佐賀仁○加(にわか)は、文字化したものをあらかじめ送って下さったので、まずはざっと、直前にはじっくりと読んでみた。地元の方でも、読めばことばは分かるが、切り方でとまどったという。
そのお芝居に現れた佐賀の活き活きとした方言の特徴を抜き出すために、そこに登場した人のことを引用する。その千に一つしか本当のことを言わないようだということから付けられたという通称名を、郷に入れば郷に従えで仕方ない、読みにくいが小さめに速く発音する。
この地の武士道で有名な本に『葉隠』がある。20代後半の県庁の職員は、新人研修でこの大著を読まされたという。私は、古書で購入して今回の予習をする中で知ったが、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という有名な句のほか、実は人前でのアクビの止め方など、実用的な内容も含まれていた。大学の先輩の先生からも聞いていた、心を一つに集中する意の「はまる」を、「部る」と書く例も、確かに何度も出てきた。地名の「~原(ばる)」もたくさん出てきたが、崖を意味する方言「ほき」(第166回)は仮名表記だった。当地の俚言の「すくたれ」(ばか)に「寸口垂」といった当て字も、かつて佐賀藩の史料に見られたそうだ。
せっかくご来場下さった方々が眠くなってはいけないので、参加型を取り入れてみる。
「咾」の読みは?
「おとな」と読めた人が結構いる。さすが地元だ。答えを言うと、思い出したように「あ~」という声も漏れる。これは地域訓であるが、後ろにもう1つ「分」の字を加えた2字ならば、きっともっと読めただろう。これについては後で詳しく述べたい。
ついでに「箞」も読みを聞いてみる。会場の方々から「うつぼ」と声が挙がる。これもさすが地元においでの方々だと感心する。大きな漢和辞典には載っているが、他では使われないという意味で地域文字といえる。
中国においては、ウツボという字義を持たない漢字であり、日本の国訓、さらに使用域に着目し、そこまで考慮すれば、地域訓をもつ字とも言うことができる。そこを所管する厳木町は、唐津市に編入されたが、この小地名は残された。
東京で見られるような資料には、
などが見られる。
中世に「うつぼ」という訓読みを得て、近世にこの地の地名を表記するようになったこの字は、字体には一定の揺れを、他の漢字と同じように呈しながら使われ続けた。印刷工程においては、この鉛活字の不足は、時として起こったことであろう。しかし、20世紀後半の情報化社会が進展する中で、新たな不幸の歴史を背負い始めるのである。