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曲のエピソード
それまで、男性の専売(買)特許と言っても過言ではなかった、ヒップ・ホップ・カルチャーから生まれたラップ・ミュージックは、LLクールJ(LL Cool JはLadies Love Cool Jamesの頭文字/JamesはLLの本名)の登場によって情況が一変した。すなわち、それまでR&B/ソウル・ミュージックしか受け付けなかったアフリカン・アメリカン女性たちが、愛らしくもハンサムなLLのルックスと、女心をくすぐるライム(=ラップの詞)にいっぺんに夢中になってしまったのである。そのきっかけとなったのがこの「I Need Love」で、当時まだ『ビルボード』誌にはラップ・チャートが設けられてなかったにもかかわらず、R&Bチャートでは堂々のNo.1を獲得した。それ以前にも、例えばRUN-D.M.C.の好敵手だったフーディーニ(Whodini)の「One Love」(1986/R&BチャートNo.10、全米チャートではHOT 100圏内にチャート・インせず)や、あるいは、それ以前のオールド・スクール時代にもメロディアスなラヴ・ソング風のラップ・ナンバーは、主にニューヨークやニュージャージーのインディ・レーベルから意外なほど多くリリースされていたが(そしてそのほとんどはテーマが having sex だった)、非ラップ・ナンバー=つまり“歌モノ”以外のラヴ・ソングがチャートの上位に食い込むというのは、前代未聞の出来事であり、「I Need Love」は、R&Bチャート上で初めて首位を獲得したラップ・ナンバーとして、今なお語り継がれている。また、アフリカン・アメリカンの大人向け雑誌『EBONY』で初めて表紙を飾ったラッパーもLLだった。
ヒップ・ホップ界隈におけるアーティスト及びリスナーの男女の比率は、男性9:女性1(もっと低いかも知れない)と、ヒップ・ホップ・カルチャー誕生以降、旧態依然とした情況が続いている。が、「I Need Love」の登場によって、そうした男が牛耳る世界に変化が訪れた。そう、女性もヤロウたちに交じってラップを積極的に聴くようになったのである。そして、「I Need Love」以降、他のラッパーたちも、意識してラヴ・ソング風の曲を積極的に自身のアルバムに組み込むようになった。現在、ラヴ・ソング風のラップ・ナンバーは珍しくも何ともないが、その原点は、間違いなく「I Need Love」である。また、同シングルのリリースから約1年後、LLマンデイ(LL Monday)なる女性ラッパーがインディ・レーベルからアンサー・ソングの「You Had Love」をリリースしており、筆者は期待して同曲の12インチ・シングルを買って聴いてみたのだが、余りにヒドい出来で、その時のただ一度しか聴いていない。今やタンスの肥やしならぬレコード棚の最大の肥やしである。もちろん、その後、LLマンデイはどこへともなく姿を消した。当然の帰結であろう。「I Need Love」にはヘタなアンサー・ソングなど不要なのだ。同曲そのものの存在価値と存在意義が大きいからである。
曲の要旨
ボクは生まれて初めて、心から誰かに愛されたいと願う自分の気持ちを思い知らされたよ。それまでのボクは、モテることをいいことに、複数の女の子たちと恋愛ゲームに興じてきたけれど、結局は本気の恋愛なんて一度も経験できなかった。中には、ボクのせいで心が傷ついて悲しみに沈んだ女の子もいたしね。今じゃ、ホントに悪いことをしたと後悔しているよ。だけど、今度こそ本気で恋をしたいって強く思ったんだ。遊びじゃなくて、本物の恋ってものを狂おしいまでに求めている自分自身に気付いたのさ。そんなボクの恋人になってくれる女の子はどこにいるんだろう? そういう相手が見つかったら、過去の自分を変えてみせるよ。そして、今度こそ、思いやりがあって、優しい男になると約束する。だから、今のボクはどうしてもそういう真剣な恋がしたいのさ。
1987年の主な出来事
アメリカ: | 12月8日、レーガン大統領が訪米中のソヴィエト連邦のゴルバチョフ書記と共に中距離核戦力全廃条約に調印。 |
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日本: | 国鉄が分割民営化され、JR(Japan Railways)が誕生する。 |
世界: | スリランカにおいて、タミル人過激派による爆弾テロが頻発して激化。 |
1987年の主なヒット曲
Livin’ On A Prayer/ボン・ジョヴィ
Lean On Me/Club Nouveau
I Knew You Were Waiting (For Me)/アレサ・フランクリン&ジョージ・マイケル
With You Or Without You/U2
La Bamba/Los Lobos
I Need Loveのキーワード&フレーズ
(a) look what one have (has) done to someone
(b) make one’s life complete
(c) need someone or something bad
本コラムで初めて取り上げるラップ・ナンバーである。筆者は、LLクールJが、発足したばかりのヒップ・ホップ専門レーベル:Def Jamの栄えある契約第一号アーティストとして弱冠16歳の時に(1984年秋)デビュー曲「I Need A Beat」(12インチ・シングルのレコード番号はDJ001)をリリースして以来の熱狂的なファンで、ほとんどの12インチを持っているが、今でも買い逃したものや海賊盤(苦笑)を中古レコード屋で見つけると、迷わず買ってしまう。ヒップ・ホップはターンテイブルで聴くもの、という持論は、恐らくLLのデビュー曲のスカスカにしてヘヴィなサウンドとシンプルなラップに一発で魅了されたからだろう。あれから28年――Time flies!
私事ながら、筆者はこの曲が収録されているLLの2ndアルバム『BAD(Bigger And Deffer)』(1987/R&Bアルバム・チャートNo.1,全米No.3/“Bigger And Deffer”はスラングで「より有名に、よりカッコよく」という意味)の訳詞を担当した。このアルバムを聴くたびに思い出すのは、まだ自宅にFAX機がなく、400字詰めの原稿用紙に万年筆で訳詞を書き、〆切ギリギリだったので、横浜から電車を乗り継いで(当時ソニーの洋楽部があった)市ヶ谷のビルまで急いで届けたこと。どんよりと曇った夏の蒸し暑い日だった。だからというわけではないが、『BAD』には特別な思い入れがある。
曲のエピソードでも触れたように、この曲が登場するまで、ラップ・ミュージックのリスナーは99.9%が男性、つまり、限りなく100%に近かった。何しろ曲のテーマ(これを英語では“subject”と呼ぶことが多い)ときたら、自分がいかに優れたラッパーであることを延々とラップする自己顕示欲の塊、ストリートでの暴力沙汰やドラッグ売買の実態暴露、アフリカン・アメリカンに対する警察の容赦ない暴力の告発(アフリカン・アメリカンのほとんどは警察を憎悪している)、加えて、女性をセックスの対象としか捉えていないような男尊女卑的思想、アフリカン・アメリカンを差別する白人社会への不満…etc.と、ミもフタもないものがほとんどを占めていたからである。ただでさえ、アフリカン・アメリカン女性の多く――特にゲットーと呼ばれる貧困層居住地区に住む女性たち――は、毎日毎日そうした事柄を実際に目の当たりにしているため、それをわざわざリズムに乗せてしゃべくる音楽など、聴きたいはずがない。実際、筆者の友人でニューヨーク在住のアフリカン・アメリカン女性は、「好きなラッパーはLLクールJとビッグ・ダディ・ケイン(1980年代後期~1990年代初期に絶大な人気を誇った色男ラッパー)だけ!」と言ったものである。当時、彼女と同じ意見のアフリカン・アメリカン女性は大勢いたことだろう。筆者自身、メッセージ・ラップも好むものの、やはり女のせいか、たまにはラヴ・ソング風のラップ・ナンバーも聴きたくなる。その欲求を満たしてくれた最初で最後のラッパー、それがLLクールJだった。
確かにLLはモテた。モテにモテまくって、ラップ好きの同性から嫉妬の入り交じった大ブーイングの嵐を受けたこともある。が、LLだって人の子。軽い気持ちで付き合った女性に対してヒドいことをした、と後で振り返って自責の念に駆られることだってあるのだ。そのことが判るフレーズが(a)である。ここはLLのひとり言で、自分に対して「彼女にヒドいことをした」と悔いているフレーズ。そこを解り易く書き換えると、以下のようになる。
♪What a shame! I have done her wrong!
おそらくその女性はLLに対して本気だっただろうし、遊びのつもりで付き合っていたLLに捨てられて、立ち直れないほど悲しんだことだろう。(a)のフレーズから、LLがそれまで両手に花どころか女の子の方からわんさか自分に寄ってきて、ハーレム状態で恋愛ゲームに興じてきたことを心の底から悔いていることが判る。ちなみに、現在、LLは4人の子持ちだが、奥さんのシモーヌは、10代の頃から付き合っていた(!)女性で、今も夫婦円満。そして結婚してからも、子供ができてからも、LLを支持する女性ファンたちの彼に向けられた恋心は変わっていない。妻子持ちだろうが、ファミリー・マンだろうが、今でも女性ファンの心を熱くする、数少ない(そしてキャリア最長の)ラッパーである。
(b)は、ラップ・ナンバーに限らず、洋楽ナンバーのラヴ・ソングに頻出する言い回し。直訳すると「~の人生を完璧なものにする」だが、これでは稚拙な訳詞としか言いようがない。筆者は訳詞の作業の途中で(b)の表現に出くわすたびに、以下のような訳詞を試みている。
♪僕の人生をバラ色にしてくれる
♪私の毎日を明るくしてくれる
♪僕が送る日々を生き甲斐のあるものにしてくれる
♪(あなたのお蔭で)生きてるっていう実感が湧く
これ以外にも様々な訳詞を施してきたが、過去に数え切れないほど(b)が登場するフレーズを訳してきたので、とっさに思い出せるのは上記の4つぐらいのもの。ただ、記憶にある限り、「~が~の人生を完璧なものにしてくれる」というベタ訳はやった憶えがない。
“bad”は形容詞ならスラングで「カッコいい、イカした(←死語?)、素晴らしい」という意味だが、ここでは副詞として使われている。本来、正しくは“badly”だが、洋楽ナンバーでは、口語的扱いで副詞の意味を持たせた“bad”を使う場合が圧倒的に多い。例えば、こんな感じで――
♪I want you bad.
♪I need you tonight so bad.
♪I wanna make love to you so bad.
♪I wanna hold you bad.
♪I need a true love so bad.
こうした例文を挙げてみると、(c)の“bad”を他の英単語に置き換えるなら、“desperately(死に物狂いで、狂おしいまでに)”のニュアンスに近いことがわかる。が、巧い押韻を施したライムをどれほど卓越したスキル(ヒップ・ホップ用語で「ライム作りとラップの技」という意味)を駆使するかが、ラッパーの最大の腕の見せ所であるため、まどろっこしくて長い単語はほとんど用いない。よって、“badly”の口語的副詞の“bad”が多用されるのである。
LLは、“アイドル・ラッパー第一号”と呼ばれた人物である。筆者は、「I Need Love」を訳しながら、胸がキュン(赤面)としたフレーズが未だに忘れられない。曰く「一緒に歩いていて、君の足元に水たまりがあったら、そこに僕が着ているジャケットを脱いで水たまりを覆ってあげる。そうすれば、君は安心してそこを歩けるよ」――何故にLLが“アイドルラッパー第一号”と謳われるに至ったか、その理由が同フレーズに凝縮されている。