4 特殊用法
小分類「前置詞」の中に、細分類「4 特殊用法」があり(前回参照)、さらにこれは次の5つの「細々分類」に分かれます。
- (1) 異種の前置詞
- (2) 文頭の前置詞
- (3) 手段・方法を表わす前置詞
- (4) 省略および繰り返し前置詞
- (5) 動詞的な意味の前置詞
(1) 異種の前置詞
「異種の前置詞」とは、必要によって、複数個の異種の前置詞を使わなければならない場合のことを指しています。その中には、下に示すように、代表的な用法を次の3つに「極細分類」しています。
- (i) 前置詞がその目的語によって変わる用法
- (ii) 前置詞前後の語句は同一であるが、前置詞を変えて意味を変える用法
- (iii) 複数の前置詞+語句が共通の語をとる用法
(i)の例を1つ示してみます。これは、下記のように図示できるもので、①および②は目的語を表わし、○および△はそれぞれの目的語にあった前置詞を示しています。
身近な例文で見てみましょう。
Please inform the station staff or train crew immediately if you notice any suspicious or unattended objects in the station or on the train.
これは、電車に乗ると、ドアの近くに必ず貼ってあるステッカーです。鉄道会社によって表現には若干の違いはありますが、おおむね、このようなステッカーが貼ってあります。イタリック体で示した station と train が目的語で、ボールド体で示した in と on がそれぞれの目的語に合った前置詞です。
この部分を日本語で書くと、「駅または車内に」となると思いますが、ここには問題が2つ潜んでいます。
その1
普通には、「駅」についての前置詞は at,「車内」についての前置詞は in だと思っている人が多いと思いますが、「駅」の場合は in,「車内」の場合は on ということです。そういえば、「電車に乗る」といえば to get in a train ではなく to get on a train であることを思い出すと思います。
その2
もとの日本語は、「もし、駅または車内に不審なものや持ち主のいないものなどを見つけたら、……」であると思いますが、これを英訳する場合、仮に「駅」の場合は in,「車内」の場合は on だということが分かっていたとしても、うっかりすると
if you notice any suspicious or unattended objects in the station or
onthe train.
というように on を入れずに書いてしまうことが多いと思います。しかし station と train がそれぞれ別の前置詞を取る場合には、station にだけ前置詞 in をつけるのではなく、train にも前置詞――この場合にはon――をつけなければならないことになります。
「その1」と「その2」を理解していないと正しい英語が書けないことになりますが、それが、「異種の前置詞」というものです。
(2) 文頭の前置詞
「文頭の前置詞」とは、前置詞を文頭に出して強調し、主語と述語動詞を倒置させている前置詞の使い方です。例を1つ示してみます。
On the cover of the tank is provided a hook.
太字で示したonがくだん(件)の前置詞ですが、意味的には
A hook is provided on the cover of the tank.
と全く変わりありません。ただ、「フックはカバーの上に…」というのではなく、「カバーの上にはフッくが…」といって、このところを強調する場合には、On the cover of the tankのように強調する部分を文頭に出し、倒置して書きます。「意味」だけを表現するのではなく、文脈の中での「ニュアンス」まで正確に表現しようとすると、絶対に必要になる前置詞の使い方です。
集めてみると、from, inside, of, on などいろいろな前置詞に当てはまる用法です。
(3) 手段・方法を表わす前置詞
「手段・方法を表わす前置詞」とは、「手段」や「方法」を表すために、「~で」とか「~を使って」という意味の前置詞、例えば、by, with, by means of などを使わないで、一般の前置詞を使って「~で」という意味と、位置関係や状態までも表すという用法です。これらの用法は、いかなる文法書や参考書にも書かれていないテーマで、長い間技術翻訳をしてきて、初めて発見したものばかりです。
例はたくさんありますが、そのうちの典型的な例を1つ示してみます。
Heat the specimen over a torch.
細かい説明は省略しますが、前置詞 over には、「トーチの上で」という「位置関係」だけではなく、「トーチで」とか「トーチを使って」という「手段・方法」も含まれているわけです。ですから、これを日本語に訳す場合、over a torch の部分は「トーチの上で」ではなく、単に「トーチで」としたほうが自然です。このような用法には、against, between, from, in, on, over, through, under, within などさまざまな前置詞があります。
(4) 省略および繰り返し前置詞
複数個の同種の語句が羅列される場合、そのおのおのの語句の前に置かれている同じ意味の前置詞のうち、2つ目以降の前置詞を省略してもよい場合と、その都度繰り返したほうがよい場合がありますが、ここに取り上げるテーマは、どのような場合には省略でき、どのような場合には繰り返し使用しなければならないのかを判断できるようになるためのデータ収集です。これは、その傾向を知るためにも大事なテーマです。いろいろ例をたくさん集めれば集めるほど、省略した場合、繰り返した場合、それぞれに理由があることがわかります。
(5) 動詞的な意味の前置詞
これは、英語の前置詞が日本語では動詞的な意味になる場合の用法で、前置詞を単純に前置詞的に訳しても違和感がある場合、これを思い切って動詞的に訳すと自然な日本語になるという典型的な用法です。一例を挙げてみます。
The refrigerant chemicals are condensed into a liquid and then expanded into a gas.
上の英文における into です。この英文を和訳する場合、into をそのまま前置詞として訳すと
冷媒は液体に凝縮し、ついで気体に膨張する。
となり、妙な日本語になります。自然で、論理的な日本語に訳すには、前置詞をあたかも動詞のようにとらえ、
冷媒は凝縮して液体になり、ついで膨張して気体になる
と訳さなければなりません。すなわち、前置詞 into は、この場合には「~へ」とか「~に」ではなく、「~になる」というように、日本語では動詞になっているわけです。このような意味に使われる前置詞には across, away from, in, into, on, to などいろいろありますが、その中でも into と to が特によく使われます。
これで、前置詞がいかに多様に使われるか、単に「前」に「置く」「詞」ではないことがお分かりいただけたと思います。
今まで、2回に亘って述べて来たことを十分に頭に入れ、これから収集していただけると、素晴らしいコレクションができあがります。
次回は、2 冠詞と10 to-不定詞です。