人名用漢字の新字旧字

「巫」は常用平易か(続編第1回)

筆者:
2014年12月4日

平成24年5月14日、北海道中頓別町の町議会は、町長の給与減給処分と、前総務課長の戒告処分を決めました。5月16日の北海道新聞(留萌・宗谷版)は、以下のように報じています。

【中頓別】町は、昨年受理した町内の子供の出生届で、戸籍法で名前に使えない漢字を使った名前が届けられたことを戸籍事務の誤りと認め、14日の臨時町議会に野邑智雄町長の5月分給与を10%減額とする関連条例案を提案、可決された。町によると、今年3月、町のホームページで町広報誌を見た京都の大学講師が、常用漢字にも、戸籍法施行規則で定めた人名用漢字にもない漢字を使った子供の名前を見つけ、町に指摘したという。町は両親に謝罪するとともに、使える漢字に改める戸籍訂正許可を裁判所から得るよう要請した。両親は要請を受け入れ、中頓別家裁の許可を得て子供の名前の漢字を改めた。町は前総務課長を戒告処分とした。

中頓別町役場が「巫空」ちゃんの出生届を受理した件(第1回参照)に対し、筆者がおこなった「誤植の有無の確認」が、どこかで捻じ曲げられて「町に指摘した」ことになってしまったようです。たとえ「巫」が、常用漢字でも人名用漢字でもなくても、「つい、うっかり出生届を受理してしまう戸籍窓口がもっと全国にあってもいい」(第5回参照)と考える筆者としては、このような懲戒処分には、正直あきれてしまいます。いくら法定受託事務だからと言って、戸籍法や地方自治法は、このような懲戒処分を規定していません。にもかかわらず、中頓別町は、以下のような理由で、町長と前総務課長に懲戒処分を下したのです。

人の誕生から死に至るまで、様々な身分行為の変動を記録し、公的に証明することが戸籍事務の使命であり、窓口での受理行為は第一段階でありながらも、最重要段階であります。平成23年5月、戸籍窓口の担当者が、戸籍法で使用が認められていない漢字で命名された出生届を審査することなく受理し戸籍に記載しました。このことに伴い、戸籍訂正(名の変更)に応じていただいた関係各位に物心両面にわたり多大な負担と苦痛を与えるとともに、行政の信用を大きく失墜させることになり、戸籍事務を管理監督する立場にあった職員を処分したものです。

中頓別町のこの懲戒処分は、実は、戸籍法に違反しています。戸籍法第137条および第138条は、市町村長に対する罰則を、以下のように定めているからです。

第百三十七条    次の場合には、市町村長を十万円以下の過料に処する。
   正当な理由がなくて届出又は申請を受理しないとき。
   戸籍の記載又は記録をすることを怠つたとき。
   正当な理由がなくて届書その他受理した書類の閲覧を拒んだとき。
   正当な理由がなくて戸籍謄本等、除籍謄本等、第四十八条第一項若しくは第二項(これらの規定を第百十七条において準用する場合を含む。)の証明書又は第百二十条第一項の書面を交付しないとき。
   その他戸籍事件について職務を怠つたとき。
 
第百三十八条    過料についての裁判は、簡易裁判所がする。

「巫空」ちゃんの出生届を受理した件が、もし仮に、戸籍法第137条第5号にあたると仮定したとしても、その過料を決めるのは簡易裁判所なのです。町議会じゃありません。

続編第2回につづく)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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編集部から

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