辞書には、私たちが日常生活でよく使う単語や言い回しは、だいたい載っています。ところが、ほとんど無視されていることばがあります。それは、ていねい形です。たとえば、「このたびの総会におきまして……」「その件につきましては……」などというときの「おきまして」「つきまして」に言及している辞書は、あまりありません。
『三省堂国語辞典』では、「おきまして」は〈「おいて」の ていねいな言い方〉として立項し、「つきまして」も「ついて」の項で〈ていねいな言い方〉と説明しています。
こんなことは、わざわざ書かなくても、それぞれ「おいて」「ついて」に、丁寧の助動詞「ます」が加わったと考えればすむことかもしれません。ちょうど、動詞「読む」のていねい形「読みます」を、辞書ではわざわざ示さないのと同じとも言えます。
でも、よく考えてみると、動詞に「ます」がつくのは当然ですが、連語の「おいて」「ついて」、それに、副詞や接続詞の「あいかわらず」「したがって」などに「ます」がつくかどうかは、当然ではありません。「あいかわりませず」「したがいまして」とは言いますが、「やむをえず」「かえって」は「やむをえませず」「かえりまして」とは言いません。
あいさつの「はじめまして」を「初めまして」と書く理由が分からないという人がいます。たしかに、常用漢字表を見ると、「初」の読みは「はじめ・はじめて」などで、「はじめまして」は載っていません。これは、副詞「初めて」のていねい形が「初めまして」であると考えればすっきりします。今回の『三省堂国語辞典 第六版』では、
〈はじめまして[(初めまして)](感)……〔「はじめまして【=副詞『はじめて』の丁寧(テイネイ)語】お目にかかります」から〕〉
という注記が入りました。このように、あることばにていねいな形が存在する場合は、辞書で説明しておくのが親切です。
『三省堂国語辞典』で、ていねい形をくわしく載せるのは、当初から参加した金田一春彦の意見も入っているものと、私は推測します。金田一は、日本語の口語は、ふつうの文体とていねいな文体とに分かれていて、「だ」と「です」のように、それぞれ使うことばも異なると考えました(論文「不変化助動詞の本質」)。『三国』で「おいて」と「おきまして」とを両方示しているのは、ちょうどこの金田一の考え方に合っています。