2015年の選評(全文表示)
選評 目次
「辞書に載りそう?!」なことばが集まった
1. のべ700語近い候補
「今年の新語2015」に関心を持ってくださってありがとうございます。トップページに示したように、今回はのべ700語近い新語の候補をお寄せいただきました。選考委員および事務局を交えての激論の末、満場一致で大賞およびベストテンが決まりました。
膨大な新語候補をたった10語の枠に収めるというのは難しいものです。今回は「候補外」として2語を加えることにしました。
選考作業をしながら感じたのは、「将来、辞書に載せてもおかしくない」ということばが、本当に多く集まったなあ、ということでした。
募集のウェブサイトには〈「今年特に広まった」と感じられる言葉〉とだけ記し、対象範囲をあまり限定しない形で呼びかけました。なるべく気軽に応募してほしかったからです。それでも、結果として、「このことばは将来定着しそうだ」という点を重視した投稿が多かったように思います。
選考基準としても、ことばの定着の見込みについては重視しました。また、使用域が一定の広さを持つことも必要条件としました。さらに、外来語ばかり、俗語ばかりランクインするといったことがないよう、語種や語の性質のバランスにも配慮しました。
以下、ランクインしたことばについて個別にコメントしていきますが、その前にひとつお断りしておきたいことがあります。「今年の新語」の「今年」の意味についてです。
「今年の新語」とは、あくまで「今年特に広まったと感じられる新語」ということで、必ずしも「今年生まれたことば」ではありません。
新語には、あまり多くの人に使われない「発生期」と、みんなが知り、使うようになる「普及期」、さらに長く生き延びた語には「定着期」があります。私たち選考委員は、普及期または定着期にあって、多くの人が「ああ、あれね」と思い当たることばを特に重視しました。
今回のランキングを見て、「このことばは以前から使っている」と思う人があるかもしれません。でも、それは、あなたを含む限られた世代やコミュニティーで使っていた、ということかもしれません。社会の一部で使われていたことばが、何かの拍子に広く使われるようになると、ランキングに選ばれる可能性が高まります。
このことを踏まえて、選評をご覧ください。
2. 全員が選んだ「じわる」
今回、堂々の大賞に選ばれたのは「じわる」でした。「面白みなどがじわじわと感じられる」という意味。「じわじわ来る」とも言います。マスコミで新語として報道されたのを見たことはありませんが、インターネットで多くの人と交流している人なら、よく知っているのではないでしょうか。
選考委員が「じわる」を初めて把握したのは2014年10月のことでした。当時、ネット上では「『じわる』ってどういう意味ですか」という質問も見られ、まだ耳慣れないことばという感じもありました。今年になると、たとえば、ツイッターで面白い画像を見た人が「じわる」と評するといった例が格段に多くなりました。「Googleトレンド」でも今年から検索件数がぐんと伸びています。
選考委員が「じわる」に特に注目したのは、今のネット社会でどういうものが喜ばれているかを端的に表すことばだからです。SNSなどでは、ちょっと人目を引くものがあると、すぐ反射的に「いいね」ボタンが押されるという印象があります。その一方で、時間をかけてゆっくり面白さが味わえるモノや話題も求められます。頭や心でしみじみ面白いと思う、そういった状態が「じわる」によって表されます。
今回、選考委員は、それぞれ別個に候補語を検討し、点数化していきました。編集部案などを合わせて、重複分を除いても500語以上の候補語があるので、互いになかなか一致することはないのですが、「じわる」は選考委員全員が選び、高得点をつけました。大賞にふさわしいことばです。
ことばの構成の面から見ると、「じわる」には面白い特徴があります。「じわじわ」というオノマトペ(擬態語)に、動詞化する語尾「る」がついています。こういう作り方のことばは、探してみると、あるようでないものです。
「とろとろ」から「とろける」、「がたがた」から「がたつく」、「きらきら」から「きらめく」というように、オノマトペに「ける」「つく」「めく」などをつけて動詞化することはよくあります。では、「る」1文字だけをつける例はどうか。
探してみると、「てかる」(=てかてか光る)、「ぼこる」(=ぼこぼこに殴る)、また、明治以来の古いことばで「てくる」(=てくてく歩く)などがあります。それでも、数としては、一般に使われている「オノマトペ+る」のことばは多くなさそうです。
ただし、歴史的に見れば、「光る」は「ひか」(=ぴかぴか)に「る」がついたものと考えられるし、近世に例のある「へたる」も「へたへた」と関係があるのでしょう。「じわる」も、伝統的なことばの作り方にかなってはいるのです。
3. 共生への期待を表す「LGBT」
2位の「マイナンバー」は官製語です。年金や納税などに関して、個人を識別するための番号を指します。2013年にマイナンバー法が成立し、今年の10月から通知が始まりました。今後、私たちの生活に深く関わるであろうことばで、上位にランクインしたのは妥当な結果でした。
『新明解国語辞典』風
マイナンバー 日本国内の地方自治体に住民票を有する全員に付与される、4個の数字を3組合わせた計12桁の数字によって表された番号。社会保障・税制の効率性・透明性を高め、国民にとって利便性の高い公平・公正な社会を実現するためのインフラ整備の一貫として施行される。個人情報の保護をいかに保つかなどの課題も多いとされている。
『三省堂国語辞典』風
マイ ナンバー(名)〔和製 my number〕 国民一人一人に政府が割りふった十二けたの番号。社会保障や税に関する手続きなどで使われる。個人番号。〔二〇一六年から利用開始〕「━カード」
『三省堂現代新国語辞典』風
マイナンバー〈名〉[my number] 日本国の住民票をもつ人に対して、国によって定められた十二桁の数字。個人番号。▼行政の効率化、国民の利便性の向上、公平・公正な社会の実現をめざすために、二〇一五年一〇月から日本国の住民票をもつすべての人に対して通知された。二〇一六年一月からは、社会保障、納税、災害時の支給金を受けとるためなどに必要となる。
昔も「国民総背番号制」という表現で、似た制度が検討されたことがあります。当時は、「国民に番号を割り振るとは何ごとか」といった猛反発があり、実現しませんでした。今回、制度導入が成功したのは、「マイナンバー」という親しみやすいネーミングのおかげもあったでしょう。「ネーミング特別賞」(というのはありませんが)をあげてもいいくらいです。
官製語は、過去にいろいろなものが生まれています。「クールビズ」のように定着したことばもあれば、「実年」(=50~60代)のようにイマイチ使われていないことばもあります。「タウンミーティング」を言い換えた「政策ライブトーク」ということばもありましたが、知る人は少ないでしょう。
「マイナンバー」は、この分だと、しっかりと定着しそうな様子です。ただ、私たち選考委員は、手放しで称賛するわけではありません。個人情報の流出や不正利用など、「マイナンバー」が問題の原因になることも懸念しています。ぜひとも制度をしっかり運用していただきたいものです。
3位の「LGBT」。今年、相当多くの人に知られるようになったことばです。性的少数者、つまり、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル(=両性愛者)・トランスジェンダー(=自分の性に違和感を持つ人)の略語です。
『三省堂国語辞典』風
エル ジー ビー ティー[LGBT](名) 〔←lesbian, gay, bisexual and transgender〕性的少数者。レズビアン・ゲイ・バイセクシャル〔=両性を愛する人〕・トランスジェンダー〔=体の性と心の性が異なる人〕。GLBT。「━権利運動」
今年、アイルランドで同性婚を認めるかどうかについて国民投票が行われ、賛成多数の結果が出ました。渋谷区では同性のカップルを公認する証明書が発行され、世田谷区でも同趣旨の要項ができました。2015年は、性的少数者の権利についての認識が前進した年として記憶されるでしょう。
今や、日本人の13人に1人は性的少数者という調査(電通)もあります。「LGBT」は、多様な人々の共生への期待をも抱かせることばです。
選考委員は、2013年には「LGBT」を採集していました。『現代用語の基礎知識』には2013年版から載っています。ただ、当時はまだ一般的に知られているとは感じられませんでした。選考委員の一人も、この文字列がなかなか覚えられず、言い間違ったりしていました。今年になり、これだけ盛んに報道されるようになると、さすがに言い間違うこともなくなりました。
このことばが今後いっそう普及することを期待して、3位としました。
4. 関西発の「言(ゆ)うて」
4位の「インバウンド」(=外国人観光客)、5位の「ドローン」(=小型無人飛行機)は、ニュースで数多く報道されているので、詳しい説明は不要でしょう。政府は2020年のインバウンド数の目標を2000万人から3000万人へ引き上げました。関連して、「爆買い」をする中国人観光客も話題になりました。また、この4月にドローンが首相官邸に落下しているのが見つかって以来、この飛翔体の規制問題に関心が集まりました。
『新明解国語辞典』風
インバウンド〔inbound〕 〔閉じられた空間の中にいる意〕⇔アウトバウンド ①観光客などとして招く外国人。「━業務に力を注ぐ観光業者」〔広義では、本国に向かう船舶便や航空便をも指す〕 ②インターネットで、自社のウェブサイトに関心を抱かせること。 ③コールセンターで、△着信(受信)の業務。
『三省堂国語辞典』風
ドローン(名)〔drone〕 無線で操縦する小型の飛行物体。カメラをのせて撮影(サツエイ)したりできる。小型無人(飛行)機。
話題性から言えば、「インバウンド」も「ドローン」も大賞を狙えそうです。ただ、ニュースではよく聞くのですが、人々の日常生活に深く関わることばかというと、必ずしもそうではありません。この点がやや足を引っ張りました。
ちなみに、「爆買い」もランキングに入れることが検討されましたが、結局外れました。「中国人観光客による大量買い」がこの先どのくらい長く続くか見極めがつかず、ことばの定着の度合いが予測しにくいからです。中国人観光客の場合に限らず、単なる「大量買い」を指すということであれば、「爆売れ」「爆食い」「爆睡」など、「爆」で強調する、以前からの語法のひとつで、新味も薄れます。
6位の「着圧」は、特に女性になじみ度が高いでしょう。靴下などの着用時の圧力のことです。数年前から「着圧ソックス」「着圧ストッキング」などが知られるようになりました。足のむくみの解消などのためにはく人が多いようです。
『新明解国語辞典』風
ちゃく あつ【着圧】 女性用のストッキング・肌着などで、着用した部分の皮膚にかかる適度の圧力。血行をよくする効果が期待される。「━△ストッキング(ソックス・レギンス)」
「着圧」は、「Googleトレンド」では2008年あたりから検索されたデータがあります。選考委員が把握したのは2014年11月で、いささか後れを取りました。でも、このことばは、この先まだまだ広まる可能性を示しています。今にもっと多くの人が知るようになるでしょう。今後編集される国語辞典には「着圧」を載せてもいいだろうと判断した、それが今年であった、というふうにご理解ください。
7位の「言(ゆ)うて」は関西などの方言から入ったことばです。「そうは言っても」と、但し書きを添える言い方。一般の話しことばでは「なーんて」「なんちゃって」などとも言います。
『三省堂国語辞典』風
ゆう て[▽言うて](接)〔もと、関西などの方言〕〔俗〕と言っても。ゆーて(も)。「よっぱらっちゃった。━、いつもと変わりませんが」
選考委員の観察では、2014年頃から、同意を表す「それな」「あーね」ということばが会話で特によく使われるようになりました。前者はもと関西方言、後者はもと九州方言です。
それと同じ頃、関西方言の「言うて」も、東京の若者が会話で違和感なく使うようになりました。まあ、今年の新語の下位打線には入れてもいいでしょう。
5.略語形が物語るモノの定着度
8位から10位には、「語形としては以前からあるが、最近になって新しい意味で使われ始めたことば」が、たまたま連続しています。
8位の「爆音」は、爆発するときや、エンジンが鳴り響くときの音だとばかり思っていたら、鼓膜が破れそうな「すごく大きな音量」の意味でも使われています。ツイッターでは「ロックを爆音でかける」「爆音で音楽を聴く」などの例が続々出てきます。
『三省堂現代新国語辞典』風
ばくおん【爆音】〈名〉 ①爆発の音。②飛行機・自動車・オートバイなどのたてる音。③(最大限の)とても大きな音量。「━で音楽を聴(き)く」「━上映[音量を最大限に上げて映画を上映すること]」
調べてみると、1999年の書籍『音楽誌が書かない「Jポップ」批評』(宝島文庫)に〈R&R〔=ロックンロール〕を耳を覆いたくなるような爆音でプレイする〉とあるなど、比較的以前から例が存在します。ただ、「多くの人が使っていることに気づいた」ということで、今年の新語に。
9位の「刺さる」。従来は「先輩の忠告が胸に刺さる」というように、「胸に」「心に」をつけるのが一般的でした。ところが、「女の子の大人びた表現が刺さった」のように、単に「刺さる」と言う例が出てきました。
『三省堂現代新国語辞典』風
ささ・る【刺さる】〈自動五段〉 ①先のとがったものが、ほかのものの中にくいこむ。「とげが―」②強い刺激(しげき)をあたえる。「その一言が胸に刺さった」③深く納得したり、共感したりできる。「━キャッチコピー」「なんも刺さらない答辞」[用法]①②が、傷つけるものであるのに対して、③は、感動したり、自分にとってよいと思えるものについて言う。
意味も変わっています。従来は、そのことばを受けた人が心を痛めたり、反省したりする場合に使いました。それが、「刺さるキャッチコピー」のように、強い印象を受け、感心したり感動したりする場面にも使うようになっています。
選考委員が「刺さる」の変化に最初に気づいたのは2011年のことでした。今は新用法がいっそうよく目につくようになりました。
10位の「斜め上」。「予想の斜め上を行く」などと使います。「予想外」「想定外」の状況のことか、と思っていましたが、どうも少し違うらしい。
『三省堂国語辞典』風
ななめ うえ[斜め上](名)①ななめに ずれた、上がわ。「右━」(⇔斜め下)②〔俗〕それまでの流れからは考えられないこと。「予想の━を行く展開・━の反応」
「テストで70点取れると思っていたら100点取れた」というのは「斜め上」ではありません。程度の違いだけではだめなんですね。たとえば「70点取れるかと思っていたら、出題範囲に誤りがあってテストそのものがやり直しになった」みたいなのが「斜め上」に相当するでしょう。言い換えれば、思わず「そっちか!(そう来たか)」と言いたくなるような状況です。
発祥は、冨樫義博さんの1990年代の漫画「レベルE」からとも言われます。だとすると、生まれてから年数を経たことばです。ただ、一般化したのは比較的最近です。選考委員の一人は、この用法自体は前から知っていましたが、正確な意味がもうひとつよく分かりませんでした。今年に入り、いろいろな例に接するようになって、ようやく意味がつかめました。
6. 「エンブレム」はあえて選外
ランキングの選評はこれで終わりです。このほか、ちょっと気になることばについて、「候補外」として触れておきます。
ひとつは「とりま」。「とりあえず、まあ」の略語です。『現代用語の基礎知識』では2006年に「とりまー」の形で1度だけ現れて消え、2008年から「とりま」として載り続けています。すでによく使われていて、「今年の新語」とはしにくい感じです。
『三省堂現代新国語辞典』風
とりま〈副〉 (←「とりあえず、まあ」)そう突き詰めて考えたわけではないが、やっておくのが正解だという気持を表す語。「━メールしとくわ」
ただ、今年は高校生デモのコールで使われたりして、多くの人の知るところとなりました。また、こんなふうにフレーズを略すのは面白い例と言えます。で、この際、「とりま紹介してみた」というわけです。こうしたフレーズ略語で、すでに定着した例としては、「あけおめ」「ことよろ」などがあります。
ネットの会話では、「これ、マジ?」から来た「こマ?」などという大胆なフレーズ略語もあります。興味深く観察しているところです。
もうひとつは「エンブレム」。今年7月に、東京五輪・パラリンピックのシンボルマークが発表されました。ところが、そのオリジナリティーに疑問が出て、ついに取り下げという事態にになりました。多くの人は、この時、五輪のシンボルマークのことを「エンブレム」と呼ぶことを知ったはずです。
『新明解国語辞典』風
エンブレム〔=記章〕 ①オリンピックなどの国際的な催しで、その意義を端的に表した図案。関係者が着用するブレザーコートの胸につけたり、腕章としたりする。〔狭義では、校章を指す〕 ②自動車のボンネットの前などにつける、製造会社名や車種名を示す装飾的な紋章や記号。
「エンブレム」は、「記章、紋章」や「ブレザーなどにつけるワッペン」のことを言います。これに加えて、シンボルマークの意味を新たに辞書に記述すべきかもしれません。
ただ、この呼称が、五輪以外にどのくらい広く使われているか、はっきりしない部分もあります。10月にはラグビーW杯の日本大会のマークが発表されましたが、新聞各紙の報道では「大会ロゴ」などと記されています。呼び方は「エンブレム」に限らないんですね。
「エンブレム」は、今年非常に話題になったことばではありますが、応用範囲の点で疑問を残すため、あえて選外としました。
* * *
皆さんのご協力により、「今年の新語」の豊かな収穫を得ることができました。改めてお礼を申し上げます。今回集まったことばの中には、ほかにも辞書に載る可能性のあるもの、記述の見直しのヒントになるものが多く含まれています。今後の辞書編纂に生かしていきます。
ご覧になって、「自分なら違うランキングを作る」と考える人もいるでしょう。それも当然だし、大いに結構だと思います。正解は1つではありません。このランキングが、皆さんの新語に対する関心を深めるきっかけになれば、うれしく思います。ここまで読んでくださって、ありがとうございました。