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曲のエピソード
1960年代、ガール・グループスは熱かった。全米No.1ヒット曲数の記録を未だに他の女性グループに破られていないシュープリームスが人気の絶頂を迎えたのは1960年代半ばのことだが、その5年も前に全米チャートの頂点に立ったグループがいた。それが、シュープリームスより約5年前から大ヒットを飛ばし、共に所属するレーベルのモータウンにおいては“No.1ガール・グループ”の名をほしいままにしたマーヴェレッツである。売れるまでに時間が掛かったとは言え、シュープリームスの勢いは止まらなかった。一方、マーヴェレッツはデビュー曲の「Please Mr. Postman」でいきなり全米チャートを制覇するも、その後は人気が緩やかに下降していってしまい、1971年には約10年の活動期間に終止符を打つ。モータウンがお膝元のデトロイトからL.A.へと本格的に拠点を移すのは1971年だが、その前年にマーヴェレッツが解散してしまったことは、やはりひとつの時代が終わったのを象徴していたのだろう。後年、マーヴェレッツのメンバーのひとりは、「彼女たち(シュープリームス)がいなかったら、私たちがモータウンのナンバー・ワン女性グループでいられたのに」――が、その“礎”を作った彼女たちの功績もまた、シュープリームスのそれに引け目を感じる必要が全くないほど大きかったと筆者は思う。
他愛のない歌詞である。郵便配達の男性(その女性から見れば“郵便配達のおじさん”だろう)に向かって、「今日も彼から私宛の手紙は届いてないの?」と、毎日のように家の前で待ち構えて問い掛けているのだ。郵便配達人の表情は行間に描かれていないため、相手がどんな風に受け止めているのかは窺い知れないが、十中八九、うんざりしていることだろう。それでも彼女はやめない。何故なら、彼女の目には、目の前にいる郵便配達人の男性の姿は入っていないから。彼女がその両目で受け止めたい画像は、“愛しい人からの私への手紙”なのである。嗚呼、可愛らしい。
カーペンターズのカヴァー(1974/全米No.1)によってこの曲を知った、という世代が圧倒的に多いと予想されるが、今から40年前の1974年でも、まだしもこの曲の歌詞に共鳴する人々が少なくなかったのだろう。何しろパソコンも携帯電話も、FAXでさえもなかった時代なのだから。曲の主人公が恋する男性がどのぐらいの距離のところに離れていってしまったのか、どうして今、彼女の側にいないのか、など、謎の多い歌詞ではある。“謎”というのは大袈裟で、じつはその辺りがほとんど描写されていない。ために、相手の男性像が非常に描きづらく、筆者は今でもその姿がぼんやりとしか浮かんでこない。
毎日毎日、家の玄関の前で郵便配達人を待ちながら、愛しい人からの手紙の到着をひたすら待ち焦がれるひとりの少女。その切なる思いは報われるのだろうか?
曲の要旨
ちょっと待って、郵便配達さん! その配達物を入れたバッグの中に、私宛の手紙が入ってないかどうか、よーく見てみてちょうだい。私の愛しい恋人から最後に便りがあったのはもう随分と前のことなのよ。だからこうして日がな一日、ここでずっとあなたが来るのを待って、私宛の手紙、カードでもいいわ、そのどちらかが届いてないかどうか確かめてるのよ。
1960年の主な出来事
アメリカ: | ジョン・F・ケネディがニクソンを破って第35代大統領に当選。 |
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日本: | 社会党委員長の浅沼稲次郎が暗殺中に壇上で暗殺される。 |
世界: | アフリカで計17カ国が独立。 |
1960年の主なヒット曲
Stuck On You/エルヴィス・プレスリー
Everybody’s Somebody’s Fool/コニー・フランシス
I’m Sorry/ブレンダ・リー
Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polkadot Bikini/ブライアン・ハイランド
The Twist/チャビー・チェッカー
Please Mr. Postmanのキーワード&フレーズ
(a) some word
(b) pass someone by
(c) you know it’s been so long
鍛え抜かれた心身を極限まで使い尽くし、世界の頂点を目指す冬季オリンピック・ソチ大会がそろそろお開きになろうとしている。よく見聞きするのは“~選手への応援メッセージを送りましょう”。“応援メッセージをお送り下さい”ではなく“送りましょう”。つまりこの番組を視聴しているあなた自身がお好きな手段でどうぞ、というわけである。例えば1970年代、好きになった海外のアーティストに自分の思いを伝えたい、と思ったなら、ファン・クラブか所属レーベルに手紙を送るのが一般的な手段だった。たった今ここで、“あなたの新譜が素晴らしい!”と相手に伝えるのは不可能な時代だったのである。だからこそ、手紙の一文字一文字にも思いを込めただろうし、英文を綴る際にも辞書と首っ引きになったであろう。筆者は時々、あの時代がたまらなく懐かしくなる。
一分一秒でも早く。その気持ちが急いて、彼女は家の中にじっとしていられない。郵便配達人とは毎日のように顔を合わせているから、自分の家の前をだいたい何時頃に通るのかを彼女はちゃんと知っていた。よしんば知らなかったとしても、彼女はずっと待ち続けたことだろう。昔から、“便りのないのは良い知らせ”などというが、それにしても来ない。何も言ってこない期間が余りにも長い。「今日は何か言ってきても良さそうなものなのに…」。その「何か」が(a)である。例えばそれが、以下のように勝手に想像してみた様々な一行でもいい。
♪I miss you.
♪I’ll be home soon.
♪I love you.
ところが彼女にはその(a)すらも届かないのである。焦る。
しまいには何の落ち度もない郵便配達人に向かって文句を言ってみたい衝動に駆られてしまう。(b)は「~の側を通り過ぎる」だが、筆者にはここのフレーズが「何回も“黙って”私の方を通り過ぎたわね」という恨み節に聞こえる(苦笑)。郵便配達人からすればいい迷惑だが、恐らくは、なるべく彼女と顔を合わさないようにしてそこを通り過ぎたのだろう。
そして両者はいつの間にか親しくなる。そりゃあなるわな、これだけ毎日のように顔を合わせてりゃ。(c)で肝心なのは“you know”。あってもなくてもいいのだが、ここはやはりあった方が彼女の気持ちを代弁している。「最後に便りがあってから随分と経つってこと、郵便配達人さんだって“知ってるでしょ”」。(c)のフレーズを歌う主人公には、最上級の苦笑いを浮かべてもらいたい。そして郵便配達人も終いには彼女に同情するようになる……か、どうかは判らないけれど。
歌われているのはたったひとつのこと。「彼からの便りが来ない」。ただこのことを言いたいがために、この1曲は完成をみた。仮に筆者が「恋人からの手紙の到着を今か今かと待ってる女性を主人公にして曲を作ってみてよ」と言われたら、とてもここまでの展開を思い浮かべることはできない。現代人とは時間軸が数時間どころか数週間もズレてしまっているからだ。恋人からの便りのありがたみ。それは、瞬時に届こうが数週間の船便で届こうが、相手を恋焦がれる気持ちがあれば同じ……と言いたいところだが、筆者はやはりそこに温度差を感じてしまう。相手の男性は、そんな彼女が懊悩する様子を知ってか知らずか、未だに手紙をくれない。心変わり? そもそも、この男性はどこに何をしに行っているのか? それさえもはっきりとしないぼんやりとした全体像。なのに曲をくり返して聴いているうちに、「いい加減に手紙を書いてあげなさいよ」と相手の男性に向かって言ってやりたい衝動に自分がいることに気付く。やきもきしつつ。
「速達でーす!」も年に一度あるかないかの今の時代。それでも“速達”という手段はまだ残っているじゃないか、ねえ、この曲に登場する“誰かさん(=主人公の恋人)”と、彼に言ってやりたい。