歴史で謎解き!フランス語文法

第17回 なぜフランス語の数詞は、こんなにも複雑なの? ②

2020年8月21日

 

【前回までのあらすじ】

フランス語における複雑怪奇なルールの理解に悩んでいる学生さん。第11回(https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/ghf11)では、「seize から dix-sept に移り変わるとき、いきなり数の形が変化する理由」について先生から教えてもらいました。その際、70以降の数字に関しては、自分で調べてくるようにと先生から課題を出されてしまいます。果たして、学生さんは無事にこの謎を解くことができるのでしょうか?

 

学生:先生、こないだ宿題としていただいた数詞の疑問に関して、自分なりに調べてきましたよ。

 

先生:おっ、いいね。自律学習ができているじゃない。誰かから教えてもらうのもいいけど、自分で苦労して調べたものは、しっかり君自身の知識として定着していくよ。

 

学生:そうあってほしいです。では、早速調べてきたことをお話ししたいと思います。

 

先生:確か、宿題にしていたのは、70から90の数詞について、「60+10」とか、「4×20」とか、「4×20+10」とかになる経緯を調べるということだったよね。

 

学生:はい、そうです。まずは、以前先生が示してくださったように、70、80、90の歴史的変遷を調べてみました。以下の表にまとめましたので、ご覧ください。

◆数字の歴史的変遷(基数詞70~99)[注1]

数字 古典ラテン語 俗ラテン語 古フランス語 現代フランス語
70 septuaginta *septuaginta setante
septante
soixante-dix
septante
78 duodeoctoginta
septuaginta octo
*septuaginta octo setante huit
septante huit
soixante-dix-huit
septante huit
79 undeoctoginta
septuaginta novem
*septuaginta novem setante neuf
septante neuf
soixante-dix-neuf septante neuf
80 octoginta *octoginta oitante
octante
quatre vinz
quatre-vingts
huitante
octante
88 duodenonaginta
octoginta octo
*octoginta octo oitante huit
octante huit
quatre vinz huit
quatre-vingt-huit
huitante huit
89 undenonaginta
octoginta novem
*octoginta novem oitante neuf
octante neuf
quatre vinz neuf
quatre-vingt-neuf
huitante neuf
90 nonaginta *nonaginta nonante quatre-vingt-dix
nonante
98 duodecentum
nonaginta octo
*nonaginta octo nonante huit quatre-vingt-dix-huit
nonante huit
99 undecentum
nonaginta novem
*nonaginta novem nonante neuf quatre-vingt-dix-neuf nonante neuf

 

先生:ふむふむ、なるほど。

 

学生:前回教えていただいた足し算形式(「70+8」septuaginta octo、「80+9」octoginta novem など)以外にも、引き算形式(「80-2」duodeoctoginta、「90-1」undenonaginta など)という形態もあったようです。ただ、徐々に引き算形式はなくなり、足し算形式になっていったようです。古典ラテン語の数詞は明確にわかるのですが、アスタリスク(*)がついている俗ラテン語時代の数詞は確認ができていませんので、おそらくこのような形だったであろうという推測に基づいて記載しています。

 

先生:俗ラテン語はそもそも文献で表記を確認できないことが多いから、古典ラテン語と古フランス語のかたちからの推定になってしまうことが多いんだよね。

 

学生:続いては、古フランス語の方に目を向けていきたいのですが、この時点では「10進法」と「20進法」が混在していたようです[注2]。石野好一先生の『フランス語を知る、ことばを考える』という本を読んだのですが、この本にも「フランス語の数え方は、10進法と20進法が混在している」と書いてありました[注3]。10進法はラテン語由来かと想像できますが、20進法がどこから出てきたのかというと、ケルト語(ガリア語)に由来するそうです。ラテン語を使用していた古代ローマ人は10進法、そしてケルト人はもともと20進法を使っていて、その2つが混ざったということでしょうね。それが現代フランス語にまで影響を及ぼしていて、70を「60+10」で表したり、80を「4×20」で表したりするのかもしれません。

 

先生:80の「4×20」は20進法だけど、70は60を「底(位取りの単位)」としているから、70から79までは、「10進法」でもなければ、「20進法」でもない、中途半端な「60進法」と言えるかもしれないよ[注4]

 

学生:あっ、確かにそうですね。

 

先生:この中でもケルト人は20進法を採用していて、30を「20+10」、31を「20+11」、40を「2×20」、60を「3×20」、80を「4×20」、120を「6×20」……などと表していたと言われているね[注5]。そして、ガリア地方がローマに征服され、古典ラテン語の10進法の概念が入ってきてからも20進法は失われることなく、後世に受け継がれていった。実は、古フランス語の数詞に関していうと、30という数字を trente と表記することもあれば、vint et dis と表記することもあるんだ。つまり、中世の段階で10進法と20進法は「併存」していたのであって、両者が1つの体系の中で「混在」するようになったのは、中世よりも後の時代のことなんだよね。ここは区別して考えないといけない。ちなみに、中世当時に使われていた20進法の名残が、1260年に聖王ルイ(ルイ9世)がパリに創設した、300名の盲人を受け入れることが可能とされる病院の名称 « Les Quinze-Vingts » に見て取れるよ。

 

学生:パリにそんな病院があるのですね、知りませんでした。ところで、10進法と20進法が中世よりも後の時代になって混在したことはわかったのですが、そもそもなぜ両者は混在したのでしょうか? それに、今の先生の説明ですと、60を20進法で trois-vingts とか、70を10進法で septante と表記するようになったとしても、別におかしくないわけですよね。30~60を10進法で、70を60進法で、80~99を20進法で、それぞれ表記するようになった理由が気になります。

 

先生:確かに、その通り。どうせなら、中世以降も10進法と20進法の両方を保持するか、どちらかに統一してくれればよかったのに、なぜ中途半端に両方が混在した体系を生み出したのかと思うよね。そして、あいにく君の質問には「明確な理由は不明」としか答えられないんだ。

 

学生:つまり、時代の流れの中で自然に決まっていったということなのでしょうか??

 

先生:正確に言えば、偶然と人為、両方の産物といったところかな。ちょっと要領を得ないだろうから、順を追って詳しく説明しよう。

 

学生:お願いします。

 

先生:さっきの話に戻るけど、中世の段階では10進法と20進法が併存していたと説明したよね。ただ、併存とはいっても、中世末期あたりから30~60については10進法の形(trente, quarante, cinquante, soixante)が人々の間に浸透していったんだ。一方で70~90については、1530年に初のフランス語文法書『フランス語広文典』L’Esclarcissement de la Langue Françoyse を著したイギリス人ジョン・パルスグレイヴ John Palsgrave の説明によると、当時の教養人の間には10進法の形(septante, octante, nonante)が、庶民の間には60進法と20進法の形(soixante et dix, quatre-vingts, quatre-vingt et dix)が根付いていたようだね[注6]。なぜこのような差が身分の間に生まれたかというと、あいにくその明確な理由はわからない。アカデミー・フランセーズ Académie française は、大きな数字に対しては暗算 « calcul mental » の痕跡を残す必要があったと説明しているけど、若干歯切れの悪い感じになっているし[注7]

 

学生:なぜわざわざそんな……。ややこしいだけじゃないですか。

 

先生:過去分詞の性数一致のときにも話したけど、人は必ずしも合理性に基づいて選択したり、行動したりする存在ではないということさ。たとえ後世の人から見れば不合理な事柄であっても、同時代の人にとっては長い歴史のなかで定着した慣用や伝統の方が大事だったり、親しみやすかったりすることもあるしね。人間の行動が、全て合理的な形で説明できるかといえば、決してそうではない。そのことは常に覚えておいてほしいな。

 

学生:わかりました。話の腰を折ってすみません、続きをお願いします。

 

先生:よし、さっきの話に戻ろう。10進法の30~60と、60進法と20進法の70~90が人々の間に浸透していったとはいえ、これらの記数法は依然として併存を続けていた[注8]。ただ、1647年にヴォージュラ Vaugelas が著した当時の宮廷人が使っていた言葉の観察記録『フランス語注意書き』 Remarques sur la Langue Française を紐解いてみると、17世紀には庶民のみならず宮廷人の間にも60進法と20進法の70~90(soixante-dix, quatre-vingts, quatre-vingt-dix)が浸透していたようなんだ。そして、10進法(septante, octante, nonante)の方はというと、計算用語に用途が限定されるようになった[注9]。こうした状況を踏まえてか、17世紀におけるアカデミー・フランセーズの辞書へんさん)の際、編纂者たちは30~60に10進法の形を、70~90に60進法と20進法の形を採用したんだ。つまり、現代フランス語に見られるような混在型の記数法は、17世紀に端を発すると言っていいだろうね。

 

学生:そのようにして10進法と20進法が混在していったのですね、よくわかりました。ただ、もう1つ気になるのが60進法の存在です。これは、いつ、どこから出てきたのでしょうか?

 

先生:確かに70についてのみ、10進法でも、20進法でもなく、60を底とする soixante-dix という形が使われているのは不思議だよね。でも、この記数法がどこからやってきて、どのような経緯を経てフランス語の中に取り入れられたのかは、明確にはわからないんだ。ただし、用例に関しては12世紀末の武勲詩『オジェの騎士道』Chevalerie Ogier de Danemarche の中に soissante et dix (v.7317) という形が確認できるから[注10]、少なくともそれ以前の時代から存在していた可能性はあるだろうね。

 

学生:数詞って奥が深いのですね……。先ほど先生がおっしゃったように全てが合理的に説明できる体系になっているわけではないですし、できるなら各時代の人々に取材して、何を基準として記数法を採用したのか尋ねてみたいです。そういえば、計算用語に用途が限定されてしまった10進法の70~90ですが、現代でもこれらの数字を10進法のままの形で使用している国があると聞きました。

 

先生:たとえば、septante, octante, nonante が使われている国は、スイスやベルギーが挙げられる。あと、スイスの一部では huitante も使われているね[注11]

 

学生:そっちの方がわかりやすいじゃないですか。私自身は、フランスよりも、スイスやベルギーの10進法で統一された記数法の方が好きですね。これからはフランスのフランス語じゃなくて、スイスのフランス語を使うことにしようかな(笑)

 

[注]

  1. ZINK, Gaston, Morphologie du français médiéval, Paris, PUF, 1989, pp. 55-65. この表は、Zink による Les termes de numération の記述を参考に作成した。
  2. ZINK, Ibid, p. 58.
  3. 石野好一『フランス語を知る、ことばを考える』朝日出版社, 2007, pp. 13-15.
  4. LE ROUX, Pierre, et SELLATO, Bernard, IVANOFF, Jacques, Poids et mesures en Asie du Sud-Est: L'Asie du Sud-Est austronéesienne et ses marches, Paris, École française d'Extrême-Orient, 2004, p. 53.
  5. BRACHET, Auguste, Morceaux choisis des grands écrivains français du XVIe siècle, Paris, Hachette, 1879, p. XXIV.
  6. 松田孝江「フランス語の数詞について」『大妻女子大学紀要(文系)』第27号, 1995, p. 22.
  7. Dictionnaire de l’Académie Française, « Questions de langue - Septante, octante, nonante ». https://www.dictionnaire-academie.fr/article/QDL078 (2020/06/30 available).
  8. BRACHET, Op.cit., p. XXIV.
  9. 松田, 前掲書, p.23.
  10. NYROP, Kristoffer (Christopher), Grammaire historique de la langue française, Tome II, Copenhague, Det Nordiske Forlag, p. 338, §483 Les noms de nombre 20-90 ; DE PARIS, Raimbert, La chevalerie Ogier de Danemarche, Tome 2, Genève, Slatkine Reprints, 1969, p. 296.
  11. WALTER, Henriette, Le français dans tous les sens, Paris, Robert Laffont, 1988, p. 333.

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

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