続 10分でわかるカタカナ語 第16回 サステナブル

2017年 6月 24日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「サステナブル」の意味と使い方

どういう意味?

 「(環境・社会・経済の面で負荷が少なく)持続可能な」ということです。「サステイナブル」「サスティナブル」とも書きます。

もう少し詳しく教えて

 サステナブル(sustainable)はもともと英語で、「持続可能な」という意味です。

 この「持続可能な」とは「そのやり方が将来も継続できる」ことを意味します。多く、環境を中心とする分野において言われます。例えば「サステナブルな社会」と言った場合、それは「将来にわたって持続可能な社会」のことをさします。より具体的に言うと「環境を保護して資源も浪費しないことにより、将来世代も現役世代と同じように発展の恩恵を受けながら暮らせる社会」のことです。

どんな時に登場する言葉?

 環境問題などの「社会的課題」を語る際に、よく登場する言葉です。ここでいう社会的課題には、環境・資源・エネルギー・貧困・教育・人権などの課題が含まれます。

 例えば資源の分野では「サステナブルな水産資源の管理(=水産物の乱獲をやめること)が必要」などの文が登場します。また人権の分野では「工場をサステナブルに運営するため、劣悪な労働条件を見直した(=低賃金や過剰労働などを排した)」のような言い方も登場します。

 いっぽう経営分野で限定的に登場するサステナブルも存在します。例えば「サステナブル成長率」(持続可能成長率=内部投資のみで実現できる成長の比率:企業価値を評価する指標のひとつ)のように、会社の継続可能性について言う場合がこれに当たります。

どんな経緯でこの語を使うように?

 サステナブルという言葉が注目されたきっかけは「持続可能な開発(sustainable development)」という概念にありました。これは「『持続可能性』と『開発』は両立できる」という考え方、つまり「『環境保全』と『社会の発展』は両立できる」という考え方をさします。もっと言えば「『将来世代』と『現役世代』の利益は両立できる」とも言っているわけです。

 この概念が提唱されたのは1987年のことでした。国連の「環境と開発に関する世界委員会(通称、ブルントラント委員会)」が本概念を中核に据える提言を行ったのです。以後サステナブルという言葉は「環境」や「社会的課題」と深く結びつけて使われています。

 なお日本の新聞記事(注:毎日・朝日・産経・読売調べ)で、サステナブルの登場頻度が増えたのはゼロ年代(2000年〜09年)以降のことです。

サステナブルの使い方を実例で教えて!

サステナブルな社会

 持続可能性が求められる物事について「サステナブルな社会」「サステナブルなライフスタイル」などのように表現できます。

サステナブルケミストリー

 サステナブルを含む複合語もあります。例えばサステナブルケミストリー(sustainable chemistry)とは「持続可能な社会づくりに貢献する化学」のこと。環境保護に役立つあらゆる化学的手法(廃棄物・二酸化炭素排出の抑制、省エネ、エネルギーの効率化、自然エネルギーの利用、再利用素材の活用など)をさします。このほかサステナブル建築、サステナブルデザイン、サステナブル経営などの複合語もあります。

SDGs

 sustainable を含む略語(頭文字語)も存在します。例えば SDGs は Sustainable Development Goals の略で「持続可能な開発目標」のこと。国連が2015年に採択した国際目標を指します。これは2001年の MDGs(ミレニアム開発目標)を引き継ぐ新しい目標。「貧困の解消」「飢餓の解消」「健康や福祉の実現」「教育機会の確保」「ジェンダーの平等」など17の目標および169のターゲット(具体的な目標達成基準)が掲げられています。

サステナビリティー

 形容詞の sustainable に対して、名詞形である sustainability という言葉が存在します。カタカナ語で表すと「サステナビリティー」「サスティナビリティー」となります。多くの場合は「持続可能性」と言い換えることが可能です。

言い換えたい場合は?

 ほとんどの場合「持続可能」を使って言い換えることが可能です。例えば「サステナブルな発展」は「持続可能な発展」と表現できます。ただし「持続可能」と言い換えただけでは、「持続可能な開発」の概念が伝わらないかも知れません。その場合は適宜、「環境負荷の少ない」「将来にわたって利益享受できる」といった補足説明を加えると良いでしょう。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

ISO 26000 企業の社会的責任(CSR)という概念があります。これは企業が果たすべき責任を、経済的責任や法的責任だけでなく、より広範な社会的責任(すなわち「持続可能な開発」への寄与)に広げようとする考え方をさします。この社会的責任について、国際標準化機構(ISO)が2010年に ISO 26000と呼ぶガイドラインを策定しました。企業を始めとする「あらゆる組織」を対象に、持続可能性にかかわる項目を含めた、社会的責任の観点から遵守すべき事柄をまとめた手引書です。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら


人名用漢字の新字旧字:「愛」と「㤅」

2017年 6月 22日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第135回 「愛」と「㤅」

135love.png新字の「愛」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「㤅」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「㤅」は、下部に夊がくっついて「𢙴」になり、上部の旡が変化して「𢜤」さらには新字の「愛」になった、と考えられていますが、細かいことはわかりません。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、心部に新字の「愛」が収録されていましたが、旧字の「㤅」は収録されていませんでした。文部省は12月4日に標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「愛」だけが含まれていて、旧字の「㤅」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、心部に新字の「愛」が含まれていて、旧字の「㤅」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、新字の「愛」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「愛」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「愛」が収録されていたので、「愛」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「㤅」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、新字の「愛」が収録されていましたが、旧字の「㤅」はカッコ書きにすら入っていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「愛」は常用漢字になりました。その一方で旧字の「㤅」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、「愛」「𢜤」「𢙴」「㤅」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、「愛」も「𢜤」も「𢙴」も「㤅」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には新字の「愛」しか許しませんでした。その結果、現在も、子供の名づけに新字の「愛」は使えますが、旧字の「㤅」は使えないのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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『日本国語大辞典』をよむ―第10回 語源未詳

2017年 6月 18日 日曜日 筆者: 今野 真二

第10回 語源未詳

 筆者は大学の日本語日本文学科という学科に所属している。この学科では卒業論文を必修科目としているので、毎年卒業論文の指導をしている。指導する学生の数は、10人以上であることがほとんどで、今まで一番多かった年は27人の指導をした。筆者は、3年生の時に、どんなテーマで論文を書くかということを相談する時間を設けて、個別的な相談をするが、そこで学生がやってみたいというテーマとして、「オノマトペ」と「語源」と「若者言葉」が必ずといっていいほどあげられる。

 「オノマトペ」は論文として仕上げるのが案外難しいので、そのように説明をし、日本語の場合「語源」はわからない場合があるから、これもあまりすすめられない旨を伝える。日本語の場合は、同じ系統の言語がわかっていない。したがって、例えば「ヤマ(山)」という語の語源は何か、ということについて考える場合、他言語を援用することができない。となると、日本語の中で考えるしかなく、考察には自ずから限界がある。「ヤマ」という語は「ヤ」「マ」2拍で構成されている。原理的に考えれば、まず1拍の語があって、それが結びついて2拍の語になるはずだ。だから「ヤ」とは何か、「マ」とは何か、ということをつきとめなければならない。

 『日本国語大辞典』には「語源説」という欄が設けられている。『日本国語大辞典』第1巻の「凡例」「語源説欄について」の1.には「文献に記載された語源的説明を集め、【語源説】の欄に、その趣旨を要約して、出典名を〔 〕内に付して示す」とあり、3には「およその趣旨を同じくするものは、共通の要旨でまとめて、〔 〕内にその出典名を、ほぼ時代順に併記する」と記されている。

 さて、見出し「やま」の「語源説」欄をみると、(1)として「不動の意で、ヤム(止)の転〔日本釈名・日本声母伝・和訓栞〕」と記されている。これは「ヤマ」は動かないから、「ヤム」という動詞が転じて「ヤマ」という名詞がうまれた、というような語源説を唱えている文献が3つあることを示している。その他「ヤマ」では12の語源説が記されている。これはあくまでもそういう「説」がある、ということであって、それ以上でもそれ以下でもない。列記されている「説」の中に、現在、認められそうなものが含まれている場合もあろうが、現在は認めにくいものが少なくない。

 上で名前があげられている『日本釈名』は貝原益軒(1630~1714)が著わしたもので、元禄13(1700)年に刊行されている。日本語1100語について語源を説明したものである。学部の学生だった頃、大学の授業でこの書物の名前をきき、神田の古本屋(日本書房)で和本を見ていたらあったので、こういう本が今でも買えるのだと思って、嬉しくなって購入したという記憶がある懐かしい本だ。しかしその「説」はといえば、「タカ(鷹)」は「たかく飛也」とか「ネコ(猫)」の「ネ」は「ネズミ(鼠)」のネで、「コ」は「コノム(好)」の「コ」だというように、「こじつけ」にちかいものが少なくない。やはり日本語の語源はなかなか難しい。

 『日本国語大辞典』をよんでいて次のような項目があった。

めくじら【目―】〔名〕(「くじら」の語源未詳)目の端。目尻。目角(めかど)。めくじ。めくじり。

めくじらを=立(た)てる[=立(た)つ]他人の欠点を探し出してとがめ立てをする。わずかの事を取り立ててそしりののしる。目角に立てる。目口を立てる。めくじを立てる。めくじりを立てる。

 「メクジラヲタテル」は現代日本語でも使う表現だ。筆者も使うことがある。そういえば「メクジラ」の「クジラ」についてはあまり考えたことがなかったな、と思った。目をつりあげた時に、目尻のあたりにできる皺が、クジラの形にみえるのか、とか放恣な想像は頭に浮かぶが、『日本釈名』風かもしれない。

 この項目で「語源未詳」が気になったので、遡って『日本国語大辞典』を調べてみると、全部で47の「語源未詳」があることがわかった。「メクジラ」はそのうちの1つだ。やはり現代も使う語に「オテンバ」がある。この「テンバ」については次のように記されている。

てんば【転婆】〔名〕(語源未詳。「転婆」はあて字)(1)つつしみやはじらいに乏しく、活発に動きまわること。また、そのような女性。出しゃばり女。つつましくない女。おてんば。おきゃん。(2)(―する)あやまちしくじること。粗忽であること。また、その人。男女いずれにもいう。(3)親不孝で、従順でない子。男女いずれにもいう。

 あるいは、これも現在使う「トタン」という語。

トタン〔名〕(語源未詳)(1)亜鉛のこと。(2)米相場の異称。

 「補注」には「(1)(1)については、ふつうはポルトガル語のtutanaga(銅・亜鉛・ニッケルの合金)に由来するとされるが、「日葡辞書」には「Tǒtan(タウタン)〈訳〉白い金属の一種」とあって、この方が古い形だとすると右のポルトガル語とは相当遠くなる。他の別の言語に基づくものか」と記されている。語形などから外来語であろうという予想はできるが、具体的にもとになった語が特定できない場合には「語源未詳」ということになる。

 新しいところでは「ピイカン」がある。

ぴいかん〔名〕(語源未詳。「ピーカン」と表記することが多い)快晴をいう俗語。元来は映画界の隠語か。

 使用例としては「古川ロッパ日記」の昭和19(1944)年6月27日の記事のみがあげられている。俗語も語源はわかりにくくなりそうだ。

 先に47の「語源未詳」があったと記したが、これはオンライン版の検索機能を使ってのことなので、確かな数だ。「語源未詳」と記されている見出しが47しかないということは、多くの見出しに関して、そうした「判断」そのものをしていないということになる。つまり「ヤマ(山)」や「タニ(谷)」ももちろん語源はわからないけれども、そこにはわざわざ「語源未詳」とは記していないということだ。語源説をよむのは楽しいが、語源を厳密に追究することは日本語の場合むずかしい。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


続 10分でわかるカタカナ語 第15回 レジェンド

2017年 6月 17日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「レジェンド」の意味と使い方

どういう意味?

 「伝説」または「偉業を成し遂げた人」のことです。

もう少し詳しく教えて

 レジェンド(legend)とは英語で「伝説」のこと。つまり「人々に語り伝えられている話」をさします。日本語では「(伝説のように語り継がれるべき)すぐれた」といったニュアンスで、商品名などに使われています。

 また、「伝説的な人物」というニュアンスから、「偉業を成し遂げた人」といった意味でも使われます。端的に言えば「偉人」のことです。例えば「野球界のレジェンド」といった場合は「野球界の偉大な選手」を意味します。

 ちなみに legend の語源は、ラテン語で「聖人伝」を意味する legenda です。直訳では「読まれるべき」という意味を持っています(参考:『ランダムハウス英和辞典』小学館)。つまり「読まれるべき」ものが「伝説」であり、伝説のように語り伝えられるべき人物が「偉人」ということになるわけです。

どんな時に登場する言葉?

 「伝説」の意味のレジェンドは商品名・創作作品などの分野で、「偉人」の意味のレジェンドは、スポーツ・文化などの分野で登場します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 日本語でレジェンドという言葉が好んで使われるようになったのは、1980年代以後のことです。普及の先導役となったのは商品名でした。

 例えば本田技研工業が乗用車のブランド名として「レジェンド」を使い始めたのが1985年のこと。また、宝酒造が焼酎のブランド名として「純レジェンド」(のちの「宝焼酎 レジェンド」)を使い始めたのが1988年のことでした。いずれも、「語り伝えられる(ほどすぐれた)もの」という意味合いによって、レジェンド(伝説)という言葉を「高級感」を演出する手段として使っている点で共通します。

 2014年に開かれたソチ冬季五輪で、7度目のオリンピック出場となるスキージャンプの葛西紀明(かさい・のりあき)選手(当時41歳)が銀メダルを獲得しました。このとき葛西選手に対する称号として、「レジェンド」が一躍注目を浴びました。「伝説的人物」という、この新しい意味の「レジェンド」は、同年の新語・流行語大賞のトップテン入りを果たしました。

リテラシーの使い方を実例で教えて!

「リビングレジェンド」

 存命中でありながら、生きる伝説となった人物は「リビングレジェンド」(living legend)と言われることがあります。

「○○界のレジェンド」

 また特定分野における偉人・巨匠などのことを「○○界のレジェンド」と表現することも可能です。例えば「角界のレジェンド」「ファッション界のレジェンド」といった具合です。スポーツや文化の世界でよく登場します。

レジェンドを使った命名(1)創作作品編

 創作作品の題名や設定にも、レジェンドがよく登場します。例えば音楽アルバムの題名(ボブ=マーリー『レジェンド』など)、映画の題名(2007年のアメリカ映画『アイ アム レジェンド』、2015年のイギリス映画『レジェンド 狂気の美学』など)、ゲームの題名(『レジェンド オブ レガシー』など)や設定(『妖怪ウォッチ』に登場するレジェンド妖怪など)、特撮・アニメの登場キャラクター(ウルトラマンレジェンドなど)といった例があります。

レジェンドを使った命名(2)スポーツ編

 スポーツ関係の命名でもよく登場します。例えば競馬の馬名(レジェンドハンターなど)、プロレスの選手名(ジョー=レジェンドなど)やグループ名(新日本プロレスのユニット、レジェンド軍など)といった事例が存在します。

言い換えたい場合は?

 「伝説」のレジェンドを言い換える場合は「伝説」「伝承」「言い伝え」などの言葉が使えます。

 いっぽう「偉人」のレジェンドを言い換える場合は「伝説の人物」「伝説的人物」「偉人」「巨匠」「大物」などが使えます。例えば「ファッション界のレジェンド」は「ファッション界の伝説的人物」「ファッション界の偉人」などと言い換えることができます。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

凡例 グラフなどに付記する凡例も「レジェンド」といいます。レジェンドの語源がラテン語の「読まれるべき」であることを考えれば、この意味の存在も理解できることでしょう。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら


広告の中のタイプライター(9):Corona 3

2017年 6月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Science Monthly』1921年7月号

『Popular Science Monthly』1921年7月号(写真はクリックで拡大)

1912年にスタンダード・フォールディング・タイプライター社が発売した「Corona 3」は、ポータブル・タイプライター市場に一大センセーションを巻き起こし、同社はコロナ・タイプライター社に社名を変更しました。「Corona 3」は、フロントストライク式にもかかわらず、タイプライター本体を小さく折りたたむことが可能で、本体の重さが8ポンド(3.6kg)、キャリーケースが2ポンド(0.9kg)と、出張先や旅行先などへも携帯可能だったのです。

「Corona 3」は、28キーのフロントストライク式タイプライターです。基本となるキー配列はQWERTY配列で、各キーに大文字・小文字・記号(あるいは数字)の3種類の文字が配置されています。上段の10個のキーには、大文字のQWERTYUIOPと、小文字のqwertyuiopと、数字の1234567890が、それぞれ配置されています。中段の9個のキーには、大文字のASDFGHJKLと、小文字のasdfghjklと、記号の@$%!_*/=#が、それぞれ配置されており、左端には「FIG」キーがあります。下段の9個のキーには、大文字側にZXCVBNM.&が、小文字側にzxcvbnm,-が、記号側に()?’”:;.¢が、それぞれ配置されており、左端には「CAP」キーがあります。

28個の各キーを押すと、対応する活字棒(type arm)が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。通常の状態では小文字が印字されますが、「CAP」キーを押すとプラテンが持ち上がって大文字が、「FIG」キーを押すとプラテンがさらに持ち上がって記号や数字が、それぞれ印字されます。「FIG」キーのすぐ左側にはシフトロック・ノブがあり、「FIG」キーや「CAP」キーを押しっぱなしで固定できるようになっています。また、本体を折りたたむ際には、「FIG」も「CAP」も押さずに、シフトロック・ノブを固定します。これにより折りたたみ時に、プラテンシフト機構が動かないようにできるのです。

プラテンには、キャリッジリターンのためのノブ等は付いておらず、プラテンそのものを右へ押すことで、キャリッジリターンをおこないます。ただし、プラテンを支える2本のシャフトのうち、向かって右側のシャフトに「BACK SPACE」キーが付いており、これを押すことでプラテンを1文字分戻すことができます。また、黒赤2色のインクリボンにより、2色の印字が可能なのですが、切り替えツマミが左のインクリボン・スプールの右下という、かなり分かりにくいところに付いていました。さらには、本体を折りたたむ手順も、マニュアル無しでは分かりにくいものでした。

それもあって、上の広告にも見える通り、「HOW TO USE CORONA ― The Personal Writing Machine」という16ページの小冊子が、「Corona 3」のキャリーケースに添付されていました。この小冊子には、各部分の機能、折りたたみの手順、さらには、メンテナンスの方法や注意点までが詳細に書かれており、各オペレータが「Corona 3」の機構を自習できるようになっていたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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モノが語る明治教育維新 第11回―文部省発行の家庭教育錦絵 (1)

2017年 6月 13日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第11回―文部省発行の家庭教育錦絵 (1)

 これまでご紹介したように、当時の文部省は教科書や掛図、地球儀など学校教材を自ら手掛けることもしていましたが、その視線は家庭教育にも向けられていました。

 明治6年、「幼童家庭ノ教育ヲ助ル為メニ」「画四十七種製造ノ器二品ヲ頒布ス」との布達を出し、実際に未就学児童向けに47枚の玩具絵(子ども用の錦絵)と玩具2点(カードゲームのような玩具と女児用織機)を製造頒布、その後数年のうちに100種類以上もの教育錦絵を世に出したのです。明治6年といえば全国的に学校が始動した年、その当初から学校だけではなく幼児教育、特に就学以前の家庭教育が大切なことを、欧米に範を取りつつ認識していたことがわかります。

 「文部省報告」では、親が姑息の愛におぼれ、子どもを好き勝手に遊ばせ道理の分からない愚かな大人になってから後悔しても遅い、当省が家庭教育の為に欧米列国の先案を模擬して造った絵画玩具を頒布するので、これを用いて徐々に導いていけば、知能も啓発され、徳性は善良となり、就学も順調になる、と発行の意図を高らかに述べています。

 では、そんな教育的効果が高い錦絵とは具体的にどんな内容だったのでしょう。テーマ別に次の6シリーズに分類できます。

1 「衣食住之内家職幼絵解之図」(いしょくじゅうのうちかしょくおさなえときのず) 20枚
2 農林・養蚕関係 16枚
3 教訓・道徳関係 11枚
4 「西洋器械発明者の像」 15枚
5 数理・力学関係 24枚
6 切り取って遊ぶもの 16枚

 このうち1・2・3は江戸期の文物やモラルを引き継いだ伝統的色彩の濃いもの、4・5・6が開化的傾向の強いものといえます。

 具体的な内容を、次回から1つずつ順にみていきます。

◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。


続 10分でわかるカタカナ語 第14回 リテラシー

2017年 6月 10日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「リテラシー」の意味と使い方

どういう意味?

 「読み書き能力」、「情報読解能力」「活用能力」のことです。

もう少し詳しく教えて

 リテラシー(literacy)とは、もともと英語で「文字を読み書きする能力」のことを意味します。いわゆる「識字(しきじ)」のことです。

 しかし現在日本語で登場するリテラシーは、多くの場合、あるものに関する知識やその「活用能力」を意味します。「○○リテラシー」のように複合語としても多く使われます。例えばメディアリテラシーとは「情報メディアの活用能力」、つまり「情報メディアが伝える内容を主体的に読み解く能力」を意味します。

どんな時に登場する言葉?

 「活用能力」の必要性が指摘されている分野で登場する言葉です。例えばメディア・情報・IT(情報通信技術)・教育などの分野で登場します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 古くは1959年の学術誌に「識字」の意味での使用例が認められますが、登場機会が増えたのは、1980年代以降のことだと思われます。例えば1985年(昭和60)に郵政省(現総務省)が発表した『通信白書』には「主体的な選択により情報を活用できる情報化リテラシー(情報を使いこなす能力)のかん養」という表現も登場しました。

 また、経済協力開発機構(OECD)が義務教育修了段階(15歳)の生徒を対象に2000年から3年ごとに行っている学習到達度調査(PISA)では、調査する3つの分野として、「読解力」の他に、「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」という分野名があります。

 今後も社会の中で、情報を読み解き活用する能力が必要とされる「新しいものごと」が登場するたび、それに対応する○○リテラシーが登場するものと思われます。

リテラシーの使い方を実例で教えて!

「リテラシーが高い」

 読解能力・活用能力の「程度や有無」について述べる場合、「リテラシーが高い(低い)」「リテラシーが不足している」「リテラシーがある(ない)」などの表現が可能です。

 またそうした能力の「獲得や育成」について述べる場合は「リテラシーを持つ」「リテラシーを身につける」「リテラシーを向上させる」「リテラシーを高める」「リテラシーを育成する」などの表現も可能です。

「○○リテラシー」

 特定分野における活用能力のことを「○○リテラシー」と表現できます。例えばメディアリテラシー(後述)、情報リテラシー(後述)、IT リテラシー(情報通信技術の活用能力)、デザインリテラシー(デザインについての知識や活用能力)、ネットリテラシー(インターネットの活用能力)、ヘルスリテラシー(健康維持のために必要となる情報やサービスの活用能力)、金融リテラシー(金融や経済に関して身につけるべき基本能力)などの表現があります。

「メディアリテラシー」

 新聞・雑誌・テレビ・インターネットなどの情報メディア(情報媒体)を利用する能力や、それらのメディアが伝える内容を主体的に読み解く能力のことを「メディアリテラシー」と呼びます。たとえばニュースとして伝わった情報を批判的に吟味したり、そこから自分自身の意見を形作ったりする能力をさします。

「情報リテラシー」

 情報を収集・分析・活用するための能力のことを「情報リテラシー」と呼びます。前述したメディアリテラシーも、情報リテラシーの一種と捉えることも可能です。

言い換えたい場合は?

 「読解能力」「読み解く力」「活用能力」などと表現できます。また「○○を活用する力」「○○を使いこなす力」などの表現も可能です。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

DHMO 読み手や聞き手の科学リテラシーや情報リテラシーを試す、有名なジョークのひとつに「DHMO(ジハイドロジェンモノオキサイド/一酸化二水素)」というネタがあります。「DHMO は酸性雨の主成分であり、地形の侵食を引き起こし、サビの原因にもなる物質だ。それにも関わらず DHMO の規制は不十分で、実際、多くの食品に DHMO が含まれている」といった内容です。
 実はこの DHMO とは「水(H2O)」のこと。前述した内容はいずれも水に関する事実を述べているだけですが、ことさら否定的側面だけを取り上げて、読み手や聞き手に偏った印象を与えています。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第三回 フィールドワークの旅支度②:装備編

2017年 6月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第三回 フィールドワークの旅支度②:装備編

 今回はフィールドワークに持って行くモノを紹介します。現地でなかなか手に入らないものもあるので、毎回「装備表」を作って、忘れものがないように注意しています。ザック、テント、寝袋、食器、筆記用具、カメラ、薬等のバックパッカーが持っているようなもの、秤や温度計等の計測道具のほかに、私の調査では以下のような独特なものも持参します。


ホームステイ先でプレゼントされた民族衣装を着る筆者

民族衣装

 少数民族の小さな集落やトナカイ遊牧の宿営地に行くときは、現地の人々と同じ服装をします。なぜなら私が民族衣装を着ていないことを嫌がる年配の方もいて、「ハンティのところに来たのだからハンティのやり方に従いなさい」と、言われてしまうからです。そしてロシア語でプラトークとよばれる大きなスカーフで頭を覆い、あまり髪を見せないようにします。

パンと紅茶

 森の中に住む人々のところに行くときは、必ず自分が食べる分の食料を持参します。食料をその家の奥さんに渡して、ホームステイ先の家族の食事に一緒にさせてもらいます。いろいろな食品を村の商店で購入して持って行きますが、特にパンと紅茶は必須です。パンと紅茶は食事の度に食卓に並ぶものであり、欠かすことができません。

 ある時、森に暮らすある家族のところに一週間滞在するのにパン4斤しか持って行きませんでした。すると、その家庭のパンが残り少なくなっていたため、ご主人と奥さんにひどく文句を言われてしまいました。川の水位が下がっていて、ボートで村にパンを買いに行けなかったからです。それからというもの、パンは多めに持って行くようにしています。

マッチとナイフ

 森の中を徒歩やトナカイ橇(ぞり)、スノーモービル、ボートで移動するとき、いつ目的地に着くか定かではありません。移動途中で迷子になったり、トナカイが疲れて歩けなくなったり、スノーモービルやボートが故障したりして、森の中で長いこと休憩したり野宿したりしなければならないことがよくあります。そこですぐに煮炊きができるよう、マッチとナイフは常に持っていないといけません。これらは幼児を含め個人が当然身に着けているものであり、持っていないと現地では人として本当に馬鹿にされてしまいます。


食事ではよく生の魚を渡される。ナイフがないと食べられない

ウォッカの小瓶

 ハンティの風習で、初めて訪ねる家には必ずウォッカを持って行きます。その家の主人に渡すと、主人は家の隅に置かれている<神聖なもの>へお供えします。しばらく置いた後、みんなで食卓を囲んで飲みます。これがその家の人々に受け入れてもらう方法です。最初のころはそれを知らずに、訪問する先々で非常識だと嫌味を言われていました。あまりに私が気付かないままでいると、仲の良かった人が「なんでウォッカを持ってこないんだ」と、こっそり教えてくれました。重いので小瓶を持って行きますが、形式なので、それで十分です。

コイン

 ハンティの大地にはたくさんの聖地があります。これらを通りかかるときは必ず立ち止まり、コインを投げます。聖地を素通りしたりコインを投げなかったりすると、常識知らずの無礼な人になってしまいます。それで、コインをたくさんポケットに入れて調査地に行きます。どんな通貨でもいいですが、褐色か銀色か、どちらのコインが好まれるかはその土地で異なります。


氷下漁。魚が獲れたときもコインを川に投入れげる

 このように、調査地にはハンティの風習に従うために必要なものを持って行きますが、今でも何かを知らなくて怒られたり、嫌われたりすることがあります。みなさん親切に、「分からなかったら、何でも聞いてね」と言ってくれますが、何が分からないのかも分からなくて、結局叱られてしまいます。

 必需品というのは、それぞれの社会で異なります。叱られたときは嫌な気分ですが、それらを少しずつ探っていくのもわりと面白い作業です。

ハンティ語紹介

 Тыв юва! トィヴ ユヴァ「こっちへ、おいで!」

 呼び掛けのフレーズで人や飼い犬に対して用います。
 その他にも何か珍しいものを見せたい時、食卓に呼ぶ時、その場所からどいてほしい時などにも使います。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

今回はフィールドワークの現地に何を持って行くか、細かく紹介していただきました。これ全部でいったい何キロになるのだろうか?と大石先生にうかがってみたところ、「最近はコンパクトに荷物を詰められるようになって、23キロちょうどに合わせられます。舗装道路もないので、いざというとき自分で担いで運べるくらいの荷物しか持たないようにしています」とのことでした。パッキングにもきっとコツがあるのでしょう。
次回の更新は7月7日を予定しております。


人名用漢字の新字旧字:「麺」と「麵」と「麪」

2017年 6月 8日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第134回 「麺」と「麵」と「麪」

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新字の「麺」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「麪」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「麺」と「麪」が、こういうややこしいことになってしまった一因には、俗字の「麵」の存在があるのです。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の麥部には「麺」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「麵」が添えられていました。「麺(麵)」となっていたわけです。簡易字体の「麺」は、俗字の「麵」に代えて一般に使用すべき漢字、ということになっていましたが、標準漢字表では、旧字の「麪」については触れられていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表には、しかし、新字の「麺」も、俗字の「麵」も、旧字の「麪」も、収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「麺」も「麵」も「麪」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「麺」も「麵」も「麪」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「麺」は、JIS X 0213の第1水準漢字だったものの、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、出現頻度数調査の結果が42回でした。俗字の「麵」は、JIS X 0213の第3水準漢字で、出生届を拒否された管区は無く、出現頻度数調査の結果が149回でした。旧字の「麪」は、JIS X 0213の第2水準漢字で、出生届を拒否された管区は無く、出現頻度数調査の結果が3回でした。この結果、「麺」も「麵」も「麪」も「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

平成22年6月7日、文化審議会が答申した改定常用漢字表には、新字の「麺」が収録されていて、その直後に、カッコ書きで俗字の「麵」が添えられていました。「麺(麵)」となっていたわけです。平成22年11月30日に内閣告示された新しい常用漢字表でも、「麺(麵)」となっていました。この結果、新字の「麺」が、子供の名づけに使えるようになりました。しかし、俗字の「麵」や旧字の「麪」は、人名用漢字になれませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、「麺」に加えて「麵」も「麪」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「麺」はOKですが、俗字の「麵」や旧字の「麪」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


『日本国語大辞典』をよむ―第9回 わたしは誰でしょう?②:東洋編

2017年 6月 4日 日曜日 筆者: 今野 真二

第9回 わたしは誰でしょう?②:東洋編

 「私は誰でしょう?①」は「西洋物」だったので、今回の②は「東洋物」にしてみましょう。みなさんは次の人名をご存じでしょうか。

1 めみょう【馬鳴】

2 もくあんしょうとう【木庵性瑫】

3 もくあんりょうえん【黙庵霊淵】

4 もくかんかかん【木杆可汗】

5 もちやのお福

 5は実在の人物ではなさそうだ、ということがすぐにわかってしまいそうなので、5から説明してみましょう。『日本国語大辞典』には次のようにあります。

もちやのお福(ふく) 江戸時代、看板として餅屋の門口に置いた、木馬にかぶせたお多福の面。また、そのように醜い女のたとえ。木馬は「あらうまし」または「見かけよりうまし」のしゃれで、お多福の面は、餅に息がかからないよう「ふく面して製す」のしゃれという。

 そして挿絵が添えられています。「おたふく」が醜いとばかりはいえないと思うが、醜いというとらえかたがなされていたことは確実といってよい。『日本国語大辞典』の見出し「おたふく」には次のようにある。見出し「おたふくめん」も併せてあげておく。

おたふく【阿多福】〔名〕(1)「おたふくめん(阿多福面)」の略。(2)(1)のような醜い顔の女。多くは女をあざけっていう。おかめ。三平二満(さんぺいじまん)。(3)((2)から転じて)自分の妻のことを謙遜していう。(以下略)

おたふくめん【阿多福面】〔名〕面の一種。丸顔で、ひたいが高く、ほおがふくれ、鼻の低い女の顔の面。おたふく。おかめ。乙御前(おとごぜ)。

 「醜いとばかりはいえない」は筆者の個人的な見解というわけではない。見出し「おたふくがお」の使用例に太宰治の「満願〔1938〕」が示されているが、そこには「奥さんは、小がらの、おたふくがほであったが、色が白く上品であった」とあるからだ。これは「器量はよくないが、色白で上品」ということを述べているととれなくもないが、「丸顔でほおがふくれ気味」ぐらいに理解すれば、「醜い」とまでいっていないことになる。まあ「おたふく」が醜いかどうかはこれぐらいにしておきましょう。

 さて、1~4について『日本国語大辞典』は次のように説明しています。

1 めみょう【馬鳴】({梵}Aśvaghoṣaの訳)一世紀後半から二世紀にかけてのインドの仏教詩人。中インドの出身という。はじめバラモン教のすぐれた論師であったが、のち仏教に帰依し、カニシカ王の保護を受けて、仏教の興隆に尽力した。知恵・弁舌の才にすぐれ、特に豊かな文学的才能をもって仏の生涯をうたった叙事詩「ブッダチャリタ(仏所行讚)」は著名。その他に「大荘厳論経」などがあるが、「大乗起信論」を著わしたとする伝承には疑問があり、五世紀ころ同名の別人がいたとする学説もある。生没年未詳。馬鳴菩薩。

2 もくあんしょうとう【木庵性瑫】江戸前期に来日した黄檗(おうばく)宗の中国僧。勅諡は慧明国師。明暦元年(一六五五)師の隠元とともに来日し、寛文四年(一六六四)黄檗山第二世を継ぎ、また江戸に瑞聖寺などを開いた。貞享元年(一六八四)没。黄檗三筆の一人。著「紫雲山草」「紫雲開士伝」など。(一六一一~八四)

3 もくあんりょうえん【黙庵霊淵】南北朝時代の禅僧。日本水墨画の草分けの一人。嘉暦二年(一三二七)前後に入元し、月江正印に参じ、貞和元年(一三四五)頃中国で没した。

4 もくかんかかん【木杆可汗】突厥第三代の可汗(在位五五三~五七二年)。柔然を滅ぼし、東は契丹、北はキルギスを討ち、また西方ではエフタル(嚈噠)を撃破して突厥の基礎を確立した。五七二年没。

 1~4は高等学校の世界史の時間に学習した記憶がないが、現在ではどうなのだろうか。「私は誰でしょう?」という話題からは少し離れるが、上の1~4をみて、気づいたこと、思ったことなどを記しておきたい。まず1の語釈中に「論師」という語が使われている。語釈中に使われている語がわからないこともあるから、同じ辞書にそれが見出しとなっていることが理想ではあるが、それはなかなか難しい。しかし、この「論師」は『日本国語大辞典』の見出しになっており、「論(経典の注釈書の類)を作った人。また、論蔵に通じた学者」と説明されている。この語釈中の「論蔵」を調べてみると、これもちゃんと見出しになっていて、「三蔵の一つ。経蔵、律蔵に対して、経典や律法について解釈・敷衍(ふえん)した著述の類、俱舎論、成実論等の総称」と説明されている。さすが、大規模な辞書。

 3の語釈中の「参じ」は少しわかりにくいのではないかと思う。『日本国語大辞典』で「さんじる」を調べると、「「さんずる(参)」に同じ」とあって、見出し「さんずる」の語釈【一】の(5)「禅寺で、坐禅の行をする。参禅する」にあたると思われるが、さすがの『日本国語大辞典』も「月江正印(げっこうしょういん)」を見出しとしていないので、これが中国、元の禅僧であることがわからないと全体が理解しにくいように思う。「にっとう・にゅうとう(入唐)」や「にっそう・にゅうそう(入宋)」からの類推で「入元」がわかるかどうかということもある。案外こういう類推がはたらきにくくなっているようにも感じる。ちなみにいえば、「にっとう」「にゅうとう」「にっそう」「にゅうそう」は見出しとなっているが、「にゅうげん(入元)」は見出しになっていない。「入元」は「いちょう(銀杏・公孫樹)」と「てっしゅうとくさい(鉄舟徳済)」の語釈中でも使われている。

 『日本国語大辞典』は日本人の名前もかなりとりあげている。例えば「もり【森】姓氏の一つ」と説明して、その後ろに「森」を姓としている人物を並べる。

もりありのり【森有礼】

もりありまさ【森有正】

もりおうがい【森鷗外】

もりかいなん【森槐南】

もりかく【森恪】

もりかんさい[森寛斎】

もりきえん【森枳園】

もりぎょうこう【森暁紅】

もりしゅんとう【森春濤】

もりそせん【森狙仙】

もりまり【森茉莉】

もりらんまる【森蘭丸】

 歴史好きな方は「森蘭丸」をご存じだろう。そのように、自分の興味のある分野であれば、知っているということになる。上の中で「?」という人物がいるでしょうか。それは興味のありどころのバロメーターかもしれません。そしてそれは個人ということを超えて、現代社会の興味のありどころのバロメーターかもしれません。人名からもいろいろなことがみえてきそうです。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


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