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Just The Way You Are(1977/全米No.3,全英No.19)/ビリー・ジョエル(1949-)

2012年 9月 26日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第50回

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●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/just-the-way-you-are-lyrics-billy-joel.html

曲のエピソード

筆者と長い付き合いになる知人に、ビリー・ジョエルの熱狂的なファンであるがために、ソニーに入社した男子がいた。ところが、担当させられたのはヒップ・ホップ系のアーティストばかり。入社当時は、すぐにでもB・ジョエルの担当を任されると思い込んでいたため、かなり落胆したそうである。たとえ崇拝するアーティストが所属する(=日本でそのアーティストの作品をリリースする権利を持つ)レコード会社に就職しても、必ずしもそのアーティストの担当ディレクターになれるとは限らない。余談だが、筆者の旧友は、R&B/ソウル・ミュージックの熱狂的な愛好家だったが、憧れの某レコード会社に無事に就職できたものの、配属されたのが演歌のカラオケ・カセット(当時はカセットが全盛だった)の制作部署だったため嫌気がさして、ものの数か月で会社を辞めてしまった。

その後、ソニーのB・ジョエルに心酔しているディレクターは、ついに最も敬愛するアーティストの担当に配属されることはなかった。世の中、そうそう上手くいかないものである。

筆者の音楽仲間の知人・友人には、B・ジョエルのファンが結構いて、その大半が最も好きな彼の曲として、彼の最初の大ヒット曲「Just The Way You Are(邦題:素顔のままで)」を挙げる。

歌詞を見て判るように、内容は至ってシンプルである。B・ジョエルがこの曲を最初の妻エリザベス・ウィーバへの誕生日プレゼントして作ったというエピソードは、B・ジョエルのファンの間ではよく知られた話だが(ただし、エリザベスとは1982年に離婚している)、今でも使われている邦題「素顔のままに」を頭に思い浮かべる時、どうしても違和感を拭いきれない。と言うのも、B・ジョエルが妻に求めていたのは“スッピン顔”ではなく、いつまでも“自然体で”自分を愛してくれることだったから。

なお、この曲は、アダルト・コンテンポラリー・チャートで4週間にわたってNo.1の座をキープした(ゴールド・ディスク認定)。

曲の要旨

無理して今の君を僕のために変えようとしたり、必死になって僕を喜ばせようとしないでくれ。君がどんなにひどい逆境に陥ろうとも、決して君を見捨てたりはしないよ。僕たちの関係は、そこまで絆が深まっているんだから。だから、いつまでも変わらずに今のままの君でいてくれるよね。僕はありのままの君を愛しているんだよ。だからいつまでも今のままの君でいて欲しいんだ。

1977年の主な出来事

アメリカ: 第39代大統領のジミー・カーターが、ヴェトナム戦争への徴兵を忌避した者たちを恩赦する。
日本: 正月早々、青酸カリ入りのコカコーラ事件が発生し、世間を震撼させる。
世界: ロンドンで第3回先進国首脳会議が開催される。

1977年の主なヒット曲

Car Wash/ローズ・ロイス
New Kid In Town/イーグルス
Dancing Queen/アバ
Sir Duke/スティーヴィー・ワンダー
You Light Up My Live/デビー・ブーン

Just The Way You Areのキーワード&フレーズ

(a) go ~ing
(b) take you just the way you are
(c) the same old ~

一聴(一見)して、単純な歌詞だと思いきや、そうは問屋が卸さない。邦題の「素顔のままに」に惑わされている方々も多いと推測するが、曲の主人公=B・ジョエル自身は、最初の妻エリザベスに、“お化粧をして素顔を隠さないで。スッピン顔の君が好きなんだから”と語り掛けているわけではないのである。ただ、筆者は個人的に、洋楽ナンバーの中ではちょっと長いタイトルの部類に入る「Just The Way You Are」に、邦題を施したくなった当時の担当ディレクター氏の気持ちも解らなくもない。カタカナ起こしの「ジャスト・ザ(←カタカナ起こしで最も醜い字面のひとつである)・ウェイ・ユー・アー」では、日本でのヒットは難しいと考えたのではないだろうか。そこで知恵を絞って、原題の意味と歌詞の内容を汲み取りつつ、「素顔のままで」という絶妙の邦題をひねり出したのだろう。ただし、ほんのちょっぴり誤訳であるのが残念だ(苦笑)。タイトルを意訳するなら、「今のままの君でいい」、もしくは「いつまでも今のままの君でいて欲しい」となるが、さすがにそれだと邦題としては長過ぎる(筆者は、過去に数々の邦題を複数のレコード会社のディレクター氏に依頼されて考えたことがあるが、どれひとつとして納得していない。邦題を考える、というのは、かように難しいことなのである)。

歌い出しのフレーズに登場する(a)は、中学英語の授業で習う“go + ~ing”。ご記憶の方も多いことだろう。例えば、以下のような使い方をする。

♪go fishing(釣りに出掛ける)
♪go shopping(買い物に行く)
♪go swimming(〈海や川、プールに〉泳ぎに行く)

(a)のフレーズを含むフレーズでは、命令形で使われている。♪Don’t go changing … のセンテンスには、“無理して今の自分を変えようとしないで”、つまり、愛する僕(=曲の主人公、すなわち当時のB・ジョエル)のために、あれこれ無理をして自分自身を変える必要はないんだよ、と妻に語り掛けているフレーズである。その後に続くフレーズでは、“無理して僕を喜ばせようとしなくてもいいよ”と歌われているため、曲の主人公である男性は、あくまでも自分自身を無理に飾ることなく、自然体で、ありのままの彼女を愛していたのだろう。歌い出しの(a)のフレーズを丸ごと書き換えてみると、次のようになるだろうか。

♪Don’t change the way you are and don’t try to please me.

つまり、歌い出しの部分に、既に曲のテーマ(タイトル)が組み込まれているというわけ。“Don’t go changing”には、“I take you just the way you are.(この場合の“take”は「受け入れる」という意味)”というニュアンスも含まれているから。

タイトルが組み込まれている(b)だが、これは、意訳するなら「僕は今のままの君を丸ごと受け容れている=僕のために無理して今の自分を何ひとつ変える必要はない」といいうことを言っているフレーズである。くり返すが、「スッピン顔の君を愛している」と歌っているわけではない。だいたい、女も三十路を過ぎれば、たとえ近所に出掛けるとしても、スッピン顔ではいられないものだ。筆者は勤め人ではないので、OLさんたちに較べれば化粧品の消費量は少ないものの、それでもスッピン顔で出掛けられるのは、徒歩1分以内にある某コンビニ(ほとんどコピーのために行くだけ。個人的にコンビニは苦手である)に行く時ぐらいのものである。筆者の配偶者は、一緒に出掛ける際に「化粧なんてしなくていい」と言い放つが、四十路も後半に差し掛かると、さすがにそうはいかない。その言葉を言われるたびに、条件反射のようにこの「Just The Way You Are」の邦題が頭に浮かんでしまう。そして瞬間的にこの曲が頭の中で鳴り出すのだ(苦笑)。

洋楽ナンバーの歌詞に頻出する(c)は、直訳すれば「旧態依然とした」という意味になるが、決してネガティヴな意味としてのみ使われるわけではない。この曲では、いい意味で「昔と変わらない」。「昔のままの」、さらに意訳するなら「懐かしい」という形容詞として用いられている。これと似た意味合いを持つ名詞に“oldie but goodie(古いが、今でも色褪せないもの、懐かしさが込み上げてくるもの)”というのがあるが、(c)はこちらのニュアンスに近い。もし(c)をネガティヴな意味で用いるとするなら、以下のようなセンテンスの場合だろう。

♪It’s the same old song.(いつかどこかで聴いたような曲だな)
♪This is the same old story.(耳にタコができるほど聞いてきた、どこにでもある話だよ)
♪That’s the same old excuse.([相手に向かって]その言い訳は聞き飽きた)

ちなみに、往年のR&Bヴォーカル・グループ、フォー・トップスのヒット曲「It’s The Same Old Song」(1965/R&BチャートNo.2,全米No.5)では、「君と一緒によく聴いたあの曲(=the same old song)が、君と別れた今では違って聞こえる」と歌われている。彼にとって、“oldie but goodie”だったはずの曲が、ネガティヴな意味での“the same old song”になってしまったわけだ。(c)が含まれるフレーズとその前のフレーズをつなげると、「これから先もずっと変わらずに、僕が知っていた昔のままの君でいて欲しい」という意味だが、彼女がもはや“just the way she is”でなくなったせいで、両者は離婚に至ってしまったのだろうか? 人間、誰しもいつまでも変わらずにいられないものである。見た目はもちろんのこと、心も。そして筆者は思う。お化粧や着飾ることを放棄してしまったなら、女は女でなくなると。B・ジョエルには申し訳ないが、「ありのままの君でいて欲しい」なんて言っていられるのは、男女がラブラブで若いうちだけなのだ。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2012年 9月 26日