワッチ」に当(あた)つた私達(わたしたち)フィアマンは赤鬼(あかおに)みたいにスライスバアやスコップを振(ふ)り廻(まは)して圧力計(プレシユアゲージ)と睨(にら)めつこをしてゐた。

 『日本国語大辞典』は上にみられる「フィアマン」や「プレシユアゲージ」も見出しとはなっていない。見出し「ファイアマン」の語釈中に「フィアマン」があり、「プレッシャーゲージ」を見出しとしている。ただし、使用例としては、上の箇所をあげているので、語形としては小異とみているのだろう。その一方で、「エンジンバ(エンジン場)」や「モチダシワッチ(持出しワッチ)」、「スライスバア」は見出しとしていない。外来語を見出しにするのには限界があるだろうから、それは当然のこととして、筆者としては、「エンジンバ(エンジン場)」のような複合語は、できるだけ見出しになっているといいと思う。この場合は「エンジン」に和語「バ(場)」が複合した複合語であるので、「バ」がそうした造語力をもっていたことを窺わせる語の例ということになる。どうしても、そのような「日本語の歴史」を思い浮かべながら『日本国語大辞典』をよんでしまうが、あれこれと想像しながらよむのはやはり楽しい。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


続 10分でわかるカタカナ語 第29回 NPO(エヌピーオー)

2017年 10月 7日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「NPO(エヌピーオー)」の意味と使い方

どういう意味?

 「非営利団体」のことです。

もう少し詳しく教えて

 NPO は英語の nonprofit organization を略した言葉で「非営利団体」または「非営利組織」を意味します。多くの場合「公益に資する活動を非営利で行う民間団体」を指します。ここで言う公益に資する活動とは、地域振興・福祉・教育・文化・人権など様々な分野で社会的課題を解決するための活動のこと。また民間団体とは、行政・企業以外の団体を指します(なお最広義として、社団法人・財団法人・医療法人・学校法人・宗教法人などを含める考え方もあります)。

 この NPO に似た言葉に「NPO 法人」もあります。これは NPO 法(正式名称は「特定非営利活動促進法」)に基づいて登記できる、NPO 専用の法人格のことです。この登記を行っていない NPO は、法律上、任意団体という扱いになります。また「認定 NPO 法人」という制度もあります。これは NPO 法人のうち、一定の条件を満たすものに税制上の優遇措置を与える制度です。

 もうひとつ、NPO に似た概念に「NGO」もあります。これは英語の nongovernmental organization を略した言葉で「非政府組織」のこと。これも NPO と同じく「公益に資する活動を非営利で行う民間団体」ですが、「国際的活動を主体とする団体であること」「非政府の組織であること」を強調する際に、この語を用いることが多いようです。代表的な NGO には「国境なき医師団」(1971年設立)などがあります。

 さて NPO の概念で最も注意すべきは「非営利」が何を意味するのかという点でしょう。実は NPO の非営利とは「利益をあげないこと」ではなく「利益を分配しない」ことを意味します。例えば株式会社の場合、利益を経営者・従業員・株主に分配します。しかし NPO の場合、利益を会員・寄付者などに分配できません。利益はすべて目的の事業に再投資する必要があるのです。

 これは逆に言えば「NPO であっても利益を上げてもよい」ことを意味します。実際 NPO の中には、商品・サービスの提供によって事業収入や利益を得ているところもあります。その利益を次の活動に再投資している点が、営利団体と異なっているのです。

 また「利益を分配しないこと」は「職員に給与を出せないこと」ではありません。実際に NPO の職員を職業としている人もいます。これは、職員への給与を活動経費と捉えるためです。

どんな時に登場する言葉?

 社会的課題が存在するあらゆる分野で登場する言葉です。例えば、医療・保健・福祉・地域振興・学術・文化・芸術・スポーツ・環境・災害・安全・人権・平和・国際協力・情報化・科学技術・雇用・消費者保護・NPO 支援など、あらゆる分野において NPO の活動が見られます。

どんな経緯でこの語を使うように?

 諸外国で NPO に相当する組織形態がどう発展したのかは、本欄の手に余りますので詳細を省略します。

 日本で NPO の重要性が認識された契機は、1995年の阪神・淡路大震災でした。このとき、被災者支援を目的とした NPO が数多く誕生したのです。しかし当時は NPO に法人格を与える制度が存在しなかったため「銀行口座の開設」「事務所の契約」「資金の借り入れ」などの場面で苦労を強いられる団体も少なくありませんでした。このような背景から1998年12月に NPO 法が施行され、「NPO 法人」と呼ばれる法人格が生まれたのです。

 また2001年には「認定 NPO 法人」制度も始まりました。当初は認定要件が厳しく、使いにくい制度でしたが、2012年に新制度を導入したことで認定数が急速に増加しました。

 なおマスメディアで NPO の使用例が急増したのは、おおよそゼロ年代(2000年~09年)のことでした。近年では「(非営利団体)」などの注釈なしで、この語が登場する記事も増えています。

NPO(エヌピーオー)の使い方を実例で教えて!

「NPO活動」

 「NPO 活動」「NPO 支援」「NPO 団体」「NPO 組織」などのように、NPO+○○という形の表現が可能です。このうち NPO 団体と NPO 組織は、NPO の O が組織(organization)を意味することを踏まえると「重言」と捉えることもできます。とはいえ世間ではよく見かける表現です。

「環境NPO」

 また「環境 NPO」「人権 NPO」などのように○○NPO という形の表現も可能です。○○の部分に、言及対象となる NPO の「活動分野」が入ることが多いようです。

言い換えたい場合は?

 ふつう「非営利組織」または「非営利団体」を用いることができます。また、NPO 法に基づく NPO 法人を言い換える場合は、正式な用語である「特定非営利活動法人」を使うことができます。さらに同法に基づく「認定 NPO 法人」を言い換える場合も、正式な用語である「認定特定非営利活動法人」を用いることができます。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

「認証」と「認定」 NPO 法の関連用語のうち特に混乱しやすいのが「認証」と「認定」の違いでしょう。NPO には(1)任意団体の NPO (2)NPO 法人 (3)認定 NPO 法人が存在することは前述した通りです。このうち団体が(1)から(2)になるために必要となるプロセスを「認証」と呼び、(2)から(3)になるために必要となるプロセスを「認定」と呼びます。
 認証・認定のいずれも、NPO の申請にもとづき所轄庁(都道府県・政令市)が判断を行います。このうち認証は、書類の不備などがなければ通過できる簡易なプロセスであるため、行政によるお墨付きを「意味しない」点に注意する必要があります。

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◆この連載の目次は⇒「続 10分でわかるカタカナ語」目次へ

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『見やすいカタカナ新語辞典 第2版』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら


人名用漢字の新字旧字:「和」と「咊」

2017年 10月 5日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第142回 「和」と「咊」

142harmony-old.png新字の「和」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「咊」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「和」は出生届に書いてOKですが、「咊」はダメ。どうしてこんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、口部に新字の「和」が収録されていました。新字の「和」が収録されていたのは、禾部ではなく口部で、その一方、旧字の「咊」は標準漢字表には含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「和」だけが含まれていて、旧字の「咊」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、口部に新字の「和」が含まれていて、旧字の「咊」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、新字の「和」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「和」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「和」が収録されていたので、「和」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「咊」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、新字の「和」が収録されていましたが、旧字の「咊」はカッコ書きにすら入っていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「和」は常用漢字になりました。その一方で旧字の「咊」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、「和」と「咊」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、「和」も「咊」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には新字の「和」しか許しませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「和」と旧字の「咊」を含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「和」に加えて、旧字の「咊」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「和」はOKですが、旧字の「咊」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


続 10分でわかるカタカナ語 第28回 CSR(シーエスアール)

2017年 9月 30日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「CSR(シーエスアール)」の意味と使い方

どういう意味?

 「企業の社会的責任」という意味です。

もう少し詳しく教えて

 CSR とは英語の corporate social responsibility を略した言葉で「企業の社会的責任」を意味します。言い換えると、企業経営の際に、自社の利益追求だけでなく、人権・環境・雇用・消費者保護・事業慣行・企業統治などにも配慮する責任を指します。

 そもそも企業が果たすべき責任には様々なものがあります。このうち最低限果たすべき責任が「法的責任」(法律を遵守した経営を行うこと)と「経済的責任」(賃金や代金の支払い・納税・配当などをきちんと行うこと)とされます。

 しかしながら現代の企業の責任には、これ以外にも「倫理的責任」があります。例えば従業員や関係者に対する人権問題(例:性差別・人種差別、労働者搾取など)や環境問題(例:CO2の排出、水産資源の乱獲など)について、企業は「社会の不利益にならない行動」をいっそう求められるようになりました。CSR とは、以上に示したあらゆる責任を「社会的責任」として包括的にとらえる考え方です。

 以上で述べた倫理的責任は「企業が配慮すべき相手が広がった」ために生じた責任である、と表現することも可能でしょう。従来、企業が配慮すべき相手は「経営者」「従業員」「消費者」「取引先」「株主(投資家)」などに限られ、これらに対する義務だけを果たせばよいと考えられてきました。この範囲が、CSR では「社会全体」や「環境」にまで拡張されたと考えることもできます。

 なお CSR は、社会貢献活動(例:寄付や文化支援など)のように「事業とは別」の取り組みとして行うものではありません。本質的には「事業そのもの」の取り組み方を問題にしている点に注意してください。ただし CSR に社会貢献活動を「追加的に」含める考え方も一般的です。

どんな時に登場する言葉?

 責任の主体が企業であることから、この言葉は企業経営の分野で頻出します。また責任の及ぶ分野も多岐にわたるため、その分野から見た言及も少なくありません。例えば人権・環境・雇用・消費者保護・事業慣行(例:公正な取引など)・企業統治(→ガバナンス)・社会貢献などの分野でも、CSR に関する言及がよく登場します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 1990年代の国際社会で、CSRの重要性を指摘する声が高まった経緯がありました。この時代に経済活動のグローバル化(世界化)が進行。それに伴い、企業による直接・間接の非倫理的行動(例:途上国での労働搾取、不公平な取引による貧困の深刻化など)がいっそう問題視されたのです。そこで消費者・投資家・非営利組織(→ NPO)・国際機関などが企業に対して、より倫理的な経営を求めるようになりました。2010年に、CSR の国際的ガイドラインである ISO 26000(→サステナブル )が登場したことも、そのような動きのひとつです。

 日本で CSR の概念が本格的に注目されるようになったのは2003年のことでした。経済同友会が同年に発表した「第15回企業白書」において CSR を中心テーマとしたこと、またいくつかの有名企業が社内に CSR の専任部署や担当役員を置いたことが契機となりました。

 このため2003年を「CSR 元年」と呼ぶこともあります。日本の新聞記事(注:毎日・朝日・産経・読売調べ)でも、CSR の登場頻度が増えたのはゼロ年代(2000年~09年)以降のことでした。

CSR(シーエスアール)の使い方を実例で教えて!

「CSR 経営」

 企業の社会的責任を果たすための取り組みのことを「CSR の取り組み」「CSR(の)活動」「CSR(の)推進」などと表現できます。また、その取り組みを行う経営のことを「CSR 経営」とも表現できます。

「CSR 推進室」

 企業の組織内に、CSR 活動を行うための専門部署を設けることがあります。そのような部署を「CSR 推進部」「CSR 推進室」「CSR 委員会」「CSR 部」「CSR 室」などと呼びます。

 専門部署の設置方法は様々ですが、部門横断的な組織として設立されることも少なくありません。その場合は「部」ではなく「室」「委員会」などの呼称を用いることが多いようです。また実務を行う部署と、その意思決定を行う機関を分ける場合もあります。その場合は、それぞれの組織を呼び分けることになります。

「CSR 担当」

 企業の中で CSR 活動に携わる担当者を「CSR 担当」と呼ぶことがあります。また CSR を所轄する役員は「CSR 担当役員」などと呼びます。

「CSR 報告書」

 CSR に取り組む企業の多くは、自社における取り組みの方針やその現状などを「CSR 報告書」「CSR レポート」にまとめて公表しています。1990年代に普及した「環境報告書」を発展的に拡張して公表している企業も多いようです。

言い換えたい場合は?

 「企業の社会的責任」が定訳です。これだけで意味が伝わらない場合は「企業が人権・環境などにも配慮する責任」などの文章表現を試してみてください。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

三方(さんぽう)良し 日本では2000年代に外来の概念として普及した CSR ですが、日本の伝統的な商業文化の中には、昔から CSR の精神を体現していたかのような経営哲学が存在しました。例えば、近江(おうみ)商人の「売り手良し、買い手良し、世間良し」という心得です。これは商いを通じて、売り手と買い手の双方の利益のみならず、社会にとっての利益も追及しようとする考え方でした。

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◆以前の連載は⇒「10分でわかるカタカナ語」へ

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『見やすいカタカナ新語辞典 第2版』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら


広告の中のタイプライター(16):Densmore Typewriter No.2

2017年 9月 28日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Illustrated Phonographic World』1894年6月号

『Illustrated Phonographic World』1894年6月号
(写真はクリックで拡大)

「Densmore Typewriter No.2」は、デンスモア・タイプライター社が1893年に発売したタイプライターです。デンスモア・タイプライター社は、1891年にエイモス・デンスモア(Amos Densmore)が創業した会社ですが、彼は1893年10月14日に亡くなっており、上の広告の時点では、弟のエメット・デンスモア(Emmet Densmore)が後を継ぐとともに、ユニオン・タイプライター社の傘下に入っていました。

「Densmore Typewriter No.2」の特徴は、全てのキーと活字棒(type bar)の可動部分に、ボールベアリングが使われていることです。エイモス・デンスモアが、バロン(Walter Jay Barron)およびワーグナー(Franz Xavier Wagner)とともに発案したこの機構は、滑らかなキータッチを実現するという点で、デンスモア・タイプライター社の売りとなっていました。ただし、「Densmore Typewriter No.2」の印字機構は、いわゆるアップストライク式で、印字はプラテンの下に置かれた紙の下側におこなわれます。打った文字をその場で見ることはできず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。活字棒の先には活字が2つずつ埋め込まれていて、キーボード左下の「UPPER CASE」キーを押している間は大文字や記号が、離している間は小文字や数字が印字されます。

「Densmore Typewriter No.2」のキー配列は、いわゆるQWERTY配列で、42個のキーに84文字が収録されています。キーボードの最上段は、大文字側に“#$%_&’()◊が、小文字側に23456789-*が並んでいます。次の段は、大文字側にQWERTYUIOP+が、小文字側にqwertyuiop=が並んでいます。その次の段は、大文字側にASDFGHJKL:@が、小文字側にasdfghjkl;¢が並んでいます。最下段は「UPPER CASE」キーが左端にあり、大文字側にZXCVBNM?.§が、小文字側にzxcvbnm,/!が並んでいます。デンスモア・タイプライター社がユニオン・タイプライター社の傘下に入ったことから、「Densmore Typewriter No.2」のキー配列は、「Remington Standard Typewriter No.2」のキー配列を、ほぼ完全に踏襲していたのです。

なお、上の広告の「Densmore Typewriter No.2」は、フロントパネルに「No.2」の表記がありません。下に示す別の広告によると、この時点では、従来の76文字のモデルを「No.1」、新しい84文字のモデルを「No.2」と呼んでおり、上の広告の図が「Densmore Typewriter No.2」、下の広告の図が「Densmore Typewriter No.1」ということになります。

『Phonographic Magazine』1893年1月1日号

『Phonographic Magazine』1893年1月1日号
(写真はクリックで拡大)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


学会情報:第52回語彙・辞書研究会 [シンポジウム]「国語辞典の語釈をめぐって」

2017年 9月 26日 火曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

語彙・辞書研究会 第52回研究発表会のお知らせ

語彙・辞書研究会の第52回研究発表会が下記の通り開催されます。

語彙・辞書研究会 第52回研究発表会
[シンポジウム]「国語辞典の語釈をめぐって」

日時:2017年11月18日(土) 開場13時15分~17時
場所:新宿NSビル 3階 3J会議室
   (東京都新宿区西新宿2-4-1) 電話03-3342-4920

【第1テーマ】
類義語をどう記述するか
 [パネリスト]発題者:山田進(聖心女子大学名誉教授)+投稿者
 [司会]大島資生(首都大学東京教授)

【第2テーマ】
いわゆる誤用を含め、本来的でない意味・用法の拡大をどのように扱うか
 [パネリスト]発題者:山本康一(三省堂辞書出版部)+投稿者
 [司会]井島正博(東京大学教授)

※各テーマについて、一般のご意見を事前に募集いたします(締め切り10月15日)。ご投稿者のなかから、当日のパネリストも募りたいと思いますので、ご協力をお願いいたします。
詳しくは第52回シンポジウムについてのページをご覧ください。
→ 第52回シンポジウムについて

参加費:【一般】1,800円 【学生・院生】1,200円
    (会場費・予稿集代等を含む)
*事前のお申し込みは必要ありません。
 当日会場受付でお手続きください。
*研究会に参加なさらずに予稿集のみをご希望の方は、事務局にご連絡ください。

(事務局)
〒101-8371 東京都千代田区三崎町2-22-14
三省堂出版局内 語彙・辞書研究会事務局

詳しくは、語彙・辞書研究会のウェブサイト(http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/goijisho/index.html)をご覧ください。


『日本国語大辞典』をよむ―第17回 できないこと

2017年 9月 24日 日曜日 筆者: 今野 真二

第17回 できないこと

 『日本国語大辞典』は慣用句・ことわざの類も豊富に載せている。見出し「やきぐり(焼栗)」の後ろには次のようにある。

やきぐりが芽(め)を出(だ)す 不可能なことのたとえ。また、不可能であるとされていたことが、不思議な力によって実現することをいう。枯木に花咲く。

 使用例として、「浮世草子・諸道聴耳世間猿(筆者注:しょどうききみみせけんざる)〔1766〕」があげられているので、江戸時代には使われていたことがわかる。「枯木に花咲く」は見出し「かれき(枯木)」の後ろに載せられている。「枯れ木に花を咲かせましょう」というと、「花咲爺(花咲かじいさん)」を思わせる。

かれきに花(はな)咲(さ)く (1)衰えはてたものが再び栄える時を迎えることのたとえ。こぼくに花咲く。枯れたる木にも花咲く。(2)望んでも不可能なことのたとえ。転じて、本来、不可能と思われることが不思議の力によって実現することのたとえにいう。枯れたる木にも花咲く。(以下略)

 他にも「不可能なこと」を表現する慣用句はかなりある。どうやってその「不可能」を表現するかがおもしろい。

あごで背中(せなか)搔(か)くよう 不可能なことにいう。

あざぶの祭(まつり)を本所(ほんじょ)で見(み)る 麻布権現の祭礼を本所(東京都台東区)から見るの意で、不可能なことのたとえ。

あひるの木登(きのぼり) あり得ないこと、不可能なことのたとえ。

あみのめに風(かぜ)=たまる[=とまる] (1)ありえないこと、不可能なこと、かいのないことのたとえにいう。(2)わずかばかりでも効果が期待できることの意にいう。

いしうすを箸(はし)にさす (石臼を箸で突き刺すのは不可能なことから)無理なことをいうことのたとえ。だだをこねる。

おおうみを手(て)で堰(せ)く しようとしても不可能なこと、人力ではどうしようもないことにいう。大川を手で堰く。

おととい=来(こ)い[=お出(い)で] もう二度と来るな。不可能なことをいって、いやな虫を捨てたり、人をののしり追い返すときにいう。「おとといおじゃれ」「おとといござい」「おとといごんせ」などとも。おとつい来い。

かの睫(まつげ)に巣(す)をくう (略)きわめて微小なこと。また不可能なことのたとえ。

かかとで巾着(きんちゃく)を切(き)る かかとを使って巾着をすり取る意。不可能なことのたとえ。

かわむかいの立聞(たちぎき) (大きな川の向こう側で話している内容を、こちら側で立ち聞きしても聞こえるはずがないところから)とうてい不可能でむだなことのたとえ。

こうがの水(みず)の澄(す)むのを待(ま)つ 濁った大河の水がきれいになるのを待つ。気の長いことや不可能なことのたとえ。百年河清(かせい)を俟(ま)つ。

こおりを叩(たた)いて火(ひ)を求(もと)む 方法を誤っては、事の成就の困難なこと。また、不可能なことを望むことのたとえ。木に縁(よ)りて魚を求む。

さおだけで星(ほし)を打(う)つ 竹竿で星を払い落とす。不可能な事をする愚かさ、また、思う所に届かないもどかしさをたとえていう。竿で星かつ。竿で星。

しゃくしで腹(はら)を切(き)る できるはずのないことをする。不可能なことをする。また、形式だけのことをすることのたとえ。
 たまごの殻(から)で海(うみ)を渡(わた)る 非常に危険なこと、また、不可能なことのたとえ。

つなぎうまに鞭(むち)を打(う)つ (つないだ馬に鞭を打って走らせようとしても不可能であるところから)しても、むだであること、するのがむりだということのたとえにいう。

はたけに蛤(はまぐり) 畑で蛤を得ることはできない。全く見当違いなこと、また、不可能なことを望むことなどのたとえ。木によって魚を求む。

みずにて物(もの)を焼(や)く  不可能なこと。ありえないことのたとえ。

 「おとといおいで」は子供の頃に耳にして、どういう意味だろう、と思ったものだ。「おとといには来られないじゃないか」と。まあその理解でよかったわけですね。

 「かの睫(まつげ)に巣(す)をくう」の「(略)」としたところには、中国の道家の書物である『列子(れつし)』の、「焦螟」という虫が群れ飛んで蚊の睫に集まるという記事が紹介されている。こうしたことが、日本の室町時代頃に成立した易林本『節用集』(1597)にちゃんととりこまれているのですね。易林本では、この虫は「ショウメイ(蟭螟)」という名前になっている。こういうことも『日本国語大辞典』をよみ、使用例を丁寧にみることによってわかる。やはり『日本国語大辞典』をよむことはおもしろい。

 「こうが(黄河)」は改めていうまでもなく、中国の華北を流れる大河の名前で、固有名詞だ。川の水が黄土を大量に含んでいるため、黄色く濁っているところからそう名づけられているわけだが、つまり濁った川である。それが澄むのを待っても永久にそんなことはない、ということだ。

 「しゃくし(杓子)」は現在では「杓子定規(しゃくしじょうぎ)」という場合には使うが、一般的には「しゃもじ」だろう。『日本国語大辞典』の見出し「しゃもじ(杓文字)」には「(1)(「しゃくし(杓子)」の後半を略し「文字」を添えた女房詞が一般化したもの)汁や飯などをすくう道具。めしじゃくし。いいがい」とある。しゃくし=しゃもじは身近な道具だけに、「しゃくし」を含む慣用句は「しゃくしで芋を盛る」=「道具をとりちがえて事を行ない失敗する。あわてて事を行なう様子をいう」や「しゃくしは耳搔にならず」=「大きい物が、必ずしも小さい物の代用になるとは限らないことのたとえ」などいろいろある。

 それにしても、いろいろな「不可能」表現があるものだ。「雪中のカブトムシ」なんてどうでしょう? そんなことを考えるのも楽しいかもしれません。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


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