サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ

2008年 6月 15日 日曜日 筆者: 酒井 幸

コラボレーションの楽しさ

 法律学の初学者は、まず法律用語の定義を頭にたたき込まなければならない。殺人罪のように“人の死亡”という結果を含めて犯罪とされる罪を「結果犯」と呼ぶのだが、たとえばこれは「構成要件の要素として外界における一定の変動すなわち結果の発生を必要とする犯罪」(『新版刑法講義総論』大谷實著)と説明される。従来の法廷は、裁判官・検察官・弁護人という三者が、このような専門用語と格闘して身につけた短い言葉を駆使して、互いに理解できる意味を込め、論陣を張るものだった。

 裁判員裁判は、市民に分かりやすい言葉で審理を行うことが必須である。ドラスティックに変わる新しい法廷のため、新しい言葉を探し出すには、専門用語でマイ・ワールドを作っている者同士が議論をしても限界がある。そこで2004年8月に日弁連が立ち上げた「法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム」(以下PT)では、委員の半数を、言語学者・法言語学者・社会心理学者・アナウンサー・テレビ解説委員などの言葉のプロになっていただいた。

 初回、複数の有識者委員から市民の理解度を調査すべきだという意見が出され、そのような発想のなかった法律家委員は驚いた。たしかに現状把握があってこそ求められる方向性は明確になり、より良い検討ができる。専門の社会心理学者から簡易な調査方法の提案があり、各委員が自分の職場などで聴き取り調査を行うことからスタートした。市民の理解状況を把握でき有意義だったそのまとめは、『裁判員時代の法廷用語』に収録されている。

 PTは月1回計37回の会議を重ねて最終報告書をまとめた。手探りで始まった会議だったが、欠席者は極めて少なく、議論は実に活発で楽しいものだった。冒頭の調査に快く協力してくださるほどの各委員の意欲と強い関心によってこのPTはささえられたのだと、当初を思い返して実感している。

 各語の検討では、有識者委員から説明例のたたき台を出してもらい、国語辞典・法律用語辞典などの説明例の一覧を参考資料に、法律家(刑事法学者と弁護士)側が随時法律解説を行って議論を進めた。大変だったのは、法律的な解釈が分かれるものが少なからずあることだ。判例と学説の違いだけでなく学説も複数あり、検察と弁護の立場で意見が異なることもある。しかし市民向けには、統一的な説明をしなければならない。時に解釈をめぐって法律家委員同士、専門用語乱れ飛ぶ議論になる。有識者委員は半ば唖然としながらこれを眺め、議論が一段落すると、「今の議論はこういうことなのです」と日常語で解説が続くことになる。このため中途から、弁護士委員が検討用語の解説レジメを準備し、冒頭に“ミニ刑事法講義”をすることにした。有識者委員の方たちは辛抱強く法律を勉強して咀嚼(そしゃく)してくださった。今後裁判員となる多くの市民が困難を抱えないよう、将来の裁判員に代わって、その苦労を背負っていただいたのだと思っている。

 法律家側からは“より正確に”、言葉のプロからは“より分かりやすく”という観点で議論を重ね、説明例は洗練されていった。手探りで壁伝いに進みながら、迷路の出口に至る思いであった。膨大な議論の中からそれぞれの言葉の持つ問題点をひろいあげ、法律家のための解説として使用上の注意をまとめることもできた。これを参考に、各法律家が自分なりの表現で説明することもできる。

 専門の壁を乗り越える作業を終え、苦労は実は楽しみであったと、PTメンバーそれぞれが受け止めてくださっているような気がする。全ての分野で高度の専門化が進んでいるが、大多数の非専門家が無知のままで判断を余儀なくされる社会は望ましいものではない。様々な分野で、専門用語を分かりやすく伝えるニーズは高い。専門家と非専門家が協同する作業は、実は結構楽しいものであることをお伝えして、このような動きが広がることを期待したい。

【著者プロフィール】

酒井幸(さかい・みゆき)
法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム座長。弁護士(東京弁護士会)。
日本弁護士連合会事務次長として、会務の運営や司法制度改革に関わり、その間に新設された広報次長を兼任、日弁連のスポークスパーソンとして毎週定例記者会見を行ったことから、わかりやすく書くこと、話すことへの関心が深まる。退任後、日弁連裁判員制度実施本部の副本部長に就任、裁判員制度に関する日弁連としての広報を担当。

* * *

【編集部から】
来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、プロジェクトチームの方々からご寄稿いただいておりました連載も今回で最終回。読者の皆さま、ご執筆してくださった先生方、ありがとうございました。


サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ 7

2008年 6月 8日 日曜日 筆者: 幸田 儔朗

やさしい用語で、やさしい音で

 難しい法廷用語をやさしくする取り組みの中で、あらためて漢字の力を思い知らされました。複雑な概念を一つの単語に封じ込めてしまう。まるで符丁だと言われるのももっともなことです。専門知識という合鍵を持っている人だけが中身を知ることができるのです。

 裁判員制度では、一般の人が法廷内のやりとり(言ったこと、示されたこと)だけから判断します。いかに的確に誰にも伝わるように、「話しことば」が使われたかが、判断を左右することになります。用語自体がやさしいこと、同時に、伝え方もやさしく聞きやすいことが大切です。符丁では通用しません。

 例えば、「焼損」という用語の検討は興味深いものでした。説明文は結局「建造物の全部又は一部が焼けて壊れること」と落ち着きました。これだけを見ると単なる辞書的説明にも見えますが、このことばが出てくるまでの前提条件が様々にあって、少し深入りするとかえって分かりにくくなってしまうからでした。

 そもそも「しょうそん」と聞いて漢字を思い浮かべることは難しいでしょう。また、「ぜんぶまたはいちぶ」ならば「どんな場合も」ではないのかなどとも考えてしまいます。しかも燃え方をめぐって、既遂と未遂の分かれ目はどこか、考え方が二つあるというのです。それによって罪の質が違います。法律に疎い私などには混乱の極みです。ことばそのもので戸惑い、判断の場面では立ち尽くすしかなさそうです。実際には、こみ入ったところは話して説明することで補うことになるのでしょう。

 仮に、法律の専門家が私のような一般人に伝える場面を思い浮かべてみましょう。

 「しょうそんとは……。くわしくいうとこれにはかんがえかたがふたつあって……。ひとつは……もうひとつは……。こんかいのじけんでは……。したがって……なのです。ようくかんがえてはんだんしてください。」という具合に口頭(つまり、話しことば)の説明が続いていくことになります。

 耳から入る「話しことば」は平仮名で示したように「音」の連なりです。このことばは語句だけではなく、音のまとまり方や、音の高低、速度、間合い、明瞭度などで意味を明確化して伝えていきます。

 例のように、様々な要素を含んだ話が、いくつもの分岐点を越えて時に方向を変えながら進んでいく場合は、それなりの表現が必要になります。単なる音の連なりではなく、意味合いが分かるようメリハリつけて伝えるのです。具体的には、話の文脈が変われば音(高低や速度、質など)も切り替わるということです。私どもがアナウンサーの指導にあたる時は「音でできていることば」の特性を知って扱おう、と言っています。

 ちゃんと中身があるのに分かりにくい話し方は日常的に経験します。裁判員には限られた時間の中で的確に分かってもらわなければなりません。一般の人にとって用語をやさしく、話を聞きやすく、この2つがそろってこそ、法律家は適切な判断材料を提供できる環境を整えたと言えるのでしょう。今、その一歩目を踏み出したところです。

筆者プロフィール

幸田儔朗(こうだ・ともお)
法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム副座長
(財)NHK放送研修センター日本語センター部長・エグゼクティブアナウンサー
NHKにアナウンサーとして入局。ニュース番組のアナウンサーとして活躍、記者やディレクター職も担当。2001年よりNHK-CTI日本語センターに転籍し、職員研修、外部一般研修など「話しことば」による情報伝達をテーマに人材育成に携わる。

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【編集部から】
来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、このたびプロジェクトチームの方々からご寄稿いただいております。次回は最終回!


サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ 6

2008年 6月 1日 日曜日 筆者: 藤田 政博

法廷用語の日常語化への「市民参加」:面接調査について

 法廷用語を日常語で説明するとしても、どの言葉をとりあげたらよいのでしょう?

 法律の専門用語は無数にあります。さらに、法律用語ではないけれども、法廷でよく使われる言葉や、法律がからむ報道で使われる言い回しまで含めると、さらに多くなります。それらをすべて取り上げることはできません。

 市民にとって何がわかりにくい言葉かは市民に聞こう!と考え、このプロジェクトでは心理学で使われる方法を応用して調査を実施しました。専門家にとっては、経験を重ねるにつれて専門外の方にとってどのような言葉がわかりにくいかを忘れてしまいがちです。また、市民にとっては、法廷用語のうち何がわかりにくい言葉かは、尋ねられないと思いあたらないでしょうし、時代に応じて変化する可能性もあります。

 そこで、このプロジェクトでは、合計46人の市民の方に協力をお願いして、どの言葉がどのくらいわかりにくいかを聞き取り調査しました。

 具体的には、次のようにしました。法廷でよく使われる用語50語を選んで一覧にしました。その一覧をもとに、「その用語を聞いたことがあるか否か」「聞いたことがある場合、どのくらいなじみがある感じがするか」を一語ごとに聞く質問用紙を作成しました。そして、調査の時に言葉を示すためのカードを50種類作成しました。

 調査の手順を手順書の形にまとめ、プロジェクトチームメンバーに配布しました。この手順書は、「認知面接法」という、心理学での面接調査の際に話を聞き出しやすくする手法をもとに作成しました。ここまでが下準備です。

 調査では、プロジェクトチームメンバーや、その依頼を受けた人が調査員となりました。そして市民の方にお一人ずつお会いしました。市民の方には、まずは質問用紙に答えていただきました。その後、調査員が市民の方に言葉のカードを示し、その言葉はどのような意味の言葉だと思うか説明していただきました。そのときに、間違いかどうかなどは気にせず、頭に浮かんだことはすべて言葉にして話していただくようにしました。聞き取りの結果はすべてテープ起こしし、分析しました。

 この調査の結果をもとに、50の言葉を「市民が知っているかどうか」「市民にとってなじみがあるかどうか」などの観点から分類し、その後の用語検討の順序や内容に役立てました。また、聞き取りの結果、法律になじみのない方がどのように各用語を理解しているか知ることができました。合理的な疑い反抗の抑圧などの用語で、法律家の使用する意味と反対に理解されることがあることが分かりました。「証拠能力」と「証明力」の違いが理解されないことがあることも分かりました。「公訴事実」が本当にあった真実と思われていたり、証拠であると誤解されていたりしました。このことは、刑事裁判の根本概念のうちで、市民に理解されにくいものがあることを示しています。このような根本概念は、法律家が常識のように使っているものばかりです。

 この結果は、『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』『裁判員時代の法廷用語』の記述に生かされています。この2冊の本は、心理学で行われている研究手法とその結果の分析が、法制度の運用に実際に役立つことを示す例となるでしょう。

 『裁判員時代の法廷用語』では、法律家向けに、法廷用語の説明の仕方のポイントも含めて解説されています。調査の詳しい方法や結果についてもこの書籍に掲載されていますので、ご覧いただければ幸いです。

筆者プロフィール

藤田政博(ふじた・まさひろ)
政策研究大学院大学助教授。専門は社会心理学・法社会学・法心理学。
司法制度改革や、目撃証言を研究対象とする。裁判員制度については、日本における陪審制度の歴史に関する研究や、裁判官と裁判員の認識・判断プロセスに関する実証的研究などをおこなう。著書に『司法への市民参加の可能性』(有斐閣)がある。

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【編集部から】
来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、このたびプロジェクトチームの方々からご寄稿いただいております。次回は話しことばの専門家からです。


サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ 5

2008年 5月 25日 日曜日 筆者: 後藤 昭

被告人には裁判が分かっていたか

 「法廷用語の日常用語化」の作業で私たちが目指したのは、裁判員が、法廷でのやりとりを容易に理解できるようにすることである。そのために、法律家が裁判員に対してどう語るべきか、どう説明するべきかを考えてきた。これは、裁判員が参加する裁判を内実のあるものにするために、欠くことのできない作業であったと思う。

 しかし、刑事裁判が行われる法廷の風景を思い出し、そこにいる人々の顔を想像してみると、法律家でない人が常に重要な役割を担っていたことに気づく。それは、被告人である。被告人は法廷の不可欠の構成員であり、裁判の結果についてもっとも切実な利害を持つ当事者である。その被告人は、これまで法廷でのやりとりを理解していたであろうか。朗読される起訴状の意味が分かっていたであろうか。これまでの法廷でのやりとりが裁判員にとって理解しがたいものであるならば、それは被告人にとっても理解しがたいものであったに違いない。

 このことは、法廷通訳の役割を考えると、もっとはっきりする。私は、以前、日本への留学生に一定の研修をしたうえで、弁護士が外国人被疑者と面会するときの通訳を務めてもらうという計画に関わったことがある。それをきっかけに、さまざま言語の法廷通訳のために、手引き書や法律用語辞典が発行されているのを知った。法廷通訳のために研修会が行われ、熱心な通訳者たちは、独学でも法律を研究しているであろう。これらの機会を通じて、法廷通訳は、刑事裁判のしくみや法律用語について正確に理解し、的確な通訳ができるように訓練される。

 しかし、法廷通訳に裁判手続や法律用語の知識が要求されるということは、法廷でのやりとりの意味を正確に理解するには、日常用語の理解力では足りないことを意味している。それでは、通訳の付かないふつうの日本人の被告人は、どうなるか。日本語の日常用語しか知らない彼らには、裁判が理解できないことになる。これまでの刑事裁判では、被告人が裁判手続の進行や、裁判長から告げられることの意味を正確に理解できていたかどうか、非常に心許ない。

 このような問題は、おそらく外国にもあるだろう。カミュの小説「異邦人」の中に、主人公が法廷で被告人として聞いている議論が、自分とは別世界のできごとのように感じるという感覚が描かれている。作者は、現実の法廷を傍聴したか、あるいは裁判に関わった経験から着想を得て、法廷場面を詳しく書いたのかもしれない。この小説の哲学的な含意を理解することは、私には難しい。しかし、この場面を法律家的に解釈すれば、法廷での言葉遣いが、法律家ではない被告人に、隔絶感を生じさせるのだと思う。

 裁判員が参加する裁判では、法廷でのやりとりは日常言語の範囲で理解できるものでなければならない。一定の範囲で刑事裁判に特有な用語が登場することは避けられないけれども、法律家たちは、法律を学んだ経験のない人々にも容易に理解できるように、その意味を説明しなければならない。それに成功すれば、刑事裁判は被告人にとっても分かりやすいものになる。そのことには、裁判員制度の副産物という以上のだいじな意味があると思う。

筆者プロフィール

後藤昭(ごとう・あきら)
一橋大学大学院法学研究科教授。同大法科大学院長。法学博士。専門は刑事法・刑事司法。
研究分野は公的弁護制度や上訴制度、事実認定など多方面にわたる。
著書に『新版 わたしたちと裁判』(岩波ジュニア新書)、『捜査法の論理』(岩波書店)、共編・共著に『刑事訴訟法』『刑事法演習』(ともに有斐閣)、『実務家のための裁判員法入門』(現代人文社)、『岩波判例基本六法』(岩波書店)などがある。

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【編集部から】
来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、このたびプロジェクトチームの方々からご寄稿いただいております。次回は「法と心理学」の専門家の先生が登場。

「サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ」バックナンバー


サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ 4

2008年 5月 18日 日曜日 筆者: 大河原 眞美

「反抗の抑圧」の「反抗」は、被害者の抵抗?

 前回でふれた市民講座のディクテーション(書き取り)で、「未必の故意」の次に問題になった法廷用語に、「反抗の抑圧」がある。「ハンコーノヨクアツ」と聞いて、参加者は、「犯行の抑圧」と書き、「反抗の抑圧」と書けた人は一人もいなかった。日本語には同音異義語が多いが、「ハンコー」もその一つ。よく使われる「反抗」「犯行」「反攻」から、歴史的な場面で出てくる「藩校」「藩侯」「半髪」、出版関係の「版行」「頒行」、字を見たら意味がわかるがあまり使われない「反航」といろいろある。

 裁判員制度に関する市民講座だったので、参加者は、「裁判」という図式を頭に入れて、多くの「ハンコー」という語から裁判に関連のある「犯行」に絞ったようだ。参加者が描いていた「犯行の抑圧」のイメージは、「犯人の犯罪行為を抑えつけた」程度のことであろうか。

 『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』では、「暴行や脅迫によって、肉体的あるいは精神的に、抵抗できない状態にすること。被害者が抵抗したけれども、最終的には抵抗を封じられた場合も含む」と解説している。さらに、「「反抗」とは被害者が抵抗することで、「抑圧」とは加害者がその抵抗をおさえることを指します」との説明も加えている。

 日弁連の「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」の会議で、言語関係の外部学識委員は、「反抗の抑圧」の用語について、「一体誰が何をしたのだろうか」と混乱してしまった。なぜならば、「反抗」には、「従うべきものとされてきたものに逆らう」というマイナスのイメージがあるので、被害者が加害者に襲われて抵抗することが、なぜ、「従うべきことに逆らう」ことになるのか。一方、「抑圧」には、「自由の抑圧」や「市民の抑圧」のように、「本来認めるべきものを抑え込む」というイメージがあるので、「やってはいけないこと」(反抗)と「本来認めるべきものを抑え込む」(抑圧)とは、日常語の感覚では、くっつけて一つの表現にできない。

 そこで、「反抗の抑圧」を市民感覚で理解しやすい「抵抗を抑え込むこと」に言い換えたらよいのではないかという意見が、言語関係の委員から出された。刑事法の委員や弁護士委員によると、「反抗の抑圧」には、「被害者の抵抗を無理やり抑えつける場合」だけではなく、「被害者がこわくて抵抗しようという気がおきず、結果として抵抗行動がなかった場合」も含まれるので、日常語の「抵抗を抑え込む」だけでは不十分な言い換えになるとのことであった。

 このように、37回開かれた会議では市民の発想と法律家の発想が交錯し、裁判員の参加する裁判さながらの「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」であった。

筆者プロフィール

大河原眞美(おおかわら・まみ)
 高崎経済大学教授・地域政策学部長。シドニー大学法言語学博士。日弁連裁判員制度実施本部法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム外部学識委員。わかりやすい司法プロジェクト座長。家事調停委員。現代のアメリカで18世紀の生活様式を堅持しているアーミッシュが、ドイツ語と英語を併用しているという言語使用の実態に関心をもち、社会言語学の研究を始めているうちに、現地でアーミッシュの馬車等の訴訟を目のあたりにすることになった。これが契機となり、裁判に関心を持つようになり、今では、裁判も面白いが、裁判で使われる言葉はもっと面白いと、法言語学の観点から研究を行っている。

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【編集部から】
来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、このたびプロジェクトチームの方々からご寄稿いただいております。次回は法学の専門家からです。


サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ 3

2008年 5月 11日 日曜日 筆者: 大河原 眞美

「ミヒツノコイ」って、聞いてわかりますか?

 3年ほど前になるが、市民講座で裁判員制度について話をする時に、ちょっとお時間をいただいて、参加者の方を対象にいくつかの法廷用語のディクテーション(書き取り)をさせていただいた。参加者は、40歳から80歳ぐらいの漢字に強い世代である。紛らわしいものを選んだので、当然のことながら、誤答も多かったが、「ミヒツノコイ」(未必の故意)の出来は最悪であった。まず、「ミヒツノコイ」に関しては、参加者から復唱を何度も求められ、復唱しても、会場からは書く物音が聞こえてこない。静寂そのもの。おもむろにカタカタと音がして、出された用紙の「ミヒツノコイ」の箇所には、「密室の恋」「密室の行為」、あとは無記入のものばかり。

 「未必」という語は、日常でまったく使わないかと言えば、必ずしもそうでもない。「未必の戦争」、それこそ、「未必の恋」という使用例も見たことがある。意味合いとして「そうなると期待されているのに、必ずしもそうならない」という意味で使われている。一般的な使用というより、書き手本人の思いを伝えるような場面でよく見られる。そして、それは、法廷用語の「未必」とも異なる意味合いの言葉である。

 『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』『裁判員時代の法廷用語』では、「未必の故意(殺意)」として、「必ず殺してやろうと思ったわけではないが、死んでしまうならそれも仕方がないと思って……した」と解説している。「故意」は、「犯罪を犯す意思」で、犯罪全般を指すため「殺意」より広い意味の言葉であるが、裁判員の参加する裁判では、殺人等の重大刑事事件を扱うため、「未必の故意」が「未必の殺意」と同義で使われる場面も多い。

 市民にとって「殺意」は、「人を殺そうとする心」程度で十分であるが、法律家は、「殺意」を、死ぬことを認めているか否かから、「故意」と「過失」に区分する。次に、「故意」を、殺してやろうという「故意」の「確定的殺意」、死んでもかまわない「故意」の「未必の殺意」へと分ける。市民は、まず、「殺意」という一つの概念をこのように細かく分類することに驚いてしまう。このように、市民の漠然とした「殺意」の概念と、司法の微妙に細分化された「種々の殺意」との間には大きな隔たりがある。法律の世界では、人を死なせてしまっても、傷害致死なら3年以上の有期懲役、殺人ならば5年以上の有期懲役から無期懲役や死刑までという幅広い量刑がある。このため、まず、「殺意」の有罪認定をしなければならない。「殺意」が認定されれば、次に、「殺意」を細分化して考えなければならない。「未必の故意」は、まさに、ある法律の概念に付けられた符丁なのである。

筆者プロフィール

大河原眞美(おおかわら・まみ)
 高崎経済大学教授・地域政策学部長。シドニー大学法言語学博士。日弁連裁判員制度実施本部法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム外部学識委員。わかりやすい司法プロジェクト座長。家事調停委員。現代のアメリカで18世紀の生活様式を堅持しているアーミッシュが、ドイツ語と英語を併用しているという言語使用の実態に関心をもち、社会言語学の研究を始めているうちに、現地でアーミッシュの馬車等の訴訟を目のあたりにすることになった。これが契機となり、裁判に関心を持つようになり、今では、裁判も面白いが、裁判で使われる言葉はもっと面白いと、法言語学の観点から研究を行っている。

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【編集部から】
来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、このたびプロジェクトチームの方々からご寄稿いただいております。次回は引き続き大河原先生からです。

「サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ」バックナンバー


サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ 2

2008年 5月 4日 日曜日 筆者: 田中 牧郎

「合理的な疑い」は,間違いなく犯人であることの疑い?

 専門用語が引き起こすよくある問題のタイプに,日常語の意味との混同があげられます。

 同じ語形でありながら,専門家が使う意味と,日常語で使われている意味とが,ずれている場合に,この問題が起こります。一見,当たり前の言葉でよく起こるので,厄介です。

  弁護人:「合理的な疑いが残る場合は,有罪にしてはいけません」

 このようにして使われる「合理的な疑い」は,裁判の基本概念の中でもとりわけ重要なものです。検察官の主張する,有罪であることの証明が,十分に確かかどうかを判断するときの考え方を表す言葉です。検察官の証明の手続きに,何らかの疑問点が残る場合は,有罪とする根拠がなくなるということを意味しています。

 ところが,この言葉は,一般市民にとっては,とてもわかりにくいものです。わかりにくさの原因のひとつは,「合理的」という用語で表されている内容にあります。検察官の証明に厳密さを求める程度は,いったいどれぐらいなのか,ということの判断が難しいことにあります。ただ,これは言葉の難しさではなく,裁判の理念の難しさです。一方,別の原因として,言葉が引き起こしている問題が確かにあります。それは,「疑い」という用語にあります。

 「合理的な疑い」という部分だけを聞き取ると,裁判員は,被告人が間違いなく犯人であることの疑い,という意味に誤解してしまうおそれがあるのです。これは,「疑い」という日常語が,悪いことだと怪しむことを意味しがちであることによるものです。検察官の証明の手続きを疑うのではなく,被告人の悪事を疑ってしまうわけです。

 被告人に向けられた疑いの思いは,勢い,「合理的」という用語を,理の当然,間違いなく,という意味に解釈させてしまうことになるのです。このように,「疑い」という言葉は,疑う対象を取り違え,正反対の判断に導きかねない,危険な言葉であるわけです。

 では,どうすればよいのでしょう。「疑い」の類義語に,「疑問」があります。日常語における「疑問」は,悪事として怪しむ意味合いが,「疑い」ほど強くはありません。はっきりしないことや,よくわからないことを,問いに発することという意味でもよく使われます。検察官の証明手続きにはっきりしない点が残っていないかをチェックする意味を表すには,「疑い」よりも「疑問」の方が,適切です。「合理的な疑問」と言い換えて,「合理的」の部分は,考え方を丁寧に説明するのがよいでしょう。

 このような,一見何でもない言葉が,日常語の影響で誤解されてしまう事例は,少なくないと考えられます。日常語に開かれた法廷用語を確立するためには,日常語の語感で専門用語を点検してみる作業が大切になるでしょう。

筆者プロフィール

田中牧郎(たなか・まきろう)
 国立国語研究所言語問題グループ長。専門は日本語学(語彙論・日本語史)。
「公共的コミュニケーションの円滑化のための調査研究」の一環として、わかりにくい外来語をわかりやすくする「外来語の言い換え提案」にもかかわる。また、「日本語コーパス」の言語政策班班長として「語彙表・漢字表等の作成と活用」なども研究課題とする。2005年より「法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム」委員。

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【編集部から】
来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、このたびプロジェクトチームの方々からご寄稿いただいております。次回は法言語学の専門家からです。

「サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ」バックナンバー


サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ

2008年 4月 27日 日曜日 筆者: 田中 牧郎

【編集部から】
来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、このたびプロジェクトチームの方々からご寄稿いただきました。第1回は日本語の専門家である田中牧郎先生です。

「供述調書のトクシンセイ」? 「刑のリョウテイ」?

 裁判員制度の開始が,2009年5月21日と決まりました。くじで選ばれた一般市民が裁判員として法廷に参加し,専門家である裁判官とともに,有罪か無罪かを決め,刑の種類や重さを判断する制度が,いよいよ始まります。この司法制度の大変革は,法廷で使われる言葉も大きく変えることになると思われます。

 これまでの法廷用語は,法律家という専門家集団で通じ合えばよい,非常に専門性の高い用語でした。裁判員制度が始まると,法律の知識のない市民が裁判に参加します。市民が裁判を行うには,誰でも使いこなせる言葉で議論することが不可欠です。法廷用語は,日常語に開かれていく方向へと,次第に変わっていくことでしょう。

 しかし,法律に基づいた実績のある用語を,いきなり別の用語に変えることは現実的ではありません。当面は,裁判官や検察官あるいは弁護士が,専門用語の使い方を工夫し,場合によっては,用語の意味概念を説明しながら,裁判が進められることになるでしょう。

 専門家でない市民を迎えた法廷で,法律家が専門用語の使い方を工夫すべきポイントは,ふたつあります。ひとつは,市民の知らない言葉をなるべく使わないこと,もうひとつは,市民の使っている意味と違う意味を持つ言葉の使い方に注意することです。

検察官:「捜査段階の供述調書にトクシンセイがあります」
裁判官:「刑のリョウテイを行います」

ともに,法廷でよく耳にする言い回しです。しかし,カタカナ部分に,漢字をあてはめたり,意味を理解したりするのは,もともと裁判に関心の深かった市民でないと難しいと考えられます。

 「トクシンセイ(特信性)」の例の場合は,「捜査段階の調書に書かれていることは,記憶が鮮明な段階での供述に基づいています。ですから,この法廷での証言よりも信用できます」などのように言えば,十分に意味が伝わります。「特信性」という用語は,裁判員が参加する裁判では,使う必要のない言葉だと言えるでしょう。「リョウテイ(量定)」の例も,「刑の種類と重さを決めます」と言えば済むでしょう。

 こうした専門用語そのものを裁判員に理解してもらうのは,裁判員にとっても,説明する法律家にとっても負担の大きいものです。このような用語は,裁判員が参加する裁判では使うのを止め,別の言葉で言い換えるべきでしょう。日常語に開かれた法廷用語にしていく工夫の第一歩は,法律家の側で,使わないようにする言葉を決めることだと思います。

 ふたつ目のポイントについては,次回取り上げます。

筆者プロフィール

田中牧郎(たなか・まきろう)
 国立国語研究所言語問題グループ長。専門は日本語学(語彙論・日本語史)。
「公共的コミュニケーションの円滑化のための調査研究」の一環として、わかりにくい外来語をわかりやすくする「外来語の言い換え提案」にもかかわる。また、「日本語コーパス」の言語政策班班長として「語彙表・漢字表等の作成と活用」なども研究課題とする。2005年より「法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム」委員。

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