歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第92回 Ebony & Ivory(1982/全米、全英共にNo.1)/ ポール・マッカートニー(1942-)&スティーヴィー・ワンダー(1950-)

2013年7月31日
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●歌詞はこちら
//www.lyricsfreak.com/p/paul+mccartney+stevie+wonder/ebony+ivory_20542885.html

曲のエピソード

今年11月にポール・マッカートニーが実に11年ぶりに来日公演を行うという。これは、ビートルズ・ファンはもちろんのこと、全ての洋楽愛好家にとってのビッグ・ニュースだろう。筆者の知人・友人にもビートルズ、ひいてはポールのファンが少なくない。

それと前後して、アメリカではまたぞろ人種差別問題が激化していた。ご存知の方もいるだろうが、2012年2月26日、フロリダ州で、当時17歳だったトゥレイヴォン・マーティンというアフリカン・アメリカン少年が、ただ単にコンビニに飲み物とスナック菓子を買いに行っただけなのに、路上で地元の自警団のヒスパニック男性に“挙動不審”と疑われて銃殺されてしまったのである。フロリダ州を始めとして、アメリカのいくつの州には“Stand Your Ground”なる州法(端的に言えば「正当防衛」で、自分に危害を加える相手を殺傷しても罪にならないというもの)が適用されており、その自警団の男性は裁判で無罪になった。そのことに怒りを爆発させたアフリカン・アメリカンの人々があちらこちらで抗議デモを行い、スティーヴィー・ワンダーは「フロリダ州でStand Your Groundが廃止されない限り同州ではコンサートを行わない」と発表。また、ビヨンセとジェイ-Z夫妻も抗議行動の場に姿を見せるなど、騒ぎは日毎に拡大している。

たまたま時を同じくしてそれらのニュースを耳にし、すぐさまポールとスティーヴィーが共演した大ヒット曲「Ebony And Ivory」を思い出し、今回、採り上げることにした。

この曲は、モータウン・サウンドの愛好家で、スティーヴィーの大ファンだったポールが、彼と共演するためにわざわざ書き下ろした曲である。両者の出身国でNo.1を記録したが、当時、人種の融合をテーマにしたこの曲に対する評論家や世間の反応は賛否両論だった。「史上最悪のデュエット」と散々にこき下ろした雑誌もあると聞く。確かに、未だにくすぶり続けている人種差別問題のことを考えれば、かのマーティン・ルーサー・キング・Jr.牧師も唱えた“人種の融合”はまだまだ机上の空論かも知れない。そのキング牧師の有名なスピーチ“I Have A Dream”から、今年8月で丸50年になる。そこで、今一度、人種の融合を比喩的な歌詞で表現したこの曲について考えてみたい。ちなみに、全米チャートでは7週間、全英チャートでは2週間にわたってNo.1の座にあった。そして意外なことに、デュエット・ナンバーとは言え、この曲はスティーヴィーにとっての全英チャートにおける初のNo.1ヒットであった。

曲の要旨

僕が弾くピアノでは、黒鍵と白鍵が完璧なハーモニーを奏でるよ。なのに、神様、どうして僕たち人間はそんな風に仲良くできないんだろう? 僕たちは人種が異なっていても同じ人間なのに。人種の壁を越えて心をひとつにして困難を乗り越えながら共に生きていけば、人間は誰にだって長所と短所があるってことに気付くはずさ。どうして異なる人種がピアノの鍵盤のように調和できないんだろう?

1982年の主な出来事

アメリカ: 第40代大統領のロナルド・レーガンによる経済政策(いわゆるReaganomics)が失敗に終わり、インフレが進み失業率が11パーセントに達する。
日本: 東京のホテルニュージャパンで火災が発生、死傷者が67人に上る大惨事に。
世界: 3月にフォークランド紛争が勃発(同年6月に終結)。

1982年の主なヒット曲

Chariots of Fire/ヴァンゲリス
Don’t You Want Me/ヒューマン・リーグ
Eye of The Tiger/サヴァイヴァー
Jack & Diane/ジョン・クーガー
Mickey/トニー・ベイジル

Ebony And Ivoryのキーワード&フレーズ

(a) ebony and ivory
(b) Oh, Lord, why don’t we?
(c) in perfect harmony

アメリカには、アフリカン・アメリカン向けの『EBONY』という老舗の雑誌がある。一時期、筆者も購読していた。雑誌名になっている“ebony”の本来の意味は「黒檀」で、1900年代半ばには「ブラックの人」、即ち「アフリカン・アメリカンの」という形容詞のスラングとして用いられていた。一方の“ivory”は、もともと「象牙」という意味だが、この曲がヒットしたことを受けてか、アメリカでは1990年代初頭に「白人の」という形容詞のスラングで用いられていたこともある。筆者が“ivory”からとっさに思い浮かべるのは、アメリカでロングセラーの同名の固形石鹸なのだが……(苦笑)。

この曲には、難しい単語やイディオム、言い回しが一切登場しない。ところが、タイトルそのものが実に巧妙な比喩なのである。(a)を直訳するなら、前述の通り「黒檀と象牙」だが、ポールはそれをピアノの黒鍵と白鍵に見立て、更にそのふたつを異なる肌の色に見立てた。好都合なことに、“ebony”と“ivory”は押韻しているので、耳にも心地好い。仮にこの曲のタイトルが「Black And White」だったなら、面白味が全くなかっただろう。そしてピアノの黒鍵と白鍵が奏でる美しい和音を「人種の融合」にたとえたのだ。この曲を初めて聴いた当時、いたく感激したことが忘れられない(不覚にも涙してしまったし……)。

(b)は、ちょっと言葉足らずのフレーズである。補足してみると――

♪Oh, Lord, why don’t we live together in perfect harmony?
♪Oh, Lord, why don’t we live together like enony and ivory on my piano?

といったところだろうか。(b)を“~ we?”という中途半端なフレーズにしたのは、恐らく前のフレーズにある“harmony”と韻を踏むためだろう。洋楽ナンバーには、こうした省略されたフレーズが多く登場するため、そのフレーズの前後からどんな言葉が省かれているかを想像して意味を汲み取らなければならない時がある。例えば、唐突に“Why don’t we?”という疑問文が英詞の中に出てきたとしたら、筆者はどう訳してよいやら皆目見当がつかない。個人的な意見だが、この曲で最も耳に残るフレーズが(b)である。

これも比喩の(c)だが、「完璧な調和」とは、互いにいがみ合うことなく、心と心を寄せ合い、肌の色も人種も超えて「完璧に融合」して生きていく、ということを言っている。様々な人種の人々が暮らすニューヨークは、かつて「人種のるつぼ」と呼ばれたが、それがいつしか「人種のサラダボウル」に変わってから久しい。何故なら、色とりどりの様々な野菜が入ったサラダボウルの中身が決して交わることがないから、というのが理由だと、その昔、友人のアフリカン・アメリカン女性から聞かされたことがある。何とも悲しい現実だが、アメリカ各地で巻き起こっているデモを憂慮したオバマ大統領に「トゥレイヴォン君は35年前の自分だったかも知れない」とまで言わしめた今回の事件のような事例は後を絶たない。

この曲を「絵空事」、「机上の空論」、「理想論」と断じてしまうのはたやすい。が、この大ヒット曲から30年余りが経過した今でも、アメリカ社会という巨大なピアノの黒鍵と白鍵は和音を奏でるどころか、不協和音のままだ。アフリカン・アメリカン男性が白人警官から暴行を受けたことに端を発して勃発したL.A.暴動から21年、そして先にも記したように、キング牧師が「人種の融合」を唱えた“I Have A Dream”から50年を迎える今年。果たして、“ebony”の人々と“ivory”の人々との間に横たわっている溝が、少しでも埋まる時は訪れるのだろうか。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。