もう少し文章の話が続きます。
西洋文章のことを Belles-lettres と云ふあり。英語 Humanities 或は Elegant Literature. 英國文章をヒマニッチと云ふ意は則ち Mental Civilization なる意にして、凡そ文字なるものは心を開くものなれは、文字をヒマニッチ即ち人道と云ふに至れり。心の開くは是道の明かなるなり。心の開くは文字に關係する最も大なりとす。
(「百學連環」第28段落)
いくつか補足します。行の右側、「西洋」と「文章」の間に「に」という語が見えます。「西洋の文章」という補足でしょうか。また、「英國文章」の「章」の字の右には「字」とあります。アルファベットによる表記には、その左側にそれぞれ次のような説明がつけられています。
Belles-lettres 好文字
Humanities 人道
Elegant Literature 高上ノ文章
Mental Civilization 心ノ開化
加えて、Belles-lettresの右側には「佛語」と、これがフランス語である旨が記されてもいます。
では、訳してみます。
西洋では文章〔に関わる学〕のことを、「文学(Belles-lettres)」と呼ぶこともある。英語では「人文学(Humanities)」あるいは「純文学(Elegant Literature)」とも言う。イギリスで文章を「人文学(Humanities)」と呼ぶのは、つまり、知的〔精神的〕な開化という意味である。およそ文字というものは、人間の心を開くものであり、このため文章〔に関わる学〕のことを、「人文学」と言うに至ったのである。心が開けるということは、その〔人間の精神に関する〕道が明らかになるということだ。心が開けるということは、なによりも文字と深く関係していることなのである。
このくだりの現代語訳は、やや苦しいところがあります。Humanitiesを、西先生のように「人道」とできれば話も早かったのですが、今日では「人道」という言葉は、「人として守るべき道」といった道徳的な意味を連想させます。「ヒューマニズム」も同様かもしれません。
そこで、ここではHumanitiesを当世風に「人文学」としています。大まかには、自然現象を研究対象とする自然科学(人文学に対照させて言うなら天文学)に対して、人間やその作物を研究する領域といってよいでしょう。
その人文学と文章の学の結びつきは、例によってローマ以来の自由学芸、さらには古代ギリシアのエンキュクリオス・パイデイア(百学連環)まで遡る話でもあります。
というのも、現在私たちが「人文学(あるいは人文主義)」という場合、その大きな淵源は、ルネサンス期に興った一連の学術の動きに求められます。この、14世紀から16世紀にかけてイタリアを先駆としてヨーロッパに巻き起こったとされる文化の動きは、古典古代、ギリシアやローマの学術技芸を復興しようとするものでした。「ルネサンス(Renaissance)」とは、「再生」を意味するフランス語ですが、「文芸復興」であり「古典再生」のことでしたね。
14世紀のイタリアに端を発するルネサンスは、ペトラルカをはじめとして、一連の人文主義者たちを生み出します。彼らは、ギリシア、ローマの古典文献の復刻、判読、研究を通じて、従来とは違った新しい形で人間の本性を探究しようとしたのでした。
そこでは、当然のことながら、古典をよりよく読むための学術もまた、大いに称揚されることにもなります。人間研究において、文章は切っても切れない関係にあると西先生が言うのも、そうした歴史的経緯を念頭に置いているのかもしれません。次回は、さらに文章の学の内実に迫ってゆきます。