「百学連環」を読む

第69回 西洋古へは學術を七學と定めり

筆者:
2012年8月3日

中国、日本の歴史に見られる文章の実際的な力を確認した後、話は西洋学術のほうへと戻ってきます。

凡そ天下の事文章に係はらさるはなし。文章に係はる是即ち學術に係はるなり。西洋古へは學術を七學と定めり。Seven Sciences. Grammar, Logic, Rhetoric, Arithmetics, Geometry, Astronomy, Music.

(「百學連環」第26段落第16~20文)

 

英文の左側に、それぞれ次のような語が添えられています。

Logic 致知學
Rhetoric 文章學
Arithmetics 算術
Geometry 幾何學
Astronomy 星學
Music 音楽學

現在では、Logicは「論理学」、Rhetoricは「修辞学」、Astronomyは「天文学」と訳されることが多いですね。

では、西先生の言葉を訳してみます。

およそ天下のことで、文章に関係しないものはない。文章に関係するということは、要するに学術に関係するということである。西洋ではかつて、学術を七学と定めていた。七学とは、文法、論理学、修辞学、算術、幾何学、天文学、音楽学である。

こうしたいわゆる「自由七科」については、本連載の第12回「円環をなした教養」の前後でも検討したところでした。

ここで段落が改まります。続きを読みましょう。

右七學は上古希臘より定め傳はるなれは、學術も古く此時に創るを知るへし。其中最も文章に係はる語學、音楽學等を主とし、其他を餘派とす。當今尚ホ其學科悉く盛なりと雖も、古への如く七學と定めあることなし。

(「百學連環」第27段落)

訳します。

右に挙げた七学は、古代ギリシアに定められ伝わったものであり、学術もその時代につくられたということを知らなければならない。その中でも、最も文章に関係の深い語学、音楽学が中心であり、その他は余のものである。現在でもなおこうした学科はいずれも盛んではあるけれど、古のように〔学術といえば〕七学という定めはない。

古代ギリシアにおいて「エンキュクリオス・パイデイア」と呼ばれていた「基本的な教育課程」が、後にローマに入って「自由学芸(自由七科、リベラル・アーツ)」となった次第については、上に述べた第12回でも確認したところ。その「エンキュクリオス・パイデイア」なるギリシア語が、英語に音写されたのが「エンサイクロペディア」であり、その英語を漢語で訳したのが「百學連環」というわけでした。

ここで面白いのは、文章に関係の深い学術として、語学だけでなく音楽学も名指されているところです。普通、自由七科に含まれる音楽は、どちからというと「数学」の一種として捉えられています。それは先ほどの西先生の説明に現れた七つの学問の並び順でも分かるところ。七つの学術はこう並んでいましたね。

文法、論理学、修辞学、算術、幾何学、天文学、音楽学

このうち前の三つが当世風に言えば、いわゆる「文科系」で、残る四つが「理科系」ということになりましょう。音楽は数学的な構造物であり、理科系の学術に数えられていました。

ここで西先生がなにを念頭に置いて、このような位置づけをしたのかは分かりません。ひょっとしたら、古代あるいは中世の音楽学について、詩の韻律に関わるような側面を見ていたのかもしれません。あるいは、学術の言葉でもあったラテン語で歌われた教会音楽、聖歌との関連を見てのことかもしれません。

それはともかくとして、こうした自由七科という教養のセットは、時代が下って近代に近づき、学術が細分化されるに従って崩れてゆくことになります。

ところで、それでは西先生の「百學連環」における学術分類はどうなっているかということに少し眼を向けておきましょう。西先生は、学術全体を大きく「普通学」と「特殊学」に二分し、それぞれの分類の下に中間的な分類を置いています。並べると次の通りです。

普通学
・歴史
・地理学
・文章学
・数学
特殊学
・心理上学
・物理上学

そして、さらにこれらの分類の下に細分化された学科が並びます。「普通学」や「特殊学」など、それぞれの意味については、ここで読んでいる「総論」でも説明されており、この連載が終わりに近づく頃に明らかになる予定です。

ここで見ておきたいのは、西先生が、学術全体を六つに分けているところ。自由七科のうち、文章に関する学術と数学は、この分類にも姿が見えています。天文学は、一見すると姿がありませんが、「物理上学」の下に置かれています。ただ、「音楽学」だけは、この学術マップのどこにも姿を見せていないのが気になります。これはどういうことなのか、頭の片隅に疑問を置きながら、先へ進んで参りましょう。

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
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