日本語・教育・語彙

第15回 ことばの時事問題(2):語彙学習方法をどう評価するか

筆者:
2019年1月18日

ずいぶんサボってしまった。いまや年に1回のペースになってしまっている。これでは「ことばの時事問題」を取り上げるどころではない。が,前回取り上げた「うんこ漢字ドリル」はいまでも売れているようで,新たな関連教材も出ているようなので,この話題を継続することをお許しいただきたいと思う。

 

漢字ドリルを買って集めてみた。うんこ漢字ドリルに限らず,実にさまざまな工夫が凝らされている。前回はなぜ語が単位ではなくて漢字が単位になっているのか,という疑問を提示した。これから個別の漢字ドリルについて検証してみようとも思うが,その前に,語彙習得のためのタスクを評価する枠組みが提示されているのでそれを紹介しようと思う。

その名は Technique Feature Analysis (Nation & Webb, 2011, p.7-11) という。これは先行研究に基づき,仮説的に提示された18項目のチェックリストである。当てはまる項目に1点を与え,18点満点で評価するようになっている。以下に18項目を翻訳し,「うんこ漢字ドリル」を評価してみよう。(番号は本稿筆者による。わかりやすくするために,最低限の解釈を入れた部分もある。)

動機 (Motivation)
1) 明確な語彙学習目的があるか
2) アクティビティが学習する気持ちを高めるようになっているか
3) 学習者が語彙を選ぶか

気づき (Noticing)
4) アクティビティが対象語に注意を向けるようになっているか
5) アクティビティが新出語彙学習を意識づけるようになっているか
6) アクティビティに交渉が含まれているか

検索 (Retrieval)
7) アクティビティが語彙の検索を含んでいるか
8) それは産出的な検索か
9) それは再生(recall)か
10) それぞれの単語につき,複数回の検索があるか
11) 検索と検索の間に間隔を空けている(spacing)か

生成 (Generation)
12) アクティビティが生成的使用(習ったことを異なる状況・文脈に応用すること)を含んでいるか
13) それは産出的か
14) 他の語の使用を伴う明らかな変化があるか
(=習った語を異なる語形で産出すること、異なる共起成分とともに使用することがあるか)

保持 (Retention)
15) アクティビティが形式と意味の結びつきを保証しているか
16) アクティビティは語の使用場面の具体化(instantiation)を伴うか
17) アクティビティはイメージ化を伴うか
18) アクティビティは(類音語,類義語などの)干渉を避けるようになっているか

これらの基準は主に英語などの語彙学習のために考えられているものだが,漢字は文字形態が複雑であるというだけで,英語のスペリングと同じようなものだと考えれば,同じ枠組みを適用して考えることができる。

「うんこ漢字ドリル」が得点できる項目は,1, 2, 4, 5, 7, 8, 9, 10, 16 あたりだろうか。判断に迷うものもあるが,概ね半分ぐらいの基準は満たしている。4, 5, 7, 8, 9, 10あたりは,普通の漢字ドリルはどれも満たしているので,おそらく「うんこ漢字ドリル」の最も優れた点は,動機づけ,すなわち子どもたちに漢字ドリルを手に取りたいと思わせたことと(基準2),その例文の奇抜さによって,使用場面を具体的に想起させる点(基準16)であろう。反対に,問題だと言えるのは,すべての文脈にウンコが出てくるので,記憶に干渉を伴う可能性のあることである(基準18)。奇抜な例文による記憶の保持面でのプラスと,類似の例文による干渉のマイナスのどちらが大きいのか,使った子どもたちに聞いてみたいものである。

また,多くの漢字ドリルは生成的使用のタスクが少ないことにも気づく。要は,もう少し考えて工夫しないとできないようなタスクのバリエーションがほしいところだ。

 

参考文献

Nation, I. S. P., & Webb, S. A. (2011). Researching and Analyzing Vocabulary. Boston, MA: Heinle, Cengage Learning.

筆者プロフィール

松下 達彦 ( まつした・たつひこ)

東京大学グローバルコミュニケーション研究センター准教授。PhD
研究分野は応用言語学・日本語教育・グローバル教育。
第二言語としての日本語の語彙学習・語彙教育、語彙習得への母語の影響、言語教育プログラムの諸問題の研究とその応用、日本の国際化と多言語・多文化化にともなう諸問題について関心を持つ。
共著に『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』(凡人社 2007)、『日本語学習・生活ハンドブック』(文化庁 2009)、共訳に『学習者オートノミー―日本語教育と外国語教育の未来のために』(ひつじ書房 2011)などがある。
URL:http://www17408ui.sakura.ne.jp/tatsum/
上記サイトでは、文章の語彙や漢字の頻度レベルを分析する「日本語テキスト語彙分析器 J-LEX」や、語彙や漢字の学習・教育に役立つ「日本語を読むための語彙データベース」「現代日本語文字データベース」「日本語学術共通語彙リスト」「日本語文芸語彙リスト」などを公開している。

『自律を目指すことばの学習―さくら先生のチュートリアル』

編集部から

第二言語としての日本語を学習・教育する方たちを支える松下達彦先生から、日本語教育全般のことや、語彙学習のこと、学習を支えるツール……などなど、様々にお書きいただきます。
公開は不定期の金曜日を予定しております。