『日本国語大辞典』をよむ

第127回 江戸時代の諸役

筆者:
2025年2月23日

『日本国語大辞典』は見出し「やく(役)」の語義を次のように八つに分けて記述しています。

やく【役】(1)国家が人民に課した労役。公役(くやく・こうえき)。賦役(ぶやく・ぶえき)。えだち。えき。*宇治拾遺物語〔1221頃〕四・一〇「篤昌を役に催しけるを」(2)所有する物品や通行に対して課す税。*玉塵抄〔1563〕二〇「牌をかいて高う舟にさしあげてとをったぞ、舟のやくなどをのがれたか」*咄本・醒睡笑〔1628〕七「蝋をつけたる馬二疋京へのぼる。山中の関にて役をせよといふ」*仮名草子・浮世物語〔1665頃〕一・七「百姓の物ごとを役(ヤク)にかけて取りあげ」(3)江戸時代、伝馬役・助郷役・百姓役など課役の略。*地方凡例録〔1794〕五「鎰役之事鎰役と云は、古昔は総て役を掛るに物の訳定らざるを、石高免状と云事もなく」(4)受持の仕事。役目。つとめ。官職。職務。任務。*宇津保物語〔970~999頃〕国譲下「公卿たちに、やくつかうまつらせん」*源氏物語〔1001~14頃〕常夏「につかはしからぬやくななり。かく、たまさかにあへる親の孝せむの心あらば」*史記抄〔1477〕一五・淮南衡山「有罪の者の殺まではない者には、城門を旦にあけたりなんどする役をさするぞ」*虎明本狂言・禰宜山伏〔室町末~近世初〕「其上あれは難行をいたすやくでござる」*説経節・さんせう太夫(与七郎正本)〔1640頃〕上「けふのやくはつとめたが、あすをばしらぬぞづしわう丸」*洒落本・傾城買四十八手〔1790〕やすひ手「おめへがたのむつごとをきく役(ヤク)だね」(5)唯一の仕事。もっぱらのつとめ。→役(やく)と。*源氏物語〔1001~14頃〕須磨「しほ垂るることをやくにて松島に、年ふるあまもなげきをぞつむ」*狭衣物語〔1069~77頃か〕三「苗引き植うる田子の、裳裾どもも、川上に晒し営んをやくにして」*今昔物語集〔1120頃か〕一二・一「法花経を受け持て、昼夜に読奉るを以て伇として」(6)能楽や演劇などで各役者の受け持って扮する役目。芸の担当。*申楽談儀〔1430〕勧進の舞台、翁の事「面箱のやく 幼きには 斟酌せさすべし」*御伽草子・鉢かづき〔室町末〕「あによめ御ぜんはびはのやく、次郎よめごはしょうをふき給ふ」*滑稽本・八笑人〔1820~49〕四・下「勘平でも定九郎でも、足下のしたい役(ヤク)をするに」(7)婦人の月経。月のもの。月役。*洒落本・南極駅路雀〔1789〕「『ゑてになるといつでもあれよ』〈略〉ゑてといふはやくになっているといふ事也」*咄本・詞葉の花(噺本大系所収)〔1797〕しち物「おらアいや。きのふから、やくになって、むしがかぶるものを」(8)花札・マージャンなどで、一定の点数を得るための特定の条件にかなった札がそろうこと。

語義(1)と(3)とは「課役」すわなち〈税としてわりあてられた仕事〉です。今はそうした制度がないので、現在出版されている小型の国語辞書、例えば『三省堂国語辞典』第八版(2022年)には「課役」に該当する語義が記されていません。そのために、現代日本語母語話者にとってはこの語義の「~ヤク」がすぐには理解しにくいかもしれません。そして〈仕事に対しての税〉も「~ヤク」と呼ばれることがありました。

あゆやく【鮎役】〔名〕江戸時代、鮎漁を業とする者、またはその村方に課した小物成(こものなり)。この時代の小物成の多くは後年金納に改められるが、これは後まで鮎の現物で取り立てられるのを普通とした。*国制摘要〔江戸末か〕「鮎役は寛永八未、小里領鮎一年六千づつ、折橋村八郎と云る者、諸受負納たり」

「アユヤク(鮎役)」は鮎をとることが仕事としてわりあてられているのではなく、鮎捕りを仕事としている人にわりあてられた税のことです。「現物で取り立てられる」ということは税として鮎を納めるということですね。

あるきやく【歩役・歩行役】〔名〕江戸時代の宿駅に課された夫役をいう。伝馬役と共に、幕府の役人や諸大名の通行に備えて宿ごとに設けられたが、その定数は街道の交通量に応じ、東海道は一宿一〇〇人一〇〇匹、中山道は五〇人五〇匹、その他の三街道は二五人二五匹を常備するのが原則であった。*牧民金鑑‐一八・道中筋・寛政元年〔1789〕四月三日「歩行役者名前年付等相改、馬役者名前馬之毛色等相糺」

「アルキヤク」は〈宿駅に課された〉役で、人手と馬を準備しておくわけですが、それを「アルキ」という語であらわしていることになり、少し抽象化された「ヤク」といってもいいかもしれません。

うるしぎやく【漆木役】〔名〕江戸時代、漆の主産地であった会津藩の漆年貢。漆の役木(四尺廻りの漆樹)一本につき、漆実一升五合(後に役銀二一匁)の割で徴収した。

こうした「~ヤク」をみていくと、「鮎漁を業とする」人がいたのだから、アユは川でたくさんとれたのだろうとか、街道の機能を維持するためにいろいろなきまりがあったとか、会津が漆の主産地だったのかとか、江戸時代のさまざまなことがわかってきますね。

語義(4)は「私は聞き役になることが多い」のように、現代日本語でも使われていますが、江戸時代には次のような「ヤク」がありました。

おにとりやく【鬼取役】〔名〕徳川将軍の膳部をつかさどる役である膳奉行の古称。食事の毒見をしたところからいう。*徳川実紀‐東照宮附録〔1616〕一四「案に、御にとり役とは、今の世の御膳奉行の事なり。寛永寛文の頃まではかく唱へしなり。今も食物の試するを、おにをするといふは古言なるべし」

こうした役があるということは、将軍の毒殺をたくらむ者がいたということなのでしょう。いやはや、江戸時代はなかなか恐ろしい時代です。そんな江戸時代にはこんな役もありました。

おすぎやく【お杉役】〔名〕下女、女中で女主人の恋の取持ちをする役。*歌舞伎・樟紀流花見幕張(慶安太平記)〔1870〕三幕「かほどに思ふお心を御不便に思召し、其のお願ひを旦那様、おかなへなされて下さりますやう、お杉役(スギヤク)にわたくしから、お願ひ申し上げますわいな」補注 お杉は「八百屋お七」劇でお七の下女として知られているが、広く下女や女中の名に用いられる。

下女「お杉」は今風にいえば「恋のキューピッド」というところでしょうか。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。