法廷用語を日常語で説明するとしても、どの言葉をとりあげたらよいのでしょう?
法律の専門用語は無数にあります。さらに、法律用語ではないけれども、法廷でよく使われる言葉や、法律がからむ報道で使われる言い回しまで含めると、さらに多くなります。それらをすべて取り上げることはできません。
市民にとって何がわかりにくい言葉かは市民に聞こう!と考え、このプロジェクトでは心理学で使われる方法を応用して調査を実施しました。専門家にとっては、経験を重ねるにつれて専門外の方にとってどのような言葉がわかりにくいかを忘れてしまいがちです。また、市民にとっては、法廷用語のうち何がわかりにくい言葉かは、尋ねられないと思いあたらないでしょうし、時代に応じて変化する可能性もあります。
そこで、このプロジェクトでは、合計46人の市民の方に協力をお願いして、どの言葉がどのくらいわかりにくいかを聞き取り調査しました。
具体的には、次のようにしました。法廷でよく使われる用語50語を選んで一覧にしました。その一覧をもとに、「その用語を聞いたことがあるか否か」「聞いたことがある場合、どのくらいなじみがある感じがするか」を一語ごとに聞く質問用紙を作成しました。そして、調査の時に言葉を示すためのカードを50種類作成しました。
調査の手順を手順書の形にまとめ、プロジェクトチームメンバーに配布しました。この手順書は、「認知面接法」という、心理学での面接調査の際に話を聞き出しやすくする手法をもとに作成しました。ここまでが下準備です。
調査では、プロジェクトチームメンバーや、その依頼を受けた人が調査員となりました。そして市民の方にお一人ずつお会いしました。市民の方には、まずは質問用紙に答えていただきました。その後、調査員が市民の方に言葉のカードを示し、その言葉はどのような意味の言葉だと思うか説明していただきました。そのときに、間違いかどうかなどは気にせず、頭に浮かんだことはすべて言葉にして話していただくようにしました。聞き取りの結果はすべてテープ起こしし、分析しました。
この調査の結果をもとに、50の言葉を「市民が知っているかどうか」「市民にとってなじみがあるかどうか」などの観点から分類し、その後の用語検討の順序や内容に役立てました。また、聞き取りの結果、法律になじみのない方がどのように各用語を理解しているか知ることができました。「合理的な疑い」「反抗の抑圧」などの用語で、法律家の使用する意味と反対に理解されることがあることが分かりました。「証拠能力」と「証明力」の違いが理解されないことがあることも分かりました。「公訴事実」が本当にあった真実と思われていたり、証拠であると誤解されていたりしました。このことは、刑事裁判の根本概念のうちで、市民に理解されにくいものがあることを示しています。このような根本概念は、法律家が常識のように使っているものばかりです。
この結果は、『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』『裁判員時代の法廷用語』の記述に生かされています。この2冊の本は、心理学で行われている研究手法とその結果の分析が、法制度の運用に実際に役立つことを示す例となるでしょう。
『裁判員時代の法廷用語』では、法律家向けに、法廷用語の説明の仕方のポイントも含めて解説されています。調査の詳しい方法や結果についてもこの書籍に掲載されていますので、ご覧いただければ幸いです。