スイスとオーストリアとに挟まれたアルプスの山間に日本の小豆島ぐらいの大きさの Liechtenstein リヒテンシュタインという公国がある。ここの公用語はドイツ語である。現代ドイツ語の正書法では ie という綴りは i の長音を表すから、この Liechtenstein という国名を見ると、リーヒテンシュタインと読みそうになってしまう。しかし、この Liecht- は中世語では「明るい、白く輝く」という意味の lieht [liəxt] であり、二重母音であった。また、Liechtenstein は「白く輝く岩山」という意味であった。この形容詞は現代ドイツ語では licht と短母音になったから、Liechtenstein という表記は中世語の綴りを残しているというわけである。ところで、ドイツにも同名や同じ形容詞を含む地名がある。例えば、ザクセン州には Lichtenstein があり、バイエルン州には Lichtenfels があるが、これらは licht と表記されている。
外来語は別として、ドイツ語の単一語の強勢は第一音節にある。しかし、ドイツの首都 Berlin ベルリーン、メクレンブルク=フォアポメルン州の州都 Schwerin シュヴェリーン、 ドイツ国境に近いポーランドの Szczecin シュチェチンのドイツ語名である Stettin シュテティーンなどは、最後の音節に強勢があり、母音は長音である。これらの地名がふつうのドイツ語のアクセントの位置とは異なるのは、これらがスラブ系言語起源のものだからである。
発音ということで言うならば、ゲーテが宰相を務めていたザクセン=ヴァイマル公国があった、現在のテューリンゲン州の Weimar ヴァイマル、メクレンブルク=フォアポメルン州のバルト海に臨む港町 Wismar ヴィスマル、また、ニーダーザクセン州にある、魔女が集まるというハルツ山地の麓の鉱山都市 Goslar ゴスラル、ゲーテの『若きウエルテルの悩み』の舞台となったヘッセン州の Wetzlar ヴェツラル、さらにはミュンヒェンを流れる川、Isar イーザルなどの地名の最後の音節も、例えば、日本では一般にはワイマール共和国と言われてきた場合のように、長く伸ばして読んでしまいそうである。