学生:後輩がサークルで言ってたんですけど、先生の授業、最近は動詞の不規則活用のテストばっかりでキツいって。そういえば、去年の今ごろは、僕たちも不規則動詞の直説法現在の活用テストばっかりやらされていた気がします。前の授業で、venir と tenir と finir の小テストをやったところなのに、次の週は dire と faire の小テストって、やっぱりキツいと思いますよ。
先生:それはどうも。でも、まあ、そう言わないでって、よく言いきかせてあげて。どれも、フランス語を学ぼうと思ったら、使いこなせることが絶対に必要な単語ばかりだよ。たしかに不規則だけれど、venir と tenir なら、次のように一定の型がある、というような配慮はしているよ。片方覚えれば、両方覚えられるのだから、一石二鳥、一粒で二度美味しいというわけさ。
je viens - tu viens -il vient - nous venons - vous venez - ils viennent
je tiens - tu tiens - il tient - nous tenons - vous tenez -ils tiennent
先生:これらは、単数の語尾が -s, -s, -t で終わる SST 型というわけだね。
学生:先生は、簡単だ、SST 型だと言いますが、nous と vous のところ、語幹の音が変わってしまっているじゃないですか。なんでこんなことが起きるんですか? これも、やっぱりラテン語にさかのぼるんですか?
先生:そう、その通り。よくわかったね(笑)
学生:だって、先生の説明は、だいたい、いつもそうですから。
先生:本当にそうなんだから仕方がない。この場合は、ラテン語の規則動詞では1・2人称複数と、他の人称や不定詞とでは、アクセントが置かれる位置が異なる、ということに原因があるわけだ。いいかい、例えば、動詞 tenir の例で説明してみよう。語源である古典ラテン語の第2変化の動詞 teneō は、以下のように活用するけれど、アクセントは、下線の部分にある。
不定詞:tenēre
直説法現在形:teneō - tenēs - tenet - tenēmus - tenētis - tenent
先生:直説法現在形は、1人称単数から3人称複数までを横に並べているよ。ラテン語では、後ろから2つ目の音節(パエヌルティマ)の母音が、長ければその音節に、短ければその前の音節に、アクセントがある。2音節の単語の場合は、パエヌルティマが長くても短くても、アクセントは最初の音節にと決まっている。nous tenons と vous tenez にあたる tenēmus と tenētis だけが -nē- のところに、他の人称では最初の te- のところにアクセントがあるのがわかるね。これは、ラテン語の第2変化動詞の活用にあたる。口語の俗ラテン語では、2世紀から5世紀にかけて、音韻システムの変化があって、アクセントが抑揚から強勢に変わるのだけれど、その結果、アクセントのある音節は変化が起こりやすくなる。さらに、3世紀から8世紀にかけて、最初の音節とアクセントのある音節、-a- を含む最終音節以外では、ほぼすべての音節の母音は消滅してしまう。その結果、ラテン語では同じ [tɛ] という音でも、現代フランス語では [tjɛ̃] と [tə] という異なる音になった。次のようにまとめてみたよ。
■アクセントあり(teneō - tenēs - tenet, tenent)
je tiens – tu tiens – il tient の [tjɛ̃]
ils tiennent の [tjɛn][注1]
■アクセントなし(tenēmus - tenētis, tenēre)
nous tenons - vous tenez, tenir の [tə]([ə] は読まれないこともある)
先生:ついでに言えば、さっき、SST 型という言葉が出たけれど、ラテン語の活用と見比べれば、2・3人称単数の語尾は、ラテン語に由来することがわかるね(tenēs → tiens, tenet → tient)。1人称単数の語尾 -s は、もともとはなかったのだけれど、他の -s で終わる動詞からの類推により、12世紀から次第につけられるようになったんだ(teneō → tiens)[注2]。
学生:先生は、いま、「古典ラテン語の第2変化動詞」とおっしゃいましたが、他にも変化があって、それらのすべてで同様のことが言えるということですか?
先生:古典ラテン語の規則動詞には第4変化まである。アクセントの位置については、第1変化(不定詞の語尾が -āre となる動詞)も第4変化(不定詞の語尾が -īre になる動詞)も、第2変化(不定詞の語尾が -ēre になる動詞)と同様で、1・2人称複数だけが語尾、その他は語幹にアクセントが置かれる。でも第3変化(不定詞の語尾が -ere となる動詞)だけが違っていて、すべての人称でアクセントの位置は同じだった。例えば、行為や状態のはじまりを表現する「起動相」を表す語尾の -scō をとる第3変化の動詞を例にみてみよう。現代フランス語の finir は、古典ラテン語の finīre に由来する俗ラテン語の finīscō という動詞が語源なんだけど、この動詞は、下記のように活用をする。俗ラテン語は母音の長短の区別を失っていくから、普通は長い/短いの区別を書かないのだけれど、説明のために、この動詞には便宜的につけておこう。
不定詞:finīscere
直説法現在形:finīscō - finīscis - finīscit - finīscimus - finīscitis - finīscunt
先生:このように、すべての人称で、-īs- の音節にアクセントがあった。だが、俗ラテン語の段階で、1人称複数の活用語尾 -imus は、nous sommes にあたる sumus に由来する -umus(パエヌルティマの -u- は短いが、ここにアクセントが置かれた)に置き換えられた。また、2人称複数の活用語尾 -itis は、第1変化と同様の -ātis に置き換えられた。つまり finīscō の活用は、1人称複数が finīscumus、2人称複数は finīscātis になった。実は、この置き換えは、他の規則動詞についても同様だ。すなわち、俗ラテン語のあらゆる規則動詞は、1・2人称複数だけ語尾に、その他は語幹にアクセントを持つことになる。
学生:なるほど、直説法現在の nous と vous で、あらゆる動詞が -ons, -ez という活用語尾をとる背景には、そういうことがあったのですね。
先生:そうなんだ。finīscō の話の続きをすると、この語のあらゆる人称に対する活用が含む -sc- は、e, i, a の音の前に置かれると、-is- に変化する。この結果[注3]、古フランス語と現代フランス語の直説法現在形は次のような変化になる。
fenis - fenis - fenist - fenissons - fenissez - fenissent
je finis - tu finis - il finit - nous finissons - vous finissez - ils finissent
先生:第2群規則動詞を教えるとき、語幹は fini- で、語尾は、-s, -s, -t, -ssons, -ssez, -ssent とするのが一般的だけれど、見方を変えれば、nous と vous の語幹は finiss-、それ以外の人称の語幹は fini(s)- で、nous と vous 以外には、venir と tenir と同様、ラテン語の活用語尾に由来する語尾がついていると、とらえることもできるね。
学生:古フランス語の3人称単数 fenist の -s- は消失してしまったというわけですね。
先生:その通り。ついでに断っておくと、現代フランス語の不定詞の finir は、俗ラテン語で起動相を示す finīscō ではなくて、そのもとの古典ラテン語の第4変化動詞の finīre に由来するのだよ。
学生:現代フランス語の dire の nous disons - vous dites や、faire の nous faisons - vous faites - ils font も同様に説明できますか?
先生:これは、ちょっと事情が違う。さっき、ラテン語のあらゆる活用の1・2人称複数の活用語尾は、俗ラテン語で、-umus, -ātis になったと説明したけれど、これらの動詞に関しては、使用頻度があまりに高かったもので、1・2人称複数に関しても、もともとの活用形が残り、そこからの音韻変化の結果、今の形になったんだよ。dire の語源は、古典ラテン語の動詞 dīcō(不定詞は dīcere)で、第3変化の動詞だ。1人称複数と2人称複数の dīcimus と dīcitis が、下記のような変化を遂げて古フランス語になったと推測されている[注4]。
dīcimus > *digimus > *diyimus[注5] > *diymes > dimes
dīcitis > *digitis > *diyitis > *diytes > dites
学生:ええっ! 現代フランス語では、nous disons ですが、古フランス語では別の形だったんですね。
先生:そうなんだ。faire の1・2人称複数に関しても、古典ラテン語から古フランス語までは、同様に次のような変化をしたと類推されている。
facimus > *fagimus > *fayimus > *faymes > faimes
facitis > *fagitis > * fayitis > *faytes > faites
先生:nous disons と nous faisons は、それぞれ、現在分詞 disant と faisant の類推からでてきた形で、12世紀ぐらいから確認できる[注6]。ついでだけれど、君が言っていたように、faire は、3人称複数も特殊だね。
faciunt > *facunt > *fagunt > *faont > font
先生:これと同じような形を持つ、avoir と aller の直説法現在の3人称複数も同じように説明されているよ[注7]。
habunt > *haunt > *haont > ont
vadunt > *vaunt > *vaont > vont
学生:なるほど、音の変化の話は難しいけれど、お話しの筋は、だいたいわかりました。nous と vous 以外の人称の語幹にアクセントが置かれたことにより、語源からは大きく音が変わってしまったということなのですね。nous と vous のところだけ語幹の音が変わる、という最初の僕の捉え方は、フランス語の歴史に照らし合わせれば、正確ではなかったというわけです。
先生:その通り。それが今日の一番のポイントだよ。
学生:ところで、先生、そう聞いたら不思議になってしまいました。先生の説明だと、古典ラテン語の第1変化動詞(-are 動詞)だって、nous と vous 以外では語幹の音が変わってしまうはずですが、現代フランス語では、どうしてすべての人称で語幹は同じ音なのですか? 例えば、aimer の語源となった古典ラテン語の amō の語幹は am- で、次のように活用しますよね?
不定詞:amāre
直説法現在:amō - amās - amat - amāmus - amātis - amant
先生:いいことに気がついたね。実はもともとは同じではなかったんだよ。古フランス語では、こんな活用だったんだ。
不定詞:amer
直説法現在:aim - aimes - aimet - amons - amez - aiment
先生:現代フランス語でとられている aim- という語幹は、語頭の a- の音にアクセントが置かれることによって変化した形ということができる。この形が、やはり類推によって、1人称複数と2人称複数に用いられるようになって、15世紀には、すべての人称で aim- が語幹になるようになった。「-er 動詞の語幹は変わらない」っていうのは、それからのことだよ。現代フランス語では、「愛人」という特別な意味で使われている名詞 amant は、この動詞の、使われなくなった現在分詞の形の生き残りというわけだ。
学生:もしかして、アクセントが置かれて変化した形が必ず採用されたのですか?
先生:いや、aimer の例では、アクセントが置かれた形ということになるけれど、逆の場合もある。俗ラテン語の parabolo を語源とする parler は、古フランス語ではこんな活用だった。
不定詞:parler
直説法現在:parol - paroles - parole - parlons - parlez -parlent
先生:つまり、現代フランス語には、アクセントのかかっていない parl- が採用されたということになる。古フランス語から中期フランス語にかけて、類推が働いたおかげで、現代フランス語の動詞の活用はずいぶん整理されたんだね。
学生:語幹の parabol- が parol- と parl- になるって、ずいぶんと複雑な変化ですね。それに語幹の音節の数が違っています。
先生:3人称単数と2人称複数を例にとれば、次のような変化と説明できる。
parabolat > *paravolat > *paraolat > parole
parabolatis > *paravolatis > *paraolatis > parlez
先生:音の変化は難しいけれど、音節数が違っていることは、次のように考えればわかるよ。parabolat は、-ra- の音節にアクセントが置かれた。だから、そこと第1音節の pa- と活用語尾の音節が残る。それに対して、parabolatis は、活用語尾の -la- にアクセントが置かれたので、第1音節と活用語尾しか残らない。
学生:なるほど。そういえば、現代フランス語の -er 動詞の中にも、lever のように、nous と vous では、他の活用とは違う語幹になるものがありますが、これは、類推が働かなかったもの、ということでしょうか?
先生:いいところに気がついたね。古典ラテン語の levō は、古フランス語では、こんな形だった。
不定詞:lever
直説法現在形:lief - lieves - lieve - levons - levez - lievent
先生:levons と levez の le- は、11世紀には現代フランス語と同様に [lə] という音になった。一方、lieves などの lie- は、13世紀には、[ljɛ] と発音されていたが、その後、[lɛ] という音になり、現在では、tu lèves というようにアクサン・グラーヴをつけて表現されているというわけだ。長くなったけれど、最後に1つ、とっておきの話をしよう。dîner と déjeuner ってどういう意味?
学生:「夕食をとる」と、「昼食をとる」でしょう。
先生:実は、この2つ、語源は同じなんだ。
学生:えっ? どういうことですか?
先生:両方とも、*disjejuno という俗ラテン語の第1変化の動詞が語源になっている。というのは、この動詞は、重音脱落の結果、*disjuno となり[注8]、古フランス語では、次のような形をとった。
不定詞:disner
直説法現在形:desjun - desjunes - desjune - disnons - disnez - desjunent
先生:直説法現在で、desjun- と disn- という音節数の異なった語幹があることは、古フランス語の parler の例と同様に考えればわかるね。
学生:はい。
先生:俗ラテン語 *disjejuno は、「断食をする」という意味の jējūnō に分離の接頭辞 dis- がついたもので、英語の breakfast とまったく同様に、前の晩からの「断食を破る」、すなわち、「1日で最初の食事をとる」という意味だったと考えられる。だから、古フランス語の disner も、最初は、当時の慣習だった1日2食のうちの最初の食事をとることを指していた。
学生:ほお。「夕食」じゃなくて、「朝食」なんですね。
先生:12世紀には、類推から、desjun- を語幹にした desjuner という動詞が作られたけれど、disner も desjuner も、その意味のままだった。その後、食習慣の変化があって、朝、軽食を食べて、昼頃にも食事するようになる。その結果、16世紀には、déjeuner は朝食、dîner は昼食を指す言葉になったんだ。
学生:じゃあ、夕食をとることはどう言ったのですか?
先生:夕食をとることは、もともとは、soper(現仏:souper)と言った。今では「夜食をとる」という意味で使われているね。元来 souper の時間帯には、肉汁やワインに浸したパンを食べていたから、soupe は汁ではなくパンの方を指していた[注9]。現代フランス語で「スープを飲む」ことを manger de la soupe というのは、soupe は飲むものではなく食べるものと考えられていたからだよ。中世末から伝わる諺では、« Lever à six, dîner à neuf, / Souper à six, coucher à neuf, / Fait vivre d'ans nonante neuf. »(6時に起き、9時に朝食し、6時に夕食し、9時に寝れば、99年生きられる。)というよ[注10]。どうやら、1日2食の時代ににできた諺のようだね。dîner が「夕食をとる」の意味で使われるようになったのは、18世紀になってからのことだ。さらに、それが souper にとって変わるのは19世紀になってからのことなんだ[注11]。そして、souper もまた、時間帯が夜半にずれ込んで「夜食をとる」という意味になった。
学生:へえ、言葉の変化が人々の暮らしの変化に結びついている例ですね。興味深いです。
[注]