昭和7(1932)年4月から翌年の4月にかけて、書き下ろしによる長編を揃えた「新作探偵小説全集」全10巻が1冊1円50銭で新潮社から出版されています。第1巻は江戸川乱歩の『蠢く觸手』、第2巻は大下宇陀児の『奇蹟の扉』で、第9巻が夢野久作の『暗黒公使』、第10巻が横溝正史の『呪ひの塔』と充実した全集です。
このシリーズの第3巻として出版された、甲賀三郎(1893-1945)の『姿なき怪盗』(1932年)を読んでいると、次のようなくだりがありました。(編集部注:強調は筆者)
凡(およ)そ、探偵(たんてい)なるものは、腹(はら)を立(た)てるのが禁物(きんもつ)ださうだ。然(しか)しながら、有難(ありがた)い事(こと)には獅子内(ししうち)は探偵(たんてい)ではない、新聞記者(しんぶんきしや)だ。新聞記者(しんぶんきしや)は腹(はら)を立(た)てゝも関(かま)はない。殊(こと)に負(ま)け嫌(ぎら)ひな彼(かれ)は、ぢつと壓迫(あつぱく)には甘(あま)んじてゐられぬ。(39頁)
ここでは「マケギライ」という語が使われています。
『岩波国語辞典』第8版(2019年)は「まけぎらい」を見出しにしていますが、そこには語義が記されておらず、「まけずぎらい」を参照するように指示があります。見出し「まけずぎらい」の語義は「勝ち気で、まけることを特にいやがる性質・態度。まけぎらい」と説明されています。見出し「マケギライ」から「マケズギライ」を参照するようになっていて、語義は「マケズギライ」のところに記されているのですから、『岩波国語辞典』第8版の判断は、「マケギライ」と「マケズギライ」は(ほぼ、と言っておきますが)同じ語で、「マケズギライ」のほうがひろく使われている、ということでしょう。
『三省堂国語辞典』第8版(2022年)はもっとふみこんだ説明をしています。まず、見出し「まけぎらい」を「「負けず嫌い」の、もとの形」と説明し、見出し「まけずぎらい」の語義を「負けるのをきらう〈こと/性質〉」と説明し、「豆知識」として「負けたくない、という気持ちから「ず」がはいったもの。「食わず嫌い」などの影響もある。「変わりはないし」と強調するつもりで「変わりはないじゃなし」と言うなど、無意味な否定がはいる例は多い」と記しています。
『三省堂国語辞典』第8版の「豆知識」は「「食わず嫌い」などの影響もある」と述べています。「など」は他にどんな影響があるのだろうと気になりますが、「食わず嫌い」はたしかに「マケズギライ」と似た形をしています。ここで、『日本国語大辞典』の「まけぎらい」「まけずぎらい」「くわずぎらい」をあげておきましょう。
まけ‐ぎらい[‥ぎらひ]〔名〕(形動)負けることをことさらいやがる性質。また、そのようなさま、また、そのような人。まけずぎらい。まけるぎらい。*詞葉新雅〔1792〕「マケギライ 物ねたみする人」*妙好人伝〔1842~58〕初・上・石州九兵衛「此人はじめは其性猛く邪見にして人にまけ嫌(ギラ)ひな男なりしが」*坊っちゃん〔1906〕〈夏目漱石〉六「山嵐もおれに劣らぬ肝癪持ちだから、負け嫌な大きな声を出す」
まけず‐ぎらい[‥ぎらひ]【不負嫌】〔名〕(形動)(「負け嫌い」「負けじ魂」などの混態か)他人に負けることを特にきらう勝ち気な性格。また、そのさまやそのような人。まけぎらい。*銀の匙〔1913~15〕〈中勘助〉前・四五「負けずぎらひの私とくやしがりのお薫ちゃんとのあひだには」*名人伝〔1942〕〈中島敦〉「以前の負けず嫌ひな精悍な面魂は何処かに影をひそめ」
くわず‐ぎらい[くはずぎらひ] 【不食嫌】〔名〕(1)食べたこともなく、味も知らないのに、その物を食べるのをきらうこと。また、その人。*諷誡京わらんべ〔1886〕〈坪内逍遙〉一「俗に食(クハ)ず嫌(キラ)ひといふ事あり。〈略〉味(あじはひ)の如何を知らずて。之を無茶苦茶に嫌へる事ゆゑ。たまたま其味の美なるを悟れば。今まで見るもウシといふた族が。俄に牛肉は大スキ焼」(2)物事の内容、真価、妙味などを十分理解しないで、わけもなくきらうこと。また、その人。*多情多恨〔1896〕〈尾崎紅葉〉前・三・四「君は不吃不好(クハズギラヒ)だから困る〈略〉何も内のお種を女房に持ってくれと言ふのぢゃなし」*私の詩と真実〔1953〕〈河上徹太郎〉詩人との邂逅「私がその頃半ば食はず嫌ひで、既存のわが文壇文学に殆んどなじめなかった所以も理論づけられる」
「マケギライ」には富士谷御杖(1768-1823)の『詞葉新雅』の例がまずあがっています。この『詞葉新雅』は「哥よみしらぬ人の、里言より古言をもとめむに、とみの便とせむとて、聞おけるかきり、里言を上とし、古言を下にあてゝ冊子と」したものです。「里言」は富士谷御杖の使う日常的な言語、すなわち18世紀末から19世紀にかけての日本語で、「古言」はその時点から見た「古い、雅な日本語」ということになるでしょう。「里言」は「上」、「古言」は「下」というのは、『詞葉新雅』が、まず「里言」を片仮名で記し、それに対応する「古言」を平仮名でその下に掲げるというレイアウトを採っていることを指しています。つまり、「マケギライ」が江戸時代の日常的な言語=「はなしことば」で、「物ねたみする人」が、その「江戸時代のはなしことば」「マケギライ」に対応する「古言」ということになります。「物ねたみする人」が「マケギライ」の語義を過不足なく説明しているかどうか、疑問がないではないですが、はっきりいえることは、江戸時代の「はなしことば」として「マケギライ」があったということです。それに対して、見出し「まけずぎらい」の使用例として『日本国語大辞典』が掲げているのは、20世紀の例のみです。もちろん、だからといって、「マケズギライ」が19世紀以前に使われなかったということにはなりませんが、その可能性はたかいと思われます。『日本国語大辞典』があげている「クワズギライ」の使用例も明治以降のもので、江戸時代の使用例はあげられていません。
これらのことからすれば、まずは「江戸時代のはなしことば」で「マケギライ」が使われていた。「クワズギライ」の影響をうけて、明治期になってから「マケズギライ」という語形がうまれた、という推測ができそうです。〈言わないままになる〉「イワズジマイ」、〈とうとうわからないままになる〉「ワカラズジマイ」などもありますね。『日本国語大辞典』がこれらの使用例としてあげているのも、すべて明治期以降の例ばかりです。




