「バ行」と「パ行」は、パソコンの画面で見ても区別のつきにくいことがありますが、発音上もよく交替します。落合恵子さんは、「デパート」を「デバート」という子が小学校のクラスにいたという思い出を書いています(『朝日新聞』2000.1.26 p.16)。『三省堂国語辞典』では、「デパート」の項に〔なまって、デバートとも言う〕と注記をしてあります。この発音は、今でも年配の人に多そうです。
『三国』ではまた、「文房具」の項目に〈……ぶんぽうぐ。〉という別語形が添えてあります。ふつうは「ぶんぼうぐ」のはずで、「ぶんぽうぐ」という言い方は、じつのところ、私はちょっと聞いたことがありません。
「ぶんぽうぐ」の形は、『三国』の前身である『明解国語辞典』の改訂版(1952年)にすでに入っており、『三国』の兄弟分である『新明解国語辞典』など、いくつかの辞書にも示されています。ただ、多くの辞書には、必ずしも示されていない形です。いったい、どういう根拠で「ぶんぽうぐ」という語形が添えられているのでしょうか。
『三国』の編集主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)の収集したカードの中には、「文房具」に関するものがいくつか残っています。
たとえば、東京の神田神保町に、老舗の画材店「文房堂」があります。この読みは「BUMPODO」で、1964年5月22日撮影の看板写真が、見坊カードに貼られています。ついでに、『三国』の編集にも当初参加した山田忠雄(『新明解国語辞典』主幹)の証言として、仙台にも「文房堂」があるという情報(1965.4.21)を書き添えてあります。ただし、これらはあくまで「文房」についての資料です。
「文房具」を「ぶんぽうぐ」と読むことについては、文献情報は特に収集されていないようです。その代わり、『三国』の第二版から編集に加わった柴田武の証言が書きとめられています。〈私はbunpoである〔最後のoの上に「-」の記号〕〉というのです(1965.4.21)。
カードの日付から、見坊・山田・柴田らが集まった折に、「文房具」の読み方についてひとしきり議論のあったらしいことがうかがえます。柴田は、残念なことに、『三国』の第六版が刊行される直前に永眠しましたが、〈ぶんぽうぐ。〉の記述が存続している主な根拠として、柴田の証言があるのです。