タイプライターに魅せられた男たち・第30回

ドナルド・マレー(8)

筆者:
2012年3月15日

ウェスタン・エレクトリック社への技術供与の過程で、マレーはモークラム社を知ることになります。モークラム社は、シカゴのモートン(Joy Morton)とクラム(Charles Lyon Krum)が設立した電信機製造会社で、ウェスタン・ユニオン・テレグラフ社にも電信機を納入していました。その一つが、モークラム印刷電信機(The Morkrum Printing Telegraph)だったのです。マレーが『The Post Office Electrical Engineers’ Journal』誌1913年7月号に書いた記事から、少し引用してみましょう。

今年の初め、私(マレー)はシカゴとニューヨークを訪ね、このシステムに関して十分な知見を得る機会があった。タイプライター型キーボードは取り外し可能で、システムは全て電動である。5つの+と-からなる信号が使われており、信号の直前には初期パルスとして+が1つ付加される。信号は、ボード(Jean Maurice Émile Baudot)やマレーのシステムと同様、真ん中の安定した部分だけが用いられる。このシステムはページ印刷式であり、送信者の手元にも印刷がおこなわれることから、送信者は自分が何を送ったかをその場で見ることができる。システムは、複数の交換可能なユニットから作られており、不意の故障も、予備のユニットと交換することで即座に対応可能である。また、送信機と受信機の間の外部的な同期機構や同期作業は一切不要で、文字信号の直前のパルスが同期を担ってくれる。

このモークラム印刷電信機は、1本の電信線を介して、双方向で1日9時間あたり平均800通の電文をやりとりできる、と、私はシカゴで説明を受けた。ニューヨークの電信会社で、私はそれを確認することができた。送信側は若い女性オペレータ1人、受信側も若い女性オペレータ1人で、このスピードが可能となっていた。

モークラム印刷電信機

モークラム印刷電信機

モークラム印刷電信機は、マレーが目指してきた遠隔タイプライターを、かなり理想的な形で実現していました。印字部分をコンパクトにするために、「Blickensderfer Electric」と同じ方法、すなわち活字を埋め込んだ円筒を回転させて、インクリボンと共に紙に叩きつける方法を実現していました。キーにはそれぞれ5つずつ電気接点がついていて、対応する電気信号を直接発生させる仕掛けになっていました。キャリッジリターンという最も重い機構は、プラテンを右端に動かすのではなく、活字円筒の方を左端に動かす、という逆転の発想で解決されていました。平均的なタイピストであれば、電信や鑽孔テープに関する知識がなくても、電文をやりとりできるようになっていたのです。

ただし、モークラム印刷電信機は、耐久性の点で、実は大きな課題を抱えていました。活字円筒が紙に叩きつけられる際に、円筒全体の荷重が活字一点にかかってしまうので、活字がすぐボロボロになってしまうのです。また、キャリッジリターンの最中に別のキーを押すと、左に動いている最中の活字円筒が紙に叩きつけられてしまうので、活字円筒が壊れてしまう可能性がありました。後者の問題は、キャリッジリターンの最中には信号を送れないようにする、という回路を組み込むことで解決がつきましたが、活字円筒の耐久性という課題自身は解決がつかなかったのです。

ドナルド・マレー(9)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。