シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第十七回:2018年夏のフィールドワーク①:シベリアの河川交通路

筆者:
2018年11月9日

カー・エスでオビ川の支流を行く

この夏筆者は2か月間西シベリアのスィニャ川流域へ行きました。そこでのことを数回にわけて書きます。

西シベリア低地にはオビという大河が南北に流れ、その支流が東西にのびています【注1】。船を乗り継げば、北極海につながるオビ河口のサレハルドから内陸国のカザフスタンに近いオムスクという町まで行くことができます。氷と雪に覆われる冬にもこの河川交通路は使用されます。11月から4月までは、河川は自動車やバス、タクシー、トラクター、スノーモービルが行き交う路となり、交通標識も立ちます。ただし、4月~5月の解氷時期と10月から11月の結氷時期には、船も自動車も河川を走行することができません。ヘリコプターだけが交通手段となります。これらの乗り物の中では、船の運賃が一番安く、また労働者は夏休暇をとることができるため、地元の少数民族たちは夏季に集中的に村や都市部へ行き、役場での手続きや病院での治療、村にない商品の購入、旅行、親戚訪問等に出かけます。

写真2 ディーゼル船 (теплоход)

筆者は、2018年8月に再びオブゴルト村を訪ねました。今回は船を利用して調査地へ行きました。まず、モスクワ経由で、サレハルドに行き、オビ川最北の「河の駅(речной вокзал)」からディーゼル船(теплоход)に乗りました(写真2)。そこから川を遡ること約200キロメートル、ムジという町に至ります。その日のうちにオブゴルト村へ行く船は出ていないので、ムジで1泊~数泊します。地方へ行けば行くほど便数が少なくなり、一週間に1、2便か隔週程度になります。また、濃霧などの天候により船が運航しないこともあります。シベリアの船旅には日程の余裕と焦らず気長に待つ心の余裕が必要です。

写真3 カー・エスの屋根の上に荷物を載せて運航する

ムジからはディーゼル船よりも小さく速度の遅いカー・エス(КС)に乗り換えて、オブゴルトに向かいます(写真3)。ムジからオブゴルトまでは約130キロメートルあり、カー・エスでは6時間から7時間かかります。

船の中は狭くて座席が少なく、乗客全員が座ることはできないので、お年寄りや小さな子供、その母親、妊婦達が船の中に座ります。若者は船の中に入ることができなければ、雨が降っても甲板に座ります。

オブゴルト村の位置

オブゴルト村を離れて町の大学に就学している子供たちは、夏休みになると船を乗り継いで帰省します。筆者が乗船したときは、夏休み中だったので、子供たちが多く乗船していました。そのため、船の中はまるで東京の満員電車のように込み合っていました。当然、吹きさらしの甲板に座らねばならない若者も多くいました。気温は10度以下で、小雨が降っていました。外国人だからといって船長が運転室の補助席へ招いてくださいましたが、筆者は意地を張ってずっと甲板にいました。すると、オブゴルトに着くころには筆者の両手は寒さで白くなり、痺れて動かなくなっていました。地元の乗客は慣れているうえ、とても我慢強く、あたりまえのように甲板に黙って座います。筆者は、彼らの「寒い」や「まだ着かないのか」というような文句や弱音を一度も聞きませんでした。

村に到着

オブゴルトに到着するとホームステイ先の方々が川岸に来て出迎えてくれました。家に行くとすぐに熱い紅茶を出してくださいました。ひと口飲み込むたびに、冷えた身体を温かいものが通り腹中に溜まるのが分かりました。その夜は荷解きもせずにそのまま床につき、12時間ぐっすりと眠りました。

このように、シベリアの船旅はたいへん便利で、安全で、経済的ですが、多少の忍耐が必要です。

  1. オビ川
    ロシア連邦,西シベリアを北流して北極海のオビ湾に注ぐ大河。アルタイ山脈に源を発し,西シベリア低地を貫流する。冬季は結氷。長さ3680キロメートル。(『大辞林 第三版』「オビ」)

ひとことハンティ語

単語:Лопили.
読み方:ロピーリ。
意味:かゆい。
使い方:蚊などに刺されてかゆいときに使用します。夏のシベリアには蚊などの羽虫が大量に発生します。人も家畜も野生動物も森の中を歩けば、無数の羽虫に襲われます。噛まれると日本の蚊よりもずっと痛く、かゆく、そして長いこと腫れます。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

国立民族学博物館・特任助教。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

大石先生の連載が今月より再開いたしました。カー・エスは水上バスのようなものですね。この夏の日本は酷暑でしたが、同時期シベリアでは10度以下だったとのこと。気長に出航を待ち、寒い中目的地に着くまで何時間も文句を言わずに乗車している現地の人は、道中何を思いながら過ごしているのでしょうか。次回の更新は12月7日を予定しています。