シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第十八回:2018年夏のフィールドワーク②: 船上商店

筆者:
2018年12月7日

オブゴルト村に停泊する船上商店

前回紹介した夏の河川交通路を往来する船には、水上バスのほか、オビ川の渡し舟や観光客船等があります。また、人を運ぶ船だけでなく、貨物船や作業船、漁船等も河川交通路を利用します。その中でもオブゴルト村の人々が待ち遠しいのは船上商店です。

船上商店はオムスクやトムスク等の南方の町からオビ川を下ってやって来ます。ひと夏に複数の船上商店がオブゴルト村の岸辺に代わる代わるやって来て停泊します。船は水量の多い6月から8月くらいまで毎日のように停泊します。この8月に筆者は2つの会社が所有する7種類の船が来るのを確認しました。ひとつの船は一週間くらい商売すると去ってゆきますが、すぐに別の船がやってきます。

船の甲板の上には自転車や草刈機が陳列されたり、野菜や果物の在庫が保管されたりします。売り場は船の内部にあるので、甲板から階段を下って入ります。内部は意外と広く、二層構造になっている船もあります。船内はいくつかの部屋に分かれており、商品の種類によって売り場が分かれています。売り場自体は狭いですが、売り場の奥には在庫置き場が広がっています。

船の内部(道具・機械類)

なぜ村人がこの船上商店を待ち望んでいるかというと、村の中では手に入れることができないさまざまなものを購入できるからです。オブゴルト村にも小さな食料品店と日用品店がありますが、品揃えは最低限です。夏には船上商店が、家具や衣服、工具、食品等を南方の都市から運んできてくれるので、村人は船上商店が来る時期にまとめて買い物をします。食品は村の商店よりも安く、種類も豊富です。村人は船上商店がやってきたときに穀類や塩、砂糖、紅茶をまとめ買いします。また、船は南方から来ているため、新鮮な瓜や葡萄、みかん、リンゴ等の果物も販売されます。これらの果物はシベリアの寒冷な地域では育たたないため、年中食べられるものではなく、この時期の特別なごちそうです。さらに、乗組員たちが船の中で手作りした、にんにくが効いたトマトチリソース等の村人にとっては珍しいものも販売されます。食べ物だけでなく、大人は雪のない間に行う大工仕事のための道具や材料を購入したり、壊れた家電を買い換えたりします。子供達はノート等の文具を購入して9月の学校の新学期の準備をします。

船の内部(食料品)

筆者のホームステイ家族は、この夏、食品のほか、ベッドと水道の蛇口、鍋等を購入しました。都市部から帰省した子供たちと一緒に、にぎやかにベッドと蛇口を組み立て、スイカをたらふく食べました。こうした夏の楽しいひとときがみられるのも、網の目のように流れる河川交通が少数民族の村まで物資も人も送り届けてくれるからです。

ひとことハンティ語

単語:Муй ар чёс? – Кат чёс.
読み方:ムイ アル チョス? ― カット チョス。
意味:今何時ですか? ― 2時です。
使い方:時間を尋ねるときに使います。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

国立民族学博物館・特任助教。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

船上商店と聞いて最初に思い浮かべたのは、小舟で魚や果物を売る水上マーケットのようなものでしたが、写真を見てみると意外に大きくてしっかりした船で驚きました。普段手に入れにくい商品に目移りしそうですね。次回の更新は1月11日を予定しています。