絵巻で見る 平安時代の暮らし

第57回『年中行事絵巻』別本巻三「安楽花(やすらいばな)の貧乏貴族邸」を読み解く

筆者:
2018年1月17日

場面:安楽花の様子を眺めているところ。
場所:ある下級の貴族邸
時節:3月10日

人物:[ア][オ]舞う童女 [イ]庶民の老女か [ウ]庶民の男 [エ]庶民の少女 [カ]北の方か [キ]北の方の母親か [ク]幼女 [ケ]裳着前の女性か [コ]三男か [サ]主人か [シ]長男か [ス]次男か [セ]男童
建物・庭:Ⓐ棟門 Ⓑ築地 Ⓒ門扉 Ⓓ寝殿 Ⓔ妻戸 Ⓕ簀子 Ⓖ格子の下側 Ⓗ茅葺屋根 Ⓘ置石 Ⓙ野地板 Ⓚ棟瓦 Ⓛ雑木 Ⓜ懸魚(げぎょ) Ⓝ垂木 Ⓞ東廂 Ⓟ南廂 Ⓠ板敷 Ⓡ遣戸 ⓈⓉ格子の上側 ⓊⓎ突っかい棒 Ⓥ立蔀 Ⓦ沓脱 Ⓧ羅文付きの立蔀 Ⓩ垣根
持ち物・調度など:①綾藺笠(あやいがさ) ②⑧扇 ③懐紙 ④鼓 ⑤銅拍子(どびょうし) ⑥⑱⑲御簾 ⑦懸け守り ⑨烏帽子 ⑩箏の琴 ⑪冊子 ⑫畳 ⑬⑳几帳 ⑭障子 ⑮二階厨子 ⑯香炉か ⑰幅の狭い御簾

はじめに 一年間お休みいたしましたが、再開させていただきます。前回までは主に大内裏や内裏が描かれている絵巻を見てきました。今回は貧乏貴族邸を採り上げ、次回からは貴族以外の人々の暮らしがわかる絵巻を扱っていくことにします。

絵巻の場面 それでは、今回の絵巻の場面確認から始めます。画面中央の庭先で童女たちが舞うのを、荒廃した屋敷の内外から眺めている光景が描かれていますね。この女舞は、京都高雄の神護寺で三月十日に催された法華会(ほっけえ。法華経を講讃する法会)に際して行われたとされています。童女たちが風流な装いで歌い舞いながら参詣したのです。この事情は、『年中行事絵巻』諸本のなかで、この箇所に唯一残されている詞書に記されています。この詞書は本来のものかどうかよく分かりませんが、引用しておきましょう。

三月十日、高雄寺の法華会と言ふことを行う。京中の女(め)の童(わらはべ)、詣でて、舞ひ奏(かな)づ。出で立ちて行くを、桟敷ある家に、呼び止めて、舞はせ見る。これを安楽花と名付けたり。

口語訳は必要ありませんね。高雄寺が神護寺のことです。京中の童女たちが舞い奏でながら行く様子を、道路に面した桟敷のある家では、呼び止めて見物したとあります。この様子は掲載した画面以前に描かれ、掲載場面では邸内で舞っています。

なお、安楽花は、これとは別の、同日に京都紫野の今宮神社で行われ、今日まで引き継がれた「安楽祭(夜須礼祭)」を指すのが普通です。この祭にも歌舞音曲が伴います。しかし、『年中行事絵巻』の安楽花とのかかわりは、よく分かっていません。

安楽花の舞姿 童女たちの舞姿から具体的に見ていきましょう。目につくのが頭にかぶっている物ですね。これは①綾藺笠といい、藺草を編んで作り、中央部の突起部に雉の尾羽を付け、五色の布を吹き流しにしました。

手に持っているもので、②扇はすぐにわかりますね。この他に、③懐紙、④鼓、⑤銅拍子も持っています。[ア]の童女が手にしているのが懐紙です。第49回で見ました「女踏歌」でも妓女たちは懐紙を手にして舞っていました。鼓と銅拍子は舞や歌の拍子をとります。銅拍子は小さなシンバルのようなものを両手に持ち、打ち合わせて鳴らします。画面では片方しか見えませんが、もう一つもその右側にあったと思われます。画面をじっくり見ていますと、こんな素描的な絵でも今にも動き出して、舞い、歌い、はやす様子が目に浮かんできます。

覗き見る人々 次に舞姿を外から眺める人々を見ましょう。崩れかかったⒶ棟門やⒷ築地から京の住人たちが覗いています。開いたⒸ門扉からは子どもも含めて男女五人が見入っています。[イ]の人は老女かもしれません。

崩れて木枠が見える築地でも[ウ]庶民の男と[エ]少女が覗いています。男の視線は舞に向いていますが、少女は違っていますね。築地の陰でしゃがんでいる[オ]舞の童女を見ています。この童女は何をしているのでしょうか。ちょっと品のない想像をすれば、しゃがんで小用をしているのかもしれません。こんな光景を描くのも『年中行事絵巻』の面白さでした。

邸内の人々 邸内の人々に目を転じましょう。Ⓓ寝殿一棟が描かれています。寝殿右下角の一間はⒺ妻戸が開かれ、⑥御簾が下りていて、内側と端から二人が覗いています。端の女性はこの家の[カ]北の方、内側はその[キ]母親でしょうか。Ⓕ簀子に立つのは[ク]幼女で、首から⑦懸け守りを下げています。

次の一間には兄妹でしょうか若い男女が坐っています。格子は取り払われているのでしょう。[ケ]女性の髪は長くなく、簀子に出ていますので、まだ裳着(もぎ。女子の成人式)をしていないのでしょう。成人ならば、顔を人目にはさらさないはずです。右手で指して、何やら[コ]兄らしい男性(三男か)に話しかけています。

三間目の簀子には三人がいて、後ろにⒼ格子の下側が見えます。⑧扇を持つ男性だけ髭がありますので、この家の[サ]主人でしょう。 [ク]幼女を見ているようなので、可愛くて仕方ないのかもしれません。あとの二人は、[シ]長男と[ス]次男でしょうか。

地面に坐っている四人は使用人でしょう。⑨烏帽子がないのは[セ]男童になります。

建物の様子 続いて家の様子を見てみましょう。ここのⒶ棟門は東の正門と判断できますので、画面は南東方向からの視線で捉えられた構図になりますね。Ⓗ茅葺屋根は荒廃して、Ⓘ置石されたⒿ野地板が見えています。Ⓚ棟瓦も一部なくなり、Ⓛ雑木が生えています。Ⓜ懸魚(棟木を隠す飾り)の下がる妻面が見えますので入母屋造で、家族が見ていた所は南端の軒のⓃ垂木などからも、Ⓞ東廂と分かります。

南面はⓅ南廂で内部が描かれています。⑩箏の琴とその奥に⑪冊子が⑫畳の上に開いたまま置かれています。どうしてこの二つを描いたのでしょうか。それは、今まで弾奏し、読書していたことを暗示しています。しかし、安楽花が来ましたので、⑥御簾のもとに移動したことになります。絵巻は、こうした過去の時間を暗示させるように描かれるのです。

南廂の奥には⑬几帳が置かれ、西側の⑭障子の前のⓆ板敷には⑮二階厨子があります。二階部分には箱が置かれ、上の層(こし)は⑯香炉のようですが、下の層はわかりません。二階厨子には文様が見えますので蒔絵でも施されているのでしょう。高価な二階厨子になります。箏の琴と共に、この家が豊かであった昔も暗示しているのかもしれません。

南面をさらに見ていきます。東端の一間はⓇ遣戸で片側が開けられ、⑰幅の狭い御簾が巻き上げられています。中央の間はⓈ格子の上側が上げられ、やはり⑱御簾が巻かれています。東端から中央の間にかけては、一続きになっています。西側の間もⓉ格子が上げられていて、⑲御簾に⑳几帳が添えられています。中央の間との境にあるのは倒壊防止用のⓊ突っかい棒です。

この寝殿は桁行三間しかなく、南面東端が遣戸になっていて、本シリーズ第13回以降で見ました寝殿造とは違っています。どういう家の構造なのか、確認しましょう。

邸宅の構造 使用人たちの後ろには折れ曲がったⓋ立蔀が見えます。一間分しかありませんが、正門を入って北側に位置する侍廊(さぶらいろう。第16回参照)の前に置かれる物になります。この家にも侍廊があることになり、使用人たちが控えました。

侍廊はあっても中門廊(ちゅうもんろう)や中門はありませんね。しかし、その役をする箇所はあるようです。幼女のいる簀子の前にある長い台状の物に注意してください。これはⓌ沓脱になり、上がった先のⒺ妻戸から中に入ることになります。この部分だけ見れば中門廊と同じになりますね。しかし、家族が安楽花を見ている所は東廂になり、寝殿の一画になっています。中門廊は寝殿東廂をその用に当てていることになります。

中門廊は南庭を隔てる役割があり、この家では、Ⓨ突っかい棒で支えられた、Ⓧ羅文付きの立蔀が担っています。立蔀の南庭側にはⓏ垣根があり、花壇にしています。

それでは、この寝殿の大きさは、どうなるのでしょうか。南面は三間、東面は簀子が右上方向に伸びていますので四間はあります。四間目は北廂になるのでしょうか。西廂は、西簀子が見えるのでないようです。そうしますと、二間四方の母屋に、西を除いた三面に廂が付く寝殿となりましょうか。描かれた範囲では、二間三面の寝殿と考えておきますが、問題は残ります。寝殿西側の屋根を見てください。Ⓗ屋根はさらに西方向に伸びて描かれています。誤って描いたのか、寝殿西側にはもう一間あったのかになりますが、それ以上はわかりません。とりあえずは、以上のようにしておきます。

貧乏貴族一家 最後にこの一家を考えておきましょう。主人はどのような身分でしょうか。小さな荒廃した寝殿に住んでいますので、高い身分でないことは確かです。この家には車宿が描かれていませんので、六位になりましょうか。牛車はステータスを表し、五位になってから乗用が許されました。

この屋敷には高い木立が何本もあります。それは長い年月の経過を思わせます。主人は何代目かになるのでしょう。その間に、身分の低さゆえに屋敷が荒廃したと思われます。

しかし、家族は八人で、仲良く暮らしているようです。祭は楽しみで、主人が呼び入れて、家族や使用人にも見物させているのでしょう。家はかなり傷んでいても、和やかで幸せな一家だと思われます。

筆者プロフィール

倉田 実 ( くらた・みのる)

大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』編者、『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

『全訳読解古語辞典』

編集部から

三省堂 全訳読解古語辞典』編者および『三省堂 詳説古語辞典』編集委員でいらっしゃる倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載「絵巻で見る 平安時代の暮らし」は、2013年4月に始まり、56回にわたって連載して参りました。都合により1年間休載させて頂いておりましたが、このたびまた新たに再開いたしました。これまでは主に宮中が舞台でしたが、今回からは貧乏貴族や庶民の生活を主に取り上げて頂きながら、月1回のペースで連載の予定です。引き続きご愛読ください。

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