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第59回【安全神話】あんぜんしんわ

筆者:
2024年7月29日

[意味]

根拠が曖昧であるにもかかわらず、絶対に安全であるとする思い込み。(大辞林第四版から)

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「安全神話」と聞いて、皆さんはまず何を思い浮かべるでしょうか。新聞記事を見ると、大きな事件や事故が起きるたびに、安全神話の崩壊が繰り返し語り続けられています。

記事データベース「日経テレコン」で「安全神話」を検索したところ、日本経済新聞で最も古い記事は1979年4月13日付の朝刊産業面の「原発安全神話崩れる“最後の切り札”に不信増幅」でした。これは米国スリーマイル島原子力発電所事故に関連したもの。続いて1985年8月12日に起きた日本航空のジャンボジェット機墜落を受けた「安全神話揺らぐジャンボ」(8月14日付)という社説を確認できました。

1990年以降の「安全神話」の出現記事件数をグラフにしてみたところ、大きな山が2つ、1995年(63件)と2011年(85件)に見えます。1つめの1995年は1月に阪神大震災が、3月には地下鉄サリン事件が起きた年でした。それまで安全とされてきた日本の耐震技術や治安の脆弱性が露呈、人々に大きな不安を抱かせたものでした。そして2つめの2011年は、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)と津波による東京電力福島第1原発事故が起きた年であり、いまだ記憶に新しいものです。

原発事故は国語辞典にも影響を与えているようです。主な国語辞典17種を見ると、「安全神話」を見出し語として取り上げているのは中型辞典の『大辞林』と『広辞苑』の2冊で、いずれも最新版から。『広辞苑』では「安全に関する神話。根拠もなく絶対に安全だと信じられていること」という語義のほか、ずばり「原発の―が崩れる」という用例も載せています。このほか、小型辞典の5冊が「神話」の項目の用例に「安全神話」を挙げています。早いものでは『ベネッセ新修国語辞典』(初版)が2006年、『学研現代新国語辞典』(改訂5版)が2012年で、『三省堂国語辞典』は2014年の7版からの掲載となっていました。7冊のうち6冊が2011年の原発事故以降に改訂した版から「安全神話」を載せたことになります。

ここ数年の記事では安全資産といわれた「円」や「国債」の安全神話も見られました。世の中に100%の安全などないことを肝に銘じなければなりません。

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新四字熟語の「新」には、「故事が由来ではない」「新聞記事に見られる」「新しい意味を持った」という意味を込めています。

筆者プロフィール

小林 肇 ( こばやし・はじめ)

日本経済新聞社 用語幹事・専修大学協力講座講師。1990年、日本経済新聞社に入社。日経電子版コラム「ことばオンライン」、日経ビジネススクール オンライン講座「ビジネス文章力養成講座」などを担当。著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)などがある。日本漢字能力検定協会ウェブサイト『漢字カフェ』で、コラム「新聞漢字あれこれ」を連載中。

編集部から

四字熟語と言えば、故事ことわざや格言の類で、日本語の中でも特別の存在感があります。ところが、それらの伝統的な四字熟語とは違って、気づかない四字熟語が盛んに使われています。本コラムでは、日々、新聞のことばを観察し続けている日本経済新聞社用語幹事で、『大辞林第四版』編集協力者の小林肇さんが、それらの四字熟語、いわば「新四字熟語」をつまみ上げ、解説してくれます。どうぞ、新四字熟語の世界をお楽しみください。

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