シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第十九回:ホストファミリーのダリアさん①

筆者:
2019年1月11日

ダリアさんと筆者(2018年8月オブゴルト村)

トナカイ牧畜のキャンプなど、森の奥深くに調査へ行くときには必ず定住村に拠点をつくります。そこでフィールドワークで使わない荷物を置かせてもらったり、出発や帰国の準備を整えたりします。オブゴルト村の拠点として筆者はいつも決まってダリアさん(仮名、43歳・ハンティ人女性)のお宅にホームステイします。オブゴルト村の人々を調査対象とした2018年の夏のフィールドワークでも、約1ヶ月間彼女の家族にお世話になりました。今回は、ホストファミリーを紹介したいと思います。

ダリアさん家族は、彼女と夫、3人の子供です。長女と次女は20代前半であり、2人は自治管区の中心都市であるサレハルドで看護師として働いていています。その下に11歳の長男がいます。娘たちは夏と冬の長期休暇のときにだけ帰省します。

ダリアさん宅は2LDKのレンガ造りの一軒家で、村の川岸にあります。トナカイ牧夫の世帯には住居が無料で与えられるので、ダリアさんたちも1997年に無料でこの家を手に入れました。役場でくじ引きをして、この家に決まったそうです。当時は木造の家屋が多く、薪ストーブで暖をとっていたところ、この家は村で初めてのレンガ造りで、セントラルヒーターも備えられていたため、彼女は満足したそうです。私はいつもこの家のリビングのソファ・ベッドを借りて寝ています。

洗面器を組み立てるダリアさんと息子

ダリアさんはスィニャ川の上流にある小集落の出身で、両親は国営農場の漁師でした。村で義務教育を終えたのち、村の商店で働き、21歳のときにハンティの家畜医と結婚しました。家畜医のご主人は春から秋のあいだずっとトナカイの牧畜キャンプについて行くため、一年のほとんど家にいません。ダリアさんも長女が小さかったときに、2年間だけ長女も連れてトナカイ遊牧について行ったことがあるそうです。森の生活に慣れているダリアさんにとってそこでの暮らしと仕事はつらいものではありませんでしたが、自分がキャンプにいると子供たちがいずれ寄宿生活なり、寂しい思いをさせてしまうと考え、ご主人と離れて村で暮らすことを選んだそうです。彼女はそれからずっと村役場の掃除係として働いています。

筆者がオブゴルト村にはじめて訪れたとき、現地の知り合いの紹介で彼女の家を訪ねました。彼女は明るくやさしい性格であり、私に対しても親しみ易くよく話してくれます。その一方で、働かずにお酒を飲んでお金をせびる親戚の男たちを厳しく叱ったり、極寒の森の中で働き続けたりする等の強さを持っています。筆者は彼女のそうしたところを気に入り、すぐにホームステイの交渉をして、そのまま居座りました。彼女のほうも、一年の大半を息子と二人で暮らしているため、筆者がいると安心だといって受け入れてくれました。

迷子の子犬を飼い主に届けるダリアさん

それから3年くらい彼女のところに通って調査をしています。ダリアさんと筆者は今ではすっかり友達のようになることができました。彼女の気さくな性格にはいつも精神的に助けられています。筆者には今までにホームステイが上手くいかなかった経験が何度もあります。そんな中で、ダリアさん家族との出会いは貴重で、彼女らとの関係は今後も大切にしていきたいと思っています。

ひとことハンティ語

単語:Хой щи та?
読み方:ホイ シ タ?
意味:そこにいるのは誰ですか?
使い方:家に誰かが訪ねて来たときに、ドア越しに聞きます。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

国立民族学博物館・特任助教。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

優しくて親切なダリアさんのご主人の家畜医について大石先生にうかがったところ、「家畜医は専門学校で資格を取得します。一つの飼育班に一人の家畜医がついて牧夫と共に過ごし、牧夫の仕事もしながら、家畜の健康状態を診て病気や怪我の治療や予防接種をするのです」とのことでした。遊牧に参加するのは牧夫とその家族だけではないのですね。

次回もホームステイの話が続きます。更新は2月8日を予定しています。