『日本国語大辞典』をよむ

第140回 恋を紡ぐ

筆者:
2026年3月22日

総項目数50万、用例数100万を謳う『日本国語大辞典』第2版全13巻は改めて言うまでもなく、現在刊行されている最大規模の「国語辞書」で、「大型国語辞書」と呼ぶのにふさわしい辞書といえます。「小型辞書」はポケットサイズのものではなく、ごく一般的に使われている辞書を指しています。「小型辞書」のページ数はだいたい1500ページ前後、多くとも2000ページ未満で、見出しの数は60000から95000の間です。

『日本国語大辞典』の初版は1976年に最終巻である第20巻の刊行を終え、第2版の第1巻は2000年に刊行されています。この間でみるならば、『日本国語大辞典』の初版完結と第2版刊行開始との間に24年が経過していることになります。規模の大きい辞書を改訂するためには、時間が必要になります。

「小型辞書」の改訂はどうでしょうか。『三省堂国語辞典』は2014年1月に第7版が刊行され、2022年1月に第8版が刊行されているので、8年間で改訂を行なったことがわかります。『岩波国語辞典』は2011年11月に第7版新版が刊行され、2019年11月に第8版が刊行されているので、この間が8年間です。『明鏡国語辞典』(大修館書店)は第2版が2010年12月に刊行され、第3版が2021年1月に刊行されているので、10年間で改訂を行なっています。それぞれの辞書によって、少しずつ異なっていますが、だいたい10年前後で改訂しているといってよさそうです。やはり大型辞書よりも短い時間で改訂をしていることがわかります。

大型辞書の改訂に時間が必要で、小型辞書は大型辞書よりも短い時間で改訂をしているというのは当然のことなので、いいとか悪いということではありません。

さて、言語=ことばは時間が経過すると変化します。これはいわば「宿命」のようなものなので、どうすることもできません。仮に30年間ほとんど変化をしなかった語Xがあるとします。この語Xは『日本国語大辞典』の初版と第2版との間で変化がなかった可能性がたかいことになります。変化がなければ説明を変える必要がないですね。一方、10年間ぐらいで変化した語Yがあるとします。その変化が『日本国語大辞典』の初版と第2版との間で顕著になってきたとすると、第2版の説明は初版とは違うものになります。基本的にはこのようなことなので、短い時間で改訂をすれば、ことばの変化を反映しやすいわけです。

「ツムグ」という語を採りあげてみましょう。『日本国語大辞典』第2版には次のように記されています。

つむ・ぐ【紡】〔他ガ五(四)〕(1)絹・繭を紡錘(つむ)にかけて繊維を引き出し、よりをかけて糸にする。つもぐ。*十巻本和名類聚抄〔934頃〕六「鍋 紡績附 〈略〉唐韻云紡〈芳両反 豆无久〉続也」*大唐西域記巻十二平安中期点〔950頃〕「工みに絁紬を紡(ツムギ)績(う)む」*御伽草子・蛤の草紙〔室町末〕「此苧(を)を、つむぎ給ひし音こそ面白く聞えけれ」*羅葡日辞書〔1595〕「Colus 〈略〉イトヲ tçumugu (ツムグ) ダウグ」*尋常小学読本〔1887〕〈文部省〉四「苧より糸をつむぎて、麻布に織り」(2)(借金を)引き延ばす。*浄瑠璃・忠孝大礒通〔1768〕三「こりゃ又此節気も箟で済すのか。そふそふは紬がれぬぞ」

(2)は少し特殊な語義にみえるので、ここでは(1)のみを話題にします。御伽草子「蛤の草紙」や「尋常小学読本」の使用例にみられる「オ(苧)」は「麻、苧の茎の皮の繊維で作った糸」のことです。したがって、「ツムグ」の語義は「繭や苧から繊維を引き出して、よりをかけて糸にすること」ということになります。何らかのかたまりから糸がつくられていく、ということですね。『日本国語大辞典』にはこの語義のみが記されていることになります。しかしまた思うのは、いわば「ツムグ」のもともとのこの語義がひろく知られているだろうか、ということです。かつてのように養蚕が行なわれなくなり、繭から糸を紡ぐという具体的な場面がみられなくなれば、当然「ツムグ」という語のもともとの語義もわからなくなります。「ツムグ」には漢字「紡」があてられることが多いですが、これは「紡績」の「紡」です。

1887年に綿の商社としてスタートした東京綿商社が、1893年に社名を鐘淵紡績(かねがふちぼうせき)株式会社に変更しました。1971年にはさらに鐘紡(かねぼう)株式会社に変更し、2001年にはカネボウ株式会社に改称していますが、「カネボウ」は1961年にはすでにスローガンの中などで使われていました。現在は化粧品ブランドとして「KANEBO(カネボウ)」を展開しています。現在は、東武鉄道伊勢崎線に「鐘ヶ淵駅(かねがふちえき)」(東京都墨田区墨田5丁目)がありますが、「カネボウ」や「KANEBO」からは、鐘ヶ淵にあった紡績会社ということはなかなか思い浮かびません。これは一つの例ですが、現在の日常生活からは「ボウセキ(紡績)」が遠いものになりつつあるといえそうです。

『三省堂国語辞典』第8版の見出し「つむぐ」は「①綿・羊毛などの繊維をねじりながら〔=よりをかけながら〕引き出して、一本の糸にする。「綿を紡いで糸を作る・糸を―」②少しずつ、はっきりした形にする。「ことばを―・歴史を―」」と説明されています。「―」に「ツムグ」を入れると使用例になるのですが、①の語義では「糸をつむぐ」、②の語義では「ことばをつむぐ」「歴史をつむぐ」という使用例が示されていることになります。『三省堂国語辞典』の②の語義が『日本国語大辞典』には記述されていません。『日本国語大辞典』第2版の改訂作業中には、この②のような「ツムグ」の使われ方がまだひろがっていなかったのでしょうか。『三省堂国語辞典』の②のような使い方は、もちろん①から派生したもので、①を少し抽象化した使い方といえるでしょう。稿者は特に、「何らかのかたまりから糸がつくられる」というもともとの語義にあった「何らかのかたまり」がなくなりつつあるところが気になります。「気になります」といっても、「おかしい」と思っているわけではありません。『三省堂国語辞典』の②「少しずつ、はっきりした形にする」は繭や苧から糸を作っていくというもともとあったプロセスに対応していると感じます。もともとは「何かから形がうまれていく」のが「ツムグ」だったわけですが、それが「形がまったくないところに何かがうまれる」にシフトしたようにみえます。

2025年11月22日の『日本経済新聞』の夕刊には「秋夜のアート 恋紡ぐ」という見出しの記事が載せられていました。記事には「ナイトミュージアムで恋人を探す「恋活」イベントが活況だ。夜間の美術館や博物館に男女が集い、ペアになって館内を巡る」とあります。新聞の見出しは、何かから恋が生まれるのではなく、こうしたイベントによって恋がうまれるということを「恋紡ぐ」と表現しています。この「ツムグ」は『三省堂国語辞典』の②の使い方と同じなのでしょうか。このイベントによって恋が生まれる、ということを、形がなかった恋が「少しずつ、はっきりした形」になったとみれば同じ使い方ということになりそうです。いや、「少しずつ、はっきりした形」になるということは、何かはあったのではないか、などとも思います。つまり、『三省堂国語辞典』の②からさらに「ツムグ」は変化しているのではないかということです。

ここ10年、いや5年かもしれませんが、日本語の変化がはやくなったように感じるので、辞書の編集は大変だと思いますが、そうした変化を実感できることは楽しいことでもあります。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。