人名用漢字の新字旧字

人名用漢字の新字旧字・特別編 (第8回)

筆者:
2009年5月29日

人名用漢字の新字旧字の「曽」「祷」の回を読んだ方々から、常用漢字でも人名用漢字でもない漢字を子供に名づけたいのだが、どうしたらいいのか、という相談を受けました。それがどれだけ大変なことかを知っていただくためにも、あえて逆説的に、「人名用漢字以外の漢字を子供の名づけに使う方法」を、全10回連載で書き記すことにいたします。

許可抗告と執行停止

前回(第7回)、市町村長が許可抗告を申立てた場合でも、たいてい高等裁判所は確定証明書を交付してくれる、と書きました。これは、民事訴訟法第334条の

第三百三十四条    抗告は、即時抗告に限り、執行停止の効力を有する。

にもとづくものです。つまり、家庭裁判所から高等裁判所への即時抗告は、子供の本当の名を戸籍に記載する手続を「執行停止」する(第5回参照)のですが、高等裁判所から最高裁判所への許可抗告は、その手続を「執行停止」する効力はありません。したがって、たいてい高等裁判所は確定証明書を交付してくれる、のです。ですが、「たいてい」のところが、実は微妙に問題です。というのも、民事訴訟法第334条には第2項があって

2    抗告裁判所又は原裁判をした裁判所若しくは裁判官は、抗告について決定があるまで、原裁判の執行の停止その他必要な処分を命ずることができる。

と規定されているため、許可抗告が申立てられた場合、高等裁判所(あるいは最高裁判所)が「原裁判の執行の停止」を命令できるのです。この場合は、確定証明書は交付されませんし、子供の本当の名を戸籍に記載する手続を「執行停止」されてしまうのです。

最高裁判所の許可抗告審

最高裁判所の許可抗告審は、基本的には、法律論を闘わせる場です。あなたの事件に関する高等裁判所の決定と、過去の最高裁判所の判例との間で、矛盾があるのかないのかを議論する場です。許可抗告を申し立てるのは市町村長ですが、そのバックには法務省がついている、と考えて、まず間違いありません。極論すれば、許可抗告審は、戸籍法第50条をめぐって、行政のトップである法務省と、司法のトップである最高裁判所とが、法解釈を闘わせる場だと考えた方がいいでしょう。では、そんな場で、あなたはどうすればいいのでしょう。

法務省側としては、あなたの事件に関する高等裁判所の決定と、過去の最高裁判所の判例との間には、これこれこういう矛盾がある、と申し立てるはずです。こういう矛盾があるから、あなたの事件に関する高等裁判所の決定を取り消せ、と主張してくるはずです。あなたは、これに対する反論を、意見書の形で提出しなければなりません。内容に関してはケースバイケースなのですが、あなたの事件で問題となっている漢字と、過去の判例で問題となった漢字は、そもそも別の漢字だ、と反論するのは一つの手です。異なる漢字なのだから、それぞれ「常用平易」へのアプローチが違ってくるのは当然だ、と。これでうまくいくとは限りませんが、とにかく、あなたは反論しておく必要があるのです。

最高裁判所の決定がくだるまでには、6~12ヶ月を要します。最高裁判所の決定は、抗告棄却や原審取り消し以外に、原審を部分的に取り消す場合もあります。あなたが次に取るべき手はケースバイケースなので、最高裁判所の担当官によく相談した方がいいでしょう。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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