『日本国語大辞典』をよむ

第37回 ライガーとレオポン

筆者:
2018年7月1日

ライガー〔名〕({英}liger lionとtigerの合成語)雄のライオンと雌のトラの交配により、飼育下でつくられた雑種。ライオンよりやや大きく、体色はライオンに似るが褐色の縞がある。繁殖能力はない。

レオポン〔名〕({英}leopon {英}leopardとlionとの合成語)ヒョウの雄とライオンの雌の交配による雑種で、ヒョウより大きく、斑紋がある。繁殖能力はない。

見出し「レオポン」の語釈にも「飼育下でつくられた」という表現が含まれている方が、2つの見出しの「平行性」が保たれると思われるが、それはそれとする。上の「合成語」は2種類の動物を表わす語を合成した、ということであるが、むしろ実際に雑種がうまれているから、合成語を作って、「実態」にみあった名前をつけた、というべきかもしれない。

よそる【装】〔他ラ四〕(動詞「よそう(装)」と、「もる(盛)」とが混交したもの)飲食物をすくって器に盛る。

上の語釈の中に「混交」という語が使われている。「混交(混淆)」(contamination)は言語学の用語となっている。上の使用例としては、「改正増補和英語林集成〔1886〕」と龍胆寺雄の「アパアトの女たちと僕と〔1928〕」と北杜夫の「白毛〔1966〕」があげられている。

この「ヨソル」には個人的な記憶がある。筆者は高校時代に卓球部に所属していたが、1年生の夏休みの合宿の時に、ご飯を「ヨソウ」というか「ヨソル」というか、ということがなぜか話題になった。筆者はそれまで「ヨソル」という語を耳にしたことがなかったので、そんな語があるはずがない、と思って「ヨソウ」派だったが、3年生の一番厳しいI先輩が「ヨソル」派で、絶対に「ヨソル」だと言って譲らなかった。その時の話がどう終わったかは覚えていないが、それから「ヨソル」という語が記憶に残った。『日本国語大辞典』をよんできて、この見出しに出会って、「これか!」と思った。「ヨソル」は実在する語形だった。しかも、明治期にすでにあった語形であった。

『日本国語大辞典』をよんでいると、時々この「混交」に出会う。

あせしみずく【汗―】〔名〕(「あせしずく」と「あせみずく」との混交語)「あせしずく(汗雫)」に同じ。

あんけらかん〔副〕(「あんけら」と「あんかん(安閑)」が混交してできた語という)「あんけら【一】」に同じ。

げんご【言語】〔名〕人間の思想や感情、意思などを表現したり、互いに伝えあったりするための、音声による伝達体系。また、その体系によって伝達する行為。それを文字で写したもののこともいう。ことば。げんぎょ。ごんご。 語誌 江戸時代までは漢音よみの 「ゲンギョ」と呉音よみの「ゴンゴ」とが並行して用いられてきたが、明治初年に、両語形が混交して「ゲンゴ」が誕生した。「ゲンゴ」の一般化に伴って「ゲンギョ」は姿を消し、「ゴンゴ」は、「言語道断」などの特定の慣用表現に残った。

さそつ【査卒】〔名〕(「巡査」と「邏卒」の混交か)明治初期、巡査をいう語。

にらみる【眄】〔他マ上一〕(「にらむ」と「見る」との混交した語)にらんで見る。にらみつけるように見る。

やにむに〔副〕(「やにわに」と「しゃにむに」とが混交したもの)「やにわに(3)」を強めたいい方。

現在では「ゲンゴ(言語)」という語形を使っているので、「ゲンギョ」とか「ゴンゴ」とかいう語形を耳にすることもほとんどなくなってきているかもしれないが、明治期の文献などを読んでいるとそうした語形に出会うことが少なくない。漢字で「言語」と書かれる漢語は、同一の音系で発音するのがまずは自然であるので、上の字を漢音で発音するなら、下の字も漢音、上の字を呉音で発音するなら、下の字も呉音、というのがまずは「筋」だ。しかし、日本には、というか日本語には、漢音も呉音も蓄積され、そのために、1つの漢字が呉音、漢音、唐宋音など複数の「オン(音)」をもつようになった。そしてまた、「漢字のよみ」というかたち、(あるいは理解)を形成していったと考えることができる。このあたりは、わかりやすく説明することが難しい。そしてまた、今後の研究課題でもあると考える。漢字が語を書いたものという「感覚」よりも「漢字をよむ」という「感覚」のほうが強いとすれば、その「感覚」をときほぐすことが、日本語における漢字がどのように機能していたか、を探る1つの「道」だろう。

話を戻せば、「言」の字には「ゲン」「ゴン」2つの「オン(音)」があり、「語」の字には「ギョ」「ゴ」2つの「オン(音)」がある、ととらえると、いろいろな「組み合わせ」も可能だということになりそうだ。

「サソツ(査卒)」は明治初期に使われていた語だと思われるが、まだ150年ぐらいしか経っていないのに、もうその語がどうしてうまれたかがわからなくなってしまっている。また「ニラミル」の例には「観智院本類聚名義抄〔1241〕」があげられており、「混交」は13世紀にもみられる言語現象であることがわかる。

『日本国語大辞典』をよんでいると、出会った語をきっかけとしていろいろなことを考えるようになる。そして、いろいろと考えることによって、日本語全体について考えることになる。無謀な試みであることはどれだけよんでも変わらないが、楽しむ気持ちもうまれてくることがわかったことは収穫だ。

1つだけ、注文をだしておきたい。『日本国語大辞典』は「混交」「混淆」を併用している。両者の意味するところが違うのであればいいが、そうであるとは考えにくいように思う。もしも両者の意味するところが同じなのであれば、書き方はどちらかに統一しておいていただけると助かる。今はオンライン版で検索をかけることができるので、こうしたこともわかるのでつい気になる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ //japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。