小説を書くというお仕事を中学生に説明するとなると、どういうふうになるでしょうか?
うーん、まず思いつくのは「満員電車に乗らなくていい職業」ということですね。満員電車に乗って通勤しなくてもいい職業。あとは、「嘘八百並べ立てて暮らしていける仕事」。普通、嘘八百並べ立てたら詐欺師とか犯罪者になってしまうだろうし、そこまでいかなくても、人から「あの人ってどうなの?」と言われますよね。でも、この仕事ばっかりは嘘八百並べても、日常生活ではだめですけど、作品の中ではいくら嘘を書いてもいいわけだし、むしろ、その嘘をすごいって喜んでもらえる。それは楽しいことですよね。小説家になる人って、他にあまりできる仕事がない人なんじゃないかなとも思うんです。そういう人たちがこの仕事に就いている確率が高い。たとえば脚本家で小説も書けるという人はいるけれど、小説を書いていて脚本も書いてみたらうまかったという人はあまりいない気がする。小説家になる前に脚本を書いていたとか勉強していたという人は別ですけれど、小説家を先にやっていて、ある日脚本を書いてみたら書けたという人はあまりいないのではないでしょうか。たいがいの小説家は他に全然できることがないから小説を書いている。
小さかった時には、作家というのは四六時中ずっと書いている人だと思っていたんですけど、違うんですよね。そういう人もいらっしゃるけれど、作家の方は「書く人」というよりもむしろ「読む人」なのではないでしょうか。
やっぱり本が好きな人がこの仕事に就いているということですね。たまに、「小説って読んだことないけれど書いてみたら書けちゃった」という天才肌の人もいますが、たいがいの人は小説が好きで読んでいて、自分もこういう作品を書けたらいいなと思っている人なんじゃないかと思います。そうとう書いている人でも、読む量はもっとすごい。朝から晩まで書いているという人もいるかもしれないけど、たいがいは本を読んだりボーッとしている。だけど、土日というか休日はあまりない仕事ですね。たとえ仕事時間を区切っていて、週末は書かないと決めている人でも、実はずっと何を書くかを考えていて、それが頭から離れるということはないんじゃないかと思います。編集をしていらっしゃる方でも、ここをこうしようなどと休みの日にも考えちゃう人が多いでしょう? それと同じで。
そこは一緒かもしれません。でも、作家の方の場合は、次に書くものがない、考えが浮かんでこないという状態になったらたいへんですよね。そういう恐怖みたいなものはないんですか?
それはありますね。締め切りが過ぎたのに、もう全然次の展開を考えてないし、頭に浮かんですらいないということが、しょっちゅうあります。でも、そこで慌ててはだめ。落ち着いて交渉に入るんです。印刷所の締め切りをなるべく延ばしてもらうように編集者の方にお願いをして、平謝りして引き延ばし作戦をしてもらいつつ、「落ちる時は落ちる」という精神で泰然と構えていないと、浮かぶものも浮かんでこない。
それはやはり、すごくストレスがかかる状況だと思います。
あまり神経質すぎる人はだめなんだと思います。だんだん何もかもがどうでもよくなってくるぐらいじゃないと。「締め切りにまにあわない!」とパニックになりすぎちゃうと、書いている場合ではなくなるので。どっちかっていうと、ものごとをネガティブに捉える人のほうが多いと思うんですよ、この仕事をやっている人たちって。でも、ネガティブに受け取りがちなのに、書く時には楽観的というか、悲観的なテイストのまま出してしまう人はあまりいない。根本の部分でどこか脳天気な人が多いのかなって感じる時があります。会って話したりすると、「締め切りが……」と言いながら、「もう一杯飲んでいくか」という人が多い。ネガティブなのに、わりと楽観的で人間への信頼や希望を心の底に宿している。そういうわけで、嘘ばっかりついて、通勤地獄もあまりない、お気楽な仕事、それが小説家です。
これはちょっと、中学生の皆さんには言いにくいですね(笑)。