Ben (1972, 全米No.1)/マイケル・ジャクソン (1958-2009)

2012年 5月 23日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第33回

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●歌詞はこちら
http://lyrics.wikia.com/Michael_Jackson:Ben

曲のエピソード

ネズミが人間を襲うパニック映画『WILLARD』(1971)の続編『BEN』(1972)のテーマ曲で、幼少期のマイケル・ジャクソンが歌っている。この曲が収録されている、マイケル名義のアルバムのオリジナルLPのジャケット写真に写っているのは、当時、彼が実際にペットとして飼っていたネズミ。ところが、後に同アルバムが再発された際には、何故だかジャケット写真からネズミが姿を消していた。

曲ができあがった当初は、ダニー・オズモンド(人気ファミリー・グループのオズモンズのメンバー)がこの曲をレコーディングするはずだったが、共作者のひとりであるドン・ブラックがマイケルにレコーディングさせることを主張した。マイケルにとって、ソロ・アーティストとして初の全米No.1ヒットとなった。なお、ダニーは、幼少期にマイケルが「親友」のひとりに挙げていた人物。この曲が全米チャートでNo.1の座に就いた時、マイケルは14歳の誕生日を迎えたばかりで、全米中のラジオが彼の誕生日を祝ってこの曲をへヴィ・ローテーションで流した、という逸話が残っている。邦題は「ベンのテーマ」。

曲の要旨

みんなは(ネズミの)君を嫌うけど、僕は大好きさ。だって、僕にとって友だちと呼べる相手は君しかいないんだもの。君と出逢う前の僕は独りぼっちで寂しかったよ。何をするにも、どこへ行くにも独りだった僕に、今、ベンという友だちができた。これからは何をするにも一緒だよね。周りのみんなには(ネズミを親友と呼ぶ)僕の気持ちなんて理解できないだろうな。でも、彼らにだって、ベンみたいな親友ができたら、今の僕の気持ちをきっと理解できると思うよ。

1972年の主な出来事

アメリカ: 6月17日にウォーターゲート事件が発覚。
日本: 浅間山荘事件が日本中を震撼させる。
田中角栄首相が訪中し、日本と中国の国交が回復。
世界: 東ドイツと西ドイツの国交が正常化。

1972年の主なヒット曲

American Pie/ドン・マクリーン
A Horse With No Name/アメリカ
The Candy Man/サミー・デイヴィス Jr.
Alone Again (Naturally)/ギルバート・オサリヴァン
Papa Was A Rollin’ Stone/テンプテーションズ

Benのキーワード&フレーズ

(a) to call one’s own
(b) a friend in someone
(c) a place to go
(d) I/me, us/we

寂しい曲である。何せ、孤独な少年の「たった一人の友だち」が嫌われもののネズミなのだから。この曲が大ヒットしていた頃、マイケル・ジャクソンは人種も世代も超えて大勢の人々に支持される、ナンバー・ワンのアイドルだった。ゆえに、彼は孤独だった。同世代の子供たちは学校が終わると仲間と一緒に遊びに興じ、家族と共に楽しく夕食をとる。そんな生活とは無縁だったマイケルは、ツアー先に向かう飛行機に搭乗するために赴いた空港で行方不明となり、スタッフを手こずらせたこともあったという。多忙であるため、普通の子供のように学校にも通えず(ツアーにも同行する家庭教師がいた)、同世代の子供たちと無邪気に遊ぶなんてのは夢のまた夢。夢を売る商売の子供は得てしてそうした犠牲を払わなければならないものだろうが、後年、マイケルが「自分には子供時代の普通の子供らしい思い出が全くと言っていいほどなかった」と語っているように、彼は幼いながらに孤独感に苛まれていたのだろう。

当時、マイケルが置かれていたそんな状況を知ってか知らずか、「Ben」はアメリカで瞬く間にチャートを駆け上り、遂に首位の座に就いた。あるいは、この曲の歌詞に共感した人々が大勢いたのかも知れない。(a)は、ラヴ・ソングにもよく出てくる言い回しで、次のような使われ方をする。

○I have someone to call my own.(私には自分だけのものと胸を張って言える恋人がいる)

○I’ve got a friend to call my own.(私には他の誰でもない、私だけの親友がいる)

この言い回しが出てくるフレーズには、「私(僕)にもようやくそう呼べる相手ができた」という安心感があり、ちょっぴり感傷的でもある。このフレーズを口にする曲の主人公が、それ以前には孤独だった、ということを知らず知らずのうちに吐露しているからだ。

(b)も然り。例えば、次のようなフレーズが登場する歌詞もある。

○You see a lover in me.
(直訳:あなたは私の中に恋人を見る/意訳:あなたには私という恋人がいる)

“see ~ in someone”に共通しているのは、その人と相手の人の間に、何かしら秘め事を感じさせる点。「第三者には判らなくても、互いに共有する思い」がそこには介在する。“in someone”は、言ってみれば「心の中」であるから、そこにあるのは、目には見えないけれど確かなもの、信じられるもの、心と心のつながり、を表す。

直訳するとちょっと誤訳になってしまうのが(c)。直訳の「行くべきところ」として用いられる場合もなくはないが、ここでは「心の拠り所、逃げ場所」という意味。この短い「君には心の拠り所があるんだよ」というフレーズの中に、主人公の少年から親友のネズミに向けられた憐憫の情が集約されている。そして主人公の少年もまた、“a place to go”を見つけられないまま、寂しく生きてきたことをも示唆。「Ben」の歌詞の中でも、ひときわ胸にグッとくるフレーズだ。当時のマイケルがどうしても埋められずにいた寂しさに思いを馳せる時、このフレーズが心を深くえぐるのだ。

またまた胸に迫るフレーズである。(d)が登場するフレーズは、とてもシンプルなのに奥が深い。ネズミのベンという親友を得る前までは、この少年が独りぼっちだった、という事実を如実に物語るからだ。一瞬、何を言っているのかを理解しにくいフレーズではあるけれど、解ってみると、これまた切ない。

「(話す時や何かをする時は)いつも『僕は』、『僕が』、『僕に』だったのに、今は『僕たち』、『僕たちは』、『僕たちに』って言える」(強調筆者)――非常に示唆的なこのフレーズの真意は、「以前は何をするにも独りだったのに、今ではふたり(僕&ベン=we, us)だからね」と、この少年は喜びいっぱいに言ってるのである。たとえ親友が嫌われもののネズミであろうと、ようやく少年が得た友だちであり、親友であった。少なくとも、マイケルに較べればそこまで孤独ではなかったであろうダニー・オズモンズがこの曲をレコーディングしていたなら、ここまで情感タップリに歌うことはできなかったのでは……と思う。なお、この曲は日本で2005年に放映されたTVドラマ『あいくるしい』のテーマ曲に起用され、マイケルのファンの間でも人気が高い。

マイケルにとって生前最後の全米No.1ヒット曲「You’re Not Alone」(人気R&BシンガーのR. ケリー作)は、個人的には、この「Ben」に対するセルフ・アンサー・ソング(ある曲を歌っていたシンガーが、後にその自分の曲に呼応するかのように歌った曲のこと)ではないか、とずっと思ってきた。同曲の歌詞は、

http://www.tsrocks.com/m/michael_jackson_texts/youre_not_alone.html

でご覧あれ。表向きは去って行った恋人に対する思いが綴られた失恋ソングだが、“love”を“friendship”に、“you”を“Ben”に置き換えてみると、不思議と双方の曲のメッセージが響き合う。いずれも寂しい曲であることには変わりないけれど。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。


漢字の現在:「囂々」はヒンヒン

2012年 5月 22日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第187回 「囂々」はヒンヒン

 前回から紹介している「漢字伝言ゲーム」では、

  鰯 > ます

と、「鰯」(いわし)が「ます」に変わった班が出た。誤解か、臨時的な当て読みによるのだろう。合宿での自由な空気の中とはいえ、皆真剣に取り組んでいた。

 「まゆ」は「眉」が原文だったが、「繭(中の糸虫が虫虫となって出現した字体に対して、知人の名前にでもあって記憶が確かだったのか、違いを指摘する女子あり)」や「繭(中の虫がない)」へとなっても、答えには差し支えが出ないのも面白みがある。漢字の全形を漠然とパターン認識している様子、訓読みは安定している状況がうかがえよう。

  眉 > (字体がやや似る層と解釈して) そう

 これは予想だにしない転訛だ。高校までにはまだ「眉」が常用漢字表に入っていなかったことも関係するのだろう。

 「顰めて」は、確かに難しめだ。しかし、「潜めて」と変わってしまっても、次の人で「ひそめて」と読まれ、取り戻すことができて大丈夫だった。「密めて」と変わった班も、結局は正解にたどりついた。「まゆをひそめる」を慣用句的に覚えていたことも、役立ったのだろう。

 「喧々囂々」、これは若年層はめったに使わず、メタレベルな言及としてはありがちだが、あえて含めてみた甲斐があった。班ごとに、以下のひらがな表記に変わった、つまりそういう読みがなされた。

  けんけんきき

  けんけんかいかい

  けんけんひんひん

 最後のヒンは、「口」が多いので、「品」と見たようだ。一種の類推読み(百姓読み)が行われたのである。その班は、「険々貧々」という悲壮な字面へと進み、やはり「けんけんひんひん」で確定した。カイは「回」、いや「貝」からだろう。

 他の班では、

  せんせんきょうきょう

となった。「セン」はいわゆる百姓読み。口偏が取れたわけではないので、旁からの類推でセンになり、その前後に「戦々恐々(戦々兢々)」と結びついたものだろう。「喧伝」もセンデンと読まれることがある。「喧嘩」のケンだ。質問されたときに、ボソボソと「佐々木さんのサ」などと話をしていたので、「踊り字」「繰り返し」は理解されていたのかもしれない。

 確認の時間には、ケンケンガクガクという声も挙がった。有名な混淆だ。「喧々囂々」と「侃々諤々」(カンカンガクガク)、語感が似ていて、響きとしてケンケンガクガクのほうがもっともらしくなってしまった。

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は転記ミスの再現ゲームでした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。


地域語の経済と社会 第202回 「鶴岡の方言みやげと方言店名の盛衰」Rise and fall of dialect souvenirs and dialect shop names in Tsuruoka City

2012年 5月 19日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第202回 「鶴岡の方言みやげと方言店名の盛衰」
Rise and fall of dialect souvenirs and dialect shop names in Tsuruoka City

 山形県鶴岡市は、方言学者のあいだでは有名です。話しことばについての大調査が繰り返されて、1950年から2011年の第4回調査まで、約60年の変化が分かります。一方目に見える方言も変化しました。結論からいうと、「買える方言」は減って、「買えない方言」が増えたようです。

 「買える方言」の典型、方言手ぬぐいや方言のれんは1970年代に10種ほどありました。団塊の世代が買ったのでしょう。しかし今は少なくなりました。一方方言を使った商品(漬物など)が、1990年ころから見られるようになりました。手元に証拠の容器があります。

 方言店名自体は「買えない方言」です。それが増えたのは20世紀末期からのようです。小学校高学年のとき(1955年頃)に「鶴岡銀座」の店名を調べたことがあります。方言店名はありませんでした。今も「本町」つまり鶴岡市中心部の店では0です。しかし、ほかの地域の店や施設で方言が使われるようになりました。

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 「物産館」と呼んでいたみやげ物の施設が、「物産大店 でがんす」に変わったのは2002(平成14)年です。パンフレットの隅に、《「でがんす」とは庄内の方言で「~です」「でございます」の意味》と書いてあります。「めんごい」(かわいい)という子ども一時預かり施設もあります。商店では「だだちゃ」(父)、「ととこ」(にわとり)、「ざっこ」(雑魚)、「ごんぼ」(ごぼう)、「よれちゃ」(寄りなさい)、「よってみっちゃ」(寄ってみなさい)、「なんだ屋」(何?)などがあります。

 今は藤沢周平原作の映画「蝉しぐれ」「たそがれ清兵衛」などで、庄内弁が全国に流れるようになりました。観光にも力を入れているようです。鶴岡の方言店名の増え方に注目しましょう。

 筆者(井上)は鶴岡市で1942年に生まれて18歳まで過ごし、その後も平均すると毎年1回ほどの割合で帰省していました。記憶と資料に基づいて、ことばの状況を記しました。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』『日本語ウォッチング』井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。


漢字の現在:転記ミスの再現ゲーム

2012年 5月 18日 金曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第186回 転記ミスの再現ゲーム

 さて、前回考えついたと書いたのは「伝言ゲーム文字編」、あるいは「伝文ゲーム」、いや「漢字伝言ゲーム」が伝わりやすいか。それは、「転写ゲーム」と呼んでも良いような内容である。古写本では、転記ごとに本文が変わっていく。漢字は表意性が高い表語文字だ。意味と音の両面が意識され、言語と結びつく。そのため、固定性ももつが、種々の条件下でどんどん変わっていきもする。解釈に基づく意図的なものもあれば、そうでないものもある。

 今回はあいにく就職活動や卒業旅行の時期と重なってしまい、バスを予約するほどではなく、参加者はちょうど16名になっていた。4人ずつ、4チームに分けられる。うまく盛り上がるかどうか分からない、未知数なのだが、たまにはゼミ合宿でも専門に関わることを試みてみようではないか。

 私が部屋で問題を準備する。大学2,3年生なので、少し難しめにしてみる。

  鱈か鰯か眉を顰めて喧々囂々。

無理に難しめの漢字を多用してみた。字体は、無用の混乱を招くのを避け、拡張新字体としておく。ヒントというか3人目の漢字復元のために、漢字の部分だけをホワイトボード(白板)に□で示した。

  □か□か□を□めて□□□□。

 1人目: 出題文を見て、覚える。それを思い出して紙に写す。

 いつになく真剣な表情。入試のための受験勉強では、相当な量の暗記をこなした面々だ。

 いつになく神妙な表情で、指で空書をするなど、時間をかけて覚えている。彼らにとって、一次記憶の容量は超えてはいないようだ。読めないと言いながら、席に戻って、切られた白紙に、懸命に記憶によって書き写す。ここですでに忘れたという声も出る。「余計なこと言わないで」、と話しかけてくる友達を遮る女子。

 かつて南方熊楠は、よそで『和漢三才図会』を読んでは、自宅で思い出して写本を作ったそうだ(書体まで似ていたが、細かく校合してみたいものだ)。

 2人目:1人目の写した文を見る。それをひらがなに直して書く。リレーのようなものだ。

 「(漢字を)ひらがなにするのがミソですね」、その通りなのである。

 3人目:2人目の書いたひらがなの文を見て、□の部分を漢字に直して書く。

 4人目(アンカー):3人目の書いた文を、再びひらがなだけに直して書く。そしてこれをホワイトボードにそのまま写す。

 一通り、伝達を終えたので、各班のアンカーが、マジックで記す。すると、笑いが漏れる。

 自信がない部分については、担当箇所が終わって紙を回し、役目を終えてから、気になってケータイを調べたり、同じ所を分担した学生に聞いたりしていた。文字体系を変えて写すことを「訳し」と言っている。「踊り字だよね」「繰り返し」という声もした。

 「魚に雪が…」、後で声がする。「鱈」と「鰯」は表外字だが、意外と読めるので感動した。このゲームでは1人目、2人目の責任はとくに重大だ。

 1人目からアンカーまでの解答用紙を教壇に並べて、確認をしながら答え合わせをしてみる。

 鱈 > たら > 田羅 > たら

 「田んぼの田」に「羅生門の羅」、かえって難しそうにも見え、大きな笑いが起こる。互いに笑え合える仲になっていたので、どこらへんで変化したのかも、ほのめかしてみる。当て字を経ても、なんとか語形は保持され、「田羅」で漢字の字数をオーバーしているのは反則だったが、「たら」という正解に導いたのである。

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「勉強」の共通誤字でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。


「百学連環」を読む:術の区別を比べる

2012年 5月 18日 金曜日 筆者: 山本 貴光

第58回 術の区別を比べる

 今回は、前回引用した『ウェブスター英語辞典』(1865年版)の「ART」の項目と、第56回で見た西先生による「術(art)」の説明について比べながら検討してみます。

 まず、あちこち行き来する手間を省くため、検討の材料を改めて並べておきましょう。まずは「百学連環」で「術」の区別をしているくだり。

「術」にも二つの区別がある。つまり、Mechanical Art と Liberal Artの二つだ。原語に従うなら、「機械の術」と「上品の術」という意味だが、このように訳すのは適切とは言えない。それぞれ「技術」と「芸術」と訳してよいだろう。「技」とは、手足や体を働かせるという意味の字であり、例えば大工などのように身体を働かせるものはすべてこれに該当する。「芸」とは、精神を働かせるという意味であり、例えば詩や文章を作ることなどがすべてこれに該当する。mechanicalはtradeと同じである。つまり、「商い」という字だ。英語に Mechanical Art というものがある。これは「商売」のことである。
また、Useful Art と Polite Artという区別もある。
さらに、Industrious Art と Fine Arts という区別もある。このように、「術」についてはいろいろな語があるが、大まかには同じような意味であり、いずれにしても二つに区別されるということである。

(「百學連環」第17~19段落の現代語訳)

 それから『ウェブスター英語辞典』はこうでした。

2. 〔アートとは〕特定の行為を容易に行えるようにする規則の体系である。「サイエンス」や理論に基づく原理とは対照的なもの。例えば、建築のアートや彫刻のアートなどがある。

☞アートは、「手芸(Useful)」「技術(mechanic)」「工芸(industrial)」と「芸術(liberal)」「美術(polite)」「美術(fine)」に分けられる。「技術(Mechanic arts)」とは、精神というよりは、もっぱら手や体に関わるもので、例えば服や日用品をつくることなどである。こうしたアートは「手仕事(trades)」とも呼ばれる。これに対して「芸術(Liberal Arts)」あるいは「美術(Polite Arts)」とは、もっぱら精神や想像力に関わるものであり、例えば詩や音楽や絵画など〔をつくること〕である。かつて「リベラル・アーツ」という言葉は、学問(sciences)や哲学、あるいはアカデミーでの教育の全系統(circle)などを意味するために用いられていた。このため、アートの学位といったり、アートの修士や学士号というものがあるのだ。

 さて、両者をいま一度改めて見直してみると、どんなことが見えてくるでしょうか(『ウェブスター英語辞典』のことを、以下では「ウェブスター」と略記します)。

 まず気づくのは、西先生は「術」の分類を、A) Mechanical & Liberal、B) Useful & Poilte、C) Industrial & Fineと対にしているのに対して、ウェブスターのほうではとりたてて対にしてはいないということです。

 敢えて言えば、ウェブスターでは、useful、mechanic、industrialが同系列のようにこの順に並べられ、それに続いて別系統のようにしてliberal、polite、fineが並んでいることから、a) Useful & Liberal、b) Mechanic & Polite、c) Industrial & Fineという対を想定することはできます。

 すると、西先生とウェブスターとで、対が一致しているのはCとcだけで、残りは入れ違いになっていることが分かります。

 ただし、ウェブスターのほうでもそれに続く部分では、Mechanicに対して、Liberal or Politeと対応させています。取り扱いの大きさから言えば、PoliteよりはLiberalが主であるとも読めるでしょう。すると、ウェブスターはMechanicとLiberalを対にしているとも考えられます。

 これは推測に過ぎませんが、西先生はこのMechanicとLiberalの対応を念頭に、上で見た「百学連環」での説明を組み立てたのではないかと思います。そして、六つあるアートの分類のうち、先に述べたようにCとcは一致していますから、残った二つを組み合わせると、これがBのようにUseful & Politeとなるわけです。

 そのつもりで、西先生が講義のためにつくった覚書の該当箇所を覗いてみると、果たしてそのように六つの「術」が並べられている様子が見えます(下図)。

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 ついでに図を見ておくと、industriousの下にnuttige、fine artsの下にschoone kunsten、さらに行をかえてshöneと記されています。nuttigeはオランダ語で「有用な」といった意味、schoone kunstenは「ファイン・アート」つまり「美術」のことです。shöneは、ひょっとしたらドイツ語のschöne(美しい、美術))のことかもしれません。

 いずれにしても「術」を、「体」によるものか、「精神」によるものか、という二つに大別している点で、西先生とウェブスターは一致しています。人間を体/精神という二つの要素で捉える心身二元論の考え方は、こんなところにもひょっこり顔を出しているわけです(実はこれが「百学連環」でも後に大きな問題となります)。

 また、この区別が大事なのであって、上で検討したようなどれとどれが対であるかといったことは、講義の下敷きであるウェブスターの記述から考えても、二の次と見てよさそうです。

 さて、次に面白いのは「mechanical」は「trade」と同義であると説明するところです。これもまたウェブスターに見える説明ですが、西先生は「trade」を「商売」と訳しています。「百学連環」の現代語訳では、「手仕事」と訳してみました。

 ここでもう一つ目に留まるのは、ウェブスターでは一貫して「mechanic」と記しているのに対して、「百学連環」では「mechanical」と書いていることです。これは些細な違いではありますが、ちょっと気になります。

 試しに先ほどの覚書〈図)を見てみると、そこには「mechanic & liberal」とありますね。ということは、西先生は『ウェブスター英語辞典』を調べて、手元の覚書には同辞典と同じように「mechanic」と記した。けれども、講義の際に「mechanical」と述べたか、この講義を筆記した永見がそう記したか。そんな経緯を想像してみることができます。

 ついでのことながら、この大変似ている二つの言葉、mechanicとmechanicalを『オックスフォード英語辞典(OED)』で調べてみると、mechanicalのほうは15世紀の用例が出ており、mechanicのほうは最も古い用例がそれより100年下って16世紀です。

 また、OEDのmechanicの項目にこんなことが記されています。

形容詞としては、MECHANICALに比べてずっと後になってから使われるようになった。使われ始めた時分は、いくぶんラテン語に近い感覚〔意味〕だった。

 これらの語源に当たるラテン語はmechanicusです。語の形からいっても、mechanicのほうがラテン語に似ているというわけでしょう。

 さて、ここではウェブスターの項目で、西先生が触れていないところまで訳出しておきましたが、そこに現れる「リベラル・アーツ」については、後ほど「百学連環」でも俎上に載せられることになります。

 実は「リベラル・アーツ」とは、「百学連環」という言葉そのものとも深い関わりのあるものでした(例えば、第12回「円環をなした教養」を参照)。西先生の講義に沿いながら、追々改めて考えてみたいと思います。

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筆者プロフィール

山本貴光(やまもと・たかみつ)

『コンピュータのひみつ』(朝日出版社) ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。


人名用漢字の新字旧字:「巫」は常用平易か(最終回)

2012年 5月 17日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

では、「巫琴」ちゃんの出生届の受理を求めた家事審判は、結局どうなったのでしょう。東京家庭裁判所は、平成23年9月21日、この不服申立を却下しました。審判文を見てみましょう。

本件では,本件不受理処分後に,申立人が,新たな出生届を東京都北区長に提出し,これが受理されたことが認められる。そうすると,本件のように,既に出生届を受理されたものについて,その名を変更するにあたっては,戸籍法上の名の変更によることは格別,受理された出生届に代えて別の出生届を提出することはできないから,本件申立ては申立ての利益を欠き,不適法である。よって,その余の点について判断するまでもなく,本件申立ては不適法であることが明らかであるので,これを却下することとし,主文のとおり審判する。

「法第107条の2の潜脱」とまでは言っていないものの、全くの門前払いです。「巫」が「常用平易」かどうか判断すらすることなく、東京家庭裁判所は、北区長の意見書を、全面的に受け入れたわけです。

この審判に納得のいかなかった「巫琴」ちゃんの両親は、平成23年10月6日、東京高等裁判所に即時抗告[平成23年(ラ)第2003号]をおこないました。しかし、東京高等裁判所も原審を支持し、平成23年11月7日、両親の抗告を退けました。「巫」が「常用平易」かどうか判断するまでもなく、別の漢字で出生届を出し直してしまった場合は、出生届の不受理処分に対する不服申立すらできない、ということを、裁判所みずからが認めた形になってしまったわけです。

このような形で、「巫」が「常用平易」かどうかの判断を、東京家庭裁判所も東京高等裁判所も、回避することにしました。ただ、それもいたしかたないところは、あるのです。もし、「巫」が「常用平易」だと高等裁判所が判断した場合、法務省は、また戸籍法施行規則を改正して、「巫」を人名用漢字に追加しなければならなくなります。一方、「巫」が「常用平易」ではないと高等裁判所が判断した場合、今後、法務省は「巫」を人名用漢字に追加したくても追加できません。どちらにしろ、影響がかなり大きいので、おいそれと「常用平易」かどうか判断を示すわけには行かなくなってきているのです。

ただ、それならば、と筆者は思ってしまうのです。「巫空」ちゃん(第1回参照)の場合のように、つい、うっかり出生届を受理してしまう戸籍窓口が、もっと全国にあってもいいのではないか。出生届が受理されて戸籍に載りさえすれば、たとえ人名用漢字に含まれていない漢字でも、子供の名づけに使えてしまいます。そういう「うっかり」の多い自治体は、子供が少なくなっている昨今、それはそれで町おこしになるのでは、と思うのです。もちろん、そういう戸籍窓口に対しては、法務局からの指導も、さらには法務省からの査察も入るでしょうから、自治体にとってはイバラの道でしょう。でも、そういう「うっかり」の多い自治体が増えてくれることを、筆者としては願ってやまないのです。

筆者プロフィール

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

「人名用漢字の新字旧字」(関連書籍:『新しい常用漢字と人名用漢字』)の特別編「『巫』は常用平易か」は今回で終了します。
来週からは、一時休止していた「タイプライターに魅せられた男たち」を毎週木曜日午前に掲載します。


Help Me(1974, 全米No.1)/ジョニ・ミッチェル(1943-)

2012年 5月 16日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第32回

32helpme.jpg

●歌詞はこちら
http://www.lyricsfreak.com/j/joni+mitchell/help+me_20075303.html

曲のエピソード

カナダ出身のシンガー/ソングライター/ギタリスト/ピアノ奏者で、絵画なども得意とする多才なアーティスト、ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell, 本名Roberta Joan Anderson。後に活動拠点をニューヨークに移した)。彼女にとっての最大ヒット曲である「Help Me」(ビルボードのアダルト・コンテンポラリー・チャートでは堂々のNo.1)は、通算6枚目のアルバム『COURT AND SPARK』に先駆けてシングルとしてリリースされた。1973~74年頃、ジョニは、当時イーグルスのメンバーだったグレン・フライと恋仲にあり、「Help Me」同様、やはり『COURT AND SPARK』に収録されている非シングル曲「Car On A Hill(邦題:丘の上の車)」の2曲は、グレンについて書かれたものだと言われている。その2曲から透けて見えてくるのは、相手の男がモテモテで浮気癖があり、それにヤキモキしながら恋に身を焦がす女性の姿。結局、双方の恋愛関係には終止符が打たれ、結婚には至らず、後にそれぞれ別の人と結婚した。

曲の要旨

自分で自分の気持ちをコントロールできないほど、どんどん彼に惹かれていく私。モテ男の彼に惚れたところで、どうせ自分が辛い思いをするだけだと判ってるのに、どうしても熱い思いを抑えられない。ああ、どうしよう。私が惚れた男は、女との恋愛にうつつを抜かすよりも、男友だちとワイワイやってる方が好きみたい。つまり私は、女に縛られるのが嫌いなタイプの男に惚れちゃったってことね。彼とは恋人ごっこみたいな付き合いが続いているけれど、もしかしたら彼はそのうち私を捨ててしまうかも…。でも、彼への恋心が募っていくのを止められないの。私、どうしたらいいの?

1974年の主な出来事

アメリカ: ジェラルド・R・フォードが第38代大統領に就任。
日本: 残留兵の小野田寛郎がフィリピンのルバング島から帰還し、衆目を集める。
世界: ポルトガルでクーデターが起こり、サラザール独裁体制が崩壊(俗にいうカーネーション革命)

1974年の主なヒット曲

You’re Sixteen/リンゴ・スター
Love’s Theme/ラヴ・アンリミテッド・オーケストラ
Bennie And The Jets/エルトン・ジョン
Feel Like Makin’ Love/ロバータ・フラック
You Haven’t Done Nothin/スティーヴィー・ワンダー

Help Meのキーワード&フレーズ

(a) Help me
(b) ladies’ man
(c) love one’s freedom
(d) come down to smoke and ash

ジョニ・ミッチェルには、常々“強い女”――嫌いな言葉だが、今風に言うと“心の折れない女”といったところか――というイメージを抱いていただけに、この曲での女心の吐露は、正直、彼女らしくないな、と思ったこともあった。が、後になって、これが実際に彼女が恋に溺れそうになる自分をどうすることもできず、激しい衝動に駆られて綴った曲だと知り、人をイメージだけで判断するのは誤りだと改めて気付かされた。この曲でジョニは、身をよじらんばかりに相手の男(グレン・フライ)に惹かれていく様を包み隠さず歌っている。これは勝手な想像だが、恐らく当時の彼女は、寝ても覚めても彼のことで頭の中がいっぱいだったのだろう。グレンにとって彼女はどんな存在だったのだろうか。彼にも当時の胸の内を訊いてみたい気がする。

タイトルにもなっている(a)を「私を助けて」と訳すのは容易い。中学生でもできる。学校や塾で英語を習っている小学生だって、(a)を「私(僕)を助けて」とすぐさま訳すことができるだろう。が、ジョニの心の叫びとも言える“Help me.”には、もっと深い意味が込められているのだ。今一度、“help”を辞書で調べてみて欲しい。辞書によっては、例文の“Help me!”の意味に「助けて!」の他に「もうだめだ!」、「ああ、だめだ!」という意味も載っているはず。そう、この曲でジョニは「私を助けて!」と歌っているのではなく、「私、もうダメ!」、「私、もうこの気持ちを抑えられない!」という意味を込めて“Help me.”と歌っているのである。もっと意訳するなら、「誰か、今の私を止めて!」になるだろうか。恋に身を焦がしている主人公の女性は、決して窮地に立たされているわけではない。「このままどんどん彼に惹かれていって、終いにはポイと捨てられちゃったらどうしよう……。それを考えると怖いから、ずるずると自分の思いに引きずられるままに彼に溺れてしまう前に何とかこの気持ちを止められないかしら」ということを言いたいわけで、その複雑な気持ちが“Help me.”という短いセンテンスに凝縮されているのである。

(b)は、相手の男を指して言っているもの。「女にモテる男」、「女好きの男」といった意味だが、洋楽ナンバーの歌詞では、しばしば「女たらし」という意味でも用いられる。この曲がヒットしていた頃、イーグルスは最も人気の高いロック・バンドのひとつであったため、ツアー先には多くのグルーピーたちが押しかけたことだろう。もちろん、ジョニと恋愛関係だったグレンにも、多くの女が群がっていたに違いない。だからジョニは「女にモテモテの恋人」に対してヤキモキするのである。また、(b)は、男性自身が「オレは女にモテモテなんだぜぇ」と自慢する時に“I’m a ladies’ man.”という風に口にしたりもする(R&Bやラップ・ナンバーの歌詞でもたまに見聞きする)。イーグルスのメンバーの中でも優男だったグレンは、かなりの“a ladies’ man”だったのではないだろうか?

“freedom”は普通に訳せば“自由”だが、この曲では、「束縛されない状態」、「勝手気ままな行動」という意味で使われている。即ち(c)は、主人公の女性がモテ男の相手に向かって「あなたは(私にかまっているよりも)自由気ままに過ごしていたいんでしょ」と言ってるわけだ。(c)が登場するフレーズを聴くと、実際にジョニがグレンにそう言って詰め寄っている様子が目に浮かんでくるようだ。この曲に限らず、恋人をほったらかしにして、同性の仲間と夜な夜な街に繰り出す、という内容の歌詞を過去に何度も訳してきたが、大抵の場合、女性シンガーが“あなたは私と一緒に過ごすより、仲間たちと一緒に遊びに出かける方が楽しいのね”と厭味を言うものだった。恋人が夜の街で仲間たちとワイワイ楽しくやってる間―もしかしたら他の女たちも一緒かも知れないと思いつつ―彼の帰りを待ちわびる女。「今頃、彼はどこで誰と何をしてるのか判ったもんじゃない」という煩悩がジョニの頭の中を駆け巡る気持ちが、(c)に込められている。GPS対応の携帯電話が普及してからは、こうした“相手の行動が判らずヤキモキする”といった歌詞は洋楽ナンバーでとんとお目にかからなくなってしまった。

(d)は、正式なイディオムの“turn to dust and ashes(希望や期待が消え失せる)”からヒントを得て綴られたフレーズであることは明らか。何故だかこの曲では“ash”が複数形になっていないが…。このフレーズの前の行に“hot, hot blazes(燃え上がるような恋の炎)”とあることから、正式なイディオムにある“dust(ほこり)”を“smoke(煙)”に変えたのだろう。炎からは、ちりやほこりではなく煙が立つから。(d)がいわんとしているのは、その「恋の炎」が「消え失せてしまうのを過去に私は目にしてきた(=体験してきた)」ということ。だから余計に、相手の男性に強烈に惹かれながらも、この恋がいつの日か終わりを迎えるのでは、という恐怖心に苛まれてしまうのだ。

この曲がレコーディングされたのは、1973年。当時、ジョニは30歳前後、グレンは20代半ばだった。ジョニは1943年11月7日生まれ、一方のグレンは1948年11月6日生まれで、奇しくも誕生日が1日違い。そして彼女は彼より5歳上だった。そのことも頭に入れてこの曲を聴けば、年上の女性が年下のモテ男に魅了されていく気持ちにブレーキをかけられず、悶々としていた気持ちが痛いほど伝わってくる。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。


漢字の現在:「勉強」の共通誤字

2012年 5月 15日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第185回 「勉強」の共通誤字

 合宿の食事時、温泉玉子と千切りのキャベツが並んだ。我が家で、溶いた温泉玉子の容器の中に、キャベツの千切りを箸から落としてしまったことがある。子供にさえ「あ~あ」と言われる始末。仕方ないのでそのまま食べてみたら、実に美味だ。2品の取り合わせが合うのだ。温泉玉子がキャベツをコートして、触感を滑らかにしておいしくすることにそのようにして気付いていたので、そこでも言ってみる。「悔しいけど旨い」と男子。女子たちも真似して、びっくりしている。チーズや紅茶の起源だって、伝えられるところでは失敗からだそうではないか。

 合宿では、勉強のほかに参加者同士の親睦も大切だ。ことばに関するお題を出して、優秀なグループには景品として、懐かしい昭和らしい麩菓子を授与する。工場見学もさせていただいた日本最大の「工場」で作られている逸品だ。ここまで崩れないように運ぶのが大変だったが、かぶりついては意外に美味しいと喜び、もらえなかった班も羨ましがる。最後には残りを皆に配って、この歯応えと風味、そして栄養と色彩に満ちた菓子の広告を作るならば、と考えてみた。

 合宿所にはそういうことができる教室もある。ゼミ生同士で、「キズナってこんな字?」、「絆」とホワイトボードに書いている。文明の利器と呼ぶケータイから覚えたものだろうか。

 伝言ゲームは、言語の変化の縮図でもあり、考えさせる点を含んでいる。広い屋外でやったときには、一時記憶の限界を感じて泡を吹いたものだ。面白そうだが、ただ、室内ではどうしてもよそのグループの発音が聞こえてしまう。

 印刷術の発達していなかった昔は、文字は手で書き写して伝えるものだった。写本では、場面(急ぎか、意識が集中しているかを含め)、個人の識字力や使用文字をほぼ等しくする集団の状況によって、元の文字は変わっていった。幕府から出されたお触れなども、市井の末端ではある程度は変容をきたしていたそうだ。音声言語でも、一斉メールなどの手段がなかった頃には、クラスなどに連絡網が設けられ、伝達が繰り返されていたが、最後の人が発信者である教員に念のため電話を入れて確認すると、どこかで集合時刻やら何やらがおかしくなってしまっていた、なんて騒動も耳にしたことがあった。それを競技のようにしたのが、伝言ゲームだったのだろう。

 「勉強」と書こうとして、その1字目を「勉(力はム)」とホワイトボードに書き間違えている学生が前日にいたのにもインスパイアーされた。女子がヒソヒソと小声で「力だよね」、「違っている」、私に言いに来た人もいた。書いた当人に確かめると、「勉学」でも、「つとむ」という名でも同じ字だという、でも「アレ?」というので、彼にとって臨時的な字体ではなさそうだ。

 「間違ってんの?」と聞き、考えて「力」だと気付く。なにか変だなと思いながら書いていたそうだ。自分でも、どこかおかしいと思っていたとのこと。何かを省略しているのか、と考え、「どうしてだろう」と不思議がるので、「鬼」からでは、というと、「鬼」と書き、さらに左に「云」を加え「魂」と書いてみていた。隣の男子が「勉」のほうが先に習うという。もしかしたら、本で印象深く目に入っていただけでなく、次に熟語でよくくる「強」の「ム」が影響したもの(部分字体に生じる逆行同化)なのでは、と指摘してみる。

 隣の男子も、実は中学生の時にその字体を注意されて気付いて、「俺だけかと墓場へ持っていこう」とまで思っていたそうだ。こうした呟きからも、共通誤字といえそうだと感じる。それが、新しいゲームを思いつくヒントになったというと、次の日にこうして使われることまで「見越して」、あれをと書いたものだったと話す。これは言い訳っぽく聞こえず、なかなか回転が速い。

 「魅力」も逆行同化を起こしやすい。「力が入る」のだ。

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は春の伊豆の文字でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。


大規模英文データ収集・管理術 第24回

2012年 5月 14日 月曜日 筆者: 富井 篤

6 「分類」の構成・9

(4) 品詞別

これ以降は、すべて純粋の「分類」になります。

この「(4) 品詞別」は、技術英文を「品詞」の面から考察して収集したデータの分類です。各種品詞を分類してありますので、「トミイ方式」の持つすべての機能、すなわち「活用機能」、「学習機能」、および「制作・発表機能」を、100%以上発揮する分類です。

品詞を分類する目的は、決して学校文法を追求しようというものではなく、あくまでも、技術翻訳する上で必要な品詞のみを取り上げ、それを学習し、翻訳の際に活用しようとすることにあります。そのため、品詞には種類がたくさんありますが、「トミイ方式」でもほとんどすべての品詞を取り上げています。その中でも、特に以下の13個の品詞を「小分類」として、重点的に取り上げています。

1 前置詞
2 冠詞
3 関係代名詞
4 関係副詞
5 助動詞
6 名詞
7 代名詞
8 形容詞
9 動詞
10 to-不定詞
11 動名詞
12 分詞(現在分詞および過去分詞)
13 副詞

これから5回にわたってこれらの品詞の分類を説明して行くわけですが、紙面の関係上、これらすべての品詞を取り上げることができませんので、ここでは、最も重要と考えられる次の5つについて取り上げることにします。残った品詞についてももっと広く深く取り上げたいのですが、別の機会に譲ることとします。

1 前置詞
2 冠詞
10 to-不定詞
12 分詞(現在分詞および過去分詞)
13 副詞

今回と次回の2回にわたって1 前置詞を扱い、その後は2 冠詞を本連載の第26回、10 to-不定詞を第27回、12 分詞を第28回それぞれ取り上げることにします。

1 前置詞

日本語には前置詞というものがありませんので、英語の前置詞は、英和翻訳において上手に訳せば自然な日本語に訳すことができ、和英翻訳においては上手に使えば簡潔な英語が書ける、大変重要な品詞です。その全貌を知るため、「小分類」から「細々分類」まで示します。

1 単体前置詞

2 複数語
 (1) 二重前置詞
 (2) 群前置詞

3 他の語との結合
 (1) 動詞との結合
 (2) 形容詞との結合
 (3) 動名詞との結合
 (4) 関係代名詞との結合

4 特殊用法
 (1) 異種の前置詞
 (2) 文頭の前置詞
 (3) 手段・方法を表わす前置詞
 (4) 省略および繰り返し
 (5) 動詞的な前置詞

最初からこのような階層分類があったわけではありません。ごく荒っぽくいいますと、最初は、これらの前置詞はすべて、「前置詞」という箱の中に一括りに放り込んでいたかもしれません。それが、収集していくうちに前置詞に関するデータが数百点くらいになった時点で、まず、「細分類」をし、やがてその「細分類」の中にさまざまな用法があることに気づき、さらに「細々分類」をしていったわけです。

この連載の中で前置詞すべてについて詳述することはできませんので、「前置詞」について、さらに詳しく学習したい方は「前置詞活用辞典」(三省堂、富井篤著)を参照してください。

1 単体前置詞

「単体前置詞」とは、個々の前置詞のことです。この中には、across から始まり without まで、学校英語とは一味違う用法を持つ前置詞が15個取り上げられています。それら15個の単体前置詞が、さらに「極細分類」までなされています。特に、at, by, for, in, on, with などは、非常に細かく、数多く分類されていますので、「学習」にも「活用」にも役に立ちます。for ~などは、「細々分類」まですると、「~がないかどうか」、「―を~するには」、「―して~する」など、前置詞とは思えない意味を持っている前置詞です。この項目は非常に大事ですので、必ず、収集していってください。

2 複数語

(1) 二重前置詞
「二重前置詞」とは、2つの前置詞が直列に繋がっているものです。これを知らないと、ほとんどの日本人が、前置詞が2つ重なっていることに違和感を抱き、使うのに躊躇するはずです。しかし、ひとたび使ってみると、これほど便利な言い回しはありません。例えば、「~の下から」でしたら、それをそのまま英語に置き換え、from under ~でいいわけです。よく注意して収集していくと、「~の上から」「~の間から」「~の後ろから」など、いろいろ集まります。

(2) 群前置詞
「群前置詞」とは、名詞の前後を前置詞で囲み、1つの前置詞の意味を持つものです。例えば、in accordance with ~,by means of ~ などが群前置詞です。これと形の上ではよく似たもので、慣用句といわれるものもあります。例えば、at the price of ~(~を犠牲にして)とか、in proportion to ~(~に比例して)などが慣用句です。もっと厳密にいうと、群前置詞でも慣用句でもなく、単に名詞の前後に前置詞が付いている副詞句もあります。しかし、私達は、文法に沿って英文データを集めているのではなく、自分の使いやすいデータベースを作っているわけですから、慣用句も副詞句も群前置詞の中に入れて分類しています。このようにして収集していくと、群前置詞は非常に幅広い、使い道の多い品詞であることがわかります。

3 他の語との結合

これは、前置詞が他の品詞と結合されている例です。ここには、前置詞が以下の語と組み合わされて使われている用法を入れています。

 (1) 動詞との結合
 (2) 形容詞との結合
 (3) 動名詞との結合
 (4) 関係代名詞との結合

(1) 動詞との結合(2) 形容詞との結合
これらは、あまり重要ではありません。ただ、目で見てわかる通りに収集し、分類して行けばよいことになります。

(3) 動名詞との結合
これは重要です。例えば、この中には、before ___ing, by ___ing, for ___ing, in ___ing, on ___ing, without ___ing などいろいろな形がありますが、たくさんの例文を集めていくと、with ___ing はあまり使わないということがわかります。

(4) 関係代名詞との結合
これも非常に重要です。例えば、after which, at which, from which, in which, with which などがそれです。たくさん収集してみるとわかることですが、これには、2つの言葉をつなぐルールと各前置詞の持つ意味を正確につかんでいないとできないことがわかります。それぞれが1つ収集できたからそれで良いなどとは思わないで、しつこくいくつもいくつも集めてみることです。すると、上述したことがわかってきます。

最後に、文法書にも辞書にもほとんど取り上げられていない前置詞の用法で、筆者が長年翻訳をしながら、「発掘した」といってもよい用法として「特殊用法」がありますが、これは大きなテーマですので、次回に取り上げることにします。

【筆者プロフィール】

富井篤(とみい・あつし)
技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。


日本語社会 のぞきキャラくり 補遺第8回 「ツンバブ」について

2012年 5月 13日 日曜日 筆者: 定延 利之

補遺第8回 「ツンバブ」について

 高評価の状態と関わらないという点で「ツンデレ」と似ているのは、「ツンバブ」とでも言えばいいのか、2人きりになると『幼児』になってバブバブ甘えてくるタイプである。たとえば次の(1)の男たちは、『普通の大人』と『幼児』の間を行ったり来たりしている「ツンバブ」である。

(1)  私を含め私の友人達は,ほぼ彼女または奥様に赤ちゃん言葉を使った経験があります。想像するのもおぞましいですが。。。(中略)ちなみに私も友人達も,女性に「赤ちゃん言葉,使う?」と聞かれたら「使うわけねーじゃん!ばっかじゃねーの」と答えます。笑

[http://q.sugoren.com/13494、最終確認日: 2012年4月22日.]

 つまり『普通の大人』(ツン)としては、「自分は『幼児』(バブ)になることがある」と認めてみせることなど、到底できないというわけだ。だからこそ男たちは、そんなことが気取られぬよう、『普通の大人』(ツン)時には、『幼児』(バブ)らしさは微塵も感じさせない。顔を赤らめつっかえてしまうような「ツンデレ」とは、ここは大きく異なるところである。

 しかしながら、愛しい人の前で『幼児』(バブ)になれば、「あー、おちごと、たいへんだったでちゅ。『ふちゅーのおとな』は、ちゅかれるでちゅ」などと「自分は『普通の大人』(ツン)になることがある」と認めることは何でもない。

 このことからすれば、自身の全て(つまり『普通の大人』(ツン)と『幼児(バブ)』の両方)を受け入れられる『幼児』(バブ)こそ男たちの正体であって、『幼児』(バブ)がソトではよそゆきの『普通の大人』(ツン)を演じ、ごく親しい人の前でだけ正体の『幼児』(バブ)をさらけ出しているのだという、前回述べた「舞台裏」にも似た構図が浮かび上がってくる。

 いやいや、もちろんこれは愛し合う2人の間での、ちょっとした「幼児プレイ」、つまり『幼児』(バブ)ごっこに過ぎないのだ。興醒めを承知で言えば、「『幼児』(バブ)が状況に応じて『普通の大人』(ツン)を演じたり『幼児』(バブ)に戻ったりする」というプレイを冷静に管理実行しているのは実は『普通の大人』(ツン)なのである。だから、男たちの素性に『幼児』(バブ)を認める必要は全くないのだ――と、そう単純に片付けてしまえればいいのだが、どうだろうか。前回取り上げた『宴のあと』のかづ同様、男たちも「本当のところ自分の冷静さについては」「あまり大した自信を持ってはいな」いということが、無いと言えるだろうか。演じているつもりの『幼児』(バブ)が、実はそう「演じている」わけでもなかったりする瞬間が、無いと言えるだろうか。三島由紀夫なら「彼はベビー服のほうが似合うのだった!」と書くかもしれない。あーおそろしい。

 いま「男たち」と書いたが、男もすなる赤ちゃんことばを、女だってしゃべる人はしゃべるのかもしれない。少し似た例に過ぎないが、たとえば次の(2)を見られたい。ここでは新婚夫婦のあま~い会話が描き出されている。

(2) 

 同じ頃、下北沢あたりの南西向き2DKにいそいそと新婚所帯道具を運びこみ、

「ああ、くたびれたん。ちょっとひと休みしょうか、トモコしやわせよ、よしおは?」

「うん、よしおしやわせ。トモコは?」

 なんていっている「約二名」というものがいるわけです。

 そしてこの「約二名」もネスカフェのフタくるくるまわして、

「トモコ、ネスカフェだいすきよ、よしおは?」

「よしお、ネスカフェだいすきよ、トモコは?」

「トモコもネスカフェだいすきよ、よしおは?」

「よしおもネスカフェだいすきよ、トモコは?」

 なんていうこといつまでも言いつつ、窓の外の夕焼け雲みつめてブチュッなんていう態度をとったりしているわけである。

[椎名誠『気分はダボダボソース』1980.]

 ここに取り上げた会話が作家・椎名氏の空想による全くの絵空事ではなく、現実の日本語社会の何がしかを反映しているとしたら、日本の『赤ちゃん』人口は案外多いかもしれない。だが、詳しいことは調べてみないとわからない。「ツンデレ」がコンピュータゲームやマンガに頻出するのに対して、「ツンバブ」が言及されることは極端に少なく、その実態はほとんど謎に包まれているからである。

 親たちが乳幼児に向けてしゃべることばは「IDS (Infant-Directed Speech)」と呼ばれるが、古くは「母親 (mother)」にちなんで「マザリーズ (motherese)」と呼ばれ、今でも一般にはこの名の方が知られているようだ。ここで取り上げた「ツンデレ」や「ツンバブ」の多くは(海原雄山なんかはよくわからないが)、恋人に向けてしゃべる恋人語、つまり「ラバリーズ (loverese)」である。

 世界じゅうで大多数の言語が絶滅の危機に瀕してその保護や保存が急務とされており、しかも日本の財政がおそろしく逼迫しているこのご時世に、「予算を組んで、恋人語(ラバリーズ)の大規模な調査プロジェクトを立ち上げるべき」などと声を張り上げ旗を振る勇気は、私にはとても無い。が、インターネット上で「ツンデレ」の萌え談義にうち興じる世の匿名諸氏には、自らの「ツンバブ」体験が有るのか無いのか、思いあたるフシがあるのならついでに語ってほしいと思う今日この頃である。

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* * *

◆この連載の目次は⇒「日本語社会 のぞきキャラくり 補遺」目次へ

◇この連載の正編は⇒「日本語社会 のぞきキャラくり」目次へ

◇この連載正編の中国語版と英語版
  中国語版⇒角色大世界――日本
  英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters

【筆者プロフィール】

『日本語社会 のぞきキャラくり』定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「状況に基づく日本語話しことばの研究と,日本語教育のための基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)『日本語社会 のぞきキャラくり——顔つき・カラダつき・ことばつき』(三省堂、2011)などがある。
URL:http://web.cla.kobe-u.ac.jp/aboutus/professors/sadanobu-toshiyuki.html

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【編集部から】

このサイトでの連載「日本語社会 のぞきキャラくり」がもとになり、書籍として『日本語社会 のぞきキャラくり—顔つき・カラダつき・ことばつき』が刊行されてからもうすぐ一年。編集部たっての希望がかない、このたび、さらに「キャラくり」世界を楽しむべく、続編をご執筆いただくこととなりました。
イラストは、書籍版『日本語社会 のぞきキャラくり』でも「キャラくり」世界をステキに彩ってくださったカワチ・レンさんによるものです。
隔週日曜日の公開です。続きもお楽しみに!


地域語の経済と社会 第201回 「復興を目指す方言メッセージ」

2012年 5月 12日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第201回 「復興を目指す方言メッセージ」

 昨年の今頃は,東日本大震災の被害のなかで,方言エールなどを中心に考察してきました。あれから1年余が経過し,被災地の人々の意識や支援のあり方は,だいぶ変わって来ました。そこに使われる方言の拡張活用例も,生存の段階から復興を目指す段階に移って来ています。今回は,そういう被災地の最近の拡張活用例を紹介します。

(写真はクリックで周辺も表示)
【写真1】山田祭のポスター
【写真1】山田祭のポスター
【写真2】お客さまをお出迎え
【写真2】お客さまをお出迎え
【写真3】お客さまをお見送り
【写真3】お客さまをお見送り
【写真4】被災地宮古駅のお出迎え
【写真4】被災地宮古駅のお出迎え
【写真5】山田線川内駅のお出迎え
【写真5】山田線川内駅のお出迎え

 まず,中心部が全滅に近い被害を受けた岩手県山田町では,震災後1年の今年3月に「復興山田がんばっぺし祭り」が開催されました【写真1】。「かきくけこ」(第46回)が戻ってくる日のため,がんばります。

 もう一つは,JR東日本の「いわてデスティネーションキャンペーン」(4月1日~6月30日)です。岩手県内で,現在JR線が運行されている範囲に,各地の方言メッセージが掲げられています。岩手県の玄関口・盛岡駅には,新幹線ホームから改札に向かう途中に「よぐおでんした 盛岡さ!」【写真2】,コンコースから新幹線ホームへの上がり口には「またおでってくなんせ 盛岡さ!」【写真3】,その他たくさん出されています。

 被災地にも一部に歓迎のメッセージが出されました。JR宮古駅に「みやこさ よぐおでんした」のメッセージが掲示されました【写真4】。復興の始まりです。山あいの駅(山田線「川内:かわうち」)でも「いわてさ よぐおでんした」とお出迎えです【写真5】。

 ここで,全国の皆さんにお願いです。津波被災地では,今回紹介した用例の地区と異なり,いまだ復興を目指す段階が難しいところがほとんどです。地区の住民が分散移住して元の地区の再生が困難となり,方言を形成する1地点がなくなりかけているところもあります。お願いはこういう現状をぜひ理解していただきたいということです。これから先も皆さんからのご支援が必要です。どうか,よろしくお願いします。

第196回の補足》

 東北自動車道紫波サービスエリアの,かつて,平太くんが「よぐおでんすた」と迎えていた場所は,改装工事が終わり,4月26日に,地元の食材を使ったオリジナルメニューを提供するコーナー「SIWA SWANS(シワ スワンズ)」となりました。

 また,岩手県花巻市にかつてあった足湯「いっとこま」は〈花巻の方言で「少しの間」「短い時間」の意〉と紹介しましたが,語源は「一時(いっとき)(ま)」です。同県宮古市では,現在でも「イットキマ」の語形でよく使用されます。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 准教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。


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