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曲のエピソード
非英語圏国以外の出身で、過去に世界で最も成功を収めたポピュラー音楽界のアーティストはスウェーデン出身のアバだが、ある一定の世代――特に1960年代後期~1970年代初期に青春時代を送った人々――は、オランダ出身のショッキング・ブルーを真っ先に思い浮かべるかも知れない。また、同グループを知らなくても(たとえ彼らが歌うオリジナル・ヴァージョンじゃなくても)、どこかでこの「Venus」を一度は耳にしたことがあるという人は、ここ日本にも大勢いることだろう。最も有名かつ大ヒットしたカヴァー・ヴァージョンは、イギリス出身の女性トリオ、バナナラマによるものだが(1986/全米チャートを始めとして複数国のナショナル・チャートで1位を獲得)、彼女たち以外にも、数多くのアーティストが様々な言語でカヴァーしている。日本人アーティストも何人かカヴァーしているらしい。
全米と全英の両チャート上においては文字通り“一発屋”だったが(全米チャートでは、「Venus」は1週間だけNo.1の座に就いた)、出身国オランダではNo.1ヒット曲がいくつもあり、根強い人気を誇っていた。結成当初は、ギター、ベース、ドラムスを担当する3人の男性によるバンドだったのだが、アンニュイな雰囲気が漂うリード・ヴォーカルのマリスカ・フェレスが1968年に加入したおかげで、ヤロウばかりだったバンドに華やかさが加わり、最大ヒット曲「Venus」が誕生するに至った。バナナラマのカヴァー・ヴァージョンが大ヒットした際に、オリジナル・ヴァージョンを歌っていたショッキング・ブルーが再び脚光を浴びたことも忘れられない。なお、マリスカは2006年に59歳で亡くなり、ドラムス担当だったコーネリス・ファンデル・ビークは1998年に49歳の若さで逝去している。
驚くべきことに、当初、この曲は彼らのアルバムには未収録(!)で、ために、世界中で種々雑多のシングル盤が発売され、それぞれジャケ写も異なるという珍現象が起きた。中には、グループの写真とルーヴル美術館蔵の“ミロのヴィーナス”を合成してあるものまで…(笑)。後に、2ndアルバム『AT HOME』(1969)が再リリースされた際に追加収録されたものの、世界数カ国のナショナル・チャートでNo.1に輝いた曲が当時はアルバム未収録だった、という事実には驚愕すら覚える。想像するに、あれよあれよという間にヒット・チャートを駆け上ったため、すでに市場に出回っている2ndアルバムを即座に回収し、「Venus」を新たに加えて再度LPをプレスする余裕がなかったのでは……?
曲の要旨
山の頂上に堂々と立ち、銀色の炎のように光り輝いていた絶世の美女。至高の美と愛を併せ持つその女性の名はヴィーナス(=女神)、それはこのあたし。今まであたしは出逢った男全員を虜にしてきたわ。あたしの武器は、水晶のようなまばゆい光を放つこのふたつの瞳。あたしなら、あなたの欲望を全て満たしてあげられる。だから、あなたの望みを教えてちょうだい。あなたが女に求めているのはどんなことなの?
1969年の主な出来事
アメリカ: | 8月15日から3日間にわたり、ニューヨーク州サリヴァン郡べセルにおいて、大々的な音楽の祭典、ウッドストック(同地近隣の村の名前に由来/正式名は“The Woodstock Music and Art Fair”)が開催される。 |
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宇宙船アポロ11号が月面着陸に成功し、人類が史上初めて月面に立つ。 | |
日本: | 1月18日~19日の2日間、学生たちが東京大学の本郷キャンパスを占拠し、警察隊を相手に激しい攻防戦を繰り広げる。世にいう“安田講堂事件”。 |
世界: | イギリスは北アイルランドを拠点とする保守政党のアルスター統一党に属するプロテスタント系とカトリック系の両派が衝突し、各地で暴動が発生。 |
1969年の主なヒット曲
Everyday People/スライ&ザ・ファミリー・ストーン
Aquarius/Let The Sunshine In/フィフス・ディメンション
Come Together/ビートルズ
Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye/スティーム
Someday We’ll Be Together/ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス
Venusのキーワード&フレーズ
(a) Goddess
(b) has got it
(c) make someone mad
最初にお断りしておくと、今回、画像として用いた日本盤シングルは、初めて「Venus」がリリースされた時のものではなく、ジャケ写を見てお判りのように、日本のレコード会社(旧ポリドール)が、当時ヒットしていた洋楽を選出し、“GOLDEN HITS SERIES”と銘打って独自でリリースしていたものである。オリジナルのシングル盤は、B面が「Hot Sand」なる曲だった。じつは、筆者はこの「GOLDEN HITS SERIES VOL. 2 ヴィーナス/悲しき鉄道員(原題:Never Marry A Railroad Man)」を、未使用(未聴)の状態で、某中古レコード屋において、つい最近、¥1,480で入手した。リリース当時の値段は¥500。筆者は今でもアナログ盤を収集しているが、学生時代、1枚¥3,500~¥5,000もするマーヴィン・ゲイのシングル盤を金に糸目を付けずに買っていたことを考えると、隔世の感がある。なので、とっさに¥1,480という値段を見て「安い!」と思って飛びついてしまった。
筆者は中古レコードを買う際に必ずレジで盤質を確かめさせてもらうのだが、中古とは言え、この「GOLDEN HITS SERIES VOL. 2」は、盤面を一見して瞬時に「一度もレコード針を落としていない」と判断した。聴けば聴くほどにレコード盤が擦り切れるのを身を以て体験しているため、今でもその視覚(嗅覚?)は衰えていないと、ちょっぴり自負している。同シングル盤を買ったのには理由があり、家人がその昔、「ヴィーナス」が収録されているショッキング・ブルーの日本盤LPを持っていたにも拘らず、CD時代になってから友人にあげてしまった、という話を聞いて、それを何年ものあいだ残念に思ってきたから。もしそれがあれば、新品同様の「ヴィーナス/悲しき鉄道員」には巡り会えなかったわけで、何が幸いするか判らない。中古レコード屋でこのシングル盤を見つけた時、思わず歓喜の叫び声を上げそうになったのをグッと堪え、ひとりほくそ笑んだものである。
曲の主旨を見ても判るように、歌詞は至ってシンプル。が、Simple is best. ならぬ Simple is difficulty. とでも言いたくなるような、摩訶不思議な表現がところどころで顔を出し、一聴しただけではちょっと理解に苦しむ単語や表現がある。
例えば(a)。ネット上に溢れ返っている歌詞では、頭文字が大文字になっているものが多いが、小文字の“goddess”でも構わない。すなわち“god”の女性版であるから、意味は「女神」。が、それだけではなく、(a)には「憧れの女性、絶世の美女」といった意味もあり、この曲では、聴く側がそれぞれ好きなように解釈できるのではないかと思う。ただし、「山の頂上に立って銀色の炎のように光り輝く…」とあることから、恐らくはニューヨークのシンボルのひとつである「自由の女神(=The Statue of Liberty)」をイメージしたのではなだろうか。あり得ない光景を歌っているので、かなり抽象的な歌詞だが、何かからインスピレーションを受けたとするなら、自由の女神しか考えられない。
(b)は、“She’s got it”と歌われているが、“アポストロフィ+s”をもとの英語に直すと、以下のようになる。
♪She has got it.
知っての通り、“get”の過去分詞は“gotten”なので、“have + 動詞の過去分詞=現在完了形”の法則に則るならば、(b)は“She’s gotten it.”となりそうなものだが、アメリカ英語では、以下と同じ意味を表す場合に限り、“have +got”となる。
♪She has it.
♪She possesses it.
♪She owns it.
つまり、“~を持っている、~を身に着けている、~の素養がある、~を所持している”に匹敵する場合に限り、現在完了形は“have + gotten”ではなく“have + got”となる。また、もうだいぶ前からだが、“have”が欠落して、
♪She got it.
という言い方も一般的になっており、これは過去形ではなく現在完了形に同じ。
字面だけを見ると“~を怒らせる”という意味に取ってしまいがちな(c)だが、これは、同じヴァース内にある“had”と押韻するためであって、ここでの意味は“~を夢中にさせる”という意味で使われている。(c)を他の表現に書き換えてみると――
♪make (or drive) someone crazy
♪make (or drive) someone go crazy
この曲の主人公である自称“ヴィーナス”の女性は、「どんな男性でも水晶のような輝きを放つこの瞳の虜にしてきた」と、自信満々に歌っている。また、歌詞に登場する“she/her”と“I”は、同一人物。洋楽ナンバーには、同一人物であっても、一人称と三人称で表現されている場合があるため、歌詞の行間を読むつもりでそれが誰を指すのかを判断できなければ、内容を誤解してしまう恐れがある。したがって、その辺りを注意深く見極めて聴きたいものだ。訳詞家にとっても厄介な、そうした類の歌詞を、筆者は稚拙だと考える。が、この曲に関して言えば、「彼女」と「私」が同一人物であることに気付くまで、そう時間はかからなかった。そのことは、コーラス部分を聴けば一目瞭然。稚拙というより、故意にそうしたフシがあり、自分を“女神”にたとえることによって、自らの存在感を際立たせようとする意図がそこには働いていると思われるからだ。
なお、同一の曲のオリジナルとカヴァーの両ヴァージョンが全米チャートでNo.1を獲得した例は非常に稀で、過去に数えるほどしかない。この「Venus」は、そのうちのひとつである。やはり、印象深くて万人受けする曲は、歳月を経ても色褪せないのだと、改めて痛感させられた。