今週のことわざ

杞憂(きゆう)

2008年1月28日

出典

列子(れっし)・天瑞(てんずい)

意味

無用の心配をする。とりこし苦労。「杞(き)」とは、今の河南(かなん)省杞県にあった国の名。周(しゅう)の武王(ぶおう)が殷(いん)を滅ぼしたとき、夏(か)の禹王(うおう)の子孫東楼公(とうろうこう)を君主として封(ほう)じ、禹の伝統を継承させたという、小国ではあるが、家系の古い地。

原文

杞国有人憂天地崩墜、身亡一レ寄、廃寝食。又有彼之所一レ憂者。因往暁之曰、天積気耳。亡処亡一レ気。若屈伸呼吸、終日在天中行止、奈何憂崩墜乎。……其人曰、奈地壊何。暁者曰、地積塊耳。充塞四虚、亡処亡一レ塊。若躇歩跐蹈、終日在地上行止、奈何憂其壊。其人舎然大喜、暁之者亦舎然大喜。
〔杞(き)の国に、人の天地崩墜し、身(み)寄する所亡(な)きを憂えて、寝食を廃する者有り。又彼(か)の憂うる所を憂うる者有り。因(よ)って往(ゆ)きてこれを暁(さと)して曰(いわ)く、天は積気のみ。処(ところ)として気亡きは亡し。屈伸呼吸の若(ごと)き、終日天中に在りて行止(こうし)す、奈何(いかん)ぞ崩墜を憂えんや、と。……その人曰く、地の壊るるを奈何せん、と。暁す者曰く、地は積塊のみ。四虚に充塞(じゅうそく)し、処として塊亡きは亡し。躇歩跐蹈(ちょほしとう)の若き、終日地上に在りて行止す、奈何ぞその壊るるを憂えんや、と。その人舎然(せきぜん)として大いに喜び、これを暁す者も亦(ま)た舎然として大いに喜ぶ。〕

訳文

(き)の国に、天が落ち地が崩れて身の置き所がなくなるのではないかと心配し、夜も寝られず、食物もろくに食べられない者がいた。その人の心配するのを見て、それを気にする人がいて、彼の所に出かけて、言い聞かせた。「天は大気の積み重なったものにすぎない。大気は、どんな所にも遍在しているのだ。人は体を曲げたり伸ばしたり、息を吸ったり吐いたりして一日中天の中で動いている。なんで天が落ちてくるなどと心配するのか。」(その人は天が大気の重なったものとしても、日・月・星が落ちはしないかと言うと、日・月・星も大気の中で光っているものなのだから、落ちてきたとしても、それにぶつかってけがなどはしないと言って聞かせた。)その人が地が崩れはしないかと心配すると、言って聞かせた。「地は、土の塊にすぎない。土は四方にいっぱい満ちあふれていて、土のない場所はない。歩いたり踏みつけたりするのは、一日じゅう地の上でやっていることではないか。どうしてその地が崩れるのを心配することなどあるものか。」その人はすっかり心が晴れて喜んだ。言い聞かせた人も安心して大いに喜んだ。

解説

この句のあとに、長廬子(ちょうろし)という人が、「天地を崩れるかと心配するのはとりこし苦労だが、崩れないとも言いきれない。」と言ったことが続けてあり、列子(れっし)が、「そんなことで心をなやますのは、到底わかるはずのないことを憂えるのであって、甚だむだなことだ。」と笑ったという。

類句

◇杞人(きじん)(てん)を憂(うれ)う◇杞人(きじん)の憂(うれ)

筆者プロフィール

三省堂辞書編集部