旧字の「龍」が人名用漢字なのは、かなり有名な話です。新字の「竜」も、旧字の「龍」も、どちらも子供の名づけに使うことができます。ただし、旧字の「龍」の左上1画目は、横向きに「一」を書くのが、人名用漢字としては正しいのです。パソコンなどで表示される「龍」と、微妙に字体が違っています。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。その原因は、昭和26年に内閣告示された人名用漢字別表にあるのです。
当用漢字表だけでは子供の名づけに足りない、という国民の声を受けて、昭和26年5月14日、国語審議会は人名漢字に関する建議を発表しました。この建議は、子供の名づけに使える漢字として新たに92字を追加すべきだ、というもので、この92字の中に「龍」も含まれていました。ただし、この建議は手書きのガリ版刷りで、そこでの「龍」の1画目は、むしろ「丶」に近いものでした。
文部省は翌週5月22日、人名漢字に関する建議の92字を、定例閣議に持ち込みました。この92字を、人名用漢字別表として、内閣告示するためです。この日の閣議決定を受けて、人名用漢字別表の内閣告示原稿は、印刷庁に持ち込まれました。この時点の原稿は、本文が和文タイプで、92字の漢字表は手書きのままでした。「龍」の1画目も「丶」のままです。ところが、昭和26年5月25日の官報に掲載された人名用漢字別表では、「龍」の1画目は「一」で印刷されてしまいました。印刷庁が官報に使っていた活字が、たまたまそういう字体だったのです。人名用漢字にとって、これは不幸な出来事でした。内閣告示された人名用漢字別表は、官報に掲載されたものが正式な表なのですから。とにもかくにも、昭和26年5月25日から、旧字の「龍」は子供の名づけに使える字となりました。ただし、人名用漢字の「龍」の1画目は「一」が正式なのです。
さらに国語審議会は、昭和29年3月15日に当用漢字表審議報告を発表します。この報告は、当用漢字表から28字を削除し、代わりに別の28字を追加するという、いわゆる当用漢字補正案でした。この追加候補28字の中に、新字の「竜」が含まれていました。これを受けて法務省民事局では、旧字の「龍」に加えて、新字の「竜」も出生届で受理してよい、と回答(昭和31年11月22日)しました。その後、常用漢字表の時代になって、新字の「竜」は常用漢字になり、旧字の「龍」はそのまま人名用漢字として、ずっと子供の名づけに使い続けられています。
なお、人名用漢字の「龍」の1画目は現在も横棒が正式ですが、これが縦棒であっても「同一字体」とみなして取り扱ってよい、と法務省民事局は回答(平成17年8月3日)しています。まあ、そうでないと、印刷とかに不便ですものね。