タイプライターに魅せられた男たち・番外編第4回

タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(4)

筆者:
2015年10月22日

菊武学園タイプライター博物館(3)からつづく)

菊武学園の「New Yost」
菊武学園の「New Yost」

菊武学園タイプライター博物館には、「New Yost」も展示されています。この「New Yost」は製造番号が14941で、スペースバーを支える棒がY字型をしていて、78キーのモデルです。キー配列は、ヨスト・ライティング・マシン社の他のモデルと同様、大文字と小文字が別々のQWERTY配列です。

菊武学園の「New Yost」前面
菊武学園の「New Yost」前面

タイプバスケットを囲む円筒には、前面に「YŌST」の文字があり、後面の右側と左側の両方に円筒を支える「脚」が付いています。一方、プラテンを1行進める(ラインフィード)ためのレバーは、平たい「ヘラ」のような形状をしています。これらの点を考え合わせると、この「New Yost」は1893年の製造だと推定されます。後面に記された数多くの特許のうち、最後のものが「No.487066 Nov 29, ‘92」であることからも、この推定が裏付けられます。

菊武学園の「New Yost」後面
菊武学園の「New Yost」後面

プラテンを上げると、タイプバスケットが見えます。タイプバスケットには、78本の活字棒が円形に配置されていて、中央にはアラインメント・ターゲットが見えます。本来であれば、円筒の内側にインクが塗られていて、活字棒の先にインクが付くようになっているのですが、この「New Yost」ではインクは完全に乾いてしまっていました。

菊武学園の「New Yost」のタイプバスケット
菊武学園の「New Yost」のタイプバスケット

「New Yost」は、分類上はアップストライク式タイプライターにあたるのですが、その印字機構は、かなり特殊なものです。キーを押すと、対応する活字棒は円筒を離れ、いったん下方に下がったあと、中央のアラインメント・ターゲットめがけて打ち上がります。活字棒の動きが、バッタの跳び方を上下逆にしたようなものであることから、リバース・グラスホッパー・アクションと呼ばれています。アラインメント・ターゲットを中心とするこの機構によって、紙に印字された文字がきれいに一直線に並ぶ、という素晴らしい利点があったのです。ただ、複雑な機構であるがため故障も多く、実際、菊武学園の「New Yost」においても、ほぼ全ての活字棒が動作しない状態になってしまっていました。

リバース・グラスホッパー・アクションのイメージ図(『North American Review』誌1897年6月号広告)
リバース・グラスホッパー・アクションのイメージ図(『North American Review』誌1897年6月号広告)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。木曜日の掲載です。