三省堂国語辞典のすすめ

その13 ていねいな言い方では、どう言うの?

筆者:
2008年4月30日

辞書には、私たちが日常生活でよく使う単語や言い回しは、だいたい載っています。ところが、ほとんど無視されていることばがあります。それは、ていねい形です。たとえば、「このたびの総会におきまして……」「その件につきましては……」などというときの「おきまして」「つきまして」に言及している辞書は、あまりありません。

この会におきまして…
【この会におきまして…】

『三省堂国語辞典』では、「おきまして」は〈「おいて」の ていねいな言い方〉として立項し、「つきまして」も「ついて」の項で〈ていねいな言い方〉と説明しています。

以前は「於きまする」も(第二版)
【以前は「於きまする」も(第二版)】

こんなことは、わざわざ書かなくても、それぞれ「おいて」「ついて」に、丁寧の助動詞「ます」が加わったと考えればすむことかもしれません。ちょうど、動詞「読む」のていねい形「読みます」を、辞書ではわざわざ示さないのと同じとも言えます。

でも、よく考えてみると、動詞に「ます」がつくのは当然ですが、連語の「おいて」「ついて」、それに、副詞や接続詞の「あいかわらず」「したがって」などに「ます」がつくかどうかは、当然ではありません。「あいかわりませず」「したがいまして」とは言いますが、「やむをえず」「かえって」は「やむをえませず」「かえりまして」とは言いません。

あいさつの「はじめまして」を「初めまして」と書く理由が分からないという人がいます。たしかに、常用漢字表を見ると、「初」の読みは「はじめ・はじめて」などで、「はじめまして」は載っていません。これは、副詞「初めて」のていねい形が「初めまして」であると考えればすっきりします。今回の『三省堂国語辞典 第六版』では、

〈はじめまして[(初めまして)](感)……〔「はじめまして【=副詞『はじめて』の丁寧(テイネイ)語】お目にかかります」から〕〉

という注記が入りました。このように、あることばにていねいな形が存在する場合は、辞書で説明しておくのが親切です。

 『三省堂国語辞典』で、ていねい形をくわしく載せるのは、当初から参加した金田一春彦の意見も入っているものと、私は推測します。金田一は、日本語の口語は、ふつうの文体とていねいな文体とに分かれていて、「だ」と「です」のように、それぞれ使うことばも異なると考えました(論文「不変化助動詞の本質」)。『三国』で「おいて」と「おきまして」とを両方示しているのは、ちょうどこの金田一の考え方に合っています。

金田一春彦先生
【金田一春彦(1965年ごろ)】

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。