サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ

「供述調書のトクシンセイ」? 「刑のリョウテイ」?

筆者:
2008年4月27日

裁判員制度の開始が,2009年5月21日と決まりました。くじで選ばれた一般市民が裁判員として法廷に参加し,専門家である裁判官とともに,有罪か無罪かを決め,刑の種類や重さを判断する制度が,いよいよ始まります。この司法制度の大変革は,法廷で使われる言葉も大きく変えることになると思われます。

これまでの法廷用語は,法律家という専門家集団で通じ合えばよい,非常に専門性の高い用語でした。裁判員制度が始まると,法律の知識のない市民が裁判に参加します。市民が裁判を行うには,誰でも使いこなせる言葉で議論することが不可欠です。法廷用語は,日常語に開かれていく方向へと,次第に変わっていくことでしょう。

しかし,法律に基づいた実績のある用語を,いきなり別の用語に変えることは現実的ではありません。当面は,裁判官や検察官あるいは弁護士が,専門用語の使い方を工夫し,場合によっては,用語の意味概念を説明しながら,裁判が進められることになるでしょう。

専門家でない市民を迎えた法廷で,法律家が専門用語の使い方を工夫すべきポイントは,ふたつあります。ひとつは,市民の知らない言葉をなるべく使わないこと,もうひとつは,市民の使っている意味と違う意味を持つ言葉の使い方に注意することです。

検察官:「捜査段階の供述調書にトクシンセイがあります」
裁判官:「刑のリョウテイを行います」

ともに,法廷でよく耳にする言い回しです。しかし,カタカナ部分に,漢字をあてはめたり,意味を理解したりするのは,もともと裁判に関心の深かった市民でないと難しいと考えられます。

「トクシンセイ(特信性)」の例の場合は,「捜査段階の調書に書かれていることは,記憶が鮮明な段階での供述に基づいています。ですから,この法廷での証言よりも信用できます」などのように言えば,十分に意味が伝わります。「特信性」という用語は,裁判員が参加する裁判では,使う必要のない言葉だと言えるでしょう。「リョウテイ(量定)」の例も,「刑の種類と重さを決めます」と言えば済むでしょう。

こうした専門用語そのものを裁判員に理解してもらうのは,裁判員にとっても,説明する法律家にとっても負担の大きいものです。このような用語は,裁判員が参加する裁判では使うのを止め,別の言葉で言い換えるべきでしょう。日常語に開かれた法廷用語にしていく工夫の第一歩は,法律家の側で,使わないようにする言葉を決めることだと思います。

ふたつ目のポイントについては,次回取り上げます。

 

 

筆者プロフィール

田中 牧郎 ( たなか・まきろう)

国立国語研究所言語問題グループ長。専門は日本語学(語彙論・日本語史)。
「公共的コミュニケーションの円滑化のための調査研究」の一環として、わかりにくい外来語をわかりやすくする「外来語の言い換え提案」にもかかわる。また、「日本語コーパス」の言語政策班班長として「語彙表・漢字表等の作成と活用」なども研究課題とする。2005年より「法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム」委員。

編集部から

来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、このたびプロジェクトチームの方々からご寄稿いただきました。第1回は日本語の専門家である田中牧郎先生です。