裁判員制度の開始が,2009年5月21日と決まりました。くじで選ばれた一般市民が裁判員として法廷に参加し,専門家である裁判官とともに,有罪か無罪かを決め,刑の種類や重さを判断する制度が,いよいよ始まります。この司法制度の大変革は,法廷で使われる言葉も大きく変えることになると思われます。
これまでの法廷用語は,法律家という専門家集団で通じ合えばよい,非常に専門性の高い用語でした。裁判員制度が始まると,法律の知識のない市民が裁判に参加します。市民が裁判を行うには,誰でも使いこなせる言葉で議論することが不可欠です。法廷用語は,日常語に開かれていく方向へと,次第に変わっていくことでしょう。
しかし,法律に基づいた実績のある用語を,いきなり別の用語に変えることは現実的ではありません。当面は,裁判官や検察官あるいは弁護士が,専門用語の使い方を工夫し,場合によっては,用語の意味概念を説明しながら,裁判が進められることになるでしょう。
専門家でない市民を迎えた法廷で,法律家が専門用語の使い方を工夫すべきポイントは,ふたつあります。ひとつは,市民の知らない言葉をなるべく使わないこと,もうひとつは,市民の使っている意味と違う意味を持つ言葉の使い方に注意することです。
検察官:「捜査段階の供述調書にトクシンセイがあります」
裁判官:「刑のリョウテイを行います」
ともに,法廷でよく耳にする言い回しです。しかし,カタカナ部分に,漢字をあてはめたり,意味を理解したりするのは,もともと裁判に関心の深かった市民でないと難しいと考えられます。
「トクシンセイ(特信性)」の例の場合は,「捜査段階の調書に書かれていることは,記憶が鮮明な段階での供述に基づいています。ですから,この法廷での証言よりも信用できます」などのように言えば,十分に意味が伝わります。「特信性」という用語は,裁判員が参加する裁判では,使う必要のない言葉だと言えるでしょう。「リョウテイ(量定)」の例も,「刑の種類と重さを決めます」と言えば済むでしょう。
こうした専門用語そのものを裁判員に理解してもらうのは,裁判員にとっても,説明する法律家にとっても負担の大きいものです。このような用語は,裁判員が参加する裁判では使うのを止め,別の言葉で言い換えるべきでしょう。日常語に開かれた法廷用語にしていく工夫の第一歩は,法律家の側で,使わないようにする言葉を決めることだと思います。
ふたつ目のポイントについては,次回取り上げます。