地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第29回 山下暁美さん:“ほっこり”なべに“はんなり”豆腐でまったりする

筆者:
2008年12月27日

京都ことばが全国に広まった例をご紹介しましょう。

【ほっこりなべ】
【写真1 ほっこりなべ】

なべ料理がおいしい季節になりました。「ほっこりなべ」という器が売られています【写真1】。「ほっこりなべ」の材料は、とり団子、キムチ、ありあわせなどさまざま。「圧力なべでほっこり煮上げる料理」も紹介されています。「ほっこりさといものけんちん鍋」は、あたたかいおいもでしょう。そういえば、「ほこほこほっこりのやきいも~♪」というメロディーを聞いて、寒い夜にやきいもを買いに出た記憶があります。「ほっこり」には「あたたかい」という意味があります。「ほこほこ」は、暖かくて気持ちがよいことを指します。

「ほっこり」は、石川、福井、滋賀では、「ほんとうに」「実に」の意味でよく使われています。滋賀県湖北部では、「足のお具合はどおどす?(どうですか)」と聞くと「ほっこりしまへんので・・・」という答えが返ってきます。「まだ、病気がよくならない」とか、「十分でない」という意味です。「ほっこり、いかんことでございましたなあ」とは、ねぎらいやお悔やみの言葉です。全国に広まった「ほっこり」は、否定的な意味はなく、あたたかくて気持ちがほぐされるような安堵感、幸福感といった意味が強調されています。

ついでながら、美容室で「ほっこりボブ」というヘアスタイルがあると聞きました。何でも丸くてかわいいヘアスタイルだそうです。

【はんなり豆腐】
【写真2 はんなり豆腐】

「ほっこり」と同じくらいよく見かける言葉に「はんなり」があります。「はなばなはんなり」のように、「はんなり」は、もともと華やかで、ぱっと明るいことを意味しますが、知ってはいても、話し言葉で聞く機会は少ないでしょう。「はんなり」豆腐【写真2】は、豆腐のふわふわグッズの名称です。ケーキ、クッションなどが豆腐の形をしていてふあふあなのです。「はんなり楽しむ大人の旅」のキャッチフレーズには、「和心に回帰する旅へ」と副題がついています。「はんなりするおもてなし」という例もあり、「ふわーっとした、やさしさ」をうったえていると考えられます。

「舌にとろけるような味」の「まったり」は、1980年代のグルメブームにのって全国に広がりました。「またい(全い)」の語幹に接尾語「リ」をつけて促音化したと考えられます。とろんとして穏やかな口当たりをいいます。漫画『美味しんぼ』などで味覚を表すことばとして登場し、1990年代に若い世代が「のんびりする」という意味に転用しました。

寒い冬を「ほっこり」なべで、おいしい「はんなり」豆腐が入った料理をいただいて、温泉で「まったり」と一日を過ごす、想像しただけで心がなごみます。ご紹介した豆腐は食べられませんが、そのかわり京都弁の味わいの深さをご賞味ください。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。